こわいはなし

Kalra

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五十七夜目:取りかえっ子

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【取りかえっ子】

これは友人の友人であるRさんから、高校生の時に私が聞いた話です。

☆☆☆
私が『アレ』に初めて気づいたのは、5歳位の頃でした。

その日、私は両親とバスに乗っていました。どこかにお出かけをした帰りだったと思います。右側の窓に頭をコンと置いて、車内をぼんやりと見ていました。左側の席の前から3~4番目に私と同じ年くらいの女の子が座っていました。ちょっと奇妙に思ったのが、その子は周りの人に色々と話しかけているけど、周りの人はほとんど何も答えないのです。
どうやら、その子はひとりでバスに乗っているようでした。

『子どもなのに・・・?』

私は疑問に思いました。周囲の人は、その子が無邪気に話しかけてくるのを持て余している様子でした。

バスが停留所に着きました。私の住んでいた地域は後ろ乗りだったので、数人の人がバス中程の乗降口から乗ってきます。その中に家族連れがいました。お父さん、お母さん、そして、お父さんが押しているベビーカーの中には、1歳にも満たない可愛らしい赤ちゃんがいました。
私は『かわいい』と思い、赤ちゃんがキョロキョロと周りを見回したり、ベビーカーに吊るされているおもちゃに手を伸ばす様子を見ていました。
その時には、先程の奇妙な子のことは、意識からなくなっていたと思います。

しばらく経って、バスはいくつかの停留所を過ぎ、私達が降りる停留所が近づいてきました。私がブザーを押そうとした矢先に、赤ちゃんのお父さんがブザーを押したので、私は『ああ、この家族も同じところで降りるんだな』と思いました。

バスが住宅街の停留所に着きました。
私も降りようと、準備をしているとき、とても不思議なことが起きました。

先程乗ってきた家族のお母さんが席を立ち、あの妙な子に
「ほら、降りるわよ」
と声をかけたのです。

え?と私は思いました。

あの子は、その家族が乗る前からバスに乗っていたではないですか。同じ家族であるとは思えません。しかし、その子は、ぴょんと座席から飛び降りると、お母さんと手を繋いだのです。そして、まるで本当の家族のように、一緒のバス停で降りたのでした。
「こら!Rちゃん。降りるよ」
私はぼうっとしていたのでしょう、母に声をかけられてしまいました。私も慌ててバスを降ります。見回すと、あの子はお母さんと手をつなぎながら、ニコニコとなにかを話しています。

『勘違いだったのかな?』

実は、その子は親子と一緒に乗ってきたのだったかしら、と。
夕焼けの街で次第に小さくなっていく親子を見ながら、私はそんなふうに考え始めていました。
でもその時、その不思議な子が、不意に私の方を振り返ったのです。夕焼けを背に逆光になっていて、表情は真っ黒でしたが、私は『笑っている』と感じました。確かに、私を見て笑っていたのです。
この瞬間、なぜだかわからないのですが、怖気が私の背中を立ち上りました。見てはいけないものを見てしまったように思ったのです。

私は慌てて、母にしがみつきました。
「なあに?どうしたのRちゃん?」
母が私の視線の先に目を送ります。
「ああ、この間引っ越してきたKさんね。あなたと同じくらいのお姉ちゃんがいたの」
たった今、Kさんの家に入り込んだモノがいるということに母は気づいていないのです。

『私だけが知っている・・・?』

そうはいっても、どうすることもできません。私はそのままKさんたちを見送るしかありませんでした。

☆☆☆
Kさんたちは私の家から本の数十メートルのところに住んでいました。幼稚園に行くときや、友達と連れ立って公園に行くときなど、どうしてもの時以外、私はKさんの家の前を通らないようにしていました。
ある時、そう、あれは私が小学校2年生だったと思います。習い事でピアノをやっていたのですが、その帰り道でした。ちょうど習い事のお教室から普通に帰ろうとするとKさんの家の前を通ることになるのです。いつもは、一緒に帰る母になんやかんやと理由を言ってはそこを通らないようにしていたのですが、その日は母が急いでいたようで、一番近い道であるKさんの家の前を通ることになってしまいました。
仕方なく、私はできるだけ顔を伏せてKさんの家が目に入らないようにしていたのですが、なにかの拍子にふと顔を上げてしまったのです。

二階の窓だったと思います。そこに人影が見えました。
そして、よせばいいのに、つい気になって私は目を凝らしてしまったのです。
そこにいたのはあの子でした。

いいえ、正確にはきっとあの子なのだろうという何者かでした。
それは顔をベッタリと窓にはりつけ、こちらをギョロギョロとした目で見ていたのです。
「ひっ!」
私は母の手をぎゅっと掴んで、つい声を上げてしまいました。
母親は私を見て、私の視線を追いました。私は一瞬そんな母の顔を見て、また、視線を窓に戻したのですが、そこには、すでに何もいませんでした。
「どうしたの?変な声を出して」
母が怪訝な声で尋ねてきましたが、私は何も言うことが出来ませんでした。
恐ろしくて、今すぐにでもここを離れたい、そう思ったのです。

これで終わっていれば、あれはもしかしたら、本当にKさんの家の子で、ただ単に気味の悪いイタズラだった、で済んだのかもしれません。
しかし、そうはなりませんでした。

私が『アレ』を見た、その夜、近所で火事がありました。
消防車や救急車がたくさん来ました。父が野次馬で見に行ったものですから、母もついていき、結果的に私もいっしょに行く羽目になりました。
最初はどこの家かわからなかったのですが、すぐに、それがKさんの家だと知れました。
たくさんの消防士が消火活動をしている中、父のような野次馬がたくさん集まっていました。
私も最初は火の勢いに圧倒されて呆然と見ていたのですが、子どもだったということもあり、父や母よりも早く飽きてしまいました。キョロキョロと周りを見ていたのです。

