ある日魔王の子を拾ったので一緒に逃げることにした話

陸路りん

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すべてのはじまり

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 ランスウェルズ王国
 この世界の中でも有数の大国家である。
 有名な名産品は農業国家のため芋とトウモロコシだ。しかし有名とはいえど当社比であって、実は他国では一見ぱっとしない品なのもあり、名産品などはあまり知られてはいない。
 この国のもっとも有名な生産品はそれらではなかった。

 「さて、困ったことになったな」

 最初に口火を切ったのは、議席の一番端に位置する男だった。
 「魔王の子が教会から逃亡するとは……、教会の危機管理は一体どうなっているんだ。これは責任問題だぞ、教皇殿」
 「では、責に問われるのは当然貴方でしょうね、騎士団長殿。なにせ教会の警備に関しましては、騎士団の方に全面的に一任しているのですから」
 「なんだと……っ!」
 銀色に輝く鎧を着込み、じゃらじゃらと憲章をつけた、燃えるように赤い髪の騎士団長と呼ばれた男が声を荒げて立ち上がる。
  純白に金の刺繍で縁取りがされた法衣に身を包んだ銀の髪を美しく結い上げた教皇と名指しされた老齢の女性が、それを見てふふん、と嘲笑った。
    2人は机を挟んで睨みあう。
 「まぁまぁ」
 それを咎めたのは一番の上座の立派なビロード張りの玉座に腰をかけた、白髪交じりの黒髪をなでつけて王冠をかぶった男だった。
 ランスウェルズ国、国王だ。
 王のその静かだが威厳のある声に、騎士団長は決まり悪げに椅子に腰を下ろし、教皇はそしらぬ顔で澄まして見せた。
 2人のその様子に国王はため息をつく。
 「二人とも言葉には気をつけてねー、ほら、責任ある立場だといちいち言葉尻をとらえられて大変でしょ」
 声と容姿は威厳に満ちているが、口調は軽い国王である。国王の話し方こそよっぽどまずいのではないかと思いつつ、誰もそこの指摘はしない。
 というか、できるわけがない。
 周囲のそんな微妙に据わりの悪い思いはものともせず、国王は「それに……」と、のうのうと言葉を続けた。

 「騎士団長。これは『逃亡』ではなく、『誘拐』だよー」

 その言葉にはっと、二人は同時に息をのむ。
 「魔王の子が自ら我が『庇護下』から逃げ出すなど、まぁ、あったら困るよねー。そうでしょー?」
 それは問いの形を取っていたが、求めているのは意見ではなく同意だけだ。
「その通りですわ、陛下。我が教会は世界が危機に陥らぬよう、全力を尽くしてきました。体制も万全で魔王の子が自ら逃げ出すような環境ではありません」
「その通りです、陛下。我々も世界の平和のために、全力で警備に当たっておりました。それこそ狼藉者が侵入するなどの事態がなければ、まだ幼い魔王の子が自ら出て行くのを見逃すような失態はありえません。むろん、下手人を取り逃がしたことは言い訳のしようがありませんが、誘拐したのは年端もいかぬ少女だとのこと。一度はその姿に情け心をかけてしまいましたが、すぐに捕らえられることでしょう」
 国王の意向を受け取って、すぐに二人は同意を示すとお互いに息が合ってしまったことが気にくわなかったのかお互いの顔をにらんだ。
 これは責任の押し付け合いだ。厄介な魔王の子がランスウェルズ王国に生まれ落ちてしまった時から延々と行われ続けている茶番だ。
 先代『魔王』が討伐されて早7年。その魔王が亡くなって、2年ほど経過した頃にその『魔王の子』は発見された。
 見つかった新たな魔王は、わずか2歳の子どもだった。
 魔王の子が見つかった当初、その待遇をどうするかで世界中が揺れた。
 魔王ならば殺せば良い。
 しかし、まだなんの罪も犯していない魔王の力を持った『人間の子ども』を殺すのはどうか。
 各国の首脳や学者、一般の民達までも巻き込んだ喧々諤々の議論へと発展したのだ。
 いっそうのこと、誰にも見つからないうちにもみ消せていれば良かったのだ。しかし、そうはならなかった。なぜならば発見者はランスウェルズ王国以外の者だったのだから。
 今すぐ殺せという声と、人非道的だという声と。
 悩んだランスウェルズ王国がとった決断は生かしたまま、しかし、監視下に置くというどっちつかずな案だった。
 そうするしかなかったのだ。
 どちらかを選べば必ず各所に角が立つ。
 自国での保護を自ら名乗り出ることにより、自国の面倒な厄介ごとを自身で処理したとして体面を保つことしかできなかった。
 『魔王の子』は戦争には有利な力を持っている。
 それを他国に渡すことはできなかったし、他国も引き取れば戦争を企んでいるのでは、と邪推されることを恐れていた。
 そうするより他に納めどころがなかったのだ。
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