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屋敷の外。

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◆◆◆


『ぅっ・・・ぅ、ぅっ』

 大粒の涙を流しながら、とある酒場前の酒樽の上に膝を抱えて座わる。自分の情けなさと痛みで涙が溢れていました。

 今はすっかり日が沈み、満月が空から人々を見下ろし、星の輝く夜。心地良い気候のこの国は夜も過ごしやすい。

 道行く人は仕事が終わり、酒を飲むぞ!お腹一杯食べるぞ!と意気込む人達で溢れて、これからデートかな?というカップルは微笑ましく、家路に急ぐ者はきっと帰ったら楽しみが待っているのでしょうね・・・。

 樽の上で動けなくなっている私は、他人の嬉しそに見える顔を眺めながら現実逃避。


 それなりに強い決意と共に屋敷を出たまでは良かったものの、誰も私の事を認識しない為に人は容赦なくぶつかって来ます。人の後ろを歩けば行けるかと思えば、人が通りすぎた後ろを横断しようとした人が横から突進してきます。
 倒れたら最後、多くの人に踏まれ、足がぶつかり、躓かれ。何だ!?と騒がれて。

 住宅街では人通りも少なく良かったけれど、大通りに出た頃には夜になっていて、人混みに揉みくちゃにされました。なんとか酒場の前にあった酒樽の上に避難すると人混みが怖くて降りれなくなっていました。


 (ぐすっ、こ、怖い。人が怖い。)


 戻るも進むも出来ない状態で活気が増す酒場。涙をハンカチで拭い、店の様子を眺めてみる。

 (閉店を待つしかありませんね。こんな体格の良い人達で溢れた街、歩けません。ボロ雑巾になってしまう。)

 ボロボロでトランクを抱え、極力動かず、誰にも接触しない様に身を小さくする。
 酒場のお客は思い思いに楽しく会食。可愛い店員のお姉さんにちょっかいを出しては笑い、セクハラだぞって思いながらそれを眺めるとグゥとお腹が空腹を知らせて来る。

 (知ってますよ、お腹が減っている事くらい。)

 自分のお腹に八つ当たりした次の瞬間。店内がガヤガヤと騒がしくなった。

 「お前の女じゃねーだろが!文句言われる筋合いはねーんだよ!」
 「誰の女だとかの問題じゃない。彼女が嫌がってるだろ。」


 これは!


 セクハラを助けた人と恋に発展するパターンのやつ!?

 私の中の恋愛センサーがビビビと反応を見せた。私は一組ひとくみの恋が芽生える瞬間を目撃出来るかもしれない!!恋愛ドラマよりリアルで見えるなんて貴重な経験すぎる!と店内を覗く事に集中した。


 「スヴァイン様、酒場で喧嘩の様です・・・こちらで少々お待ち下さい。」
 「あぁ、気にせず行け。」
 「はっ!」


 賑やかな店内に夢中になっていると不意に背後からハキハキとした声が響いた。

 振り返れば、たまたま通りかかり騒ぎを知った若い騎士が喧嘩の仲裁に入るみたい。
 仲裁の間、待つ事になった様子のスヴァイン様と呼ばれた人物は若い騎士に誘導されて喧嘩真っ最中の店前にある酒樽まで。つまり私のすぐ近くまで連れて来られた。
 
 「ここで暫しの間お待ちください。」
 「あぁ。」

 一言残すと店内に入る若い騎士様。

 (確かに道の端に寄るならここが良いのだけれど・・・ち、近い。まるで大きな壁。)

 目の前の大きな背中を眺めながら息を飲んだ。騎士の関係者でスヴァイン様と言ったら、この辺では近衛騎士のスヴァイン様しか居ない。

 近衛騎士のスヴァイン様、確か2週間くらい前にあった国王陛下襲撃事件で身を挺して国王陛下を護り、深い傷を負いながらも主犯を捕らえたとか。しかしその傷口から毒が入り失明されたと聞いている。

 そっと酒樽の上で体を傾け、見える範囲で彼を眺めるけれど、若い騎士が喧嘩の後始末へ向かった現場に目を向けるでもなく、ただ真っ直ぐ何もない空気を眺める様に見つめていました。

 (本当に見えないのですね・・・。)

 先ほど一緒に居た騎士服を纏った若者とは違い、スヴァイン様本人は普段着。それでも立ち姿に無駄がなく正に騎士様という風貌。
 顔に傷痕が残っているけれど、流石は乙女ゲームの世界。傷痕が引きつって肌が歪む等は無く、肌の色が少し違うという感じだ。
 顔に受けた傷により、月の化身とまで言われた美貌の騎士も醜くなったと聞いたけれど十分美しい。

 (これが乙女ゲークオリティ。傷がむしろ格好いい。)

 そんな彼が、チラリと背後に視線を向けると同時に三つ編みにされた長い髪が肩から背中へはらりと落ちる。
 丁度、店内から大きな音がしたからそちらに目を向けたのだろう。エメラルドの様な綺麗だった瞳は濁っていて光を感じない。以前の彼の勇ましさからは想像のつかない程、無気力な瞳が見えた。

 『た、助けて。』

 そんな彼の背中から小さな声が聞こえた。見るとスヴァイン様の三つ編みに必死でしがみつく人間の子供の様な風貌の妖精が1人。羽がないタイプの妖精。

 小さな手で髪にしがみつく妖精はどうしても離れたくないと言った様子。

 今は妖精と関わりたくない。妖精と関わってしまうと妖精から妖精へと存在がバレてしまうかもしれない。今はバレてはいけないんだ・・・祓われた、と思われている状況だから。
 祓われてないと家族が知ったらまた怯えてしまいます。

 そう思うのに私へと助けの視線を向けてくる可愛らしい妖精。ウルウルと目を潤ませて手をプルプルとさせる。

 この子達はホント自分の可愛さを知ってますよね!!

