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第8章 真紅の皇国編
イェンリンの提案
―――イェンリンのふざけた話は紅蓮の溜め息で一旦幕を閉じた。
だが続けて今度は真剣な面持ちに変わったイェンリンが―――
「実は此処に来たのは馬車の件もあったのだが、ノワールに訊きたいことがあったのだ」
―――ノワールに向かって訊ねたいことがあると言った。
「―――我に?一体なんの件だ?」
「実はこのことは後から白雪にも確認しておきたいと思っていたことでな。此処で会えた時は正直手間が省けたと思った」
「私にも?……勿体ぶっていないで何が訊きたいのかハッキリと言いなさいな」
怪訝そうな顔をした白雪がイェンリンに質問の内容を促す。
「ふむ……ノワール、白雪のどちらでもいいのだが、最近……蒼神龍と連絡を取った者はいるか?」
「蒼神龍?セレストのことか?そう言えばここ百年ほど姿を見ていないな……白雪は?」
ノワールが白雪に向き合うと、
「私も最後に会ったのは百年ほど前だったかしら?たしかセレストのところの御子は男だったわね」
白雪もそれに答えた。
「―――そのセレストっていうのが蒼神龍の名前なのか?」
八雲が知らない神龍の話なので訊いてみると、イェンリン達は頷く。
「蒼神龍ブルースカイ・ドラゴンは三百年ほど前に御子を失った。それから百年ほどはひとりでいたのだが、二百年ほど前に御子を迎えたと噂で聞き、それから百年ほどして名前もセレストとつけられたということを会って聞いた」
ノワールが説明すると白雪も続けて、
「私のところにもその話しにきたのが百年ほど前だから、ノワールと同じ時期だったのでしょうね」
そんなふたりの話を聴いて、イェンリンが鼻でフフッと笑う。
「ふたりとも優しいことだ。ハッキリ言ったらいいではないか?蒼神龍の先代の御子を斬ったのが―――余だということを」
「―――イェンリン!!!」
突然衝撃の告白を自ら行ったイェンリンに場が静まり返り、逆に紅蓮が大声を上げた。
「どう取り繕っても過去は変わらぬ。あれ以来、蒼神龍が余を恨んでいることもな」
イェンリンの言葉にノワール、紅蓮、白雪が俯いて瞳を伏せる。
「だが、そこには真実があったはずだ。何故その御子を斬った?」
―――そんな中、八雲はイェンリンに自分が抱いた疑問をぶつける。
「……」
イェンリンは黙って八雲を見つめた後にハァ……と深い溜め息を吐いた。
「すまぬがそれは先代の蒼神龍の御子と約束したこと。おいそれと話すことは出来ん」
「そうか。だが―――今ので分かった」
八雲が分かったと言い切ったことにイェンリンだけでなくノワールや紅蓮、白雪も八雲に注目する。
「……おい、適当なことを言うでないぞ八雲。生まれたばかりのお前に何が分かるか!」
語尾を強めて睨むイェンリンに八雲は至って冷静な顔をして、
「―――お前がそれほど先代の蒼神龍の御子との件を、真剣に想っているということが分かったのさ。もしも憎い相手や下賤の輩だったというなら約束なんて反故にしてぶち撒ければいいだけだ。そうしないのは真剣に想うことに値する相手だったってことが分かったと言ったんだ」
八雲にそう言い返されてイェンリンは何も言えない……
そこでノワールが―――
「ヴァレリア、シャルロット、ユリエル、エディス。悪いが今日のところは先に休んでくれないか?隠し立てする訳ではないが、ヴァーミリオン皇国の皇帝の個人的な話だ。扱いには過敏にもなる。分かってくれ」
―――そう言って先に休むように促すと、空気を読んでヴァレリアが立ち上がる。
「―――確かにヴァーミリオン皇帝陛下が話をお聞かせする相手を選ばれるのは当然のこと。それが神龍様と御子様が関わるお話となれば尚のことでございましょう。それではここで、わたくし達は先に休ませて頂きます。ですが……八雲様におやすみのキスをする間だけは、お許しくださいませ/////」
と言うと、イェンリンはニコリと優しい笑みを浮かべ、
「夫婦の間の挨拶を邪魔するほど無粋ではない。無論ちゃんと挨拶してから休んでくれ」
