クロス・アバターズ ~異世界で新婚冒険生活~

古武智典

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光とウエディングベル そして──

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 喉が渇いて、手が震える。
 本当の結婚式もそうなんだろうか。

 みつるは緊張のあまりカップを落としそうになりながら、ぬるくなったコーヒー口に含む。
 今さら往生際が悪いと笑われそうだが、ゲームの中でとはいえ生涯唯一の伴侶を得るのだ。これで緊張するなと言う方がどうかしている。
 真琴まことの方はどうなのかな? と思うが、緊張している姿が想像つかない。
 何しろ言い出しっぺは真琴だったし、結婚式の根回しも真琴の手際によるものだ。
 それにわざわざ6月12日の今日『恋人の日』を指定する辺り力の入れようが違う。
 どうもこの辺で男と女は感覚が、というか覚悟が違うような気がする。

 そうこうしている内に時間となった。

 『婚姻の儀を始めますか?』
 
 というメッセージと共に 『YES』 『NO』 の選択肢が現れる。
 新郎新婦のキャラ双方がこれに同意すると、後はほぼオートで進行する。
 思わずごくりと喉を鳴らした。これに『YES』と答えればもはや後は無い。
 何度もクリックしそうになってはためらい、躊躇していたその時だった。

『先輩。もうクリックした?』

 個人チャットで真琴が語りかけてきた。

『まだ』
『後悔してるの?』

 不安にさせてしまったのだろうか。その一文が胸に刺さる。

『いや』

 その言葉に後押しされるように、ようやく『YES』の選択肢をクリックした。

 すると、パイプオルガンの荘厳なが鳴り響き、二人のアバターは腕を組んでバージンロードをゆっくり歩き始めた。
 周囲からは拍手の音が鳴り響き、紙吹雪が舞う。
 そうして二人は、神殿を治める司教の元に立った。

『それでは神の聖名みなにおいて、新郎義経と新婦ラピスの婚姻の儀を行う』

 ここからは定型のストーリーモードと同じイベントシーンだ。
 司祭の他登場しているのは義経とラピスのアバター三人だけである。

『汝、義経』

 呼びかけられた時、光はモニターの前で思わず「はいっ」とか間抜けな声を出してしまった

『あなたは、その健やかなるときも、病める時も、彼女を愛し、敬い、慰め、助け、その命の限り、堅くみさお を守ることを誓いますか?』

 再び 『YES』 『NO』 の選択肢が現れる。
 ここで『NO』はあり得ないが、口の中がからからと渇いて光は一旦コーヒーを飲みほした。
 そして覚悟を決めて「うりゃあ!」と掛け声だけは勇ましく、『YES』 を押す。
 するとアバターである義経が右手を上げて静かに頷いた。

 司祭は満足そうに頷くと、今度はラピスに声をかけた。

『ラピス。あなたは、その健やかなるときも、病める時も、彼を愛し、敬い、慰め、助け、その命の限り、堅くみさお を守ることを誓いますか?』

 するとしばし沈黙が帳を降ろす。
 あれ? 反応遅いな。──まさか真琴の奴、ここまで来て今さら『NO』とか言わないだろうな?
 妙に間が開いたので、光は不安に駆られた。それでもじっとラピス──真琴の反応を待つ。
 すでにイベントムービー形式になっているので、チャットは不可能だ。
 実際待ったのは30秒くらいだが、光には随分長い時間に感じられた。
 ──まさか真琴の奴、俺が結婚式躊躇ちゅうちょしてると思って、身を引くつもりじゃないだろな。
 真琴は昔からそういう所があった。相手の事を思うあまり、自分が傷つこうと一歩ひいてしまう癖があるのだ。それがなければ中学の時、いじめられていた事を光に救けを呼んですがっていたに違いない。
 まさかとは思いたいが、光は不安をかき消すように残ったコーヒーをあおった。

 だがややあって、ラピスもまた手を上げて静かに頷く。

 光はそれを見て心底ほっとした。ただ、今の間はどういう事だろう?
 後で真琴に聞いてみよう。まぁ、大した理由ではないとは思いたいが……。

 そんな双方の思惑など意に介さないように、司祭は淡々と式を進行する。NPCだから仕方がないが、もう少しは空気を読んでもらいたい。無理な相談だとは思っていても。

『では、指輪の交換を』

 途端にBGMが荘厳で穏やかなものから、一気に盛り上がる曲へと変わった。
『愛と死の迷宮』で入手した結婚指輪ウェディングリングはすでに神殿に奉納してある。
 司祭がそれを取り出すと二人はそれを受け取り、うやうやしく互いの左薬指にはめていく。

『ここに一組の夫婦が生まれました。二人は誓いの口づけを。神よこの二人に祝福を与えたまえ』

 そして言葉と共に二人のアバターが歩み寄り口づけを交わそうとする。

 ──改めて外から見ると、なんだか照れ臭いな。
 二人は恋人になってから何度かキスを交わし合った仲ではあるが、こう客観視してみると非常に恥ずかしい。
 ただ、大仕事をやり遂げた感もあって、光はふぅ……とため息をついた。
 これならソロでボスキャラ倒してこいと言われた方が、まだましなほど緊張していたようだ。

 二人のアバターがアップになって今まさに口づけを交わそうという時、画面が徐々にホワイトアウトしていった。まぁ『ヴィクトーニア・サガ』は全年齢対象だから、こういう演出になるのも無理はないか。
 光がやり遂げた顔でぼんやり画面を見つめていた、──その時だった。

