その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社

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1章 敵国の牢獄

1-10 お肌の曲がり角

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「ナ、ナナキさん、美容薬と言われる薬は気休め程度の代物ですよ?ナナキさんにもまだ必要ないんじゃ」

 あっれー。
 会話途中で、怖い笑顔のナナキさんに拉致された。
 料理人のクセに騎士よりも力が強い気がするのはなぜだ。
 ずるずると引き摺られて厨房横の休憩室に連れ込まれる。

 普通に見送った捕虜たち。
 助けてくれるとは思ってないけどさー、心配そうな顔ぐらいしろよー。
 料理人ナナキなら大丈夫かという考えが、皆の顔に浮かんでいるぞー。それとも、平民だから、別にどうでもいいかー、か?
 見送ったヤツの顔、覚えておくぞー。
 いつか覚えとけ。

「看守に伝えておいてくれ。コイツの午前中の班活動の時間は俺がもらったと」

「はいはい」

 ナナキの要求に、料理人の一人がため息をつきながら返事をした。
 厨房から食堂は丸見えだから、状況が丸わかりだったのだろう。
 ふっ、看守に伝えるだけで許可がもらえるナナキさんっていったい。追求せんけど。
 捕虜の労役で一人抜けるくらい問題ないと言えば問題なさそうだが。

 バタンッ、と扉が閉まる。

「座れ。茶ぐらい出してやる」

 捕虜に茶を出すほどの長話をすると?
 ご遠慮被りたいなあ。
 帝国の料理人のための休憩用椅子だからフカフカのようだけど座りたくないなあ。
 いつでもどこでも逃げ出す体勢にしておきたい。

「ナナキさんが貴族女性と同じ顔してるうぅ」

 超怖いということだ。

「はっはっはーっ、美肌を求めるのに男も女もない」

「え?そお?金のある女性は超怖いよ」

 お金のない女性は自分で創意工夫してお肌の状態をキープしようとするが、お金のある女性は美容に金をかける。そして、他人の命も。
 美容のために多額の金をかけられる女性なら平民なんか平気で地獄に落とせるのである。

 それに男性は美肌より追い求めるものがあるじゃないかー。
 そもそも。

「ナナキさんはその無精ヒゲを剃ればいいんじゃないですか?」

 それで充分な気がする。
 オッサン顔から脱皮するよ。王子様と見紛うくらいですよ?たぶん。

 俺の言葉に額を押さえるナナキ氏。

「クロウ、俺も少し前まではわざと無精ヒゲを伸ばしているんだと自負していた」

 、、、無精ヒゲって自負するものかな?
 わざとってところがミソなのかな?
 興味ないから、どうでもいいけど。

 ずずぅ。
 うまっ。
 高いお茶を出してくれましたね。

 怖っ。
 この茶にどういう意味があるんだよっ。こんなところで飲んでいい茶じゃないよっ。
 こんなところ、というのは、牢獄。

「だがっ、ふと気づくっ。もう無精ヒゲを剃っても若者のピチピチお肌には敵わないとっ」

 、、、やだわぁ、コーダ氏の大声はナナキ氏の心もエグっていたの?
 とは言っても、ナナキ氏はせいぜいナーズ隊長と同じくらいの年齢だと思うのだが。

「あのー、つかぬことを聞きますが、ナナキさんは既婚者ですか」

「結婚してない。お前たち第四王子部隊だって全員結婚してないだろ」

 ずずぅー。
 ナナキ氏も茶を啜る。高級茶ってえのに、ありがたみもなさそうな飲み方だ。ナナキ氏にとっては普段のお茶で、飲み慣れてるんだろうな。

「第四王子と騎士たちはそうですね」

 貴族なので婚約者がいる者は多いが。
 死んだと思われて、彼らの婚約は解消されているのだろうか?

 ナナキ氏が黒い笑顔をやめて、俺を見る。

 じっと見る。
 目がデカいぞ。

「その言い方だと、お前は結婚しているように聞こえるんだが」

「、、、俺、既婚者ですよ。妻とは死別しておりますが」

 既婚者に見えないだろうか?
 平民だから甲斐性がないと思われているのかな?
 帝国も平民の素性調査は行われていないんだろうなあ。聞き取りすらされてないし。どこまでも興味ないのかーって感じもする。筋肉ないしぃ。
 第四王子部隊の騎士の皆さんは隅々まで調べられたようだ。物理的にも。
 第四王子は早々に帝城の方に連れていかれたので詳細は存じ上げないが、彼も隅々まで調べ上げられているんだろうなあ。

「えっ」

 茶の入った湯呑み、ぱりーん。
 ナナキ氏が勢いよく落としたからだけど。

 そこまで驚く?どこの部分で驚いた?結婚していたようには見えないって?え?俺にケンカ売ってる?