そこであの子を見つけてしまいました。

皆が皆、火を吹いている家の方を見ている中、その子はじっとこっちを見ていたので、とても異質でした。炎の明かりに赤く照らされて、表情までは見えませんでしたが、まっすぐ私を見ていたのだけがわかりました。私はぎゅっと母にしがみつきました。
母はその様子を火事を怖がっているのだと思ったのだと思います。
父にもう帰ろうと言ってくれ、私達はそこから離れることになりました。
離れる時、私はどうしても気になって、後ろを振り返ってしまったのです。すると、あの子が、Kさんではない夫婦の間に入って、両の手を繋がれながら帰る様子が見えました。

私が目を見開いていると、ふと、その子が振り返ったのです。
そして、また、笑いました。

☆☆☆
三度目に『アレ』を見たのは、中学生の頃だったと思います。
私の家の近くに市民会館がありました。そこの2階が中学生や高校生に開放されていて、本を読んだり、ゲームをしたりできるので、良く友達と誘い合って行っていたのです。

1階は市の催しや展示スペースとして活用されていました。
その日は丁度そんな展示があったのです。『家族写真展』ということで、家族をテーマにした写真のコンクール作品の展示でした。私が友人と何気なくその展示を見ていると、あるひとつの写真に目が止まったのです。

おそらくリゾート地で撮った写真なのでしょう。椰子のような植物、その背景には真っ青な海が広がっています。父親と思しき、よく日に焼けた短パン姿の精悍な男性と、麦わら帽子に薄青色のワンピース姿の母親と思しき女性が立っていました。そして、その二人の間に、小学校低学年くらいの女の子がいたのです。

他の二人が「ザ・リゾート」という格好なのに、その子はおかっぱ頭に白いブラウス、吊りの赤いスカートというなんとも場違いな出で立ちで写っていました。
そして、その顔はさらに異質さを感じさせました。三日月のように歪んだ目、目鼻に比べて異様なほど大きな口でにーっと笑っていました。その顔を見た時、私には過去2回遭遇した『あれ』の笑みをどうしても思い出してしまったのです。

「なにこれ、気持ち悪い」

私はついつぶやいてしまいました。ところが、いっしょにいた友人は「え?そう?」と言うのです。私が「だって、・・・」と言いかけたのですが、友人は興味がなさそうに通り過ぎてしまったので、結局、このことはこれっきりになりました。
ところが、後日このことは意外な形で、私達の間で再び話題になったのです。

その写真を見てから数日後、夕方この友人から突然電話がかかってきました。

「ねえ!R、テレビ見て。◯チャンネル」

私がテレビをつけると小学校高学年の子どもを衰弱死させた容疑で、二人の若い男女が逮捕されたというニュースが流れていたのです。

「ねえ、ほら、この人たち、あの写真の一家じゃない?」

確かに、あの写真に写っていた男性と女性でした。

「ほら、子どももあの写真の子だよ」

ところが、友人はそういうのですが、私にはそこに写っている子供の写真はあの時の写真の子と似ても似つかないものにしか見えません。テレビに写っている子はあの妙にアンバランスな目鼻立ちでもなければ、おかっぱでもない、全く普通の子だったのです。

私に見えているものと、友人が見ていたものが全く違ったのかも知れない。
とても薄気味悪く思いました。

☆☆☆

「3回の『アレ』との遭遇で、私は確信したんです。私達が住んでいるこの町には、人のように見えて人じゃない何かがいるんだって」

放課後に立ち寄った喫茶店でRさんは私に力説しました。
この頃からすでに、私は友人達の間でもちょっと怖いことの相談に乗ってくれる人、という妙な位置づけになっていたせいで、よくこのような話を持ちかけられていたのです。

うーん、何とも言えないな・・・。

私は注文したアイスコーヒーを飲みながら、なんと答えたものか思案していました。
Rさんは3回出会ったモノが同じだと確信しているようですが、話を聞く限りでは、良く似た年頃の子を見間違えたり、成長による面変りなんかで勘違いしたりとかでも説明できそうでした。

「どう・・・思います?」

うーん。。。

ただ、怪異ではないという確証もなかったので、とりあえず、あまり関わらないようにするべきでは?というありきたりのアドバイスをすることしかできませんでした。

「まあ、そうなんですけど・・・」

Rさんは私の返答にあまり満足がいかないようでした。
そんな事言われても・・・。

そんな話をしている時、お店に中学生くらいの女の子が入ってきました。

「あ、お姉ちゃん。ここにいたんだ・・・。お母さん、早く帰ってこいって」
「あ、うん。わかった」
Rさんはその子に答えました。

姉妹なの?

尋ねると、「そう、妹です」と紹介してくれました。

「ごめん、お母さん呼んでるみたいだから、今日はこれで・・・」

私とRさんは会計をして店を出ました。
Rさんと妹さんは手を繋いで一緒に帰っていきます。

仲の良い姉妹だな・・・。
私は夕陽の中消えていく2人を見送りました。

でも、待てよ?
Rさんのさっきの話を聞いてる限り、彼女は一人っ子ぽかったけど・・・。

そのとき、妹が私の方を振り返りました。

夕陽を背景に、逆光で顔は見えないのですが、確かに笑っているようでした。
そして、その口は、目鼻に似合わないほど大きかったように、そのときは感じられたのです。
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