 徐々にモニターの輝度が明るくなっていく。
 
 ──あれ? モニターの設定間違えたかな?
 ぼんやりと考えるのもそこまでだった。


 突如としてモニターが爆発的な光を放ち、みつるの視界を白く塗りつぶしていき、その光が部屋を埋め尽くすほどの曼陀羅まんだらへと変化していく。

「な、なんだ!?」

『ブラフマン・システム起動。 汝、かの地にて救世ぐぜの光にならん』

 ──何を言っている。この声は誰だ?
 あまりの眩しさに目をすがめ、両腕で視界を遮るが、光の奔流はたちまちのうちにみつるの体を飲み込んでいった。






 ややあって、突如として光の奔流は消え失せた。

 光がおずおずと目を開けるとそこには──

「どこだ……ここは」

 驚くのも無理はない。
 そこには広大無辺の虚無の空間と、それを覆いつくさんばかりの曼陀羅まんだらがそびえ立っていたのだ。

 ──体は、動かない。ただ、全裸である事は感覚的に分かる。
 必死の思いで首を巡らすと、遠く離れた場所に真琴が全裸で立っているのが見えた。
 だが呼びかけようにも声が出ない。金縛りにでもあったようだ。
 真琴の方は意識が無さそうだった。こうべを垂れて黙って立っている。

 ──いったい何がどうなってやがる畜生!

 光が心の中で口汚くののしった、その時だった。


『ブラフマン・システム。シャクティ・リンケージの適応個体二名を確認』

 荘厳でありながら無機質な声が虚空に響き渡った。

 はったり男ブラフ・マン? なんのことだ?
 だが、謎の声は光の思いとは関係なしに話を進めていく。

リンガ及びヨニの結合開始』

 光と真琴の間に光の線が現れリンクする。

 『アルダナーリーシュヴァラ男女合一形成』

 すると光から魂の半分を持っていかれたような感覚と共に、光の傍らに光の似姿のような半透明な存在が現れた。
 それが真琴とを繋ぐ線に沿って真琴の方に向かい、代わりに真琴の似姿が近寄って来て、光と融合する。

アヴァターラ化身召喚』

 これ以上何をするつもりだと怒鳴りつけてやりたかったが、やはり声は出ない。
 足掻いてみるが、なすがままだった。

 そこに信じられない『モノ』が眼前に現れる。
 長い黒髪を馬の尾のように後ろにまとめ、その双眸は赤く染まっている。
 それがまるで人形のように無表情で立っていた。

 ──『義経』? なんで俺のゲームのアバターが。

『融合』

 その言葉と同時に『義経』が右手を差し出しその手のひらから暖かい光を放つ。
 放たれた輝きはみつるの体内に吸い込まれ浸食し、その体をかき回すように蹂躙していく。
 そして『義経』はそれに伴うように徐々に姿を消していった。
 体を次々に作り替えられている感覚に異様な疲労感を覚える。
 横目で見れば真琴も相変わらず意識を失っており、さらにぐったりしている様子が見て取れた。

 それを見て、光はついにキレた。

「おいこら……ブラフマンだかブラジャーファンだが知らねぇが、人と人の彼女になにしてくれてんだ! ああっ!?」

 その言葉に絶句したように、『ブラフマン・システム』が沈黙する。
 そして長い沈黙の後、曼荼羅が一層輝きを増した。

『ソーマ適格者の存在を確認。これよりデーヴァとのタントラ神人合一を実施』

 そう宣言すると曼陀羅から一人の巨神が現れた。
 黒い肌に憤怒の形相、額には三番目の目を持ち数本の腕と、まさに異形な巨躯をもつそれは、炎が噴き出しそうなまなこで光を睨みつけている。
 だがブチ切れた光の目には、おそれを知らない強い意志が込められ、逆に睨み返した。

 何が面白いのか、漆黒の巨神は牙をむき出しにやりと口を歪めた。そして額の眼が輝くと、そこから一条の光線が放たれて光の額に突き刺さる。
 光は脳を槍で貫かれたのような衝撃が走り、同時に目や耳、鼻や口からおびただしい血が流れた
 それだけでは無い、全身の肉と神経を切り刻むような激痛と再生が延々と続き、ついにはその姿までもが変わっていく。
 犬歯が狼程も伸び、全身の筋肉が蠕動ぜんどう。体の表皮には奇怪な紋章が浮かんでは消え、額には第三の目の眼が出現していた。

 そんな地獄のような激痛にも耐え、光はただひたすらに漆黒の巨神を睨みつける。

 そしてついに──

「がぁあああああああ!!」

 光は獣のような雄たけびと共に金縛りを無理やり引きちぎった。それと同時に光の体が文字通りひかりとなって爆ぜる。

 後にはもとの姿に戻った光の姿が残った。ただ、意識はすでに無い。

『ソーマの適合者は眷属となった』

 ブラフマン・システムを名乗る声が虚空に朗々と響き渡る。

『ゆえにその伴侶にもタントラを実施』

 再び曼陀羅が輝くと、今度は真琴の前に金の肌をした黒髪の女神が現れた。
 黄金の女神が真琴に手をかざすと、てのひらから光が溢れ、真琴を優しく包んでいく。その輝きは全身を駆け巡った後、額に集中して消えた。

言祝ことほごう。ここに新たなつがいが生まれた。言祝ごう。この番が、かの地に安息と安寧もたらさんことを』

 言祝ごう 言祝ごう 言祝ごう  ──言 祝 ご う

 祈りにも似た唱和の中で二人は輝く光の玉に封じられる。

 赤い球は光。

 青い球は真琴。

 二人を包む輝く球体は、互いに螺旋を描くように天へと昇っていく。

 それを見送るかのように曼陀羅は消え、後には虚無の空間が広がっていた。




 6月12日金曜日。

 この日、人知れず一組の男女が地球から姿をけした。
 それに気づく者は今は誰も居ない。



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