その捕虜は牢屋から離れたくない

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2章 帝国の呪い

2-74 ひたすら屈折

「はい、お疲れ様でーす」

 冷たい薬草茶を出すと、グイッと一気に飲み干すナナキ氏。
 この人も足枷を置いてけぼりにして、自由に行動する一人だよな。
 というか、皇帝と違い、従者も護衛も一緒にいるところを一度も見たことないけど。実は皇帝よりひどいのか?それとも、蔑ろにされている?

「はあー、問題を起こさないでくれよ」

「ことごとく問題を起こしているのは帝国側じゃないですかね?」

 俺が切り返すと、ナナキ氏の肩にのっている黒ワンコがきゅるきゅるとつぶらな瞳で見やがる。
 フッ、黒ワンコ、そんな瞳は他の黒ワンコたちで見慣れているんだぜっ。
 なんなら銀ワンコの鋭い目つきの方が俺の好みだっ。

 がーんっ、と黒ワンコが膝をつき傷ついた動作をした。
 さて、コントはここまでにして。

「トリステラが何の用事でここに?」

「そこの黒ワンコから聞いてません?」

 俺の返答に、ナナキ氏の視線が嫌そうな色をのせる。
 なぜか豪華軍服姿のナナキ氏はため息一つでも色っぽい仕草になるなあ。料理人姿のときはテキパキ動いて粗野な感じを受けるのに。やはり無精ヒゲの存在が大きいのか?

 外見が人を作るのか?
 じゃあ、料理人の姿で来てくれればいいのに。

「一応、クロウとの事実の解釈が違っていたときに恐ろしい目に遭うのは帝国側だからな。念のため」

「それはそれは、捕虜相手に殊勝な心掛けで」

「嫌みなのか、褒め言葉なのか判断に迷うところだ」

「それ、どちらでもいいと思いません?自分の気が楽になるよう解釈した方が精神衛生上良いのではないですか」

「解釈が間違っていたときに恐ろしい目に遭うのは私だからなあ」

 大切なことは正確に言いやがった。

「トリステラ第三皇子殿下に悪意がないとは限りませんので、次回に持ち越しになりました」

「、、、悪意というと?」

「トリステラ第三皇子殿下が帝国の呪いを解呪した場合、すべての罪を俺になすりつける危険性です」

「普通に考えられるな」

「皇子ならば言いがかりレベルでも簡単に押しつけられますからね。皇帝陛下も皇弟殿下も俺のことを殺すのは惜しいっと思ってくださっているので、処刑はされないと信じておりますが」

「帝国の呪いが解呪されても、他の呪いが発動しそうで怖いよ」

 そうですね。
 処刑するってなら仕返しは大切ですよね。まずはセリム連れて逃げるけど。置き土産は落としていくけど。

「ただ、第三皇子殿下の側近ってあのような方々ばかりなのですか?」

「、、、長男が皇太子になる可能性が高くなったときには、あの子はもう諦めていたからなあ。側近を育てるのを早い段階で放棄した」

 あのような、で話が通じているな。
 イキリ従者が多そうだが、抑えようと思えば抑える力はある。

「となると、あの方々には次の就職先は見つからないんですね」

「そうだな。側近としては第二、第四、第五皇子のところは仕事ができるだろう。もし人手がほしいのならそちらから良い人材を得た方がいい。特に第四王子は自分が亡くなった後も困らないよう手を尽くしているから」

「ああ、帝国へ仕返ししようと。一番怖いのは第四王子ですね」

 俺がポンと手をたたく。
 ん?とした表情で俺を見るナナキ氏。

 そういう話じゃなかったのですかね?

「第三皇子の方が帝国に有益な人材を残さないから仕返しになるんじゃないのか」

「一概にそうとも言えませんよ。実際には側近が信用できないから自分で動いている第三皇子の方が好感は持てます」

 おそらく第三皇子が従者に俺を連れて来いと命令していたら、強制的に連行されていたんじゃないか。そのくらいあの従者たちはしそうだ。そんなことをすれば、俺が協力どころか情報すら渡さなくなるのは目に見えている。だから、第三皇子は先触れもしないで直接やってくるしか方法がなかった。先触れすらも正確にできるか怪しそうな従者たちだったし。
 譲歩の度合いから、俺と喧嘩したいわけではなかったようだ。

