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第三章
[第45話]湖水の宴
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再生の館完成後、初となる定例報告会が始まった。
聖殿側からはいつもの面子に加え、今回はデュークも同席した。
王都側からは祖人の王と側近のフノラ、そして再生の館からサニエルが参加となった。
『…以上が、再生の館からでございます』
サニエルが初となる報告を述べると、祖人の王が唸った。
『待機の列がそこまでになるとは…予想より早かったな。しばらくは仮の天幕で何とかなりそうか?』
それにはデュークが答えた。
「この季節は日差しが避けられるもので十分かと存じます。部下たちも機転を利かせて、頑丈な骨組みで設営したため、数カ月は保てるかと…しかし、いずれは寒い季節に備えて防寒対策の整った待機所があると良いかと思われます…」
『そうだな。では速やかにその手配をさせよう』
続けて、今回再生の種が配布された場所とその種類、さらに、それ以外の依頼についての統計が出された。
フノラは、それをとてつもない速さで書類に書き記していく。
一頻り報告が終わると、ババ様が祖人の王へ話を切り出した。
「最初に再生の種を植えたその後は、いかがなものになっていますか?」
今回は3回目となる定例報告会。
既に最初の種植えから2か月ほど経っており、その成果が表れる頃だ。
それにはフノラが口を開いた。
『はい。その件ですが、大陸の西から中央にかけて…それから東南の地区に目立った荒れ地がありましたが、そこでの緑は順調に増えつつあるようです。各村や町で管理する痩せた土地でも、再生の種は力を発揮していると…』
その報告に、蒼の聖殿の面々はほっと胸を撫でおろした。
着々と蘇っていく緑。もう再生の天使は、ただのお伽噺ではない。
確かな存在として、この大陸の荒れ地を再生に導いてくれる。
精霊石越しに見える赤い瞳を見つめて、王は静かに溜め息を落とした。
『…サフォーネ…と申したか…。そなたは蒼の浄清の天使であると共に、世界の再生の天使だ。重ねて言うが…無理の無いようにな…』
大闇祓いがどれだけ危険か、身をもって知っている王の親心が伝わってくる。
サフォーネはこくりと頷くと、笑顔を見せた。
釣られて笑顔になりそうになった王は、慌てて咳払いをした。
『では、此度の定例報告会を終了する』
その言葉を締めくくりとし、報告会は終わった。
長が付き添いと共に自室に下がり、ババ様も小会議室を出て行った。
アリューシャが精霊石をしまいながら、ルシュアに話しかける。
「ねぇ。大闇祓いの前月は、その準備で通常の依頼は緊急以外控えることにするんでしょ?事実上の休暇よね?」
「ん?そうだが…それがどうかしたのか?」
「その月の再生の活動が終わったら、セレーネ島で激励会とかどうかしら?」
アリューシャの言葉に、デュークやナチュア、そしてサフォーネも驚いた顔をする。
「一度、再生の館を見てみたい、っていう声、結構聞くのよね。あたしもその一人だけど」
「なるほど…確かに、私も完成した館をまだ見ていないしな…」
「決まりね。…じゃあ、早速みんなに通達してもらうよう手配しておくわね」
隔して、アリューシャの提案から『快活の月』にセレーネ島で大闇祓いに向けての激励会が行われることとなった。
「イルギアさん、聞きましたか。激励会の事…」
これから出陣する第四部隊、17歳の新人ディーアヘルトは、肩までの青い髪を一つに束ね、象牙色の翼を広げた姿で回廊を移動していたところ、イルギアとすれ違った。
「あぁ、セレーネ島でやるそうだな」
「必ず参加しないといけないんでしょうか。私は、あまり気が乗らないのですが…」
セレーネ島は今や再生の館の代名詞になりつつある。
その再生の館は異端の天使『サフォーネの家』。
最近ではそちらの通称を使う者もいる。
そして、そのサフォーネの保護者であるデュークもまた異端の騎士。
ディーアは同じ『ヘルト』を名乗るデュークを敵対視していた。
ただでさえ、異端の存在に嫌悪を抱くのに、名前まで同じなのは認めたくないところだ。
「…激励会は数時間で終わる。最低でもそれだけ出ればいいそうだ」
「イルギアさんは出席なさるんですか」
「あぁ、そのつもりだ…。すまないが、急いでいる。悪いな」
簡単な答えだけ返すと、イルギアはその場を去って行った。
その後姿を見ながら、ディーアは不服そうな表情を浮かべる。
ディーアにとって、イルギアリーガは同じ貴族の中でも、その威厳と誇りを高く持つ、尊敬すべき先輩なのだが、あの剣術大会以来、デュークに対しては一目置いている気がする…。
「…なんだか、変わったよな。イルギアさん」
かつてのような鋭さを感じなくなったイルギアに落胆しながら、ディーアは出陣式に向かった。
デュークはサフォーネと共に、聖殿内の馬舎に来ていた。