 はぁ、と小さく息を吐くと人差し指と親指で妖精の衣服をつまみ静かに、しずかーーーにと気を使いながら彼の肩に乗せた。
 スヴァイン様の肩に乗った妖精はパッと明るい笑顔を見せてくれる。そんな妖精に人差し指を立ててシーのポーズだけ見せる。

 (お願いだから誰にも私の事は言ってはダメよ。)

 そう心で言うと妖精もコクりと頷く。お喋りな妖精で無ければ良いのだけど。

 「誰かそこに居るのか?」

 一難去ってまた一難。
 今度はスヴァイン様にバレただろうか。

 少し動いただけで触れても居ないのに分かるとか凄い。騎士様は皆さん出来るのでしょうか?

 「俺は目が見えないんだ、後からここへ来たのに君に気遣えなくて申し訳ない。」

 ・・・
 
 どうしよう、この人をこのまま喋らせておいたら変な人扱いされてしまう。

 今のこの状況。樽に話しかける人だ。


 『わ、私は見えませんので・・・気になさらず。』

 焦りつつ、とても小さな声でスヴァイン様にだけ聞こえる様に話す。
 するとスヴァイン様がバッとこちらに振り返り。

 『っ!!』

 私の視界はスヴァイン様でいっぱいになっていた。
 こ、これは・・・私を抱き締める・・・いや、捕まったと言うべきか。ガシッと腕の中に閉じ込められている。

 『うぇ、ちょっ!!まっ!!』
 「その声。妖精の仲介人のマーリット様ですね?」
 『えぇっ!?』

 固く閉ざされた腕の中で肩の位置を確認すると二の腕へと手が滑り、更に手首を捕まれる。触り方がエロいんですけど。そう思う私の頭の中がピンク色なだけかもしれないですが。

 「この様な形で捕らえた事をお許しください。目が見えないもので手が何処か分からず。」
 『・・・』

 あ、あた、温かい。それに良い香りがします!!

 多分仕事として私を捕らえたのだろうけれど、家族でない男性に抱き締められるなんてマーリットの人生で初めてです。
 
 『も、もう一度言いますが、私は、ぃ、今、他人に見えません。その様な体制でいられますと、スヴァイン様が怪しまれます。』
 「しかし、離せば逃げるのでは?」
 『逃げれません、身動きが取れなくてここに居るんですから。ですからそろそろ離してください。』

 片手は手首を握られ、もう片手は肩に回りしっかり捕まれていて逃げれない。
 
 「しかし、」
 「あれ??スヴァイン様ー?先に帰られたのかな?」

 そこへ先程の若い騎士が喧嘩を収め、店から出てくるとスヴァイン様の姿を探してキョロキョロと辺りを見渡す。

 (あ、そうか!私に暫く触れて居たからスヴァイン様も一緒に見えなくなったのね!?)

 咄嗟に離れる様に動くのだけど彼は離してはくれない。

 『離してください、貴方まで見えなくなっています。離れないとあの人に置いていかれますよ!』
 「しかし、離したら君は逃げるだろう。ここ1ヶ月なぜ身を隠していたんだ。理由を説明してくれ。」

 (な、何でこの人はこんなに食い下がるのでしょうね!?

 ・・・まさか、私の事を好きとか。

 悪役令嬢転生モノでありますよね!一目惚れしたけれど婚約者が居るから諦めていたとか・・・)
 「俺は推理小説が好きなんだ、だから君の失跡理由や裏を考えたら眠れなくなった。端から見たら順風満帆な身分だったのに。このチャンスを逃したらまた暫く眠れない。」



 ・・・


 恥ずかしい。

 一目惚れとか自惚れたの恥ずかしい。

 
 そうこうしているうちにスヴァイン様を探していた若い騎士は人混みを掻き分けてズンズン進み姿が見えなくなってしまう。
 この人が置いて行かれる!そう思うと焦ってしまう。

 『理由でしたら他の人が居ない所でなら話せますから!とりあえずあの若い騎士に見つけて貰いましょう?スヴァイン様が帰れなくなります。』
 「そう言って君を離したら逃げるつもりか。」
 『逃げませんから!』
 「絶対にか?妖精に誓えるのか?」
 『誓いますから。貴方の後ろについて行きますので、他の人が居ない部屋に移動してください。そうしたら話します。』
 「秘密を知った私を密室に連れ込み殺害する気か。」
 『私の何の秘密を知ったって言うんですか。推理小説の読みすぎですから。それに目が見えないとは言え20のただの女に殺される程スヴァイン様は弱くはないでしょう?』
 「油断した所を皆やられるんだ。」
 『じゃあ油断しないでください。』


 暫くのやり取りの後、納得してくれたのかパッと離してくれる。スヴァイン様が離れた事に安堵と人の温かさが離れた事による寂しさが私の体に残っていた。
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