その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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2章 帝国の呪い

2-47 淡い恋が成立するかどうか

 部屋長が不機嫌な表情を浮かべるのをはじめて見た気がする。
 たいていは笑顔で、人当たりも良い。
 いつもは不機嫌であればあるほど、美しく見える黒い笑顔を浮かべている。
 皇帝陛下に対しても清々しいほどの毒々しい笑顔である。皇帝陛下に関しては、俺にはわざと部屋長を怒らせているようにしか見えないのだが、部屋長にそれほどかまってほしいのだろうか。上の人間のことなどわからないが、上に立つ人間ほど特殊な性癖を持つという。皇帝陛下はその最たる者。だからこそ、捕虜の部屋長はその性癖に付き合わされているのではないかと思うとやるせない。帝国民でも庶民では何もできない。

 クーリミオン看守はやはり看守だからこそ部屋長と意見が合わないのだろうか?
 薬部屋でのびーんとだらけている看守を見ていると、それだけではない気もするが。
 捕虜として看過できない何かがこの看守にはある、、、わけでもないのだろうけど。

「じゃあさー、クロウー、この薬師見習たちの腕は関係ないんじゃないのー?魔導士見習が魔力を調整してくれれば上級薬になるのならさー」

 うっ。
 この看守、鋭いところがあるな。腐っても国の看守か。

 俺もそう思っていたところだ。
 尋ねたら最後、また俺たちの存在意義がなくなりそうなので聞けなかった。

「え、お前、馬鹿なのか?」

 部屋長の蔑む目が本気だ。
 笑顔なんてひとかけらも浮かんでいない。

 い、言わなくて良かった。
 俺、そんな目で部屋長に見られたら、へコむどころの騒ぎではない。
 この人が先に質問してくれて助かった。

「薬師見習の三人が教えた通りに薬の下準備をしてくれているおかげで魔力が調整しやすくなっているんじゃないか。下手に作ったら魔力がご機嫌斜めになって袖の下を渡されてもその場から一切動かなくなるぞ」

「魔力を人のように言うなー」

「なら、セーターを編み上げてからようやく贈る相手のイニシャルにCとKを間違っていたことに気づいて、どうにか誤魔化せないかと思案して試行錯誤したらセーターとして着られないものが出来上がってしまい、結局は毛糸に戻すしかなかった、それほどまでにどうしようもない状態になるというこの例えの方がお前にはわかりやすいか」

 部屋長が腕を組んだまま、だらんと座っているクーリミオン看守を見下して、、、見下ろしている。
 笑顔は現在進行形でどこかに旅行へ出掛けてしまって戻ってこない。

 しかし、手編みのセーターって実例なのだろうか?部屋長あての?

「うぎょっ」

「クーリミオン看守ではセーターを編み上げる根気はないだろうが、」

「うぎょぎょっ」

「どんなものにも微量ながら魔力が内在している。それを蔑ろにしたのなら、それは強固な意志となって己に返ってくるものだ。お前みたいになあ」

「ぐっ」

 部屋長が人差し指で、背もたれに寄りかかって無防備なクーリミオン看守の胸を軽く押さえた。
 そう、ほんの少し触れる程度、すぐに離したように見えたのだが。

「がはっ、、、はっ」

 一瞬息を止めたかのように見えた。
 クーリミオン看守は椅子から転げ落ち、四つん這いになって肩で息をする。
 荒い呼吸音がしばらく続いた。

「っ、何をした」

「魔法を使わずとも、魔力の動きを変化させることによって人体でもこのくらいのことはできるんだ。魔力を乱すだけでなく、整えることがどれだけ重要なことか少しはわかったか」

 部屋長のありがたい講義に、クーリミオン看守はそのまま床にゴロンと寝た。。。
 ナチュラルすぎる動きにいつもこの体勢になっているのではと疑われるほどに自然な流れだった。

「あー、そうなのー。はいはい、理解しましたー。クロウ先生ー、すごーいー」

 あ、超ムカつく態度。
 こんなのが生徒だったら、校内暴力が発生する事案になる。
 生徒がではなく、教師が生徒を殴っているところだろう。
 クロウ先生もクーリミオン生徒の背中をグリグリと踏んでいる。