そこには、他の馬たちと離されたシェルドナとその仔馬がいた。
サフォーネは瞳を輝かせて、シェルドナの乳を求める仔馬の様子を、柵越しに見つめていた。
「…おとこのこ?おんなのこ?」
「男の子だ」
シェルドナの子は牡馬だった。
薄青の体に、紫の鬣。
正に、シェルドナとパキュオラの特徴を併せ持った姿に、デュークは一瞬頭を抱えたが、元気で愛らしい仔馬はサフォーネに贈るには申し分なかった。
「あの馬はサフォーネの馬だ。大きくなったら乗れるように調教してもらうからな」
「サフォ、のれる?」
「…そうだな、サフォーネも練習が必要になるな」
ボルザークからサフォーネに乗馬の練習をさせてもいいか、という許可取りから、その結果まで報告を受けている。
その様子を浮かべると苦笑が漏れたが、何としても乗れるようになって欲しいと思った。
「名前は決まったか…?」
「…う…」
デュークから出されていた宿題は、まだ答えが見つかっていない。
サフォーネは助けを求めるようにデュークを見る。
「何か、サフォーネの好きなものを名前にしてもいいんだぞ?」
「…すき?……あ!デューク!」
「…いや、それは嬉しいが…混乱するな」
「…うーん…」
サフォーネが真剣に悩みだした様子にデュークは薄く笑う。
そして、助けになればと、自身が『シェルドナ』を名付けた時のことを思い出すように語り出した。
「シェルドナは…俺の母親の名前を古い言葉にして、少しだけ変えたものなんだ…。父親から贈ってもらった馬を、母親からも贈られたことにしたかったのかもしれないな…」
あの日、アルイトが連れてきた天馬を受け取ったとき、微かな親の愛情も受け取った気がしていた。
入隊式典に来なくても、父はそれを忘れずにいてくれた。
天馬を贈ることを母が気づかない訳もなく、見て見ぬふりをしたのかもしれない。
きっと、この天馬は二人からの贈り物だと、信じたかったのだ。
「…それを考えれば、仔馬を贈る俺の名前を付けるのは利にかなってるのか」
独り言のように呟きながらデュークが笑うのを、サフォーネは不思議そうに見つめる。
「…そうだな…デュハルクって言うのはどうだ?俺の名前を古い言葉でいうとこうなるんだが…」
「!…デュハルク……。うん!…デュハルクー!」
その名前を仔馬に向かって投げ掛ける。
すると仔馬は片耳をぴくりと動かし、乳を飲むのを止めてこちらを見た。
喜ぶサフォーネの傍らで、デュークは複雑な気持ちになる。
シェルドナとデュハルク。
奇しくも自分と母親の名前が付いた仲睦まじい母子の天馬を見つめて、デュークは静かに笑った。
翌月の『緑陽の月』になると、蒼の聖殿には大闇祓いに向けての武具が徐々に納品され始める。
馬車を始め、天馬用馬具、装備品も全て揃え直す。
騎士用の甲冑、天使用のローブは各人の体型に合わせた特注となるため、全ての納品は大闇祓い前月になると言われているが、それも少しずつ納品されてきた。
小会議室一室を納品場所として設けたが、それも徐々に埋め尽くされ、管理する職員たちも右往左往し始める。
「なかなかの出来栄えだな…そうだ…セレーネ島でお披露目会というのも良いな」
甲冑の仕上がり具合を確認しながらルシュアが呟くと、別の用事で来ていたアリューシャが呆れたように返してきた。
「そんな悠長なこと言ってていいの?大闇祓いは遊びに行くんじゃないんだから」
アリューシャの言葉にルシュアは軽く肩をそびやかすと、笑いながら返した。
「…遊びじゃないからこそ、皆にはあまり気負って欲しくない。…過去の記録を見ても、毎回必ず死者が出る…。それが自分かもしれない…そんな不安を背負って出立させたくないんだ…」
「!…そう…そうよね…」
何を言っても、自分は送る側だ。
実際に戦いに出向く騎士たちの気持ちは分からない。
アリューシャが反省したように小さく返すと、ルシュアは改めてそちらを見た。
思ったことをそのまま口にする又従兄妹は、時に冷たい口調にもなるが、根は優しく、自分に非があることはしっかり認める。
何気に言ったことが、逆にアリューシャを気負わせてしまったのか…。
しおらしく項垂れる様子に、軽く咳払いをした。
「それに、この甲冑を身に付けた私を見て、さらに思いを募らせる女性が居るかもしれないと思えば…」
ルシュアの気遣いが垣間見られたと思えばこの調子だ。
アリューシャが呆れた表情を浮かべる傍らで、職員の一人が恐れ多いように頭を下げた。
「…ルシュア様。大変申し上げにくいのですが、総隊長の甲冑はそれではありません。恐らく、出立直前の納品になるかと…」
「……」
固まるルシュアを見て、アリューシャが吹き出した。
「それならお披露目は、他の人に頼まないといけないわね」
緑葉の月の後半から快活の月に差し掛かると、騎士や天使たちも徐々に慌ただしくなっていく。
緊急の仕事が入るかもしれない、という心構えの中、各々の体調管理や武器の手入れ。
そして身辺整理。
命を懸けての大闇祓いは、それだけの覚悟も必要とされる。
