猟犬リリィは帰れない ~異世界に転移したけどパワハラがしんどい~

陸路りん

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7.女神VS吸血鬼

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「エラントドラゴンとそれに従うコモドラゴンの群れか。最低最悪な状況だな」

 アイゼアは不機嫌そうにそう吐き捨てた。
 赤獅子団のメンバーは皆一様に黒地に赤い糸で刺繍されたそろいの制服を身に纏っていた。首には赤いストールが巻かれ、青鷲団と同じ軍服のようなデザインだが、彼らよりもいくぶんか洒落て見える。
 そろいの衣装を身を包んだ5人が並んでいる姿は圧巻だ。
 その中でもリーダーと名乗ったアイゼアは多少目つきは険しいもののその華やかな容姿から一際目立っていた。

(美形じゃないとリーダーになれない世界なのだろうか……)

 そんな馬鹿なことを考えてしまうのはただ単に莉々子の現実逃避だ。
 正直同性と話すのですら辛い莉々子にとって異性のいかにも怖い顔をした攻撃性のある美形など挨拶をするのすら苦痛である。
 しかも今、彼は非常に不機嫌だ。主にユーゴのあんぽんたんなドラゴン掃討作戦を聞いたせいで。

「エラントドラゴンをわずか12人で倒すなどそんな妄言を吐くほど貴殿が幼い方だとは存じ上げませんでしたがね」
「妄言か、確かにそうであろうな。しかし俺に確実に言えることがあるとするならば、その妄言を現実に変えなければこの領地には未来はないということだろうな」

 強風をものともせず空にたゆたう旗のように飄々としたそのユーゴの物言いに、紅い瞳がぎらり、と鈍く輝く。

「あいにくと俺たちは貴方の犬ではないものでね。どこぞの青い犬共のように尻尾を振ってついていくなどということはありませんよ。正当な理屈がない限りはね」
「まぁまぁ、アイゼア、落ち着いて。そんな失礼な口をきいてはいけないよ」

 アイゼアの不遜な言葉をガスパールが再びなだめるが、しかし彼もその意見を否定しようとまではしなかった。
 どうやら赤獅子団は青鷹団とは異なり、ユーゴに対して厳しい態度を取っている派閥らしい。
 莉々子には一体どのような由来があってそのような関係性になったのかは全く検討もつかないが、ユーゴに対して懐疑的な団体というのは将来的に考えて莉々子にとって利益があるかも知れない。

(まぁ、私が仲良くなれるかどうかは今は考えないことにして……)

 ひとまず恐ろしいので莉々子は口を閉ざして空気に徹することにした。
 空気はピンと張り詰めている。

「とりあえず今確認出来る限りではエラントドラゴンが1体とコモドラゴンが13体いましたよ~」

 そんな険悪な空気を破るように赤獅子団の中で紅一点の少女がぴょんぴょんと近くの岩の上で跳ねながら報告してきた。
 薄桃色の髪をツインテールにした鮮やかな赤い瞳をきらきらと輝かせた少女は非常に健やかで邪気がない。
 その無邪気な様子にアイゼアも気勢をそがれたのか小さな舌打ちをして一度矛を収めた。
 しかし邪気はないし非常に愛らしい少女だが、その背中には巨大な槌のようなものを背負っている。本当に槌なのかどうかはその先端が皮のカバーで覆われていて定かではないが、少なくともぶん回す系のなんらかの武器であることはその形状と大きさから察せられた。
 莉々子ならば持ち上げることも叶わないであろう重量のそれを背負ったまま、彼女は軽々と岩からアイゼアの近くへと降り立った。

「コモドラゴンだけなら一人一体ずつ倒せばなんとかなりそうですけどね~。まぁ、集団で来られるとさすがにまずいんでなんとかそれぞれを分散してお相手したいもんですけど~。でもエラントドラゴンなんて相手にしたらちょーやばいですよ~」

