その捕虜は牢屋から離れたくない

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2章 帝国の呪い

2-15 恐ろしいほどの隔たりがある

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 今日は午後から大教会で薬作りのお手伝い。
 クロウのそばにようやく立てる、と思いきや。

 焦燥感なんて吹き飛ぶ。
 俺が魔導士のままでも、どんなに努力しても届くまでにはどれだけかかっていただろうか。
 届くことはあったのだろうか。
 どんなに足搔いても。

 誰だ、クロウは魔力ゴリ押しの魔法が得意なんじゃないかって言ったヤツは。俺だけど。
 普通に繊細な魔法も使えるじゃないか。
 自分に同じことができるとは思えない。
 あんなに薬がサクサクと全自動でできていく様を見るとは思わなかった。
 恐ろしいほどの的確さ。
 薬の作り方は知らないが、完成したときの彼の満足そうな顔を見れば、あの薬は高い効能を持っていることだろう。ならば、あの魔法の使った処置はすべて正しい。


 同時並行でいくつもの魔法が動く。クロウはそれぞれ口頭で説明していたが、相手の理解を求めていないので追いつかない。
 アレは魔法で作ればこういう作業になるとただ一度見せておきたかっただけだ。
 もし俺が魔法が使えていたら、彼にガッカリされていたに違いない。
 こんなこともできないのか、と。

 魔法が使えなくなって良かった、と思う日が来るとは思わなかった。




 俺は帝城の敷地内にある宿舎に戻って、学校に通っていたときの教本を探している。
 笑顔で両手を握られたら、絶対に探してやると箱に詰めた本を漁る。
 漁りながら、今日のことを振り返る。

 帝国の呪い。

 それは、精鋭部隊に所属された当初に、一度だけ皇帝陛下に尋ねられたことがある。
 この呪いを解けるか、と。

 帝国はこの呪いを解くために、長年、優秀な魔導士たちを研究にあてている。
 もう帝国には必要のない呪いとして。
 解呪するべきものとして。

 おそらくそれは皇帝陛下自身の願い。
 皇弟殿下を、皇子殿下たちを失いたくないため。

 帝国では男性が皇帝を継ぐ。
 女性が皇帝になったことがないわけではないが、やむにやまれぬつなぎの女帝であった。
 帝国の呪いは皇帝の子息たちを絡めとる。
 より強い帝国にするため。
 たった一人の皇帝にすべてを集中させるための贄。
 皇族であったとしても、皇太子になれなければ帝国の犠牲になる運命である。
 恐ろしいほど血生臭い後継者争いがあった代もあるが、今代はすんなりと長男が皇太子に決まった。
 他の皇子たちは最低限の仕事をしているらしいが、それだけだ。
 すでに諦めているものと感じる。

 彼らに闇雲に期待をさせてもいけないので、俺も口外禁止の契約を結んでいる。
 その呪いの解呪はサザーラン皇帝陛下の代だけでは難しいはずだから。


 皇帝陛下は、解け、と命令したのではなく、解けるか、と尋ねられた。

 解呪というのは果てのない戦い。
 呪者が死んでも解けない呪いは複雑に絡み合い、魔法の知識や経験がどれだけあろうとも無理難題の域。
 そして帝国の呪いは建国から続く長年の血塗られた歴史によって複雑怪奇になっている。

 そして、解呪というのはどんなに優秀であろうとも、適性も大いに関わり、できない者には一切できない。下手に手を加えればその呪いはより強固になり得る。

 俺は強くなるために魔法を使う。
 強さこそすべて。
 強い魔法こそ最強。

 そう思い込んでいた俺には手のつけられない領域だった。
 皇帝陛下には正直に答えるしかなかった。




「何やってんだ、ポシュ」

「あ、悪い、うるさかったか」

 メーデは隣の部屋だ。
 宿舎で俺たちにあてがわれているのは割と広い部屋だが、さすがに夜中に物置内を動かしたらうるさいだろう。
 魔法が使えていたのなら消音していたところだが。

