ソウル&ウィッチ&フレイム

柊マロン

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1、赤い炎

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 身体が重い。まだ頭がぼんやりするが、感覚を研ぎ澄まして目の前にいる黒い怪物を撃つ。
 銃弾は命中したものの、相手の動きはなかなか鈍らない。
 眩暈。立ち上がっているだけでも精一杯だった。



「ああ、1人で魔女とやり合うことなるなんてな……! ついてない……」




 銃を構えながら、トルテは吐き捨てた。
 あちこちが痛んで、身体は傷だらけだった。
 先程まで気絶していたせいで、目を覚ましたばかりでこの状況。よくも殺されていなかったものだと思う。



、いきなりこんなのと対峙するなんて、ついてない……」



 遅いかかってくる魔女の攻撃を必死で避けながら、銃で魔女の黒い影のような身体を貫く。
 素早く、動いて、反撃して。ほんの少しでもミスをしたらまた気絶でもするか、即死か。どちらにせよもう一度意識を失う時はもう助からないだろう。
 そんな確信があった。
 何か違和感があった。

「ああ、そうだ……まだ、新米なのに…魔女と戦って、……?」


 向こうの様子を伺いながら、思考を巡らせる。
 目の前の魔女は弱くはない。間違いなく、強い。それは分かる。



(じゃあ、さっきまで気絶しておいて……なんで生きてる……?)



 疑問だった。何かが抜け落ちてる。そもそもどうしてここにいる?それすらも思い出せない。
 朝、依頼を受けてここに来るまでの経緯を忘れている。気絶したショックで多少記憶は飛んだのかもしれない。
 そう納得することも不可能ではなかったが、もっと大きな空白と違和感があった。
 目の前の魔女相手に一人で対峙していた。それでそれなりに戦えているということに大きな違和感があった。


 トルテは、騎士の家系に生まれたが特別才能があるわけではなかった。
 もちろん最初は剣を握った。

 父や、姉がどうしていたようにそのまま剣を取ることを選んだ。
 それでも、姉のような──幼馴染みのような剣技の才能はそれほどなかった。
 ある程度成長してきた頃には剣を握る機会は減り、自然と幼少期に目指した騎士になるための努力などやめていた。
 向いてないのだ。努力しても無駄なのだ。そう思って自分には何か別の大きな才能があるに違いないと思いながらあれこれと考えていたように思う。



 騎士にもなれない、かといって家で大人しくして嫁に行くのを待つなんて性分でもなかった。
 才能もなければ努力も嫌いだが、何かしら大きなことを成したいという気持ちだけはあった。
 逃げたのか、選んだのか正確は答えは出ない。
 とにかく、トルテは家を出て冒険者を目指し──成功して名を上げることを目標にした。



 新米冒険者であるなら、今はその直後であるはずで──しかし、また違和感。

 新米冒険者になり、1人で魔女退治の依頼を受けてここにいるのだろうか?自分の無駄に自信家な性格を考えればあり得ない話ではない。
 その流れもあり得ないことではない。


 



「けど…、なんで、まともに戦えてる……?」


 トルテは目の前の魔女を見ながら、適切な距離を取る。



 弾が尽きた銃を片手に、もう片方の手で腰にぶら下げたホルダーに入った弾丸を取り出しほとんど時間をかけずに装填する。

 その仕草は手慣れていて、それはもう違和感だらけだった。





「俺は、そんな短期間で銃を使いこなせるか?」



 否。トルテは天才ではない。
 剣を握ったことはあるが、銃を扱うようになったのは少なくとも冒険者になってから。
 最初から魔女と互角にやり合えるほど使いこなして、スムーズに戦えるわけはない。新米冒険者の自分であれば。
 戦い慣れている。なぜか?
 ゆらりと近づいてる魔女に、さらに弾丸を放つ。魔女が後ろへよろけるのを見ながら思い出したことを口にする。





「魔女。基本的に人の死体を乗っ取る魔女の魂。人の身体に入り込んで、記憶を食らい──やろうと思えば、食った記憶から元の人物を真似ることができる。……ああ、なるほど。そうだ、気絶してたんだ、俺は」