 喧嘩になるならば、迎え撃つだけだ。
 ここは敵国。
 いつでも防御態勢は取れている。

 どちらにしても、会場は帝城でも良いと思うが。

「、、、誰と比べて?」

「他の皇子たちと比べて」

「その中に皇太子は含まれているか?」

「そこに含まれたら、さすがに可哀想でしょう。皇帝の仕事を押しつけられまくっているのに」

 可哀想なほど激務なのに。
 その点、他の皇子たちは生贄になるんだからと同情されて、最低限の仕事で許されているのだから。

「クロウには皇太子の評価が高いのか」

「帝国にとっては、ですよ。会ったことのない人物の評価なんて、俺に対してどう動くかわかりかねますからね。意味ないですよ」

「会ったことがあっても、猫を被っているかもしれないじゃないか」

「猫を被るくらいの人物に思われているのなら幸いだと思います」

「、、、ああ、うん、そうだな」

 ナナキ氏は俺がリンク王国では黒髪の平民という扱いであったことを忘れている。
 一瞬、不思議そうな表情してから変化した。
 思い出していただけたようで何より。

 自分の価値基準だけで判断しないでね。
 皇弟に対して猫を被るのは当たり前の動作だ。被らない方がこの帝国ではどうかしている。あ、俺もどうかしている集団の一員に見えるのか。

「ですからね。セレ第四王子殿下は部隊に所属した当初から俺の名前を呼んでくれる稀有な王子なんですよ」

 だから、笑顔で言ってあげる。

 脳筋な彼にとっては、高位貴族だろうと底辺だろうと等しく部下なのである。
 有益だろうと無益だろうと、そこに差がない。
 彼は等しく、百人強いた部隊全員の名前を憶えていた。どんな者であろうとも自分の同志であると。

「うん?」

「脳筋だとも思いますし、リンク王国の慣習をものともしない脳筋だからこそ、帝国への特攻部隊の旗印にさせられちゃったんですけど、リンク王国で初めて俺の名前を憶えてくれた上官なのですから、帝国の皇子たちへの印象というのは俺にとって良くないですよね」

「あれ?クロウがセレ第四王子に好印象を持っている?」

 ナナキ氏が戸惑っているなあ。
 俺、そんなに自国の王子を敵視しているように見えていた?
 治療魔法だって使ったのに。

 同じ部隊のお貴族様たちを敵視していたのは認めるけど。
 牢獄内でもお願いごとと称した命令ばかりだったからね。

「部隊全員を救うくらいには、俺は嬉しかったんですよ。上官に名前を呼んでもらえることが。それに倣ってこの第四王子部隊の騎士たちは俺のことを名前で呼ぶようになった感じもありましたから」

「っ、そういうことかっ。クロウがなぜ罠から全員をわざわざ助けたのかと思っていたが、ようやく納得した」

 もちろん理由として、騎士たちが貴族だから一人でも死んだらリンク王国がうるさいというのもあったのだが。

 一人でも死んでいたら。
 悲しむだろう。
 自分のせいだと嘆くだろう。
 泣き叫ぶだろう。

 せっかく名を呼んでくれたあの心優しい脳筋王子が。

 リンク王国は平和ボケした。
 だから、将としての彼の才能を見逃した。
 兵が命を懸けてもいいと思えるほどの上に立つ者など世界には一握りしかいないのに。

 脳筋なので、もちろん戦術等は信頼できる軍師や参謀を置いた方が賢明だとは思うが。今回のように特攻隊になるので。

「ナナキ皇弟殿下においては、名前に敬称をつけて呼ばれることなんて当たり前のことだろうと思いますが、リンク王国の黒髪の平民には上から名前で呼ばれるのはあり得ないことだったのです」

「私たちは初めから名前で呼んでいるぞ」

 そう主張するナナキ氏に俺は微笑む。

「だからこそ、できるだけ協力しているではありませんか。敵国の捕虜なのにもかかわらず」

「そうか?」

「だからこそ、見捨ててないのですからね。この国の皇帝が馬鹿なことを仕出かしていても」

「ああ、それは私のせいではないし、皇帝を制止できる者は今の帝国には存在しない。皇帝を合法的にブン殴りたいのなら、是非とも帝国の呪いを解いてほしいのだが」

「別に革命とかして政権を牛耳ろうなんて一切考えてもいませんし、苦労までして政をしたいと思いませんから」

「クロウは本気でそう思っているから困るのだが」

 、、、実の兄がクーデター起こされて嬉しいのか?

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