と答えるとヴァレリア、シャルロット、ユリエル、そしてエディスも八雲の頬に軽くキスをして退室していく。
そしてヴァレリアが退室するときにイェンリンが一言、
「―――感謝するぞ。ヴァレリア王女」
と礼を伝えるとヴァレリアは笑顔を返してカーテシーを決めて部屋を出て行った。
部屋に残ったのは八雲、ノワール、葵と雪菜に白雪―――
―――そしてイェンリンと紅蓮だった。
「良き妻を娶ったな八雲。大切にするがよい」
ヴァレリア達の心遣いに感謝したイェンリンが八雲にそう忠告すると、
「言われなくても大切にするさ。さて、彼女達に気をつかってもらって話すことはないのか?イェンリン」
八雲が先ほどの続きを促すが、イェンリンの口は重い。
「―――それじゃあ私の独り言として聞いてもらおうかしら?」
そこで見かねたようにして紅蓮が口を挟んだ。
「―――おい!紅蓮!!」
突然の紅蓮の行動に止めようとするも紅蓮は鋭い目つきになりイェンリンを睨む。
「セレストが何を考えているのかは知らないけれど、そのことに訳も分からず八雲さん達が巻き込まれでもしたらどう責任を取るつもりなの?あの時の過ちを繰り返したい訳じゃないでしょ?」
その言葉に押し黙ったイェンリンだったが、最後には「好きにしろ」と折れた。
そこから紅蓮によって、イェンリンと蒼神龍の間に何があったのかが語られていく―――
―――大陸歴700年 フロンテ大陸東部エスト
今から約三百年前、そこには当時の蒼神龍の御子ヨルン=ヘイトが統べる国があった。
三百年の昔、国は形成されていたが今ほどに文明も文化もまだ生まれておらず、人々は今日を生きるために狩猟と農耕を日々続けるような時代のこと。
そこに現れた蒼神龍の御子ヨルンは野心家であり御子の能力によって支配欲に取りつかれ、あっという間に故郷の国を支配して更に支配地域を増やしていった。
そんなヨルンが求めたのは彼よりも更に三百年ほど前から周辺と戦い続け、巨大国家ヴァーミリオン皇国を築いた炎零=ロッソ・ヴァーミリオンだった……
「―――エエ~!?コイツを求めたぁ~!?」
そこで八雲がイェンリンを見ながら盛大に疑問の声を上げる。
「フフンッ♪ 今も昔も永遠の17歳である余の美しさに狂ってしまうのも無理からぬことよ!ヨルンもまたその一人であった」
盛大に胡散臭い者を見る目を向ける八雲だが、かまわず紅蓮は話を続ける―――
「それから……ヨルンは軍を編成してヴァーミリオンに攻め込んできたの―――」
―――フロンテ大陸東部エストの皇国アズール。
その北西部に位置する現在のエズラホ王国は当時まだエズラホ自治領区と呼ばれ、王族も国全域を纏め切れずに豪族同士がいがみ合っているような勢力の集合体であり、そこを蒼神龍の御子ヨルンに突かれ、あっという間に国を掌握されてしまった―――
「―――エズラホはヴァーミリオンと国境を隣接する国でもあり、ヨルンにとってヴァーミリオンを攻める最短距離だったのね」
「たしかエストは六つの国からなる縄張りで国のひとつひとつの国土が大きかったよな?」
八雲はクレーブスの授業に出てきた知識で質問する。
「たしかに土地は広いけどエストにある国々の国土は殆どが山間部で万年雪もあるくらい高い山もあるのよ。だから人の住める土地っていうのはそれほど広くないの」
「山か……森林の多い土地は空気が綺麗だけど、代わりに土砂崩れとか自然災害が怖いんだよな」
日本に住んでいた八雲や雪菜からすると雨季の土砂災害はテレビのニュースでよく流されていた。
「よく知っているわね?そうね。エストもそうした土砂災害なんかは多い土地のようだわ」
紅蓮の説明にイェンリンが―――
「―――話しが逸れているぞ」
―――と忠告する。
「あら、ごめんなさい。それで、ヨルンは―――」
―――蒼神龍の御子になってから旗揚げし、勢力を伸ばしてアズール皇国を支配下に置いたヨルンはアズールとヴァーミリオンに国境を接する隣国のエズラホをあっという間に支配する。
そしてその先に広がるヴァーミリオンの大地に向かい進軍を始めた。
―――国境付近の集落や街で略奪を行うヨルンの軍に当然イェンリンは出陣した。