「よしっ、お前がその態度なら、次はシエルド様の呼吸を止めてみよう」

「やめろっ」

 本気で止める声が響いた。

「シエルドが寝込んだら、帝国の経済が傾くだろ。そしたら、税金が国に入らなくなって、俺がのんびりと看守できなくなるじゃねえか」

 おいおい。
 あくまでも自分本位か。

 双子の兄を想う気持ちが少しでもあるのかと思ったら。

 部屋長も呆れてため息を吐いている。

「まあいいや。クーリミオン看守は帰りにアッシェン大商会に寄って来い」

「へいへい」

 不貞腐れて床に寝そべったまま返事するクーリミオン看守。

「片付け終わったようだな」

「はい、あ、部屋長っ、明日の午前中、うちの薬工房が消毒処理をするので」

「うん、」

 微妙に良くわかってない顔をされた。
 消毒処理って何?という顔だ。
 帝国にある薬工房は清潔を保つため、定期的に消毒することを義務付けられている。
 店によっては薬師と見習でやるところも少なくないが、業者に依頼することの方が多い。消毒したという証明書を発行してもらえるので。

「俺は休みをもらいました。せっかくなのでトータが以前に見学させてもらったという、午前中の部屋長たちの修繕工事を見たいです」

「あっ、」

「どうした、ボレール?」

 大声を出したボレールに部屋長が問う。

「ああっと、うちの薬工房も明日は狩りに出るので、俺は午前中休みになったんですが」

 トータが見学した際に、俺たちも一人ずつなら見学可能だと言われていたが、滅多にない休日が重なってしまうとは珍しい。
 ボレールのところの採取ではなく狩りって何、という質問はとりあえず置いておき、どちらが見学するか話し合わないといけない。

「ああ、二人かあ」

 部屋長がちらりとナーズ隊長を振り返った後。

「明日はルッツ副隊長だから大丈夫だ」

 はっきりと答えた。
 見えない刃が心にグサグサと刺さっている光景を目撃することになるとは。

「俺もいるから大丈夫だよー」

 ポシュが自分の胸をどんと叩く。
 少し前から午前中も部屋長とともに行動しているらしい。

「、、、ああ、ポシュに付属してメーデも来るから大丈夫か」

「ポシュが行くところには付き合うが」

「えーっ、クロウっ、俺を頼ってよー」

「魔剣頼りの戦闘なんて、ルッツ副隊長と同じくらいアテにならん」

 え?先ほどはルッツ副隊長だから大丈夫だと言ってませんでした?
 俺の聞き間違いだったかなあ。

「くすん、何それ、ルッツ副隊長もアテにならないのか?」

 ナーズ隊長もアレくらいでハンカチで目を押さえるな。
 悪口のレベルは近所のガキの方が上手だと思う。
 部屋長の言葉だからブッサリと刺さったのだろうが。

「神の愛し子の能力なんて、あの魔剣と同じくらいのレベルしかない」

「、、、じゃあ、ルッツ副隊長とポシュが戦ったらどっちが勝つんだ?」

「剣で戦ったらルッツ副隊長が絶対勝つに決まっているじゃないですか。ルッツ副隊長に勝ちたいなら剣以外のもので戦わないと」

「へえ、剣だと絶対に勝てないのか?」

 地獄の底から超低ーい声を発したのはメーデ氏だった。
 彼の背中で大剣が鈍く輝く。
 それは今まで剣で戦っていた者の自負。

「、、、メーデは是非とも素手で戦ってください」

「万に一つでも剣で戦って勝つ方法はないのか」

「、、、邪道でよろしければ?」

「正道寄りのものはないのか」

「メーデさん、邪道は邪道ですよ。俺が剣でルッツ副隊長に勝つようなものです」

 しばしの間。

「剣を打撃で使うという、アレか?」

「アレは一応剣として使っているので正道でしかないですよ」

 メーデ氏は眉間を手で押さえる。

「、、、少し考える」

「なあ、クロウ、どうやったら剣でルッツに勝てるんだ?」

 無邪気に部屋長へ問うポシュがいた。

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