 きゃっきゃっと可愛らしく笑いながら、絶望的なことを言う。

「んなことはてめぇに言われなくてもわかってんだよ、コール。必要なことだけ報告しろ」

 アイゼアがうんざりと返す。しかしその態度は先程よりも随分と軟化しているように見えた。
 莉々子は生まれてこの方そういったものを持ち合わせたことがなかったため、過分にして知らなかったが、可愛さというものはどうやら大変偉大らしい。怖い大人の怖さを半減する効果がある。
 莉々子には一生かかっても手に入れられなさそうな可愛げを全身から振りまきながらコールは「は~い」と明るく返事をすると「どーやらドラゴン達はあそこの谷を住み家にしているみたいですよ~」と探ってきたことを告げた。
 どうやら彼女は赤獅子団の中では斥候のような役割を担っているらしい。

「普段は谷の下に隠れていて餌を漁る時だけ出てくるみたいですね~。10㎞前後の距離まで近づくと気づかれちゃいます~。あんまり近づくとコモドラゴンがうっとうしそうなので接近戦はおすすめ出来ませんかねぇ。遠距離から攻撃するならあの谷の東方に位置する崖の上からが良さそうですね~」
「ドラゴンはあまり目が良くなくて嗅覚と聴覚で獲物を補足すると言われているから、上方から狙うというのは確かに良いかも知れないね」

 血まみれのガスパールが穏やかにそれに同意を示す。一応現実的にドラゴンを倒すための方法を検討してくれたらしい。

「うるせぇ、遠方から攻撃を仕掛けても途端に位置がバレて集団で襲ってくるだろうが」

 しかしそれもアイゼアに呆気なく一蹴されてしまったが。

「エラントドラゴンは体格がでかすぎる。一撃を与えること自体も難しいが、息絶えるまでの抵抗が一番やべぇ。手負いのまま逃がせば街に被害が出るかも知れねぇし、死ぬまで繰り返し攻撃を仕掛けるのはこの人数ではリスクが高すぎる。全員無駄死にさせるようなもんだ」
「一撃で致命傷を与えることが出来れば倒すのも不可能ではないということだな」
「そんな夢みたいな方法が存在するというのならば、ぜひとも教えていただきたいものですな、ユーゴ殿?」

 アイゼアの嫌みは、しかし反論するには難しかったのかユーゴは一度黙り込む。しかしすぐにその口元ににやり、と不敵な笑みを浮かべた。

「その方法を教えれば、協力をしてくれるということだな?」
「なにぃ?」

 その余裕綽々な態度に、アイゼアは眉尻を吊り上げる。しばし険しい顔でユーゴを睨んだのち、「ハッ」と馬鹿にするように息を吐いて笑った。

「いいぜ、その時は協力してやる。もしもそんな方法が本当に存在するならなぁ」

(ふむ……)

 その言い争いを尻目に、莉々子はドラゴン達の飛び交う空を見上げて思案した。
 ひとまず考えなくてはならないことは最低でも3つあるようだ。
 コモドラゴンの集団攻撃を防ぐ手立て。
 どの位置からドラゴンに攻撃を仕掛けるべきか。
 そして、エラントドラゴンに一撃で致命傷を与える方法。

「……まぁ、なくもないでしょう」

 そう何気なく思案しながら呟いた莉々子の言葉に、赤獅子団の面々は驚きの、ユーゴは面白がるような表情で振り向いた。
 その視線の圧力に莉々子はちょっと仰け反る。

「さすがは俺の義姉だな。貴様はやっぱり頼りになる」

 “頼りになる”などと下手に出たようにほざいているが、その目線はどう見ても犬を褒める飼い主のものだった。

「ドラゴン狩りの手柄は貴様にやろう、リリィ」
「……はぁ」

 こいつ絶対無策のくせにはったりで啖呵を切ってやがったな、とその態度に確信しつつ、莉々子はかくん、と気の抜けたように頷いてみせた。
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