 トルテは息を吐いて、重要なことに気づく。
 魔女が目の前にいて、気絶していた時点で標的にならないわけがない。



「死体を乗っ取る、基本的には。そう、基本的には。それだけじゃなくて、意識のない人間を乗っ取ることも可能。はあ…本当に運がいいな」

 そうであれば、違和感の理由はほぼ判明したも同然だった。
 新米冒険者であるはずの自分がどうしてたった1人で魔女と互角に戦えているのか。

 「魔女が実体を得られるのは、そもそも人の記憶を食ってからだ。他所から魔女が来た可能性もなくはない。俺の記憶を食ったな?」





 幼少期の記憶から家を出て、冒険者になったところまでの記憶がありその後は空白だった。
 いきなりこの場に飛んでいる。
 冒険者になってからの記憶をある程度食われていて、意識を取り戻したところで途中まで食われた記憶を持ち逃げされたまま分離している。

 本当に新米冒険者の頃だったら、気絶した時点で終わりだっただろう。

 こうして意識を取り戻すこともなければ、1人で互角で戦うことなどできるはずがない。



「今口に出した魔女の情報も……お前を何発か撃ってから」



 記憶をある程度食われはしたものの、トルテは死んではいない。

 気絶したまま目を覚ませず全ての記憶を食われていれば、そのまま死んでいただろうがそうはなっていない。

 何発か攻撃を食らわせて断片的な情報が戻っている。



「倒してしまえば、全部戻るだろ。お前が奪った記憶、冒険者になってからの──」





 いまこれだけ戦えているならそれなりの期間、冒険者をやっているはずだ。
 忘れてしまっている思い出や、人も多いだろう。
 冒険者になってどんな道を歩き、どんな人たちと出会ったのかまだ全て抜け落ちたままだ。
 魔女が鈍くなった動きでずるずると身体を引きずってゆっくりと近づいて来る。


「ワ、ワタシ…?ア、タシ…?チガウ、チガウ……俺?の、カラダ、カエシテ……」
「ふざけるなよ。元々俺のものだ。お前の方が返す側だろ」


 中途半端に記憶を食った魔女は身体を奪うことを考えている。
 返してと言われるのはあまりにも理不尽だ。取られたのはこちらの方だというのに。
 苛立ちを感じながら、銃を向ける。

「カラダ……、赤……赤い、────」



 魔女から発せられる言葉に、少しだけ動きを止める。
 赤。その色がなんだというのか。
 トルテの容姿に目立つような赤色は存在しない。亜麻色の髪に、茶色い目。服も黒いインナーと茶色いジャケット。



 赤色が目立つ要素などない。
 見えているものを口にしているわけではない。
 なら、それは魔女が奪った記憶の中のもの。そう察しはついた。


「赤…? 赤い、……?」


 赤で連想とするもの。何か、思い出せそうだった。
 それが何か大事な大事な記憶に繋がるようなものであることは、なんとなく分かる。記憶がなくとも。
 魔女がそのなにかを口にしようとしていることは伝わる。そのことに対して酷く苛立った。



「ああクソ! 口にするな! 口にする前に……黙らせてやるっ!」





 トルテはとにかく酷い不快感を覚え、更なる銃弾を撃ち込みよろける魔女の身体を足で強く蹴りつける。
 向こうもかなり弱ってはきているのは確信できた。
 素早い動きをして鋭い攻撃で油断をすれば即死するような攻撃は来ない。
 そもそも全ての記憶を食えていないうえ、身体を奪えてないのだから実体化したとしてそこまで強力ではないはずだ。
 こちらの攻撃でダメージを負うほど、こちらに記憶が戻り、記憶が減るほど弱体化していく。
 そのまま押し切って勝つのはそこまで難しくはない。
「……っ」





 強い眩暈に襲われ、ぐらりと身体が傾く。少しよろけて後ろに下がり、膝をつく。
 先ほどまで気絶していたトルテ自身もかなりの傷は負っている。
 普段ほどの余裕はない。気を抜けば、また気絶するだろう。そうなれば、もう一度目を覚ます可能性は限りなく低い。
 ここで踏ん張る以外の道はない。


「赤、赤い炎……それだ……」


 トルテはそれを口にして、どこか安堵したように先程までの苛立ちが霧散していく。
 記憶がなくとも、どうしても魔女に先に口にされたくなかった何か。
 強く強く焼き付いたもの。
 炎が赤い。なんてことのない、ごく普通のことだ。
 けれど、彼女にとって赤い炎は特別なものを連想させるものだった。

 冷静になり、もう一度立ち上がる。

 誰かの赤い炎を道標にして。



 





 ★







「うーーーーん……」





 昼下がりで既に出払っている冒険者が多いのか、人がやや少ないギルド内で一人の冒険者の青年が壁に貼られた依頼書を見ながら唸っていた。

 銀色の少し跳ねた髪の毛に白いローブ、腰に吊り下げられ赤い宝石がついた杖。

 顔立ちはそこそこに整っているというくらいだが、特に目を惹くのはほぼ常時閉じられているように見える目だろうか。傍から見れば、両目を閉じていて目が見えているのかどうか分からない。