そしてエズラホからヴァーミリオンに侵攻してきたヨルンの軍とイェンリンが率いるヴァーミリオン軍が草原で対峙することになった。
「―――だが、ヨルンの傍には蒼神龍の姿はなかった」
そこでイェンリンが当時の様子を語った。
「余はヨルンに蒼神龍はどうしたのかと問うた。だが、ヨルンは―――」
『神龍は政に関わらない。彼女もまた然り。ヴァーミリオンを欲するはただ己の意志』
「―――そう言って、余との一騎打ちを申し出て来た」
「ん?一騎打ち?―――イェンリンと?」
「余のことをか弱い女だと見下しているのかと思ったのだが、奴の剣は真っ直ぐな剣だった」
「……」
イェンリンの持っている剣を交えた相手の練度などを見通す洞察力は八雲も身に染みて知っているだけに、縄張りを越境してまでヴァーミリオンに侵攻したヨルンという御子のことが気になっていた。
「しかし、覇王の素質を持った者でも、既に覇王となっていた余の敵ではなかった。勝負は余の勝ちであり、ヨルンは余に斬られて命を落とした」
「でもその命を落としたヨルンと約束をしたんだろう?男が死に際に頼むことなんて大体想像がつくけど」
「……お前は聡いな、八雲」
そこで八雲は出会って初めて、優しく綺麗な笑顔を向けるイェンリンに思わず見惚れてしまった。
「―――ヨルンが余に願ったのは蒼神龍のことよ。戦いを嫌う彼女の言葉を顧みず己の欲に走ったこと、国が大きくなる度に彼女に寄り添えなかったこと、そのことを謝罪したかったと言った。もしも蒼神龍《ブルースカイ》に会うことがあれば伝えて欲しいと」
「それじゃあ、そのことを彼女に伝えたのか?」
八雲の質問にイェンリンの表情は曇る。
「いや……それから三百年、一度も蒼神龍には会っていない。余の口から伝えると言って紅蓮にもそのことは口止めしていた。だからお前達も黙っていてくれ」
「……それはいいけれど、イェンリン……貴女このままだとあの子に恨まれたままになってしまうわよ」
「ハハハッ!―――皇国に皇帝となって六百年。恨まれたことがなかったとでも?」
白雪の言葉を笑い飛ばすイェンリンだったが、それはヴァーミリオン皇国を六百年も支えてきたイェンリンだから言える言葉に重たいものを八雲は感じた。
「それで最初の話しに戻る訳だがノワールも白雪も百年ほど前に会っただけだと言ったな?」
「ああ、我は確かにその時が最後だ」
「―――私もそうよ」
ノワールと白雪がそう答えると―――
「ならば、その時にお前達は当代の蒼神龍の御子に会ったか?」
―――真剣な瞳でふたりに問い掛けるイェンリン。
「いや。我が会った時はセレストだけだった」
「私も会っていないわ。というかわたしが会った時もひとりだったわ」
ふたりの返事を聞いてイェンリンが静かに瞳を閉じ、やがてゆっくりと開くと、
「八雲……あの銀狐のことだが、恐らくあいつの雇い主は蒼神龍の御子だ」
「エッ?―――なにか根拠があるのか?」
「ああ、あるぞ。その蒼神龍の御子はヨルンの孫だからだ」
「ハッ!?孫?―――でもだからと言ってどうして雪菜を狙うんだ?」
八雲の質問にイェンリンは雪菜を見る。
その視線にビクッと身体を震わせた雪菜だったが、白雪がそっと雪菜の手を握って落ち着かせる。
「……これは余の憶測だが雪菜を狙ったのではなく、雪菜を攫うことで追って来る者―――つまり狙われたのはお前だ。八雲」
八雲を指差しながらそう説明するイェンリンに今度は八雲の思考が追いつかない。
「いやいや!―――俺そんな御子に会ったこともければ、東部エストに手を出した憶えもないぞ!」
「雪菜……あの狐に攫われる時に何か言われたりしなかったか?」
「ファッ!?―――え、ええ~と……うぅ~ん……あ、そういえば!!」
「何か思い当たることでもあったのか?」
イェンリンが続けて問い掛けると雪菜は天狐に誘拐される前のことを語り出す。
「なんだか暗示みたいなものを掛けられたみたいになった時―――【九頭竜八雲を憎め】―――【九頭竜八雲を殺せ】―――【九頭竜八雲を愛する者達を殺せ】って言葉をずっと囁かれていたの。その時『精神耐性』スキルが発動して、それには掛からなかったんだけど……」
