16 / 25
追憶5
しおりを挟むそっと、自らの瞳に手を当てる。
精霊たちが実態を持ち、上位精霊になるための条件を聞いたのは何時のことだっただろう。
リアは、私にそれを教えはしなかったな。最後まで。
リアは、それを望んでなどいなかったのだろうね。
でも私は我儘だから。
瞳に指を差し入れ、そっと抉り出す。
空気が小さく振動する気配がした。
多分、リアが動揺しているのだろう。
優しい優しい私の精霊。
精霊が上位精霊になるために必要なのは契約をはらまないうえで人間からの肉体の一部を分け与えられること。
そしてその与えられた肉体の一部を喰らうことで精霊は上位の存在へ昇華できる。
契約ではなく、ただ喰わせるだけで良いというのだから簡単な話だ。
けれど、だからこそとても難しい。
そこに存在するのはただ、人から精霊に対する友愛か崇拝のどちらかだから。
そうでなくては意味が無いから。
「リア、リア、お願い、どうか受け取って」
リアは動かない。
私の精霊、私の、世界を作ってくれた、私に心というものの種を作った子。
私に生きろと言った。
他の者なんて見捨てて、生きろと、生きて欲しいと。
お前の願いなど、懇願など、何一つ聞き入れなかったのに、我儘を通そうとしてごめん。
私と共に消滅する覚悟をしていただろうお前に。
けれどどうしても私は、リアに死んでほしくない。消滅など、しないで欲しいから。
「リア、話がしたい、最後に……最後に、一人で死にたくないの」
聞き入れるしかない、卑怯な手を取ってごめんなさい。
手のひらの上にあった眼球が消え、誰も近寄れない程に高濃度でうねっていた魔力の波の、範囲がさらに広がる。
ギリギリまで近づいていた敵兵の大半が、その魔力のうねりの範囲拡大に巻き込まれ崩れ落ちていた。
命は無いだろう。
半端な人間に耐えられるような濃度ではすでにない。
生き残ることが出来た人間がいたとしたら、その人物はよほど運がいい。
でも、きっと生き残る人間も数人はいるだろう。
世の中とはそういうものだ。
柔らかな、けれども強い風が吹く。
何も映し出さなくなったはずの視界に、一人の人が写り込んだ。
酷く顔色が悪い。
真っ青な顔で笑っている。
正しく這う這うの体という言葉が似合うありさまのその人物、もっとも最早逃げ出すほどの力は残っていなさそうに見えるが。
彼は苦く笑ってこちらに手を伸ばした。その笑みは自嘲にも見える。
そう、正しく自嘲だ。
嗤うことしか出来ない。
こんなにボロボロな有様だったのか。
これじゃあルカもあんなに泣きじゃくるわけだ。
死にぞこないの自分を見つめながらも、安堵する。
昇華を成したその姿を見る事が出来ないことに一抹の寂しさを覚えながらも。
「お前は……お前ほど最低な人間を、わたしは知らないわ」
その声は涙に濡れていて、そして放たれた内容とは裏腹にとても優しい声音をしていた。
どんな顔をしているのだろう。
最期まで、その顔を見ることが出来ないのはやはり残念だったな。
「っ、これは一体何なの! さっきからずっと止まらないのだわ!」
繰り返し繰り返しあふれる涙を手で拭っている。
その光景を愛おしく思いながら、多分安堵したのがいけなかったのだろう。
ガクリと、張り詰めていたものが消えその場に跪いていた。
目が回る。
もうじき、意識も飛ぶだろう。
「リア……」
命の灯が消える最後の瞬間を、今迎えている。
心残りはたくさんあるが、一番は、やっぱりかわいい弟子たちの事だろうか。
意識が遠のいていく。
リアの膝を枕に、このまま眠るように逝けるのなら、それは幸せなことだ。
そっと、リアの頬に手を当てる。
視界では私がこちらに向かって手を伸ばしている光景が映るから少し不思議な感じだ。
ポタリポタリと繰り返し降る暖かい雫が私の頬に伝い流れていく。泣かないで、と言う代わりにゆっくりと手を動かすけどわずかに届かない。
けれどその手をリアの方から掴み握ってくれる。
「……リア」
名前を呼ぶと余計に涙が溢れてくるものだから困ってしまう。
「リア、……私、リアの言ってた未来を、変えれた?」
握られている手に力がこもる。
リアは震えていた。
「……ええ、そうね……そうよ……」
絞り出すように呟かれた声。