 食堂で使われている捕虜用の食器は安物だが、ここのは高級な茶器だったようだ。
 薄い湯呑みは繊細な絵柄が入っている。

 厨房にいた料理人がスッと入って来て片付けて、静かに扉を閉めて消えていった。
 ここの音、外に聞こえているのかな。

「あ、、、それは話したくないことを聞いたな」

 ナナキ氏にしんみりとした雰囲気を醸し出されてしまったが、病気とか怪我とかで死に別れたわけでもないのだが。

「いえ、妻は寿命でしたから」

「もしかしてお前は後夫だったのか?」

「いえいえ、二人とも初婚で同じ年齢ですよ」

「も、元々短命の種族だったとか?」

 ナナキ氏が聞けば聞くほどドツボにはまっていってるーっという顔をしている気がする。

 一応言っておくが、この世界には長命の種族はいません。
 エルフとかドワーフとかは物語の中だけだ。けれど、他の種族は少数民族であるが、いることにはいる。一般人の前には現れないので幻だと言われてしまっているほどだが。

「いえいえ、同じ平民ですよ」

「、、、お前の情報が帝国に来てない」

「そりゃ、平民の情報なんてあるわけないじゃないですかー」

 何言っちゃっているんですかねー、ナナキさんはー。
 宮廷魔導士団の魔導士とは言っても、平民の雑用係の情報なんてリンク王国にさえないだろう。
 上にいる貴族の連中は平民の情報なんてどうでもいいのだから。名前が書かれている紙一枚でもあれば良いくらいだ。王宮に勤める人物なのだから、ある程度は素性調査をした方が良いと思うが、紹介状の一枚でも持っていれば充分なのだろう。

「重要な情報が抜け落ちているせいで、こんな問答になっているんだが。お前、何歳だ?」

「八十二歳です」

「二十二歳?」

 ナナキ氏が前かがみになったので、声が小さかったか?
 発音が悪かったかな?ハッキリ言った気がしたのだが。
 さすがに耳が遠いわけじゃないよな。

「八十二歳ですよ、ナナキさん」

「おまっ、それが本当なら不老の魔法を使えるのか」

 確かに俺の姿は八十二歳には見えない。
 どう見ても外見は二十代後半からせいぜい三十代前半あたりだろう。
 見た目を比較すると、ナーズ隊長の方が老けて、、、年上に見えるかもしれないが。

「いや、待てよ。不老の魔法が成功したら、リンク王国なら大々的に発表するだろうに」

「あー、おそらく不老の魔法として開発してない魔法が複数合わさって、このような結果になってしまったと俺は考察しております。宮廷魔導士団では平民の魔導士はすぐそばにいる人体実験の格好の標的でしたから」

 貴族相手にのらりくらりとかわす術を手に入れるまでどんなに苦労したことか。
 長ーい年月を宮廷魔導士団にいても、平民の魔導士は名前さえ覚えてもらえない。
 そこの平民、もしくは、おい、雑用係、平民の魔導士はほぼ例外なくそんな感じで呼ばれる。

 だからこそ、俺に恨みがあって個人攻撃するものではないから、危機察知能力を高めれば、悪魔の手から逃げ切ることは可能だった。
 だが、そういう術を用いても、さすがに個人名が書かれていた、宮廷魔導士団の団長からの絶対的な命令書には抵抗できなかった。

「ということは、再現性がない?」

「研究を進めれば、お肌の老化を遅らせることは可能かと。ただ、相当なお金持ちのための魔法にはなるでしょうね」

「な、何だ?材料に若い女性の生贄が必要とか?」

 、、、この手の詐欺に騙された貴族女性は簡単にソレを準備してしまうが、ナナキ氏の発想が彼女たちと同じなのはどういうことだろう。
 若い女性が必要な不老の魔法なんてものは、等価交換を超える代償を払うことになる不完全なものだ。

 ナナキ氏は貴族社会で何か遭ったのだろうか?
 それとも、もう若くないのだから早く結婚するようにと急かされたとか?

 うーん、推測の域を出ない。

「お前、この話に興味ないだろ」

 思考がヨソに行ったことをナナキ氏に言い当てられてしまった。
 ナナキ氏に黒い笑顔が戻っている。超ドス黒い。

「俺、充分長生きしましたからね」

 孫は生きてるけど、子供も寿命で亡くなってしまったからね。
 さすがに孫だと俺を祖父だと頭では理解するけど、自分より若く見える人物を祖父として扱えるかというと難しい。子が亡くなった時点で家は孫に譲り、俺は王宮の魔導士団の寮に移り住んだ。

 平民は五十歳まで生きれば長生き、六十歳を超えれば天寿を全うしたと言われる世の中である。
 もちろん貴族は違う。それはどこの国でも。

「不老不死や不老長寿はこの世の夢なのっ、ロマンなのっ。叶えたい夢をクロウが実現しているんだよっ」

 ナナキ氏の大声が響き渡った。
 厨房にも漏れまくっているのだろう。
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