格安アパートに入居したら、俺様ざ～こ♡系インキュバスの食料になりました。

第八話 実家は地獄だ

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　ルカがトイレのため席を立った。すると、すかさず母さんが僕に耳打ちして来る。

「ねぇ、悠斗。貴方は真理子みたいにならないでね」
「えっと……」
　返事に困って、ごまかすようにはにかんでいると母さんはつづける。


「貴方は、ちゃんと『普通に』大学を卒業して、『普通に』就職して、『普通に』女の人と結婚して子供作るのよ」
「そうだぞ。早く孫の顔見せてくれよ。もう一回脳梗塞やったら、父さん死んじゃうぞ」
「やあねぇ。そしたら年金払い損じゃない。なるべく長生きしてよね」
「おいおい、お金目当てか？」


　明るい笑い声が、食卓の上を飛び交っている。よくある両親の和やかな会話なはずなのに、心がざらざらして僕には受け入れられない。

　『普通に』『普通に』『普通に』。普通っていったいなんなんだ？　二人は僕が就活に失敗する可能性を考えたことはあるのだろうか？　結婚は？　結婚しても子供が生まれなかったら？　それに、僕は男が――ルカが好きだ。それは、ダメなことなのか？　『普通』じゃないから？　

　僕には、目の前で笑いあう父と母が得体のしれない化け物のように見えた。



　二人がこちらを振り向く。

「ねぇ、悠斗。貴方は、ちゃんとしてくれるよね？　いい子だものね」

「……あはは。まだ、相手がいないから、孫は気が早いよ……」
　薄っぺらい笑顔を張り付けて、いつも通り『普通』で『いい子』を取り繕った。喉が渇いて乾いて仕方がないから、すっかりぬるくなった緑茶を啜った。


　お客様用の玉露でおいしいはずなのに、口をつけるたびにどこか味気ない。僕の輪郭だけが、この空間には溶けきれずに空気中に漂っている。