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第6章 二人の愛と少年の嘆き

88・5時間目 腐りかけた心を

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葉瀬を殴ってから、俺は葉瀬の取り巻きから居ない生徒のように扱われた。
彼の他者を巻き込む能力というのは、あまりにも、ひどかった。
机の上にごみを置かれ、上靴は常に隠されていた。
だから、俺はずっと持って帰っていたし、高校では鍵をかけている。
ただ、一人、無言でそのごみを片付ける。
止めろよ、そう言う者は誰も居ない。
今、そんなことが起きたとすれば、敦志はまず、黙っていないだろうし、山内がそいつに社会的な死をきっと与えるはずだ。
学校に行くのは、嫌だった。
もちろん、親にも言っていないし、学校で騒ぎにもなっていない。
陰でこそこそといやがらせをされているだけ……そう思うようになった。
そう思えば、痛みや苦悩は無くなるから。
だけど、それでも、じくじくと苦しさは胸を痛ませる。
誰とも、関わりたくない。
そうして、時間だけが無駄に過ぎていき──受験前の懇談のとき、ある言葉に救われた。
当時、俺は受験なんてどうでもよかったため、近所のそこそこ賢い高校へ受験を決めていた。
そこそこ賢ければ、あいつはきっと来ないはず。
どうせ、遊び呆けているやつだから、そこまで行けるはずがないと心の底から思っていた。
当時は知らなかったが、あいつは、俺がかつて志望していた高校に入学していたのだ。
あり得ないと思った。
もし、そこを受けていたら、俺はどうなっていたのだろうかと思う。
さて、少し話はずれたが、その日、担任の先生に、
「三石君、体調悪そうだね……。大丈夫?」
そう聞かれて、俺は適当にごまかして答えた。
「大丈夫ですよ」
「そうかなぁ。あそこの高校、あっていないんじゃない?」
流石に、その時は驚いた。
どうして、そんなことを言うのか分からなかった。
だが、もしかしたら、先生は俺が葉瀬にいじめられていたことを知っていたのかもしれない。
だから、そんなことを言ったのかも知れない。
今なら、そう思える。
「もしさ、よかったらここ受けたら?」
そう言われ、パンフレットを見ると、そこには今通っている高校である清王せいおう高校の文字があった。
生徒個人の各々の力を極めるために建てられたその高校は、志望していた高校とほぼ同じくらい。
「三石君は、人より出来ることが多いから、それを極めてほしいと思っているんだ。先生たちは学校でただ知識だけを得てほしいんじゃない。友達の大切さや希望の持ち方を学んでほしい。だから、もしよかったらここに行ってほしい。人生は絶望続きなんかじゃないよ。人は心が腐ってしまったらおしまいだから」
その言葉を聞いて、俺は不覚にも泣いた。
俺は、腐っていたのか。
青春を諦めていたのか。
もし、この言葉がなければ、俺はずっとつまらない人生を送っていただろう。
もし、先生にこの言葉をかけられなければ、あいつにやられたこと全てを話す気なんてならなかっただろう。
俺の話を聞いて、母さんと話し合った。
しかし、それが騒ぎになることはなかった。
何度かあいつが先生に呼び出されるときがあったが、それから何かを言ってくることもしてくることも無くなった。
そして、俺は清王高校に入学。
はじめは葉瀬みたいなやつだと思っていた敦志と山内と最高に楽しい青春を送った──しかし、それが終わるかもしれない。

※※※

「こいつはなぁ、そういうヤツなんだよ。気に入らなかったらすぐ暴力を振るうようなヤツだ。いつお前らにその手が振りかざされるか分からねぇぞ?」
止めろ、やめてくれ。
それ以上、もう喋るな。
俺の、俺たちの友情を怖さないでくれ。
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