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幸せ姉弟
しおりを挟む暗い夜の時間に陽は一人、家で激辛煎餅を食べながら持ち帰った仕事をこなしていた。
ストレスの溜まる仕事をしている自分へのご褒美の激辛煎餅はとても辛いがクセになるというのが陽の感想である。
だが健康に悪いとわかっているので、一日一袋しか食べないと陽は決めていた。
「はあ……」
陽は溜め息を吐く。
いつまで経っても仕事が終わらないので仕方がないことだ。
今日も大量の仕事を任されるあたり地獄というのはブラック企業なのではないかと錯覚してしまう。
実際にブラック企業なのだろう。
労働基準法とはいったい何なのかわからないうえに、そもそもこの国に有るのかと疑問だ。
そんな労働基準法もあったものではない国の頂点に君臨する閻魔大王は仕事は押し付けるくせして、自分は隙あらばサボっている駄目な王だ。
陽は自分に仕事を押し付けてきた閻魔を静かに恨む。
仕事を毎日早い時間からやらなければならない閻魔の面倒な気持ちはわかるが、それが仕事を押し付ける理由にはならない。
そんな面倒くさがりな閻魔は更に自分たち、十王に休日の制度を導入したのだ。
休日を導入するくらいなら仕事を熱心に取り組んでくれと陽は言いたくなるのを抑える。
これ以上、仕事が滞るのだけは絶対に避けたいのだ。
「……今日だけ二袋食べようかな?」
仕事で馬鹿共を怒鳴りつけた所為で喉が痛い。
陽は痛む喉を何とか癒したい一心で近くに置いていたブラックコーヒーを勢いよく飲む。
淹れてから時間が経ち過ぎたコーヒーは湯気もたってなく、冷めていて酷く苦い。
その苦さに陽は少しだけ顔をしかめてしまう。
「お仕事お疲れ様、陽」
背後からの声に陽は驚く。
急いで背後を振り向けば機嫌がよさそうな姉が立っていた。
手には大きな買い物袋が握られていることから良い買い物をしたのだと思われる。
「何を買ったのですか?姉様」
「貴方のだーいすきな激辛煎餅よ。安かったから買い溜めしたわ」
大きな買い物袋は四つ、陽は大量の激辛煎餅をうっとり見つめる。
自分の大好きなものが沢山とは幸せな光景だと笑ってしまう。
だが陽はすぐに顔を心配というものに変えた。
「姉様、今日は帰りが二時間くらい遅かったのですが何かあったのですか?」
声も心配をあらわしたかの様に真剣になる。
そんな陽を見て姉……凪(なぎ)は豪快に笑い、陽の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「今日は仕事が長引いただけよ、それとしつこいナンパにあってたわ」
凪は「モテ期が来たのかしらね?」などと戯けるが、しつこいナンパという言葉に陽は更に焦った。
「姉様!大丈夫でしたか?それと、その人を殴ったりしてないでしょうね?!」
凪が変なことをされていないか心配でもある。
だが、それ以上に心配しなければならないのはナンパした人の安否だった。
陽の姉、凪はすぐに拳に頼ってしまう。
力も強く、殴られればおそらくは常人ならば気絶は余裕でしてしまうだろう。
いや、気絶だけで済んでほしいものだ。
「ちょっとビンタしただけよ」
凪はビンタの構えをふざけてする。
だが若干、覇気が滲み出ていることからおふざけでも洒落にならないことが見てとれる。
「姉様、相手は死にませんでしたか?」
「死んでないわよ、呻き声はあげてたけど」
呻き声という言葉を聞いて陽は安心をした。
良かった、気絶未満だと。
凪はそんなことを考えている陽を見て少し苛つきながらも遅い時間まで仕事をしていることを労う。
「本当にお疲れ様、今日の仕事は終わりそう?」
「もうすぐ終わります。晩御飯の用意は出来てますから食べといてください」
「りょーかい」
凪は食卓に置かれた晩御飯を電子レンジに入れて温めていく。
今日のメインディシュは豚肉の生姜焼きの様だ。
電子レンジの前をうろいて温まるのを待ち侘びる。
「まだー?」
「まだです」
すると電子レンジから音が鳴り響く。
その音が完成の合図で凪はすぐに電子レンジから晩御飯を取り出した。
手から伝わる御飯の温もりを感じながら凪は食べる準備を整えていく。
机に晩御飯を置いて、お茶を湯呑みに注いでから椅子に座る。
最後はパチンと音が鳴るくらいに勢いよく手を合わせた。
「いただきます!」
「召し上がれ」
凪は御飯を口いっぱいにかきこんでいく。
その子供の様な姿を見ていると陽は作り甲斐があると一人満足をした。
家に帰ればいつも陽が作った御飯が食べられる。
それが幸せで凪は毎日仕事を一生懸命に頑張るのだ。
陽が作る御飯は全て残さずに食べる、だって大切な弟が作ってくれた御飯だから。
「姉様、豚の生姜焼き好きでしょう?久しぶりに作ってみたのですが如何でしょうか?」
「最高よ」
陽の目をしっかり見て凪は料理の感想を手短かに言う。
そしてそもそも陽が作る料理に嫌いなものは無い。
陽は小さな頃から料理を作ってくれていた。
初めて作ったハンバーグは少し焦げ付いていたが悪くはなかった。
いつも親がどこかに行っていて御飯は冷凍食品ばかりだった。
あの頃はいつも御飯の時間が楽しみではなかったなと凪は思った。
だが、ある日のこと。
家に帰れば部屋は飾り付けられていて机の上にはハンバーグとサラダ、更には不恰好な大きなケーキが置かれていた。
その日は凪の誕生日だった。
親がまたどこかへ出かけていて楽しみにしてなかった誕生日。
嬉しい日にならないと思っていたのが覆される。
「おねーさま、お誕生日おめでとう!」
その一言が今でも忘れられない。
自分には大切な守らなければならない存在がいることをとても思い知らされた。
あの日のハンバーグは本当に悪くはなかった。
いや、凄く美味しかった。
凪はハンバーグを笑顔で食べきった。
それが嬉しかったのか、陽は毎日御飯を作る様になった。
料理はだんだん上手くなってきて今では料理人顔負けレベル。
思えば凪の思い出は陽のことだけだった。
守りたい存在、大切な存在、それは陽のことだけだった。
自分は弟が大事なのだなと御飯を食べながら考える。
大切な弟は今、仕事をしかめっ面してこなしている。
「やっと終わった!」
「そう、ゆっくり休みなさい」
凪は姉の顔で陽に休む様に言う。
陽は明日の御飯を何にするかと呟きながら寝る用意をする。
凪は明日の御飯は何だろうかと楽しみにしながら床に寝そべった。
「ちゃんと布団で寝てくださいよ」
「わかってるわよ」
凪は笑ってこたえた。
明日が楽しみで、陽の作る御飯が楽しみで。
これからも毎日が楽しみで仕方がない。
大切な弟が居てくれることが幸せなのだ。
これからも仲良く過ごせるのだろうと凪は確信しながら御飯をまた一口、口に運んだ。
「これが幸せなのね」
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