 しかし、彼が歩行などに苦労している様子はないので、見えずとも相当慣れているかあるいは魔法使い的な装いから何かしらそれでも周囲が見える手段があるのかもしれない。
 腕を組んで悩んでる彼から、ベテラン冒険者のような貫禄は全く感じられず、おそらくは新人冒険者なのだろうと分かるような初々しさがあった。

 彼が悩んでいるのも無理はない話だった。

 貼りだされる依頼で一人で受けられ、現在の彼自身の実力で達成できそうな依頼がないからだ。





 一応ごく最近組んだ仲間はいるが、別件で出払っているため何か仕事をするなら一人でということになる。

「そこ、ずっと占領されてると邪魔だ」





 不意に背後から声をかけられて、はっとする。

 振り向くと、やや不機嫌そうな顔をした冒険者の女だった。
 歳はあまり変わらないように見えるが、なんとなくやや場慣れしていそうな印象がある。
 亜麻色のショートカットに、茶色い瞳。顔立ちやややクールな印象で黒いインナーに茶色ジャケットいうスタイルは比較的動きやすそうな恰好ではあった。

 あとは大きめの胸がやや目を惹くくらいだろうか。



「あ、わりぃ! すぐ退くから……」

 一言謝って、慌てて下がろうとする。
 そんな彼を一瞥した彼女は、壁に貼られた依頼書を見ながら声をかけてくる。

「依頼、何を受けるか決まってるのか?」
「え? いや、まだ決まってねぇけど……」
「なるほど」





 彼女は腕を組んでほんの一瞬思案した後、一枚の依頼書を手に取ってこちらに差し出して来る。
 その依頼書の内容は郊外の採掘場に発生した魔女たちの退治だった。


「何人でもOK。時間指定は今日の早朝からだから、もう始まってるだろうが途中から参加することもできる。もう昼過ぎだからある程度は進んでいるはずだ。今から参加すれば既に参加いる冒険者たちがある程度は残滅してくれていて、そのうえ途中参加でも終わる前なら報酬ももらえる。参加が遅めの方が危険も減るし、運が良ければせいぜい一体倒すだけでも報酬がもらえるっていう。俺はこれに参加するけど、お前はどうだ?」

「へ? あー…そうだな……」





 その提案された依頼は悩んでいた依頼の一つでもあった。
 いわゆる何人でも参加可能な依頼、大勢の冒険者が集まることもあって大規模ではあるものの新米冒険者であっても他の中堅や上級冒険者のフォローを受けられる可能性も高い。
 1人でゴブリン退治などに挑むよりはある意味安全性が高いものでもあった。



 普段組んでいるもう1人の冒険者がいないこともあり、1人ではやや不安だったがある程度の場慣れしていそうな相手が一緒ならより頼もしい提案だった。





「どうだ? この俺がついてるなら悪くないぞ?」





 自信ありげに語る彼女の様子に思わず頷いていた。


「もちろん行くよ。誘ってくれて、ありがとな。ええと……」
「トルテだ。まさか俺の名前知らなかったのか?」
「えーと、ほら、俺まだこのギルドに来たばっかだし」
「ふーん、ちゃんと覚えとけよ。で、お前の名前は?」
「俺はシス」


 シスは自分の名前を答え、依頼の内容を確認した。







「ちなみに、魔女と戦ったことは?」





 三時間ほどで辿りついた採掘場の中に足を踏み入れながら、そんな質問を投げかけられた。
 魔女、というのはシスにとってはほとんど馴染みのない存在だった。
 少なくとも、故郷ではほとんど噂話すら聞かなかったのだがこの王都ではほぼ誰もが知っているような存在であろうことはなんとなく感じていた。

「戦ったことないし、実はあんまり知らなくて……」
「マジか? 魔女も知らないで冒険者になったのか?」

 一瞬驚いたように瞬きをし、トルテは怪訝な目でシスの顔を見た。
 それから少しため息をつく。
 この国で魔女の存在というのは、たいていどこにいても耳に入って来るほどの話だ。


