ある日魔王の子を拾ったので一緒に逃げることにした話

陸路りん

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町の外への遠い道のり

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「まぁ、準備はだいたいこんなもんか」
 ――あの後、
 地下室にある通路からひっそりと抜け出し、ジルがまず提案したのは装備を整えることだった。
 食料に飲料から始まり簡単な防具、護身のための短剣、移動のための馬車、そして何よりも――
「良かったわねぇ、ジルの趣味用のカツラが役に立ったわ」
「誤解を招く言い方するな! 内職のうちの一つだ!!」
「とてもよく似合っているわ」
 そう笑いかける先には一人の少女がいた。――否、それは少女に偽装したリオンだ。
 ウェーブのかかった長い栗色の髪にかわいらしい赤色のリボンが結ばれ、薄い体が隠れるように深い藍色のワンピースの上に黒いケープを羽織っていた。
 カツラのおかげで問題の虹色の角も綺麗に隠れている。
 もちろんジルには女装趣味もなければ、カツラを愛でる趣味もない。
 近所の精肉店から余った毛皮部分を安値で譲ってもらい、それをカツラなどの装飾品に見立てて売って収入の一つにしているのだ。
 今のジルの職業は便利屋のようなものだ。頼まれたことなら屋根の修繕から野良猫探し、内職の手伝いまでなんでも請け負う。
 器用なジルは大抵のことには精通しており、そつなくこなすことが出来た。
「わたしの髪とおそろいね!」
 イヴが弾んだ声を出す。
 リオンのかぶったカツラとイヴの髪型はなるほど、とても似通っていた。
 2人で並ぶとまるで年の離れた姉妹のようだ。
「ちなみにこれはなんの毛で出来ているのかしら」
「イノシシ」
 本当は嘘だ。人間の髪にとても近いと言われている羊の毛で出来ている。
「……。美少女の毛にはふさわしくないわね」
「美少女にふさわしい毛なんかあるのか?」
「馬とか」
 きっとさらっさらよ。
 ジルはもう呆れて返事も返さなかった。
 そのままごそごそと荷物を確認し始める。
 変装しているのはリオンだけではなかった。イヴの髪の色は染め粉により灰色に染まっている。水がかかれば流れてしまう程度のものだが、それにさえ気をつければ問題ないくらいには綺麗だ。ジルだけは唯一何も変装をしていなかったが、獣の耳を隠すように帽子だけは目深にかぶり、しっぽもズボンの中にしまっていた。
 イヴはリオンのかわいい姿に大満足だ。男の子に女の子の格好をさせるのは少し可哀想な気もするが、似合っているからイヴ的には全然OKだ。
かわいいものはやっぱり、かわいい格好をしている方がいい。
 満足気にリオンの頭をよしよしとなでるとカツラの中からごわごわと角の感触がした。露出しているのならばきらきらとしていてとても綺麗だが、カツラをかぶるには少々邪魔である。
「……やっぱり、この角、ぱきっと折ったらだめかしら」
「おまえはもう少し未知のものに対して慎重になれ」
 ジルにひっぱたかれて髪がまた乱れる。ジルはイヴの頭をひっぱたくためのボタンか何かと勘違いしているに違いない。地味に痛いからやめてほしい。染め粉は完璧になじんだのか叩かれても散ることはなかった。
「まぁ、いいわ。リオンの角は綺麗だし、とても似合っていてキュートだから」
「なんだその納得の仕方。俺はおまえの価値観に不安を覚えるわ」
「わたしの価値観? そんなの決まっているじゃない! 好きか、嫌いかよ!」
「えばって言うな」
 再びイヴの頭をすこん、と叩いて、ジルはもう叩き飽きたのか、表通りのほうへ目をやってしまった。
 イヴもそれにならって、路地裏の影からこっそりと表通りを除きこむ。そこにはせわしなく動き回る厳重な装備をした騎士の姿と、教会に属する守門たちの姿が見えた。イヴ達のことを探しているのだろう。彼らの手には人相書きが握られていた。
 そこら中の壁に貼られているそれには、イヴとリオンの大まかな容姿と大人の協力者がいることが記載されていた。罪名は国家反逆罪。魔王の子を利用することで、世界を牛耳ろうとしている極悪人との御触書である。
「どうやら、教会と騎士団両方が敵に回ったみてぇだな」
 いや、敵に回ったのは国全体か。
 そう独りごちて、それを壁から破り取ってジルはイヴに渡してくれる。その指名手配書はかの大悪党と名高い盗賊ギルフォード・レインや政治犯カークス・ライルなどと同列に並べて貼られ、第一級犯罪者を示す、赤い紙面に記載されていた。
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