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第1章 突然の
1-8 あのとき名を呼んでいれば ◆レイン視点◆
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◆レイン視点◆
ティフィのカラダであの人が俺の横で寝ている。
体温がそこに感じられる。
ティフィでありながら、俺に対する話し方も態度もあの人だった。
喘ぐ声やよがる表情は見たことがないが、俺を求められるのは単純に嬉しかった。
それがティフィの姿をしていたとしても。
広場で倒れた後にティフィが目覚めてからの行動を見て、もしかしてとは思っていたが、そんなはずはないと頭の中で何度も打ち消していた。
俺の都合が良い、淡い期待を持ってしまっていると。
俺が巡回で再びティフィの店に行くと。
「聖騎士レイグ・フォスター」
彼にそう呼ばれたとき、心臓が跳ねた。
一瞬、動けなくなった。
実は聖騎士とかトワイト魔法王国の聖騎士とか呼ばれることがあっても、名前まできちんと呼んでくれることはなかなかない。
トワイト魔法王国自体、魔導士を序列で呼んでいるのだから、そういう文化なのだとわかっていても。
彼がフルネームで呼んだ、五年前のあの感じがそのままだった。
本当に彼なのか、答え合わせがしたかったが、彼は俺に名を明かさなかった。
あのときズィーと呼べば良かったと俺が後悔するのは、もう少し後のことだ。
レイグ・フォスターという名は聖騎士になったときジニア聖教国に与えられたものだ。
だから、そこまで思い入れもない。
けれど、俺の聖騎士としての名である。
俺が聖騎士としての誇りだと思っていた名である。
ジニア聖教国では、聖騎士は聖騎士様やら聖騎士殿やら聖騎士でまとめられてしまっていて、名で呼ばれることはほとんどなかった。
全員聖騎士と呼んでいては他者と区別がつかないので、色で呼ばれる。
俺は銀の聖騎士と呼ばれていた。
白はすでにいたからだ。
名を呼ばないのなら、名前なんてわざわざつけなくてもいいのに、不貞腐れる俺がいたが心のなかに隠していた。
今から思えば、トワイト魔法王国で名づけられた名前など消してしまえというジニア聖教国のヤッカミだったとも考えつくが。
レインは育ての親がつけてくれた幼名になる。
その前のことは知らないし、記憶にもない。
俺は故郷のルチタ王国に戻ってきたので、婆さんが呼んでいた名前をそのまま使っている。
婆さんは持病を患っており、長旅はできそうにもなかった。
しばらくルチタ王国で婆さんを世話すると、グフタ国王に連絡を取ったら、全面的に協力すると返答が来た。
この街で騎士をしているのは、俺がトワイト魔法王国で魔導士にはなれなかったが騎士になったと婆さんに報告したからだ。聖騎士だということは隠している。その情報が漏れれば、この街が戦場になる危険性だって高い。
今のジニア聖教国は邪魔になる者に対しては何だってやりかねない。
だからこそ、トワイト魔法王国が釘を刺したのだ。
グフタ国王はトワイト魔法王国につながらない伝手で、街に常駐する騎士に推薦してくれた。
仕事を紹介してくれたのは、おそらく俺が長くルチタ王国にいることを予想してくれたからに違いない。働き盛りの人間が仕事もせずに、常時介護の必要ない婆さんの世話だけをしていたら、周囲から怪しまれること請け合いだ。
横で寝ているティフィの髪に触れる。
まさか、こんなところでズィーに会えるとは。
抱いたのはズィーの肉体ではないが、中身はズィーだ。
もし中身が戻って、彼がトワイト魔法王国に戻ったとしても。
俺のことが彼の記憶に刻まれてほしいと強く願う。
本心を言うならば、俺なしには生きられないようになってくれればとさえ思う。
五年も離れていて、唐突に自覚した。
俺はあのとき惚れていたのだと。
あの言葉に、あの態度に、あの姿に惚れていたと。
この瞳が俺を思い出してくれて嬉しいと思う。
この歓喜を彼に伝えたい。
彼の目が薄っすらと開く。
彼の瞼に口づけを落とす。
「もう朝か?」
怠そうに俺に尋ねる声。
ほんの一、二時間しか寝ていない。
男は初めてだと言っていたのに、激しくやり過ぎた。
反応がいちいち可愛いので仕方ない。
煽っているのかと勘違いするぐらいには。
「まだ少し早い」
「レインは今日も巡回か?」
「うん、もう少ししたら」
このまま仕事を休んでしまいたいが、そうも言ってられない。
この街の騎士の仕事でも夜勤があるし急な出勤もあるので、婆さんも変には思わないだろうが、何も言わずに何日も家を空けていたらさすがにおかしいと思うだろう。
それにこのまま快楽に耽っていたら、何のためにこの街に帰ってきたんだ、とズィーに問われそうだ。
それでも。
俺はティフィのカラダを抱く。
彼は嫌がる素振りを見せずに答えてくれる。
「貴方を手に入れたい」
口づけを交わし、カラダを重ねる。
何でこんなに愛おしいのだろう。
「あっ、、、」
「ずっと抱いていたい」
「レイン、何度でも抱いて良いんだぞ。お前は交換条件に回数を指定しなかった」
耳元で囁かれた言葉に、本気でどうにかなりそうだった。
彼以外どうでもいいとさえ思ってしまうほどに。
実際、彼がそれを許してくれるはずもなく、仕事の開始時間に間に合うように身支度を整えられてしまった。
ティフィの薬屋の玄関でお見送りされてしまった。
ルチタ王国にあるルメドの街はそこまで栄えていない田舎町である。
とはいえ流通の通り道であるこの街は宿場町でもある。
治安維持のためにこの街を警備する騎士は必要不可欠な存在だ。
歓楽街とまではいかないが、商人や護衛、旅人、冒険者相手のための店が多く集まる区域もある。
ティフィの薬屋は寂れた一角にあるが、ティフィは薬をそういう店にも配達している。
それらはさすがに少年であるミアに頼むのは気が引けるのか、ティフィが行っていた。
そして、そこで不特定多数の男と知り合うのである。
多くは行きずりだが、ティフィはその区域に住まう者の複数ともカラダを重ねている。
方向音痴のティフィを店まで送って、薬屋のカウンターでヤろうとしていた。それに俺が巡回中に出くわしてしまったので厳重注意をしておいた。さすがに客が来る店内ではするなと。
緊急時には幼い子供も薬屋にはやって来るのだから。
ティフィは顔が良いし細身だからモテるが、性格はそこまでよろしくない。
そういう性格が好きだという物好きもいるが、高圧的で、自分がどこかの国の王子か何かだと勘違いしているのではないかと思うときもある。
そんな自らトラブルを招きそうな性格なのに、ティフィは魔法も使えないし、自衛できる術を持っていないということで、医師がいないこの街で唯一の薬屋である彼の店は騎士の巡回ルートに入っている。
なぜ、俺がそんなティフィのことを気に入っている体にしているのかというと、楽だからだ。
この街では騎士というものは意外にモテる。
女性だけでなく男性からお誘いが数多くある。
断るのも面倒になってきたので、彼がこの街に来てからちょうど良いとばかりにそういうことにしておいた。
ティフィならば俺を相手にすることはないし、言い訳に使うのに都合が良い。
彼らはティフィの顔を見ただけでも面食いなのかと諦めてくれる。
ティフィは誰とでも寝そうだが、そうでもない。
ティフィは自分に本気になりそうな者とは寝ないし、真面目な者にも同様だ。
冒険者のギットは対象になるだろうか。
ただ、アイツは危険だ。
ティフィのときは何もアプローチしなかったくせに。
記憶が曖昧だと言ったティフィに、恋人宣言の上、恋人にしてくれまで言いやがった。
機会を狙っていただけならいい。
中身のズィーを気に入った気がする。
感謝の言葉を普通に口にするズィーを。
仕事を終わらせて夜、婆さんにキッチリ外泊する旨を告げ、ティフィの店に行く。
「レインはホントにティフィが好きなんだな」
閉店の戸締りをするズィーが俺に言った。
ごくごく普通に。
俺はその言葉に一抹の不安を感じた。
深く愛し合っていれば、誤解は解けるものだと楽観視していた。
今夜も甘く長い夜が続いたのだから。
早く休日が来ればいいのに。
彼を夜だけでなく一日中独占したい。
そんなことを考えていた。
だが、彼は俺を長く誤解し続ける。
俺がティフィを好きなのだと。
彼はまだ自分の正体が誰だか、俺が気づいていないものだと。
ティフィのカラダであの人が俺の横で寝ている。
体温がそこに感じられる。
ティフィでありながら、俺に対する話し方も態度もあの人だった。
喘ぐ声やよがる表情は見たことがないが、俺を求められるのは単純に嬉しかった。
それがティフィの姿をしていたとしても。
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俺の都合が良い、淡い期待を持ってしまっていると。
俺が巡回で再びティフィの店に行くと。
「聖騎士レイグ・フォスター」
彼にそう呼ばれたとき、心臓が跳ねた。
一瞬、動けなくなった。
実は聖騎士とかトワイト魔法王国の聖騎士とか呼ばれることがあっても、名前まできちんと呼んでくれることはなかなかない。
トワイト魔法王国自体、魔導士を序列で呼んでいるのだから、そういう文化なのだとわかっていても。
彼がフルネームで呼んだ、五年前のあの感じがそのままだった。
本当に彼なのか、答え合わせがしたかったが、彼は俺に名を明かさなかった。
あのときズィーと呼べば良かったと俺が後悔するのは、もう少し後のことだ。
レイグ・フォスターという名は聖騎士になったときジニア聖教国に与えられたものだ。
だから、そこまで思い入れもない。
けれど、俺の聖騎士としての名である。
俺が聖騎士としての誇りだと思っていた名である。
ジニア聖教国では、聖騎士は聖騎士様やら聖騎士殿やら聖騎士でまとめられてしまっていて、名で呼ばれることはほとんどなかった。
全員聖騎士と呼んでいては他者と区別がつかないので、色で呼ばれる。
俺は銀の聖騎士と呼ばれていた。
白はすでにいたからだ。
名を呼ばないのなら、名前なんてわざわざつけなくてもいいのに、不貞腐れる俺がいたが心のなかに隠していた。
今から思えば、トワイト魔法王国で名づけられた名前など消してしまえというジニア聖教国のヤッカミだったとも考えつくが。
レインは育ての親がつけてくれた幼名になる。
その前のことは知らないし、記憶にもない。
俺は故郷のルチタ王国に戻ってきたので、婆さんが呼んでいた名前をそのまま使っている。
婆さんは持病を患っており、長旅はできそうにもなかった。
しばらくルチタ王国で婆さんを世話すると、グフタ国王に連絡を取ったら、全面的に協力すると返答が来た。
この街で騎士をしているのは、俺がトワイト魔法王国で魔導士にはなれなかったが騎士になったと婆さんに報告したからだ。聖騎士だということは隠している。その情報が漏れれば、この街が戦場になる危険性だって高い。
今のジニア聖教国は邪魔になる者に対しては何だってやりかねない。
だからこそ、トワイト魔法王国が釘を刺したのだ。
グフタ国王はトワイト魔法王国につながらない伝手で、街に常駐する騎士に推薦してくれた。
仕事を紹介してくれたのは、おそらく俺が長くルチタ王国にいることを予想してくれたからに違いない。働き盛りの人間が仕事もせずに、常時介護の必要ない婆さんの世話だけをしていたら、周囲から怪しまれること請け合いだ。
横で寝ているティフィの髪に触れる。
まさか、こんなところでズィーに会えるとは。
抱いたのはズィーの肉体ではないが、中身はズィーだ。
もし中身が戻って、彼がトワイト魔法王国に戻ったとしても。
俺のことが彼の記憶に刻まれてほしいと強く願う。
本心を言うならば、俺なしには生きられないようになってくれればとさえ思う。
五年も離れていて、唐突に自覚した。
俺はあのとき惚れていたのだと。
あの言葉に、あの態度に、あの姿に惚れていたと。
この瞳が俺を思い出してくれて嬉しいと思う。
この歓喜を彼に伝えたい。
彼の目が薄っすらと開く。
彼の瞼に口づけを落とす。
「もう朝か?」
怠そうに俺に尋ねる声。
ほんの一、二時間しか寝ていない。
男は初めてだと言っていたのに、激しくやり過ぎた。
反応がいちいち可愛いので仕方ない。
煽っているのかと勘違いするぐらいには。
「まだ少し早い」
「レインは今日も巡回か?」
「うん、もう少ししたら」
このまま仕事を休んでしまいたいが、そうも言ってられない。
この街の騎士の仕事でも夜勤があるし急な出勤もあるので、婆さんも変には思わないだろうが、何も言わずに何日も家を空けていたらさすがにおかしいと思うだろう。
それにこのまま快楽に耽っていたら、何のためにこの街に帰ってきたんだ、とズィーに問われそうだ。
それでも。
俺はティフィのカラダを抱く。
彼は嫌がる素振りを見せずに答えてくれる。
「貴方を手に入れたい」
口づけを交わし、カラダを重ねる。
何でこんなに愛おしいのだろう。
「あっ、、、」
「ずっと抱いていたい」
「レイン、何度でも抱いて良いんだぞ。お前は交換条件に回数を指定しなかった」
耳元で囁かれた言葉に、本気でどうにかなりそうだった。
彼以外どうでもいいとさえ思ってしまうほどに。
実際、彼がそれを許してくれるはずもなく、仕事の開始時間に間に合うように身支度を整えられてしまった。
ティフィの薬屋の玄関でお見送りされてしまった。
ルチタ王国にあるルメドの街はそこまで栄えていない田舎町である。
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治安維持のためにこの街を警備する騎士は必要不可欠な存在だ。
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それらはさすがに少年であるミアに頼むのは気が引けるのか、ティフィが行っていた。
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そういう性格が好きだという物好きもいるが、高圧的で、自分がどこかの国の王子か何かだと勘違いしているのではないかと思うときもある。
そんな自らトラブルを招きそうな性格なのに、ティフィは魔法も使えないし、自衛できる術を持っていないということで、医師がいないこの街で唯一の薬屋である彼の店は騎士の巡回ルートに入っている。
なぜ、俺がそんなティフィのことを気に入っている体にしているのかというと、楽だからだ。
この街では騎士というものは意外にモテる。
女性だけでなく男性からお誘いが数多くある。
断るのも面倒になってきたので、彼がこの街に来てからちょうど良いとばかりにそういうことにしておいた。
ティフィならば俺を相手にすることはないし、言い訳に使うのに都合が良い。
彼らはティフィの顔を見ただけでも面食いなのかと諦めてくれる。
ティフィは誰とでも寝そうだが、そうでもない。
ティフィは自分に本気になりそうな者とは寝ないし、真面目な者にも同様だ。
冒険者のギットは対象になるだろうか。
ただ、アイツは危険だ。
ティフィのときは何もアプローチしなかったくせに。
記憶が曖昧だと言ったティフィに、恋人宣言の上、恋人にしてくれまで言いやがった。
機会を狙っていただけならいい。
中身のズィーを気に入った気がする。
感謝の言葉を普通に口にするズィーを。
仕事を終わらせて夜、婆さんにキッチリ外泊する旨を告げ、ティフィの店に行く。
「レインはホントにティフィが好きなんだな」
閉店の戸締りをするズィーが俺に言った。
ごくごく普通に。
俺はその言葉に一抹の不安を感じた。
深く愛し合っていれば、誤解は解けるものだと楽観視していた。
今夜も甘く長い夜が続いたのだから。
早く休日が来ればいいのに。
彼を夜だけでなく一日中独占したい。
そんなことを考えていた。
だが、彼は俺を長く誤解し続ける。
俺がティフィを好きなのだと。
彼はまだ自分の正体が誰だか、俺が気づいていないものだと。
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