「《魅了》ですね。思い返せば天狐が暗躍していたエーグルもリオンも、エドワード王とアルフォンス王子を狙っていましたが、それも当時主様の後ろ盾のような立場の王族。それを考えればすべての狙いは―――」
「俺に……向いているのか?でも何故だ?本当に恨まれる憶えなんてないぞ?」
焦ったように表情を曇らせた八雲が問い返すが、
「―――それは蒼神龍の御子に直接訊いてみるしかないだろう。だが手練れの配下は今のところあの狐ぐらいのものだろうし、おいそれと『蒼天の精霊』は表立って動かすことはないだろう。要はあの狐は汚れ仕事を押し付けられたのだ。実際こうして狐が掴まっても、その関係が露呈することもない」
イェンリンから天狐の立場について推察した内容を告げられた。
「その……『蒼天の精霊』っていうのは?」
八雲がイェンリンの言葉で気になったことを問い掛ける。
「蒼神龍の直属の配下だ。お前のところでいう『龍の牙』、余の義姉妹達『紅の戦乙女』、そして白雪の『白い妖精』と同じ存在だ」
「なるほど……だけど天狐がもし口を割れば、色々と分かるかも知れない」
八雲の言葉にイェンリンが顔を顰める。
「―――あの狐がそんなに簡単に口を割るかぁ?余とお前と雪菜で相当、奴のプライドをズタズタにしたぞ?」
「エッ!?私も?私、狐さんになにか嫌なことした!?」
八雲とイェンリンは分かるが自分まで天狐のプライドを切り裂いたメンバー入りしていることに雪菜は驚愕する。
「天然って本当に怖いな……」
「余も気をつけるとしよう……」
「―――エエッ!?ホントどういうこと!?」
混乱する雪菜をノワールと紅蓮、白雪までが生温かい目で見ていた。
「まあ天狐のことは俺と葵に任せてくれ。それ以外にこれからどうするかだな」
八雲が今後の防衛手段を思考しているとイェンリンから、
「それなら、こういうのはどうだ?お前達―――ヴァーミリオンに留学してみる気はないか?」
と八雲達の予想の斜め上を行く提案が持ち出されるのだった―――
だが続けて今度は真剣な面持ちに変わったイェンリンが―――
「実は此処に来たのは馬車の件もあったのだが、ノワールに訊きたいことがあったのだ」
―――ノワールに向かって訊ねたいことがあると言った。
「―――我に?一体なんの件だ?」
「実はこのことは後から白雪にも確認しておきたいと思っていたことでな。此処で会えた時は正直手間が省けたと思った」
「私にも?……勿体ぶっていないで何が訊きたいのかハッキリと言いなさいな」
怪訝そうな顔をした白雪がイェンリンに質問の内容を促す。
「ふむ……ノワール、白雪のどちらでもいいのだが、最近……蒼神龍と連絡を取った者はいるか?」
「蒼神龍?セレストのことか?そう言えばここ百年ほど姿を見ていないな……白雪は?」
ノワールが白雪に向き合うと、
「私も最後に会ったのは百年ほど前だったかしら?たしかセレストのところの御子は男だったわね」
白雪もそれに答えた。
「―――そのセレストっていうのが蒼神龍の名前なのか?」
八雲が知らない神龍の話なので訊いてみると、イェンリン達は頷く。
「蒼神龍ブルースカイ・ドラゴンは三百年ほど前に御子を失った。それから百年ほどはひとりでいたのだが、二百年ほど前に御子を迎えたと噂で聞き、それから百年ほどして名前もセレストとつけられたということを会って聞いた」
ノワールが説明すると白雪も続けて、
「私のところにもその話しにきたのが百年ほど前だから、ノワールと同じ時期だったのでしょうね」
そんなふたりの話を聴いて、イェンリンが鼻でフフッと笑う。
「ふたりとも優しいことだ。ハッキリ言ったらいいではないか?蒼神龍の先代の御子を斬ったのが―――余だということを」
「―――イェンリン!!!」
突然衝撃の告白を自ら行ったイェンリンに場が静まり返り、逆に紅蓮が大声を上げた。
「どう取り繕っても過去は変わらぬ。あれ以来、蒼神龍が余を恨んでいることもな」
イェンリンの言葉にノワール、紅蓮、白雪が俯いて瞳を伏せる。
「だが、そこには真実があったはずだ。何故その御子を斬った?」
