猟犬リリィは帰れない ~異世界に転移したけどパワハラがしんどい~

陸路りん

文字の大きさ
15 / 92
4、魔法のススメ

しおりを挟む
 結論から言うのならば、花の治癒はあっさりと成功した。

 莉々子の手の中で、手折られた花はみるみる息を吹き返し、折れていた茎は真っ直ぐに戻る。
 結合した痕こそわずかに残っているものの、直前まで2つにへし折られていたとはとても思えないその真っ直ぐな茎の姿に、思わず感嘆の息がもれた。

 莉々子はそれを、再び二つに折る。
 治す。
 二つに折る。
 治す。

 エプロンドレスに土がつくのも厭わずに、その場に座り込むと、ひたすらにその作業を繰り返した。
 目の前で起っていることが、不思議で仕方がない。
 これは、どういう理屈なのだろう。

 仮定だ。
 『傷が素早く治る』というのは、どういうことだろう。
 傷が治るためには、体力や生まれ持った治癒能力が必要になる。
 それは例えば血が固まって傷口を塞ぐ能力であり、新しい細胞を作り出す能力であり、入ったばい菌を追い出す能力などだ。
 それを、魔法で無理矢理促進させる。
 それは生物の持つ能力を強化し、治癒過程を急速に早送りしているということだろうか。
 それとも、怪我を負う前の状態に時間を巻き戻しているのだろうか。
 否、時間を早送りしている可能性もある。

 一見、治癒過程の早送りと時間の早送りは同一のものに思える。
 実際、目に見える現象としては同じことだろう。
 しかし、メカニズムとしての相違がある。
 治癒過程を急速に早送りする、ということは機能の強化であり、一時的に代謝などの能力を増強するということだ。
 一方で、時間の早送りの場合は、今後起こるであろう事象を一足飛びに得るということだ。
 同じ現象が起こっていても、メカニズムが違えば、適応範囲が異なってくる。
 これは医療でいうところの症状の考え方に似ている。
 熱を出した、という症状に対し、その原因はウイルスであったり、菌であったり、その侵入経路も誤嚥によるものや傷口からであったりとバリエーションがあるわけだ。
 医療ではこれに対し、対症療法で熱を収めるのと同時に、直接的な原因である侵入経路に対してもアプローチを行うことになる。そうでなければ、いかに対症療法を実施しても、原因が収まらない限り、症状は何度でも再発してしまうからだ。
 今回の場合は、過程に何が起こっているのかを知ることによって、魔法の適応範囲と使用方法を検討する上での参考になると考えられた。

 さて、ここで、検証だ。
 上記の仮定したメカニズムのうち、どれが現状でもっとも適切なものであろうか、絞る必要がある。

 まずは『時間巻き戻し説』。
 もしも、時間、及び治癒過程を巻き戻しているのならば、消し炭になった花が元に戻らないのはおかしい。
 単純に莉々子の力量不足の可能性は否めないが、しかし、折れただけの花は治った。
 時間を巻き戻していると仮定するのならば、力量による差は損害状態ではなく、経過した時間で見た方が妥当な気がする。
 消し炭になってからと折れてから、どちらも数分も経たずに治療を開始しており、時間経過の量としての差は大きくは存在しないはずである。
 そのため、この仮定は一端脇へと避けておく。

 次に『治癒能力強化説』。
 この場合は消し炭が戻らなかったことには説明がつく。
 消し炭には傷を治すための機能がそもそも存在しない。
 あくまでも、花としての自己修復能力が機能する程度の損傷でなくては、いくら機能を強化しても無駄なのである。
 0を何倍に強化したところで0のまま。そういうことだ。
 それと、もう一つ繰り返し治癒することで莉々子には気づいた点があった。
 心なしか、治し続けるに従って、花のみずみずしさが失われ、しおれてきているように見えることに気づいたのだ。
 同じ強化にしても、その強化のためのエネルギーは花自体から供給されているのか、それともその分をも莉々子がまかなっているのか、という疑問点があったのだが、治癒を繰り返すことによって花自身に消耗が見られるということは、花自身のエネルギーを使用している可能性が高いと考えられた。
 つまり、機能の促進には莉々子のエネルギーが使われているが、単純な治癒能力には花自身のエネルギーが使用されているとこのことからは推察できるのである。
 この仮定はあり得なくはない。
 よって、この説は保留にしたまま、次の仮定へと移る。

 最後に、『時間早送り説』。
 この場合、消し炭はいくら時間を早送りにしても消し炭のままであるため、治らなかったことに説明がつく。
 そして、繰り返すごとに生気を失っていくという事象に関しても、時間を早送りするのに莉々子のエネルギーを使用しているのならば、強化説と同様に再生に必要なエネルギーは花自体から得ていることになるため、矛盾は生じない。

 つまり、今、莉々子に想定できる説は『強化説』と『早送り説』の二つだ。
 もちろん、それ以外のメカニズムの可能性は莉々子に思いつかないだけでいくらでもあることだろう。
しかし、今はとりあえずの足がかりとして、その2点の仮説に絞って、検証していくしかない。

(検証を進めるうちに、また、新たな仮説も生まれるかも知れない)

「楽しいか?」

 ひたすらに同じ単調作業を繰り返す莉々子を止めることは放棄して、実は近くに置いてあったテーブルと椅子に腰掛け、自身で入れた紅茶を飲みながらユーゴは呆れた声で尋ねた。

「それなりに」

 莉々子は顔も上げずに返事を返す。
 楽しいに決まっている。
 莉々子がここに来たのは魔法によるものだ。
 つまり、魔法を分析することは、必ず莉々子が元の世界に戻るための足がかりになる。
 手がかりを掴んで、嬉しくないわけがない。
 原理をすべて解き明かす必要などはないし、そのつもりもない。
 必要なのは、この魔法という便利な道具をどのように有効活用できるかを考えるための手がかりだ。
 ユーゴは莉々子をしばらく放し飼いにするつもりなのか、ため息をついて「そうか」と頷くだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

処理中です...