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69話 光
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8月26日 0310 善通寺駐屯地 乾燥室
乾燥室ではボイラーの音が
轟いていた。
私と霞2曹は
紀伊3尉の提案によって
選択肢を突きつけられていた。
紀伊3尉は提案する前に
「個人として」と言った。
つまり、断るのは自由だ。
それでも、現状を見る限りだと
この時点で陸上自衛隊を去るのは
賢明にも思えた。
判断に躊躇しているのは
自分がずっと組織人として
動いてきた為だ。
自衛隊では
命令に従っていれば
少なくとも自分の生活は
保障されていた。
その保障がない事を
決断する事に私は
得体のしれない恐怖を感じていた。
「今後についての
私と私の家族の保障は
ありますか?」
「上手くいかなければ
どうするつもりですか?」
私の口から出たのは
なんとも間抜けなものだった。
そんな事は紀伊3尉でも
わかりようがない。
日本中どこを探しても
この状況でこの問いかけに
正確に答えられるものはいないだろう。
それでも、口をついて出たのは
自分自身の不安からだった。
「わかりません。
私個人としてはお二人の家族にも
お二人にもできる限りの事をします。
ですが、どこにも保障は存在しません。」
「自衛隊の時の様な手厚い保証も
安定した生活環境を提供する事も
私にはできません」
「私が提案した事でお二人の利益になる事が
あるとすればお二人とご家族が生き残る
確率が多少上がるくらいです。」
「失敗すれば恐らく
殺されるでしょう」
紀伊3尉は臆する事なく
誠実にありのままに答えた。
少し、紀伊3尉が俯いた。
「東日本と西日本新政府との
間に国境線が引かれれば
ご家族と共に逃げるのは
困難になるでしょう」
「今は国自体が不安定なんです。」
「ですが、これだけは言えます。
我々は銃を捨ててはいけない」
紀伊3尉の目の奥底の
光が強くなる。
「つらいかもしれません。
苦しいかもしれません。」
「それでも今は生き延びて
再起できるチャンスを
手に入れなければ
私はきっと後悔します」
「この西日本新政府の設立に
納得がいっていない自衛官達
戦う力を持った者達がきっと
まだ多く存在します」
「東日本にまだ存続している自衛隊に
呼びかければまだ希望はあるかもしれない。」
「私にどうかお二人を
見捨てさせないでくれ」
紀伊3尉が絞り出すように
答えた。
「オレは紀伊3尉の案に乗ります。
言ってる事は正しいと思うし
実際今の状況はオレ自身では
どうしようもない」
「だから、明日ここを去るのは
正解だと思います」
霞2曹が答えた。
「ただし、他の小隊のメンバーは
どうしますか?」
そう、小隊の人間は陸士があと3人いる。
ずっと一緒に戦ってきた仲間だ。
霞2曹はそれを気にかけていた。
「すみません、こうして連絡を
とる事はお二人が限界でした。
ですが大人数で脱走するのは
難しいかと思います。」
陸士とは生活環境が違い
他の階に振り分けられていた為
接触が難しかった事が
窺えた。
霞2曹はコクリとうなずいた。
「わかりました。
それなら、当日一緒に連れて
これそうなら連れ出します。」
「いいですね?」
霞2曹が有無を言わさず
紀伊3尉に了承させた。
私にとって一番大切なものは
家族だ。
自分ですら戸惑っている
この状況で妻や娘が
この不安定な西日本新政府で
暮らしていく事は当然看過できない。
娘の未来を守る為にも
まだマトモな政府を維持して
いるであろう東日本に逃げる事が
賢明に思えた。
「わかりました。
私も紀伊3尉の案に乗る事にします」
私の答えを聞き
紀伊3尉が顔をクシャクシャにして
嬉しそうにうなずいた。
国を守るという理想は
現実に砕かれ続けた。
それでも私は未来を守る為に
逃げる事を選んだ。
乾燥室ではボイラーの音が
轟いていた。
私と霞2曹は
紀伊3尉の提案によって
選択肢を突きつけられていた。
紀伊3尉は提案する前に
「個人として」と言った。
つまり、断るのは自由だ。
それでも、現状を見る限りだと
この時点で陸上自衛隊を去るのは
賢明にも思えた。
判断に躊躇しているのは
自分がずっと組織人として
動いてきた為だ。
自衛隊では
命令に従っていれば
少なくとも自分の生活は
保障されていた。
その保障がない事を
決断する事に私は
得体のしれない恐怖を感じていた。
「今後についての
私と私の家族の保障は
ありますか?」
「上手くいかなければ
どうするつもりですか?」
私の口から出たのは
なんとも間抜けなものだった。
そんな事は紀伊3尉でも
わかりようがない。
日本中どこを探しても
この状況でこの問いかけに
正確に答えられるものはいないだろう。
それでも、口をついて出たのは
自分自身の不安からだった。
「わかりません。
私個人としてはお二人の家族にも
お二人にもできる限りの事をします。
ですが、どこにも保障は存在しません。」
「自衛隊の時の様な手厚い保証も
安定した生活環境を提供する事も
私にはできません」
「私が提案した事でお二人の利益になる事が
あるとすればお二人とご家族が生き残る
確率が多少上がるくらいです。」
「失敗すれば恐らく
殺されるでしょう」
紀伊3尉は臆する事なく
誠実にありのままに答えた。
少し、紀伊3尉が俯いた。
「東日本と西日本新政府との
間に国境線が引かれれば
ご家族と共に逃げるのは
困難になるでしょう」
「今は国自体が不安定なんです。」
「ですが、これだけは言えます。
我々は銃を捨ててはいけない」
紀伊3尉の目の奥底の
光が強くなる。
「つらいかもしれません。
苦しいかもしれません。」
「それでも今は生き延びて
再起できるチャンスを
手に入れなければ
私はきっと後悔します」
「この西日本新政府の設立に
納得がいっていない自衛官達
戦う力を持った者達がきっと
まだ多く存在します」
「東日本にまだ存続している自衛隊に
呼びかければまだ希望はあるかもしれない。」
「私にどうかお二人を
見捨てさせないでくれ」
紀伊3尉が絞り出すように
答えた。
「オレは紀伊3尉の案に乗ります。
言ってる事は正しいと思うし
実際今の状況はオレ自身では
どうしようもない」
「だから、明日ここを去るのは
正解だと思います」
霞2曹が答えた。
「ただし、他の小隊のメンバーは
どうしますか?」
そう、小隊の人間は陸士があと3人いる。
ずっと一緒に戦ってきた仲間だ。
霞2曹はそれを気にかけていた。
「すみません、こうして連絡を
とる事はお二人が限界でした。
ですが大人数で脱走するのは
難しいかと思います。」
陸士とは生活環境が違い
他の階に振り分けられていた為
接触が難しかった事が
窺えた。
霞2曹はコクリとうなずいた。
「わかりました。
それなら、当日一緒に連れて
これそうなら連れ出します。」
「いいですね?」
霞2曹が有無を言わさず
紀伊3尉に了承させた。
私にとって一番大切なものは
家族だ。
自分ですら戸惑っている
この状況で妻や娘が
この不安定な西日本新政府で
暮らしていく事は当然看過できない。
娘の未来を守る為にも
まだマトモな政府を維持して
いるであろう東日本に逃げる事が
賢明に思えた。
「わかりました。
私も紀伊3尉の案に乗る事にします」
私の答えを聞き
紀伊3尉が顔をクシャクシャにして
嬉しそうにうなずいた。
国を守るという理想は
現実に砕かれ続けた。
それでも私は未来を守る為に
逃げる事を選んだ。
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