各々、離れて暮らす家族に手紙をしたためたり、荷物の振り分けなどしたり、折れそうになる心を叱咤するために訓練に励んだりもした。
中にはこれを機に、想い人へ告白しようと考える者も出てくる。
そういった点では、セレーネ島での告白は理想的である。
誰しも激励会の終わりに、想い人と二人きりになる時間を狙うことだろう。
快活の月、再生の活動を終えた翌々日。
セレーネ島には、蒼の騎士団・天使団たちが集まり始めていた。
長とババ様が到着すると、いよいよ激励会が始まる。
再生の館近くに、急拵えの祭壇を用意し、術師たちによる祈祷が行われる。
長からの激励の言葉、ルシュアの挨拶を締め括りに、あとは立食をしながらの自由行動となった。
早々に聖殿に帰る者もいれば、セレーネ島の散策をする者、再生の館を見学する者、それぞれが思い思いの時間を楽しむ中、数人の騎士たちは一人の人物を目で追っていた。
蒼の騎士団、唯一の女性騎士・エルーレである。
「お前たち本気か?あの姫はそう簡単に落ちないぞ?」
エルーレが入団した当初、早々に玉砕したマーツが二人の騎士に語りかける。
マーツはその誠実な性格から、エルーレに衝動的に告白した訳でもなく、時間をかけて想いを伝えたが、敢えなくふられた経験がある。
それを知っているジュフェルもまた、エルーレと同期で、長い間想いを募らせている。
もう一人のソシュレイは騎士団の中でもかなりの美形で、女性からも男性からも人気がある。
ルシュアに言い寄られた事もあるが、エルーレの想いを一筋に、これまでの告白を皆断っている。
「俺は本気だ。ここで想いを告げずにいつ告げるんだ」
「僕も本気です」
ジュフェルの言葉にソシュレイも大きく頷く。
この様子では二人を止めるのは無理だろう。
今夜は三人で夜明けまで飲み明かすことになるのか…と、マーツが考えていると、目の前をエルーレが横切って行った。
「!…エル…」
咄嗟にジュフェルが声を掛けようとして息を止めた。
エルーレが真っすぐ向かった先にはデュークが居た。
新しい甲冑のお披露目を言い渡されたデュークは、職員とその打ち合わせをしていたのだが、エルーレに話しかけられるとその場を後にして、二人で湖の方へ歩んでいった。
「…う、嘘だろ…。まさかエルーレ、デュークの事を…?」
「あ、後を追いましょう。まだそうと決まった訳ではないです!」
ジュフェルとソシュレイが躍起になって駆け出すのを呆然と見ていたマーツだったが、我に返ると慌てて後を追った。
午後から始まった激励会は少し長引き、辺りは夕暮れに染まり始めていた。
夏の終わりに差し掛かった湖のほとりは、さわやかな涼風が吹き抜ける。
「…エルーレ…。話ってなんだ?」
先を歩くエルーレにデュークが声を掛けると、その歩みが止まった。
エルーレは風になびく長い髪を抑えながら振り返る。
「……」
ふたりの出会いは、デュークが再入隊した剣術大会での試合だった。
あの時はエルーレが勝利をおさめたが、彼女自身は真の勝利とは思っていなかった。
デュークの剣術、人間性、人の上に立つ資質は、自分よりも勝っていると認めた男だった。
しばらく沈黙があった後、エルーレがようやく口を開いた。
「…デューク、お前に聞きたいことがある。…私は…」
その会話が僅かに聞き届く茂みを見つけた三人は、身を寄せて成り行きを見守る。
何を語るつもりなのか、その言葉の先を案じ、生唾を呑み込んだ。
「…私は…このまま騎士を続けても、良いと思うか?」
「…え?」
予想しない言葉に三人は唖然とし、デュークはその問いかけの意味を考えた。
一瞬戸惑った相手を見て、エルーレははっとなる。
今、自分は目の前の男にすがろうとしている。
今まで抱えてきた辛い想いを聞いて欲しいと思っている。
それが悔しくもあり、恥ずかしくもあり、エルーレは俯いた。
「……もしかして、エンドレのこと…か?」
「!!…あぁ…そうだ…」
言わなくとも伝わったことが、驚きよりも安堵に替わる。
四半期の旅で妹のエルーレを庇い、大怪我を負ったエンドレは、その後、現場復帰を目指して治療と訓練に邁進し、ほぼ以前のようには戻ったが、今回の大闇祓いでは前線を退くことになった。
この居た堪れない現実に、エルーレは堰を切ったように話し出す。
「私が未熟なせいで、兄上は…。なのに、私は騎士であり続けたいと思っている…。こんな自分が赦せない…私は、どうしたら…」
その問いかけに戸惑うデュークだったが、エルーレの立場は、今も自分が背負っているものと同じだ。
どう言っても慰めにはならないことは解っている。
「自分が赦せない…という気持ちは、俺にも解るよ…。俺も君と同じ…俺の所為で、弟は…」
初めて聞く話に、エルーレは瞳を見開いたが、同時に仲間たちが噂していた話を想い出した。
同じと言いながら、目の前のデュークは、自分よりも辛い想いを味わっている。
思うまま感情をぶつけ、相手の傷を抉る結果になるとは夢にも思わず、エルーレはデュークに問いかけたことを後悔した。
「…すまない…こんなこと、お前に聞くのもどうかしていた…。忘れてくれ…」