震える声に胸が苦しくなる。
ああ、違うんだ、リアを責めたわけじゃないんだよ……。
視界が霞む。
もういいかげん限界らしい。
「ねえ、リア…………わたしね……リアに会えてよかったよ」
どうしても言いたかった、言わなきゃいけなかったことだけ何とか言い終えたその瞬間。
ピシリと何かにひびが入るような音がした気がした。
同時に体の感覚が消え、急速に意識が遠のいていく。
(ああ、これでやっと……)
********
場に満ちる魔力濃度がどんどん上昇していた。
激しい地響きが起き、海が波打つ。
うねりに合わせてぐるぐると。
常人には息をつくことすら困難なほどに鋭く、冷たく、それでいて灼熱の大地を彷徨うような、そんな、天災を思わせるような魔力を撒き散らしながら渦を巻きながら広がっていく力の流れ。
そんな膨大な力を前に一人、リアはただ茫然と座り込んでいた。
魔力の渦の源はその膝で目を閉じ眠っている美しい青年で、リアは繰り返し繰り返しその少し傷んだ金糸の髪を手で梳いていた。
リアはずっと、フェルガの髪に触れることが出来る人間というものを羨ましく思っていた。
美しいものに目がない精霊らしく、リアはフェルガのそのすべてを気に入っていて、とりわけその髪、末尾にまで魔力を張り巡らされたその美しい髪が、大のお気に入りだった。
でも、リアには実体がない。
だからその髪に触れることも、今まで一度も出来なかったのである。
リアがフェルガからもらった美しい碧玉の瞳から大粒の涙が落ち続けていた。
優しい色をした、淡い緑色の瞳、これもまた、リアのお気に入りで、何時間でもその瞳を見つめ続けることが出来た。
とても、幸せな時間だった。
もう、二度とない。
微笑む彼の顔に嵌る、あの至高の美術品を見ることは、二度と。
縋るように、祈るように手を絡めていたフェルガの体がゆっくりと浮かびあがっていく。
リアの手をすり抜けるように。
輝かしい頭髪に勝るとも劣らない光輪がその頭上にかかり、うっすらと瞼が上がる。
空洞の筈の眼窩に虹色の輝石が埋まっていた。
そこに意思はなく、ただの容れ物のように見える。
その無機質な美しさは禍々しさすら覚えるほど鋭利であった。
美しき悪魔はゆっくりと腕を上げ、自らの胸に手を突き入れる。心臓の位置に。
そして引き出された手のひらにはこぶし大の、瞳に嵌る物と同じ輝石が輝いていた。
彼はその石を握ると、徐々に力を加えていく。
ぎしりと、嫌な音を立てて生じた裂け目にリアの顔が映る。
すぐにその顔は歪んでいき――ぱきんっと、乾いた音が響いたと同時に砕け散った。
砕け散った欠片がキラキラと太陽を反射させ輝く中で、彼を中心に魔法陣が展開される。
輝きが増していく。
輝きが、強くなる。やがてそれらは凝縮され一つの光の塊と、なった。
巨大で強烈な光。
絶望に染まる誰かの瞳。
『どうして! どうしてこんな結末になるのですか!?』
よく知った、懐かしい人の泣き叫ぶ声が聞こえた。
手を伸ばす。
触れたいと思った。泣かないで欲しいと思った。
僕はただ、あなたたちにずっと、会いたかったんだ。
0
あなたにおすすめの小説
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
俺の異世界先は激重魔導騎士の懐の中
油淋丼
BL
少女漫画のような人生を送っていたクラスメイトがある日突然命を落とした。
背景の一部のようなモブは、卒業式の前日に事故に遭った。
魔王候補の一人として無能力のまま召喚され、魔物達に混じりこっそりと元の世界に戻る方法を探す。
魔物の脅威である魔導騎士は、不思議と初対面のようには感じなかった。
少女漫画のようなヒーローが本当に好きだったのは、モブ君だった。
異世界に転生したヒーローは、前世も含めて長年片思いをして愛が激重に変化した。
今度こそ必ず捕らえて囲って愛す事を誓います。
激重愛魔導最強転生騎士×魔王候補無能力転移モブ
【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。
美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる