キミという花びらを僕は摘む

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第2章 波乱含みの

2-8 脅威 ◆エリオット視点◆

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◆エリオット視点◆

 どういうことだ?
 ジルノア王国とルチタ王国はかなりの距離が離れているが、リアルタイムで報告が来る。

 荷運びの御者役は用意した死体の箱を店の前に置いた。
 その足で騎士を呼びに行ったのに、その箱は消えた。

 右往左往して慌てるティフィの状況をつぶさに報告させようとも思ったがそれ自体には意味はない。
 荷物を運んだ男がきちんと仕事をするか監視をさせていた方が効率的だ。
 人員配置も多いだけでは意味がない。
 薬屋に兄上といつもいる騎士の一人がいない隙を狙うが、彼らが戻って来ないか彼らの方に監視の人員を割いた。
 適切な場所に適切な人数を置いておく方が費用対効果が上がる。

 なんて考えていたので、状況がつかめない。
 絶対にティフィ一人の人力では動かせない重さにした。子供が一人いたところで同じだ。
 ティフィは魔法が使えないのに、あの大きい箱はどこに行った。

 もう少し費用をかけておけばと、今さら後悔しても遅い。


 確かに荷馬車で死体の箱を御者役の男は置いた。
 それは確かだ。
 私の手の者がしっかりと確認している。

 にもかかわらず、騎士を連れて戻って来たときには死体の箱が消えていた。

 御者役は騎士の詰所で事情を聞かれている。
 ただし、コイツは金で雇っただけで何も知らない。
 何かのときにはトカゲの尻尾切り用に。

 うちの手の者に死体の箱があったと騒がせたら、反対に疑われる人物を増やすだけだ。
 騎士たちの事実として、死体の箱は存在しないのだから。

 この手段は諦めて、次に移った方が得策だ。


「兄上もあんな男に騙されるなんて、、、せっかくジルノア王国からいなくなったのに」

 ティフィがジルノア王国からいなくなって、兄上が私と政務等を一緒にやり始めたので、今後は私が兄上を補佐してこの国を盛り上げていけるのだと思った。
 一年ほど経ってから、兄上は自分がやっていた仕事は私にすべて教えたから王子をやめると言い出した。
 は?と思っていたら、兄上はさっさとジルノア王国を出ていってしまった。

 兄上は決断力が早い。
 私が仕事を充分に覚えたと評価したため、己の計画を実行に移した。
 実行力があるという点はさすが兄上なのだが、ティフィという男は生きていれば兄上をかどわかし続けるのか。
 ジルノア王国を後にするならば、恩情をかけて命までは取らないでやろうと思っていたが、もはや邪魔なだけである。

 あの者は第一王子が王位継承権を棒に振ってまで手に入れたい配偶者ではない。
 魔力はあるようだが魔法は使えないし、そもそも兄上と子をなすことができない男だ。
 兄上も兄上なのだが。
 どんなに綺麗だと言っても、愛人として囲っておけば済む話だ。
 直情的なところは兄上の長所でもあるのだが、短所でもある。
 兄上が国王になったときは、私がきちんと補佐していかなければ。


 ジジッと特有な音が響いた。
 通話の魔道具の受話器を取る。
 ルチタ王国というのはトワイト魔法王国のクィーズ家が推進した念話塔の建設も空間転移魔法陣の設置も拒んだ数少ない国だ。

 平民がそんなことを知る由もないが。
 わざわざそんな国に逃げ込まなくてもいいのにと舌打ちしたくなる。

 遠くの国なのに、特別な魔道具が必要になるので費用がかさむ。
 近隣諸国にある念話塔では明瞭な意思疎通が不可能だった。
 正確な指示が必要な場面では、それが失策になり得ることもある。
 念話塔も空間転移魔法陣の使用も魔力と費用がそれなりにかかるのだが、これらの魔道具ほどではない。

「何かあったのか」

「現在、あの男は騎士の詰所から出てきません。あの男はこれまでかと」

「その確認だけか?」

「第一王子殿下と騎士が薬屋に戻りました。中の様子はわかりません。薬屋にいた少年は近所の者でした。確保しますか」

「そうだな」

 ただ殺して消えてもらうだけだと、こちらの気持ちが収まらない。
 ここまで金や労力をかけたのだから。

 兄上はあの男がいなくなればここに戻ってくるだろうが、少し泣いてもらうか。
 人質としてその少年。どちらも消えてなくなっても平民だ。誰も困ることはない。

「じゃあ、次のプランBを」

 実行と言おうとして瞬間、部屋の空気が重くなった。

「ぐっ?」

「あの?」

 魔道具の向こう側から心配そうな声が聞こえる。

「いや、また後で連絡する」

 慌てて通話を切って部屋を見渡すが、何も変わらない。
 部屋の扉の外にいる護衛に誰か来なかったかと問うたが、誰も来ていなかったという答えしかなかった。
 ここはジルノア王国の王城である。
 危険人物が素通りできるはずもないか。