そもそも何を期待していたのだろう。
どんなに辛くても、心が折れそうになっても、今まで誰かに泣きつくことなどしたことは無かった。
全て無かったことにしたい。
消えたい思いで立ち去ろうとするエルーレをデュークは呼び止めた。
「でも、それだけに囚われていては何も進めない、というのは確かなことなんだ…。もし、君がその思いだけに囚われそうになるなら、遠慮なく俺に言って欲しい。…聞いてやることしか、できないと思うが…」
エルーレは立ち止まって、デュークを振り返った。
寂しそうに笑うその顔を見た途端、エルーレは涙がこみ上げ、突き動かされたようにその胸に飛び込んで行った。
「…!!!」
その衝撃の場面を目の当たりにして、ジュフェルとソシュレイが声を上げそうになったところで、何者かに背後から羽交い絞めにされた。
驚いて振り向くと、それは額に青筋を浮かべているエンドレだった。
「…お前たち…邪魔をするな…そして、俺が飛び出しそうになったら、俺を止めろよ?マーツ」
密やかに囁くエンドレの後ろでは、マーツが冷や汗を浮かべていた。
エルーレを抱き留めたデュークは、その体の細さを改めて認識した。
女性の身で騎士を務めるその気概はどれだけのものなのだろう。
「騎士を続けても良いのか?」というエルーレは、ひょっとしたらいつか「騎士を辞めてくれ」という言葉を待っているのかもしれない。
だがそれは、エルーレを幸せに導ける、思いを寄せる者が言える事だ。
デュークは自身の心と向き合い、エルーレに対して贈れる言葉を探した。
「…俺は…君には、騎士を続けて欲しいと思っている。同じ思いを抱えている君が、騎士を続けてくれるなら…俺は同志として、心強いから…」
デュークの胸で泣いていたエルーレは、その言葉に我に返った。
同時に、自分が抱いていたデュークへの想いを自覚する。
そしてたった今、その想いが報われなかったことも理解した。
エルーレは、デュークの胸から顔を上げた。
「……同志か…そうだな…それがいいのかもしれないな…」
『同志』それは、寂しくも優しい言葉だった。
初めて好きになった相手が、目の前の騎士で良かった…そう思うと、エルーレは涙を強く拭いながら一歩遠のいた。
「…いいか。私が泣いたのは、お前がそうさせるように仕向けたからだからな!…みっともなく弱音を吐いたが…やはり、私は騎士を辞めない。それはお前のためでもなく、私自身のためだ」
そう言い放つと踵を返し、歩き出した。
そして数歩進んだところで再び振り返った。
「この後の鎧の披露…似合わなければ遠慮なく野次を飛ばすぞ?覚悟しておけ」
エルーレなりの気遣いなのだろう。
最後に笑顔を浮かべると、何事も無かったように、日常会話を残して走り去っていく。
その背中をデュークは静かに見送った。
茂みから覗いていた三名は脱力した。
「…これは…」
「全員失恋…」
「…決定だな…」
マーツは自分側に来た二人を励ますようにその肩を叩いていると、エンドレから不穏な空気が流れてきた。
「おのれ、デュークめ…エルーレの気持ちに応えないとは…。、…いや、それはそれで良かったのだが…。いやしかし、泣かせるとは言語道断…」
複雑な心境を抱えた言葉が駄々洩れのまま、エンドレは立ち上がると去って行った。
その様子に呆気に取られていた三人は、互いの顔を見合わせた。
「…さぁ、今夜は飲み明かすか…」
すっかり夜になり、激励会の会場では酒も出回るようになって、さらに賑やかな様子になっていく。
宴の席の端で、愚痴りながら酒を酌み交わす失恋組の話を盗み聞きした『デュークを応援する会』の三人娘たちは、最初は狼狽えたものの、その結末に安堵の乾杯をした。
楽器を持ってきた聖殿の職員の演奏に合わせ、トハーチェが唄声を披露すると、周囲に人が集まってその美声に耳を傾けた。
アリューシャは、再生の館の職員たちと一緒に館を隅々まで見学しながら、改善した方がいいところなどを提案している。
宴の席の外では、若い騎士たちが大闇祓いに向けて独自で決起集会を開く中、『サフォーネを護る会』の四人も、その士気を高めていた。
「さぁ、注目してくれ!お待ちかねの新鎧と新装束のお披露目だ!」
それまでどこに居たのか、ルシュアがいつの間にか姿を現して、場内に居る者たちに声を上げると、一同が再生の館のバルコニーに注目した。
そこへ、新鎧を纏ったデュークと、新装束を纏ったサフォーネが登場する。
「…おぉ、隊長、かっこいいです!!」
「…サフォーネ…すごく綺麗ね…」
その凛々しさと美しさに、場内が大いに沸いた。
あの鎧や装束を身に付けて、一月後には大闇祓いに旅立つ自分たちを鼓舞するように、皆その鎧と装束を着ている二人を褒めそやかした。
「さぁ、そろそろ宴もお開きとするか…。最後に、今一番頑張っているサフォーネ。何か言いたいことあるか?」
ルシュアの戯れに一同も笑いながらサフォーネに注目する。
サフォーネは大きな瞳でくるりと宙を見上げると、思いついたように人差し指を上げた。