―――そんな中、八雲はイェンリンに自分が抱いた疑問をぶつける。
「……」
イェンリンは黙って八雲を見つめた後にハァ……と深い溜め息を吐いた。
「すまぬがそれは先代の蒼神龍の御子と約束したこと。おいそれと話すことは出来ん」
「そうか。だが―――今ので分かった」
八雲が分かったと言い切ったことにイェンリンだけでなくノワールや紅蓮、白雪も八雲に注目する。
「……おい、適当なことを言うでないぞ八雲。生まれたばかりのお前に何が分かるか!」
語尾を強めて睨むイェンリンに八雲は至って冷静な顔をして、
「―――お前がそれほど先代の蒼神龍の御子との件を、真剣に想っているということが分かったのさ。もしも憎い相手や下賤の輩だったというなら約束なんて反故にしてぶち撒ければいいだけだ。そうしないのは真剣に想うことに値する相手だったってことが分かったと言ったんだ」
八雲にそう言い返されてイェンリンは何も言えない……
そこでノワールが―――
「ヴァレリア、シャルロット、ユリエル、エディス。悪いが今日のところは先に休んでくれないか?隠し立てする訳ではないが、ヴァーミリオン皇国の皇帝の個人的な話だ。扱いには過敏にもなる。分かってくれ」
―――そう言って先に休むように促すと、空気を読んでヴァレリアが立ち上がる。
「―――確かにヴァーミリオン皇帝陛下が話をお聞かせする相手を選ばれるのは当然のこと。それが神龍様と御子様が関わるお話となれば尚のことでございましょう。それではここで、わたくし達は先に休ませて頂きます。ですが……八雲様におやすみのキスをする間だけは、お許しくださいませ/////」
と言うと、イェンリンはニコリと優しい笑みを浮かべ、
「夫婦の間の挨拶を邪魔するほど無粋ではない。無論ちゃんと挨拶してから休んでくれ」
と答えるとヴァレリア、シャルロット、ユリエル、そしてエディスも八雲の頬に軽くキスをして退室していく。
そしてヴァレリアが退室するときにイェンリンが一言、
「―――感謝するぞ。ヴァレリア王女」
と礼を伝えるとヴァレリアは笑顔を返してカーテシーを決めて部屋を出て行った。
部屋に残ったのは八雲、ノワール、葵と雪菜に白雪―――
―――そしてイェンリンと紅蓮だった。
「良き妻を娶ったな八雲。大切にするがよい」
ヴァレリア達の心遣いに感謝したイェンリンが八雲にそう忠告すると、
「言われなくても大切にするさ。さて、彼女達に気をつかってもらって話すことはないのか?イェンリン」
八雲が先ほどの続きを促すが、イェンリンの口は重い。
「―――それじゃあ私の独り言として聞いてもらおうかしら?」
そこで見かねたようにして紅蓮が口を挟んだ。
「―――おい!紅蓮!!」
突然の紅蓮の行動に止めようとするも紅蓮は鋭い目つきになりイェンリンを睨む。
「セレストが何を考えているのかは知らないけれど、そのことに訳も分からず八雲さん達が巻き込まれでもしたらどう責任を取るつもりなの?あの時の過ちを繰り返したい訳じゃないでしょ?」
その言葉に押し黙ったイェンリンだったが、最後には「好きにしろ」と折れた。
そこから紅蓮によって、イェンリンと蒼神龍の間に何があったのかが語られていく―――
―――大陸歴700年 フロンテ大陸東部エスト
今から約三百年前、そこには当時の蒼神龍の御子ヨルン=ヘイトが統べる国があった。
三百年の昔、国は形成されていたが今ほどに文明も文化もまだ生まれておらず、人々は今日を生きるために狩猟と農耕を日々続けるような時代のこと。
そこに現れた蒼神龍の御子ヨルンは野心家であり御子の能力によって支配欲に取りつかれ、あっという間に故郷の国を支配して更に支配地域を増やしていった。
そんなヨルンが求めたのは彼よりも更に三百年ほど前から周辺と戦い続け、巨大国家ヴァーミリオン皇国を築いた炎零=ロッソ・ヴァーミリオンだった……
「―――エエ~!?コイツを求めたぁ~!?」
そこで八雲がイェンリンを見ながら盛大に疑問の声を上げる。
「フフンッ♪ 今も昔も永遠の17歳である余の美しさに狂ってしまうのも無理からぬことよ!ヨルンもまたその一人であった」