「目的地に着いてるし、簡単なことだけ。視認できない魔女の魂ってのが存在しててそれが基本的に人の死体に入り込んで身体を乗っ取ったのが魔女ってやつ。個体差はあるけど、大抵は敵意を持ってて他の魔物と変わらず襲って来る。他より厄介なのは人の身体を乗っ取ってて、対象の記憶を維持してるから完璧に真似る奴は見分けがつきにくいことだな」
「乗っ取りか……じゃあ、人の姿をした相手と戦う必要があるってことか?」
「大抵の魔女は戦う時は人の姿を保てず化け物みたいな姿で襲ってくるし、魔女の核を潰して倒してしまえば元の死体だけが残る」
「死体か……」





 正直言って、シスはかなり緊張してきた。
 まだ新米冒険者で魔女と戦ったことないし、人の死体というのはさほど見慣れていない。
 今の説明だと魔女退治をする度に人の死体を目にすることになるのだろう。

「言っとくが、冒険者の依頼で一番多いのは魔女大事だぜ? 最優先と言ってもいいくらいだし、今は冒険者ギルドの役割の70%くらいは魔女退治になってる。死後魔女に乗っ取られて冒涜される死体を取り戻すってのが何より望まれてるんだ」
「死後も……そうか、そうだよな……。身体を乗っ取るってことは、本来は別の誰かの身体で、放っておけば埋葬することすら──」





 不意に少し前を歩いていてトルテが立ち止まり、無言でシスを制止する。
 無言で制止されたということは、これ以上喋らない方がいいということで言葉を飲み込む。
 顔を上げて前を見ると僅かなかがり火が置かれた薄暗い坑道の奥に何かが蠢いているのが見える。
 ゆらゆらと揺れるような巨大な影は、当然人ではないだろう。
 先に来ていた冒険者といきなり合流ということはなさそうだった。

「……まだ距離はあるから気付かれてはいないか」


 彼女は少し考えた後、腰にぶら下げていたから銃を抜き取り、じっと坑道の先にいる敵を観察していた。
 シス自身も赤い宝石のついた杖を握りしめ、ゆるやかに魔力を練り始める。

 向こう側を確認しつつ、小声でトルテが質問を投げかけて来る。


「お前が使える魔法ってどんなもんだ?」
「は、範囲攻撃なら」
「……それだけか? 正確に一体を狙える魔法の刃みたいなものは?」
「あ、いや、俺……昔から大雑把でコントロールとか下手でドカンやる範囲攻撃くらいしか…」

 シスは少しだけ冷や汗をかきながら答える。
 謙遜でもなんでもなく、事実だった。魔術師ではあるものの、才能がずば抜けているわけでもない。
 炎魔法しか使えず大雑把な位置を狙って範囲が広ければ当たるというレベル。


「いや、悪い。そんなもんだよな。冒険者で天才なんていたらそれこそ冒険者なんかやらず宮廷魔術師だの騎士団行くかそれか才能があっても人格破綻者とか変わり者とか根っからの冒険好きとかそんなのが大半だし」

「お、おう……」

 シスは事実なのは間違いがないため頷いた。
 宮廷魔術師など目指そうなら真っ先に脱落コースなのは容易に想像できる。
 魔術師であっても、特別優秀だとかそういったものはない。
 元々の気質のせいか、魔力の練り方は大雑把でかなり範囲指定が雑な炎魔法で爆発を起こすというのが主に使える魔法だった。

 繊細なコントロールも致命的に苦手であり、魔力の練り方といった気質は生まれつきのものでありそうそう修正できるものではない。
 トルテは警戒を怠らないまま、一瞬目を閉じる。

「俺の銃じゃちょっとこの距離は射程範囲が足りないしこれ以上近づいたら気づかれて突進されるだろうな。奇襲ができた方が有利だし、確実性は上がるけどお前の魔法だとこの位置から届いてもどでかい爆発音で一発撃てば気づかれるな……。ちなみに、お前のその魔法完全に無音で撃てるなんて便利なことは……」



 無言で首を振るシスに、答えは分かりきっていたようでトルテはがっかりしたような素振りも見せない。



「ま、そんな都合がいいことないよな」
「うーん…わりぃな……、じゃあ、このまま正面突破しかない?か?」
「…いや、近くに他の魔女がいれば爆発音で気づかれることにはなるだろうがそれでも一体だけなら奇襲できる。お前がいくらコントロールが下手でもこの狭い坑道の一本道なら当たるだろ。炎魔法なら煙も出るだろうから、すぐに走って近づいて追い打ちもかけられるしな」
「なるほど、一体だけでも先手打てるならそれに越したことはないよな」