「みんな…かくれんぼ、しよ?」
第三章~完~
第四章へつづく
※第四章は2022年春頃に開始予定です。
聖殿側からはいつもの面子に加え、今回はデュークも同席した。
王都側からは祖人の王と側近のフノラ、そして再生の館からサニエルが参加となった。
『…以上が、再生の館からでございます』
サニエルが初となる報告を述べると、祖人の王が唸った。
『待機の列がそこまでになるとは…予想より早かったな。しばらくは仮の天幕で何とかなりそうか?』
それにはデュークが答えた。
「この季節は日差しが避けられるもので十分かと存じます。部下たちも機転を利かせて、頑丈な骨組みで設営したため、数カ月は保てるかと…しかし、いずれは寒い季節に備えて防寒対策の整った待機所があると良いかと思われます…」
『そうだな。では速やかにその手配をさせよう』
続けて、今回再生の種が配布された場所とその種類、さらに、それ以外の依頼についての統計が出された。
フノラは、それをとてつもない速さで書類に書き記していく。
一頻り報告が終わると、ババ様が祖人の王へ話を切り出した。
「最初に再生の種を植えたその後は、いかがなものになっていますか?」
今回は3回目となる定例報告会。
既に最初の種植えから2か月ほど経っており、その成果が表れる頃だ。
それにはフノラが口を開いた。
『はい。その件ですが、大陸の西から中央にかけて…それから東南の地区に目立った荒れ地がありましたが、そこでの緑は順調に増えつつあるようです。各村や町で管理する痩せた土地でも、再生の種は力を発揮していると…』
その報告に、蒼の聖殿の面々はほっと胸を撫でおろした。
着々と蘇っていく緑。もう再生の天使は、ただのお伽噺ではない。
確かな存在として、この大陸の荒れ地を再生に導いてくれる。
精霊石越しに見える赤い瞳を見つめて、王は静かに溜め息を落とした。
『…サフォーネ…と申したか…。そなたは蒼の浄清の天使であると共に、世界の再生の天使だ。重ねて言うが…無理の無いようにな…』
大闇祓いがどれだけ危険か、身をもって知っている王の親心が伝わってくる。
サフォーネはこくりと頷くと、笑顔を見せた。
釣られて笑顔になりそうになった王は、慌てて咳払いをした。
『では、此度の定例報告会を終了する』
その言葉を締めくくりとし、報告会は終わった。
長が付き添いと共に自室に下がり、ババ様も小会議室を出て行った。
アリューシャが精霊石をしまいながら、ルシュアに話しかける。
「ねぇ。大闇祓いの前月は、その準備で通常の依頼は緊急以外控えることにするんでしょ?事実上の休暇よね?」
「ん?そうだが…それがどうかしたのか?」
「その月の再生の活動が終わったら、セレーネ島で激励会とかどうかしら?」
アリューシャの言葉に、デュークやナチュア、そしてサフォーネも驚いた顔をする。
「一度、再生の館を見てみたい、っていう声、結構聞くのよね。あたしもその一人だけど」
「なるほど…確かに、私も完成した館をまだ見ていないしな…」
「決まりね。…じゃあ、早速みんなに通達してもらうよう手配しておくわね」
隔して、アリューシャの提案から『快活の月』にセレーネ島で大闇祓いに向けての激励会が行われることとなった。
「イルギアさん、聞きましたか。激励会の事…」
これから出陣する第四部隊、17歳の新人ディーアヘルトは、肩までの青い髪を一つに束ね、象牙色の翼を広げた姿で回廊を移動していたところ、イルギアとすれ違った。
「あぁ、セレーネ島でやるそうだな」
「必ず参加しないといけないんでしょうか。私は、あまり気が乗らないのですが…」
セレーネ島は今や再生の館の代名詞になりつつある。
その再生の館は異端の天使『サフォーネの家』。
最近ではそちらの通称を使う者もいる。
そして、そのサフォーネの保護者であるデュークもまた異端の騎士。
ディーアは同じ『ヘルト』を名乗るデュークを敵対視していた。
ただでさえ、異端の存在に嫌悪を抱くのに、名前まで同じなのは認めたくないところだ。
「…激励会は数時間で終わる。最低でもそれだけ出ればいいそうだ」
「イルギアさんは出席なさるんですか」
「あぁ、そのつもりだ…。すまないが、急いでいる。悪いな」
簡単な答えだけ返すと、イルギアはその場を去って行った。
その後姿を見ながら、ディーアは不服そうな表情を浮かべる。
ディーアにとって、イルギアリーガは同じ貴族の中でも、その威厳と誇りを高く持つ、尊敬すべき先輩なのだが、あの剣術大会以来、デュークに対しては一目置いている気がする…。
「…なんだか、変わったよな。イルギアさん」
かつてのような鋭さを感じなくなったイルギアに落胆しながら、ディーアは出陣式に向かった。
デュークはサフォーネと共に、聖殿内の馬舎に来ていた。
そこには、他の馬たちと離されたシェルドナとその仔馬がいた。
サフォーネは瞳を輝かせて、シェルドナの乳を求める仔馬の様子を、柵越しに見つめていた。
「…おとこのこ?おんなのこ?」
「男の子だ」
シェルドナの子は牡馬だった。