「探し物か?」

「ああ、昔、学校でもらった教本を探していた」

「、、、教本?」

 メーデが目線を逸らしてから、もう一度俺を見た。

「一回読んだら記憶していると言って、全部処分してないか?」

「さすがにもったいないから捨ててはいない」

 確かに魔法を使わなくとも、教本くらいなら一回読んだら内容は把握しているが。

 教本を捨てるぐらいなら古本屋に売っている。もったいない。

「なさそうな場所を探すより、明日の朝にでも誰かに聞いた方が早いんじゃないか」

「そうだ、古本屋に行った方が見つかるか」

「古本屋に行くぐらいなら、学校の購買部に行けばいいじゃないか」

 メーデが苦笑いしながら俺に提案した。
 確かに今なら金がないわけではない。

 誰かに聞いた方が早いというのを聞いてなかったわけじゃないが、俺には聞ける誰かはいない。あの教本は魔導士になるべく学んでいた者しか持っていない。学校で仲の良かったクラスメイトなんているはずもない。上流階級の子弟がひしめくあそこには敵しかいないと本気で思っていた。スラム街出身で虐げられてもなお居座った。実力で見返すために。
 実力だけであの学校に通える者は稀なのだ。

 だからこそ、俺は軍に入ってから実力を示し、図に乗った。

「ああ、その方法があった。明日行ってくる」

「明日って急ぎだな。そんなに見返したい内容なのか?」

「魔法が使えないということがこんなにももどかしく思えるとは。実践して見せることもできないのならば説明しようとも思ったが、、、」

「お前も天才肌だからなあ。他人に魔法を口で説明したとき、ガガガーとやって、ゴーと振りかぶって、クルっと練ってとか擬音だらけになっていたなあ」

「ううっ」

 そう指摘されていたことがあったから、クロウにその場で説明しなかった。
 クロウにだってわかりはしないだろ。
 彼に呆れられることがどんなに恐ろしいか。
 軍で実力が認められてからは、俺に呆れる表情を見せる者はいなかったが。

 クロウにはそんなの関係ない。
 俺の過去の栄光は絵に描いた餅。

「クロウに役に立つって思われたい」

「えっ、その教本、クロウに渡すものなのかっ?」

 メーデに超驚かれる。大声過ぎて、メーデとは反対の隣の部屋の住民まで見に来てしまったくらいだ。謝ってお帰りいただく。

「、、、必要ないだろ」

 メーデが小声になった。

「魔法で知識を詰め込むことができるのを知らなかったみたいで」

「、、、それ、魔導士でも使えるのは一部だからな。魔導士科の教本にはとりあえず網羅されているだけだからな」

「授業で説明あったよ」

「それで使えるのは一部だけだって。お前のような天才だけだって。難易度が高くなればなるほど適性がものを言う」

「クロウは全属性使えそうだけど」

 皇帝陛下との戦い方を思い出したのか、メーデは眉間に皺を寄せる。

「なあ、第四王子部隊のときのアレ、クロウは何で魔力切れを起こしたんだ?あのくらいじゃ、底なしに見える魔力量は尽きないだろ」

「ああ、それ、俺も思っていた。今までは魔力ゴリ押しの魔法が得意だからだと思っていたんだけど」

「、、、いや、クロウはああ見えて魔力使用も省エネ型だぞ。あんなに魔力量があるのに、魔法だって消費魔力量が少ないものを選択している。それなのに、アイツがアレくらいで数日間寝込むほどなのはおかしいよな。魔力回復薬も持っていたようだし」

「まさか、魔力がない状態を意図的に作り出した?」

「何のために?」

 メーデがゴクリと唾を呑み込む。
 それは、おそらく。

「リンク王国に生存を悟られないために」

 生存確認を魔力で判定する魔道具が存在する。
 一回魔力が途切れたら壊れる程度のものだが、敵地で途切れたら死亡したと考えるのは当然だ。

 しかし、魔導士ではあっても、リンク王国では忌み嫌われるとまで言われる黒髪の平民に使用するだろうか。
 使用するなら、第四王子や隊長、副隊長あたりではないか?
 ここでは答えは出ない。
 だが。

「第四王子部隊全員の魔力をリンク王国に漏れないよう遮断した?」

 それは特攻隊だったから。
 生きていては困る者たちだったから。リンク王国にとっては。
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