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第6章 二人の愛と少年の嘆き

90時間目 どんな過去があっても

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男は一通り、話し終え、椅子から立ち上がった。
「……悪かったな。三人の時間をジャマして。俺は言うことは言った。とりあえず、これ置いておくから」
そう言って、机に三千円を置いたあと、俺たちに背を向ける。
「じゃあな──三石」
それだけ言い、彼は去っていった。
遼太郎にそんな過去があったなんて俺は知らなかった。
俺は、いつも、誰かが抱えている過去に向き合えない。
自分自身、小春との過去に向き合えていなかったからかもしれないし、それはなぜか分からない。
けど、遼太郎のは、あまりにも一方的で、聞いているだけで耳が痛かった。
俺は、どうすることも出来ない。
どうしてあげることも出来ない。
「……敦志」
遼太郎が、まだ腕の中でうつむいたまま、俺の名前を呼ぶ。
「俺は……こんなやつなんだよ。葉瀬の言う通りだ。俺は、きっと、敦志たちを傷つける」
何が言いたいんだよ。
やめろよ。
そんなことを言うのは。
「俺さぁ、敦志たちと居れた時間が本当に幸せだったなぁ。気を使わずに色々言えたし、心の底から楽しいと思えた」
「だから、もう、無理だ」
「こんな俺と一緒にいるのが怖いだろ? もう、俺たちの友情は──」
遼太郎が言い切る前に俺は叫んだ。
今、心のなかは、小春を傷つけた奴らに向けたものと同じ感情が支配していた。
だけど、あの時と違うのは、八割の怒り、二割の説得があった。
「──ふざけんじゃねぇぞ!」
「何が、過去だよ。なに縛られてんだよ。そんなので、俺たちの友情が引き裂かれると思うなよ! 誰だってな! クソみたいな忘れたい過去があるんだよ! 誰かの最低になって、周りの目を気にして! それがどうした! 俺だってな、小春を助けるのに暴力を使う必要があったかって言われたら、今なら他の方法を使うはずだ! 助け呼ぶなり、説得させるなり、方法が今なら思い付くよ! でもなぁ!」
あまりにも、叫びすぎた。
喉が痛い。
俺だって、もしかしたら、小春をすぐに助けれたかもしれない。
暴力を使わなくても、あいつらを止める方法があったかもしれない。
けど、全部全部、過去なんだ。
もう二度と、変えることの出来ないものなんだ。
そこで、人生最大の過ちさいていなことを犯してしまっても、今、もう二度としないと誓ったなら、そいつは報われていいと思うんだ。
過去に縛られる必要なんてない。
過去を未来に変えてやれば、いいと思うんだ。
「過去にどんなことを犯したからって、お前が苦しむ必要なんてないだろ? もう、過去は過去なんだよ。二度と変えることが出来なくて、苦しむのも悲しむのも、成長の材料として使うのも、自分自身なんだよ。俺だって、今、あいつらが現れたら、きっと遼太郎と同じことになると思う。後悔に引っ張られてきっと、自分自身を責める。気にすんな。なんて、言わない。けど、友情を捨てるなんてそんなことは言わないでくれ……」
「敦志……」
裕太が驚いた声を出す。
「……ごめん」
遼太郎が声を震えさせて、言う。
「俺は、怖かったんだ。敦志たちにこの過去を知られたら、きっと、俺は……一緒にいられなくなると思っていて。でも、そんなことはなくて、本当にごめん」
遼太郎は、俺たちの前ではじめて、涙を流した。
きっと、後悔と、悔しさと、哀しさが混じったその涙は。
遼太郎の新しい明日へと導くのだろう。
「……俺も、悪かった。言い過ぎたかもしれない。でもよ、俺たちを頼ってくれよ」
俺は、ニヤリと不敵に笑う。
「僕らは、似ているんだよ思うよ。暗い過去をもった者同士だ。僕らの青春はここからなんじゃないかな」
「うん。そうだな。俺たちの青春はここからか……。よし! ちょっとずつ、前を向いて進むよ」
遼太郎がいつも通りの笑顔になった。
それでこそ、お前だ。
それから、俺たちは雑談をしながら、その日は解散となった。

※※※

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【8月31日】
夏休み最終日!
俺たちは、海に行った。
青い海に、白い砂浜!
そして、ギラギラと輝く太陽!
色々なことがこの夏にあったけど、二年生最後の夏休みを楽しんだ。
俺たちの青春は、ここからだ。

二学期もよろしく! 親友!

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