薄青の体に、紫の鬣。
正に、シェルドナとパキュオラの特徴を併せ持った姿に、デュークは一瞬頭を抱えたが、元気で愛らしい仔馬はサフォーネに贈るには申し分なかった。
「あの馬はサフォーネの馬だ。大きくなったら乗れるように調教してもらうからな」
「サフォ、のれる?」
「…そうだな、サフォーネも練習が必要になるな」
ボルザークからサフォーネに乗馬の練習をさせてもいいか、という許可取りから、その結果まで報告を受けている。
その様子を浮かべると苦笑が漏れたが、何としても乗れるようになって欲しいと思った。
「名前は決まったか…?」
「…う…」
デュークから出されていた宿題は、まだ答えが見つかっていない。
サフォーネは助けを求めるようにデュークを見る。
「何か、サフォーネの好きなものを名前にしてもいいんだぞ?」
「…すき?……あ!デューク!」
「…いや、それは嬉しいが…混乱するな」
「…うーん…」
サフォーネが真剣に悩みだした様子にデュークは薄く笑う。
そして、助けになればと、自身が『シェルドナ』を名付けた時のことを思い出すように語り出した。
「シェルドナは…俺の母親の名前を古い言葉にして、少しだけ変えたものなんだ…。父親から贈ってもらった馬を、母親からも贈られたことにしたかったのかもしれないな…」
あの日、アルイトが連れてきた天馬を受け取ったとき、微かな親の愛情も受け取った気がしていた。
入隊式典に来なくても、父はそれを忘れずにいてくれた。
天馬を贈ることを母が気づかない訳もなく、見て見ぬふりをしたのかもしれない。
きっと、この天馬は二人からの贈り物だと、信じたかったのだ。
「…それを考えれば、仔馬を贈る俺の名前を付けるのは利にかなってるのか」
独り言のように呟きながらデュークが笑うのを、サフォーネは不思議そうに見つめる。
「…そうだな…デュハルクって言うのはどうだ?俺の名前を古い言葉でいうとこうなるんだが…」
「!…デュハルク……。うん!…デュハルクー!」
その名前を仔馬に向かって投げ掛ける。
すると仔馬は片耳をぴくりと動かし、乳を飲むのを止めてこちらを見た。
喜ぶサフォーネの傍らで、デュークは複雑な気持ちになる。
シェルドナとデュハルク。
奇しくも自分と母親の名前が付いた仲睦まじい母子の天馬を見つめて、デュークは静かに笑った。
翌月の『緑陽の月』になると、蒼の聖殿には大闇祓いに向けての武具が徐々に納品され始める。
馬車を始め、天馬用馬具、装備品も全て揃え直す。
騎士用の甲冑、天使用のローブは各人の体型に合わせた特注となるため、全ての納品は大闇祓い前月になると言われているが、それも少しずつ納品されてきた。
小会議室一室を納品場所として設けたが、それも徐々に埋め尽くされ、管理する職員たちも右往左往し始める。
「なかなかの出来栄えだな…そうだ…セレーネ島でお披露目会というのも良いな」
甲冑の仕上がり具合を確認しながらルシュアが呟くと、別の用事で来ていたアリューシャが呆れたように返してきた。
「そんな悠長なこと言ってていいの?大闇祓いは遊びに行くんじゃないんだから」
アリューシャの言葉にルシュアは軽く肩をそびやかすと、笑いながら返した。
「…遊びじゃないからこそ、皆にはあまり気負って欲しくない。…過去の記録を見ても、毎回必ず死者が出る…。それが自分かもしれない…そんな不安を背負って出立させたくないんだ…」
「!…そう…そうよね…」
何を言っても、自分は送る側だ。
実際に戦いに出向く騎士たちの気持ちは分からない。
アリューシャが反省したように小さく返すと、ルシュアは改めてそちらを見た。
思ったことをそのまま口にする又従兄妹は、時に冷たい口調にもなるが、根は優しく、自分に非があることはしっかり認める。
何気に言ったことが、逆にアリューシャを気負わせてしまったのか…。
しおらしく項垂れる様子に、軽く咳払いをした。
「それに、この甲冑を身に付けた私を見て、さらに思いを募らせる女性が居るかもしれないと思えば…」
ルシュアの気遣いが垣間見られたと思えばこの調子だ。
アリューシャが呆れた表情を浮かべる傍らで、職員の一人が恐れ多いように頭を下げた。
「…ルシュア様。大変申し上げにくいのですが、総隊長の甲冑はそれではありません。恐らく、出立直前の納品になるかと…」
「……」
固まるルシュアを見て、アリューシャが吹き出した。
「それならお披露目は、他の人に頼まないといけないわね」
緑葉の月の後半から快活の月に差し掛かると、騎士や天使たちも徐々に慌ただしくなっていく。
緊急の仕事が入るかもしれない、という心構えの中、各々の体調管理や武器の手入れ。
そして身辺整理。
命を懸けての大闇祓いは、それだけの覚悟も必要とされる。
各々、離れて暮らす家族に手紙をしたためたり、荷物の振り分けなどしたり、折れそうになる心を叱咤するために訓練に励んだりもした。
中にはこれを機に、想い人へ告白しようと考える者も出てくる。
そういった点では、セレーネ島での告白は理想的である。