 シスは頷くと、彼女より少し前に出ようとして一旦止められる。





「いや、今の位置のままやればいいだろ。もしかして思ったより射程範囲狭かったり」
「全然! 届くけど、いま俺コントロール下手だって言っただろ? その……俺よりも少しでも前にいられると当たったら危ねぇし……」
「は? こんなに近距離でも巻き込みするくらい下手なのかよ、嘘だろ? ……とりあえず、前に出すぎると気付かれて奇襲の意味がなくなる。俺が少し下がるからお前はそのままの位置でいい」


 トルテは呆れたように吐き捨てると、銃を構えたまま少しだけ後ろに下がりシスの視界に入らない位置に移動した。
 それを確認してから、魔力を素早く練り上げる。もちろんそれは熟練された強力なものではなく、大雑把な練り方しかできない魔術師特有のものでしかない。
 速いだがそれでも役立つ時も多少はある。
 杖の赤い宝石のついた先端部分を前方に向けて一呼吸。





「……よし!」





 勢いよく炎の渦が坑道を一直線に駆け抜ける。やや左右に広がるものの狭い一本道のおかげで大きく拡散することはなく、魔女に直撃して大きな爆発音を響かせ地面が揺れる。
 炎に呑まれる魔女の姿は、煙のせいで見えない。が、ふと振り向くと先ほどまで後ろにいたトルテは既にいなかった。



 爆発音が収まると同時あたりに銃を撃つ音が4、5回ほど連続聞こえる。



 「は、はや…っ! 本気かよ!」



 シスは杖を持ったまま前方に向かって走り出して魔女のいた場所に近づく頃には炎魔法によって引き起こされた炎の勢いは弱くなり、煙が晴れてきて坑道の奥がはっきりと見える。

 魔女と思わしき黒い怪物はその場に倒れていり、その前には銃を構えたままのトルテがいた。
 シスは急いで駆け寄ると、魔女を見下ろす。
 魔女の身体は炎で焼け焦げ、さらに数発の銃弾の跡が残っていた。
 ズリ…と引きずるように少しだけ動くのが見え、彼女の方に顔を向けると同時に彼女はもう一度銃弾を撃ち込み、その巨体を蹴り上げる。



 追い打ちをかけられた魔女は今度こそ動くことはなくなり、紫の霧に覆われる。



 警戒して、杖を構える。もっとも、範囲魔法しか扱えないシスにとっては杖を構えたとしてもこの距離では殴るくらいしかできないのだが。



「もう問題ねぇよ」



 彼女が見下ろしたままそう告げる。
 魔女を覆っていて紫の霧の中で少しずつ黒い身体が縮んでいくのがうっすらを見え、完全に霧が消え去った時、一人の女性が倒れていた。

「…………」





 事前に聞いていた分、衝撃は少なく済んだが当然動く気配はない──死体だった。
 何か言葉を吐き出すことはできなかった。
 落ち着くため、ゆっくりと息を吐き出す。
 そんな彼の様子を一瞥して、トルテは左右を確認した後、歩き出す。


「すぐ近くには、いなさそうだな。たしか事前に見た地図だと向こうに上へ登る梯子があったはず。他の冒険者もまだ見てないし、多分その先だな」
「なあ…この人は、運ばなくていいのか? ギルドまで」



「他の冒険者が引き上げてくる様子もないからまだ魔女が残ってるだろうし、それなりに数がいるはずだからどうせ何人も見ることになるぜ。それに、死体なら終わった後に回収班が来て運んで来れる」
「そ、そうなのか」
「そうだよ」


 歩いて行くトルテをシスは追う。



 死体が気にならないわけではなかったが、まだ仕事は残っているしきっと立ち止まっていては冒険者は続けられないのだろう。
 分岐点で左側に歩いて行くとその先は狭い行き止まりになっていた。
 一瞬何もないように見えたが、少し見回すと、上へ続く梯子があった。
 上からは明かりが見える。
 もう一度、視線を巡らせると一人の女性が蹲っているのが見えた。

 シス達と同じくここへ来た冒険者だろうか。怪我をしているのかもしれないと、近づきながら声をかける。

「なあ……大丈夫か?」
「おい、近づくな!」


 そう言われてはっとして、急いで後ろへ下がるとちょうど直前までシスがいた位置に黒い刃のようなものが突き刺さっていた。
 蹲っていた少女は立ち上がり、その腕から黒い刃が伸びていた。


「うわっ! これ、魔女……!」
「やっぱりいたか!」

 トルテは一歩踏み出して、銃弾を何発か撃ちこむと、少女の形はみるみる溶けるように崩れていて大きな黒い影になっていく。
 先ほどみた魔女とほとんど変わらない姿をしていた。


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