盛大に胡散臭い者を見る目を向ける八雲だが、かまわず紅蓮は話を続ける―――
「それから……ヨルンは軍を編成してヴァーミリオンに攻め込んできたの―――」
―――フロンテ大陸東部エストの皇国アズール。
その北西部に位置する現在のエズラホ王国は当時まだエズラホ自治領区と呼ばれ、王族も国全域を纏め切れずに豪族同士がいがみ合っているような勢力の集合体であり、そこを蒼神龍の御子ヨルンに突かれ、あっという間に国を掌握されてしまった―――
「―――エズラホはヴァーミリオンと国境を隣接する国でもあり、ヨルンにとってヴァーミリオンを攻める最短距離だったのね」
「たしかエストは六つの国からなる縄張りで国のひとつひとつの国土が大きかったよな?」
八雲はクレーブスの授業に出てきた知識で質問する。
「たしかに土地は広いけどエストにある国々の国土は殆どが山間部で万年雪もあるくらい高い山もあるのよ。だから人の住める土地っていうのはそれほど広くないの」
「山か……森林の多い土地は空気が綺麗だけど、代わりに土砂崩れとか自然災害が怖いんだよな」
日本に住んでいた八雲や雪菜からすると雨季の土砂災害はテレビのニュースでよく流されていた。
「よく知っているわね?そうね。エストもそうした土砂災害なんかは多い土地のようだわ」
紅蓮の説明にイェンリンが―――
「―――話しが逸れているぞ」
―――と忠告する。
「あら、ごめんなさい。それで、ヨルンは―――」
―――蒼神龍の御子になってから旗揚げし、勢力を伸ばしてアズール皇国を支配下に置いたヨルンはアズールとヴァーミリオンに国境を接する隣国のエズラホをあっという間に支配する。
そしてその先に広がるヴァーミリオンの大地に向かい進軍を始めた。
―――国境付近の集落や街で略奪を行うヨルンの軍に当然イェンリンは出陣した。
そしてエズラホからヴァーミリオンに侵攻してきたヨルンの軍とイェンリンが率いるヴァーミリオン軍が草原で対峙することになった。
「―――だが、ヨルンの傍には蒼神龍の姿はなかった」
そこでイェンリンが当時の様子を語った。
「余はヨルンに蒼神龍はどうしたのかと問うた。だが、ヨルンは―――」
『神龍は政に関わらない。彼女もまた然り。ヴァーミリオンを欲するはただ己の意志』
「―――そう言って、余との一騎打ちを申し出て来た」
「ん?一騎打ち?―――イェンリンと?」
「余のことをか弱い女だと見下しているのかと思ったのだが、奴の剣は真っ直ぐな剣だった」
「……」
イェンリンの持っている剣を交えた相手の練度などを見通す洞察力は八雲も身に染みて知っているだけに、縄張りを越境してまでヴァーミリオンに侵攻したヨルンという御子のことが気になっていた。
「しかし、覇王の素質を持った者でも、既に覇王となっていた余の敵ではなかった。勝負は余の勝ちであり、ヨルンは余に斬られて命を落とした」
「でもその命を落としたヨルンと約束をしたんだろう?男が死に際に頼むことなんて大体想像がつくけど」
「……お前は聡いな、八雲」
そこで八雲は出会って初めて、優しく綺麗な笑顔を向けるイェンリンに思わず見惚れてしまった。
「―――ヨルンが余に願ったのは蒼神龍のことよ。戦いを嫌う彼女の言葉を顧みず己の欲に走ったこと、国が大きくなる度に彼女に寄り添えなかったこと、そのことを謝罪したかったと言った。もしも蒼神龍《ブルースカイ》に会うことがあれば伝えて欲しいと」
「それじゃあ、そのことを彼女に伝えたのか?」
八雲の質問にイェンリンの表情は曇る。
「いや……それから三百年、一度も蒼神龍には会っていない。余の口から伝えると言って紅蓮にもそのことは口止めしていた。だからお前達も黙っていてくれ」
「……それはいいけれど、イェンリン……貴女このままだとあの子に恨まれたままになってしまうわよ」
「ハハハッ!―――皇国に皇帝となって六百年。恨まれたことがなかったとでも?」
白雪の言葉を笑い飛ばすイェンリンだったが、それはヴァーミリオン皇国を六百年も支えてきたイェンリンだから言える言葉に重たいものを八雲は感じた。