誰しも激励会の終わりに、想い人と二人きりになる時間を狙うことだろう。
快活の月、再生の活動を終えた翌々日。
セレーネ島には、蒼の騎士団・天使団たちが集まり始めていた。
長とババ様が到着すると、いよいよ激励会が始まる。
再生の館近くに、急拵えの祭壇を用意し、術師たちによる祈祷が行われる。
長からの激励の言葉、ルシュアの挨拶を締め括りに、あとは立食をしながらの自由行動となった。
早々に聖殿に帰る者もいれば、セレーネ島の散策をする者、再生の館を見学する者、それぞれが思い思いの時間を楽しむ中、数人の騎士たちは一人の人物を目で追っていた。
蒼の騎士団、唯一の女性騎士・エルーレである。
「お前たち本気か?あの姫はそう簡単に落ちないぞ?」
エルーレが入団した当初、早々に玉砕したマーツが二人の騎士に語りかける。
マーツはその誠実な性格から、エルーレに衝動的に告白した訳でもなく、時間をかけて想いを伝えたが、敢えなくふられた経験がある。
それを知っているジュフェルもまた、エルーレと同期で、長い間想いを募らせている。
もう一人のソシュレイは騎士団の中でもかなりの美形で、女性からも男性からも人気がある。
ルシュアに言い寄られた事もあるが、エルーレの想いを一筋に、これまでの告白を皆断っている。
「俺は本気だ。ここで想いを告げずにいつ告げるんだ」
「僕も本気です」
ジュフェルの言葉にソシュレイも大きく頷く。
この様子では二人を止めるのは無理だろう。
今夜は三人で夜明けまで飲み明かすことになるのか…と、マーツが考えていると、目の前をエルーレが横切って行った。
「!…エル…」
咄嗟にジュフェルが声を掛けようとして息を止めた。
エルーレが真っすぐ向かった先にはデュークが居た。
新しい甲冑のお披露目を言い渡されたデュークは、職員とその打ち合わせをしていたのだが、エルーレに話しかけられるとその場を後にして、二人で湖の方へ歩んでいった。
「…う、嘘だろ…。まさかエルーレ、デュークの事を…?」
「あ、後を追いましょう。まだそうと決まった訳ではないです!」
ジュフェルとソシュレイが躍起になって駆け出すのを呆然と見ていたマーツだったが、我に返ると慌てて後を追った。
午後から始まった激励会は少し長引き、辺りは夕暮れに染まり始めていた。
夏の終わりに差し掛かった湖のほとりは、さわやかな涼風が吹き抜ける。
「…エルーレ…。話ってなんだ?」
先を歩くエルーレにデュークが声を掛けると、その歩みが止まった。
エルーレは風になびく長い髪を抑えながら振り返る。
「……」
ふたりの出会いは、デュークが再入隊した剣術大会での試合だった。
あの時はエルーレが勝利をおさめたが、彼女自身は真の勝利とは思っていなかった。
デュークの剣術、人間性、人の上に立つ資質は、自分よりも勝っていると認めた男だった。
しばらく沈黙があった後、エルーレがようやく口を開いた。
「…デューク、お前に聞きたいことがある。…私は…」
その会話が僅かに聞き届く茂みを見つけた三人は、身を寄せて成り行きを見守る。
何を語るつもりなのか、その言葉の先を案じ、生唾を呑み込んだ。
「…私は…このまま騎士を続けても、良いと思うか?」
「…え?」
予想しない言葉に三人は唖然とし、デュークはその問いかけの意味を考えた。
一瞬戸惑った相手を見て、エルーレははっとなる。
今、自分は目の前の男にすがろうとしている。
今まで抱えてきた辛い想いを聞いて欲しいと思っている。
それが悔しくもあり、恥ずかしくもあり、エルーレは俯いた。
「……もしかして、エンドレのこと…か?」
「!!…あぁ…そうだ…」
言わなくとも伝わったことが、驚きよりも安堵に替わる。
四半期の旅で妹のエルーレを庇い、大怪我を負ったエンドレは、その後、現場復帰を目指して治療と訓練に邁進し、ほぼ以前のようには戻ったが、今回の大闇祓いでは前線を退くことになった。
この居た堪れない現実に、エルーレは堰を切ったように話し出す。
「私が未熟なせいで、兄上は…。なのに、私は騎士であり続けたいと思っている…。こんな自分が赦せない…私は、どうしたら…」
その問いかけに戸惑うデュークだったが、エルーレの立場は、今も自分が背負っているものと同じだ。
どう言っても慰めにはならないことは解っている。
「自分が赦せない…という気持ちは、俺にも解るよ…。俺も君と同じ…俺の所為で、弟は…」
初めて聞く話に、エルーレは瞳を見開いたが、同時に仲間たちが噂していた話を想い出した。
同じと言いながら、目の前のデュークは、自分よりも辛い想いを味わっている。
思うまま感情をぶつけ、相手の傷を抉る結果になるとは夢にも思わず、エルーレはデュークに問いかけたことを後悔した。
「…すまない…こんなこと、お前に聞くのもどうかしていた…。忘れてくれ…」
そもそも何を期待していたのだろう。
どんなに辛くても、心が折れそうになっても、今まで誰かに泣きつくことなどしたことは無かった。
全て無かったことにしたい。
消えたい思いで立ち去ろうとするエルーレをデュークは呼び止めた。