「まさか、関係ない者を巻き込む罪の意識か?すべてはアイツのせいなのに、私の良心の方が耐えられないとは、、、」

 こういうところが私が国王に向かないところだ。
 非情になり切れない。
 平民はどうでもいいと口では言いつつも。

 ノックの音が響き、こちらが許可もしていないのに勝手に扉が開く。

「エリオット第二王子殿下、休憩は終了です。執務室にお戻りください」

 この王城では第二王子など、ただの駒。
 仕事をまわすだけの。
 時間が事細かく管理され始めた。

 両親は現役だ。
 けれど、第一王子である兄上は多くの仕事に携わっていた。
 私は勉強やマナーの他、剣や槍、乗馬、体術等以外にも、楽器や絵の習い事までさせてもらっていた。
 兄上が執務に携わっていた期間はかなりの自由時間が存在した。
 それでも、家庭教師等に教わるのでスケジュールとしてはいっぱいだったが。

 しかし、今、私にそんな時間は一切ない。
 国王命令で第一王子のしていた仕事をしろと言われてしまえば従わざる得ない。
 ここには兄上はいないのだから。
 兄上がどれだけの仕事量をこなしていたのかわかる実情だ。


 私は赤黒いシミが椅子の下に広がっていることなど気づきもしなかった。




「あの、エリオット第二王子殿下、お怪我はされておりませんよね?」

「見ればわかるだろう」

 付き人の一人が私に声をかけてきた。

「先ほど、殿下の部屋で血のようなシミを見つけたということだったので、もしやと思い確認です。掃除させておきますのでお気になさらず」

 何か落としただろうか?
 記憶にはないが、そんな大きいシミでもないだろう。
 慌てている素振りはないのだから。

 夕食後も仕事をして、ようやく解放された。
 他の者の顔も第一王子がいれば、という思いで満ち溢れている。
 私も同じ気持ちだ。
 だが、この忙しさももう少しで終わるだろう。
 プランBを実行させて、ティフィを殺害してしまえば、兄上があの地に居続ける必要はない。

 私は風呂に入り、さっさと寝ることにした。
 なぜか通話の魔道具を手にしようとすると、重い空気が周囲を支配する。
 良心の呵責で決断できないのは、為政者としては失格だろう。
 それでも、明日こそは。
 そう思いながら、ベッドに入る。


 そう、この日から。
 私は赤黒いシミに悩まされるようになった。

 朝起きると、ベッドに数滴のシミが。
 私が行動する後をつきまとうように。
 部屋を魔法による防御を高めたり、呪詛返しを設置したりしてみたが、何の効果もなかった。

 なぜか部屋のどこかしらに赤黒いシミがつく。
 清掃する者だけでなく、部屋を訪れた者でも見かけるようになってしまった。

「、、、仕事が忙しいとは言っても、お前も王子として生を受けた者だ。このくらいで音を上げてどうする」

 国王である父に呼ばれた。
 通常、執務でも人を介しており、直接関わることはないのに。
 人払いをしており、この広い部屋には二人だけだ。

 赤黒いシミについて、悪意の報告を受けたのか?
 魔法による防御、呪詛返しもしていて、それらに引っかからないとすれば、疑われるのは自作自演。
 精神的に参って、私がこのようなことを仕出かしていると思われているのか。

「ちっ、違いますっ。私は自分で自分を傷つけたりしておりませんっ。何者かが私をハメようとしているのかもしれません」

「いったい誰がお前をハメようとしているのか聞きたいところだが、お前の部屋に入るときは護衛も清掃も複数人での対応している。残念ながら、お前以外にあのシミをつけることができる者がいない。説明しようがない。心が病んだと噂されてもとめられない」

 あの男が関わってからろくなことがない。
 兄上がこの城に戻ってくれば。
 アレからどれくらいの日数が経ってしまっただろうか。
 今日こそは実行しろと連絡を。

「私は何もしておりません」

「それを証明したいのなら、コレをつけてもらえるか」

 父がコトリとテーブルに置いたのは、黒い首輪の入った箱だった。
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