「それで最初の話しに戻る訳だがノワールも白雪も百年ほど前に会っただけだと言ったな?」
「ああ、我は確かにその時が最後だ」
「―――私もそうよ」
ノワールと白雪がそう答えると―――
「ならば、その時にお前達は当代の蒼神龍の御子に会ったか?」
―――真剣な瞳でふたりに問い掛けるイェンリン。
「いや。我が会った時はセレストだけだった」
「私も会っていないわ。というかわたしが会った時もひとりだったわ」
ふたりの返事を聞いてイェンリンが静かに瞳を閉じ、やがてゆっくりと開くと、
「八雲……あの銀狐のことだが、恐らくあいつの雇い主は蒼神龍の御子だ」
「エッ?―――なにか根拠があるのか?」
「ああ、あるぞ。その蒼神龍の御子はヨルンの孫だからだ」
「ハッ!?孫?―――でもだからと言ってどうして雪菜を狙うんだ?」
八雲の質問にイェンリンは雪菜を見る。
その視線にビクッと身体を震わせた雪菜だったが、白雪がそっと雪菜の手を握って落ち着かせる。
「……これは余の憶測だが雪菜を狙ったのではなく、雪菜を攫うことで追って来る者―――つまり狙われたのはお前だ。八雲」
八雲を指差しながらそう説明するイェンリンに今度は八雲の思考が追いつかない。
「いやいや!―――俺そんな御子に会ったこともければ、東部エストに手を出した憶えもないぞ!」
「雪菜……あの狐に攫われる時に何か言われたりしなかったか?」
「ファッ!?―――え、ええ~と……うぅ~ん……あ、そういえば!!」
「何か思い当たることでもあったのか?」
イェンリンが続けて問い掛けると雪菜は天狐に誘拐される前のことを語り出す。
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「《魅了》ですね。思い返せば天狐が暗躍していたエーグルもリオンも、エドワード王とアルフォンス王子を狙っていましたが、それも当時主様の後ろ盾のような立場の王族。それを考えればすべての狙いは―――」
「俺に……向いているのか?でも何故だ?本当に恨まれる憶えなんてないぞ?」
焦ったように表情を曇らせた八雲が問い返すが、
「―――それは蒼神龍の御子に直接訊いてみるしかないだろう。だが手練れの配下は今のところあの狐ぐらいのものだろうし、おいそれと『蒼天の精霊』は表立って動かすことはないだろう。要はあの狐は汚れ仕事を押し付けられたのだ。実際こうして狐が掴まっても、その関係が露呈することもない」
イェンリンから天狐の立場について推察した内容を告げられた。
「その……『蒼天の精霊』っていうのは?」
八雲がイェンリンの言葉で気になったことを問い掛ける。
「蒼神龍の直属の配下だ。お前のところでいう『龍の牙』、余の義姉妹達『紅の戦乙女』、そして白雪の『白い妖精』と同じ存在だ」
「なるほど……だけど天狐がもし口を割れば、色々と分かるかも知れない」
八雲の言葉にイェンリンが顔を顰める。
「―――あの狐がそんなに簡単に口を割るかぁ?余とお前と雪菜で相当、奴のプライドをズタズタにしたぞ?」
「エッ!?私も?私、狐さんになにか嫌なことした!?」
八雲とイェンリンは分かるが自分まで天狐のプライドを切り裂いたメンバー入りしていることに雪菜は驚愕する。
「天然って本当に怖いな……」
「余も気をつけるとしよう……」
「―――エエッ!?ホントどういうこと!?」
混乱する雪菜をノワールと紅蓮、白雪までが生温かい目で見ていた。
「まあ天狐のことは俺と葵に任せてくれ。それ以外にこれからどうするかだな」
八雲が今後の防衛手段を思考しているとイェンリンから、
「それなら、こういうのはどうだ?お前達―――ヴァーミリオンに留学してみる気はないか?」
と八雲達の予想の斜め上を行く提案が持ち出されるのだった―――
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一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
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