「でも、それだけに囚われていては何も進めない、というのは確かなことなんだ…。もし、君がその思いだけに囚われそうになるなら、遠慮なく俺に言って欲しい。…聞いてやることしか、できないと思うが…」
エルーレは立ち止まって、デュークを振り返った。
寂しそうに笑うその顔を見た途端、エルーレは涙がこみ上げ、突き動かされたようにその胸に飛び込んで行った。
「…!!!」
その衝撃の場面を目の当たりにして、ジュフェルとソシュレイが声を上げそうになったところで、何者かに背後から羽交い絞めにされた。
驚いて振り向くと、それは額に青筋を浮かべているエンドレだった。
「…お前たち…邪魔をするな…そして、俺が飛び出しそうになったら、俺を止めろよ?マーツ」
密やかに囁くエンドレの後ろでは、マーツが冷や汗を浮かべていた。
エルーレを抱き留めたデュークは、その体の細さを改めて認識した。
女性の身で騎士を務めるその気概はどれだけのものなのだろう。
「騎士を続けても良いのか?」というエルーレは、ひょっとしたらいつか「騎士を辞めてくれ」という言葉を待っているのかもしれない。
だがそれは、エルーレを幸せに導ける、思いを寄せる者が言える事だ。
デュークは自身の心と向き合い、エルーレに対して贈れる言葉を探した。
「…俺は…君には、騎士を続けて欲しいと思っている。同じ思いを抱えている君が、騎士を続けてくれるなら…俺は同志として、心強いから…」
デュークの胸で泣いていたエルーレは、その言葉に我に返った。
同時に、自分が抱いていたデュークへの想いを自覚する。
そしてたった今、その想いが報われなかったことも理解した。
エルーレは、デュークの胸から顔を上げた。
「……同志か…そうだな…それがいいのかもしれないな…」
『同志』それは、寂しくも優しい言葉だった。
初めて好きになった相手が、目の前の騎士で良かった…そう思うと、エルーレは涙を強く拭いながら一歩遠のいた。
「…いいか。私が泣いたのは、お前がそうさせるように仕向けたからだからな!…みっともなく弱音を吐いたが…やはり、私は騎士を辞めない。それはお前のためでもなく、私自身のためだ」
そう言い放つと踵を返し、歩き出した。
そして数歩進んだところで再び振り返った。
「この後の鎧の披露…似合わなければ遠慮なく野次を飛ばすぞ?覚悟しておけ」
エルーレなりの気遣いなのだろう。
最後に笑顔を浮かべると、何事も無かったように、日常会話を残して走り去っていく。
その背中をデュークは静かに見送った。
茂みから覗いていた三名は脱力した。
「…これは…」
「全員失恋…」
「…決定だな…」
マーツは自分側に来た二人を励ますようにその肩を叩いていると、エンドレから不穏な空気が流れてきた。
「おのれ、デュークめ…エルーレの気持ちに応えないとは…。、…いや、それはそれで良かったのだが…。いやしかし、泣かせるとは言語道断…」
複雑な心境を抱えた言葉が駄々洩れのまま、エンドレは立ち上がると去って行った。
その様子に呆気に取られていた三人は、互いの顔を見合わせた。
「…さぁ、今夜は飲み明かすか…」
すっかり夜になり、激励会の会場では酒も出回るようになって、さらに賑やかな様子になっていく。
宴の席の端で、愚痴りながら酒を酌み交わす失恋組の話を盗み聞きした『デュークを応援する会』の三人娘たちは、最初は狼狽えたものの、その結末に安堵の乾杯をした。
楽器を持ってきた聖殿の職員の演奏に合わせ、トハーチェが唄声を披露すると、周囲に人が集まってその美声に耳を傾けた。
アリューシャは、再生の館の職員たちと一緒に館を隅々まで見学しながら、改善した方がいいところなどを提案している。
宴の席の外では、若い騎士たちが大闇祓いに向けて独自で決起集会を開く中、『サフォーネを護る会』の四人も、その士気を高めていた。
「さぁ、注目してくれ!お待ちかねの新鎧と新装束のお披露目だ!」
それまでどこに居たのか、ルシュアがいつの間にか姿を現して、場内に居る者たちに声を上げると、一同が再生の館のバルコニーに注目した。
そこへ、新鎧を纏ったデュークと、新装束を纏ったサフォーネが登場する。
「…おぉ、隊長、かっこいいです!!」
「…サフォーネ…すごく綺麗ね…」
その凛々しさと美しさに、場内が大いに沸いた。
あの鎧や装束を身に付けて、一月後には大闇祓いに旅立つ自分たちを鼓舞するように、皆その鎧と装束を着ている二人を褒めそやかした。
「さぁ、そろそろ宴もお開きとするか…。最後に、今一番頑張っているサフォーネ。何か言いたいことあるか?」
ルシュアの戯れに一同も笑いながらサフォーネに注目する。
サフォーネは大きな瞳でくるりと宙を見上げると、思いついたように人差し指を上げた。
「みんな…かくれんぼ、しよ?」
第三章~完~
第四章へつづく
※第四章は2022年春頃に開始予定です。
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