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平等な社会
帰宅
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「遅いじゃ無い。どこほっつき歩いてたの? 」
「悪い……. 」
「ちゃんと答えなさいよホラっ。」
手錠が締め上げられる。
「話して…何になるっていうんだよ。」
彼女は俺の手錠を閉めるのをやめた。
「交番に寄っていたようだけど、なんかあったの? 」
「トリートメントは買ってきた。もう寝かせてくれ。明日から仕事だろ? 」
俺は彼女の部屋の扉を閉めると、壁に持たれ込み、目を閉じた。
家を出た時もこんな感じだったっけな。
「ガシャん。」
ペット用の食器に暖かい液体が注がれている。
シチューだ。
「これ、余ったから。あげる。早く食べないとウェルシュ菌が増えるわよ。」
俺は皿を手に取ると、チョビチョビシチューを飲み始めた。
「美味しい? 」
「とっても美味しい。」
「何があったの? 」
「なぁ鵞利場は、もし能力者が近くで殴られていて、自分が何も出来なかったらどうする? 」
「逃げる。」
即答だ。
「でも、嫌だ。だから私、公安になったし。無力なのは嫌だから。せめて取り締まる側になろうと思った。全ての人は救えないとしても。私のこのちっぽけな掌でも救える人間はいるの。」
向上心のある彼女らしい回答だった。
「俺にもできるか? 執行者になった俺になら。」
「無理でしょうね。執行者の仕事は能力者を取り締まること。自分の感情を捨て、ただ社会の秩序の一部として働くことだけよ。」
俺は人生で初めて後悔した。
彼女の言っていたことは正しい。
公安に志願して、成り上がり、能力者たちを守る側に立っておけば良かったのだ。
だがあの時の俺は、彼女ほど頭が回らなかったし、自分が生きることで精一杯だった。
「なーに泣いてんのよ。本堂長官が貴方をどのような理由で雇ったのかは知らないけど。」
「君の上司は私なのよ。社会の、人類の秩序を守る鵞利場小子。」
「さぁ今日はもう寝なさい。明日はしっかり働いてもらうんだから。」
「業務中に舟漕いだらオシオキだからね。」
そのオシオキという言葉で全身が身の毛がよだつ。
「ああ、鵞利場さんおやすみ。」
チェーンの掛かったドアから、一枚の布が投げ出される。
「風邪ひくわよ。」
「やっぱり寒い。寂しい。中に入れていただけませんか? 」
「却下。調子に乗んな。」
* * *
翌日、鳥の囀りとともに目を覚ました俺は大きく背伸びをすると、それから昨日風呂に入り忘れたことに気がつく。
いや、一日ぐらいならなんとも無いんだが、なんせ本堂に逮捕されてから、今この瞬間まで一度も風呂に入れていなかったので、身体が気持ち悪くて気分が悪い。
それぐらいに、この期間というものは、濃密なものであった。
充実しているというのなら聞こえが良いのかも知れない。
蝠岡に雇われて、護衛の合間に、裏社会の仕事を請け負う生活も悪く無かったが。
「勝手に出てったらまずいだろうな。てか起こしても怒られそうだし。かといって、出勤ギリギリで風呂に入っていないと言えば、『なんで昨日のうちに入っておかなかったの? 』ってギャーギャー騒がれるのがオチだろう。」
俺は手錠の画面をなんとか指で操作すると、メッセージ機能があることに気づく。
すると、手錠の端末がブルルと震えた。
『当端末は声帯認証でも操作することができます。』
まぁそりゃそうだなと思った。
こんなもん手でうごせるったらありゃしねえ。
「おい手錠さんよ。逆に出来ないことはあるか? 」
端末は少し悩んでいるようであった。
[人工知能に抽象的な問いを行うことは、お控え下さい。]
まぁそりゃなぁ。
俺だって何か出来る? って聞かれて咄嗟には答えられない。
「とりあえず鵞利場さんに風呂行ってるからそしたら公安に直行しますってメッセ送っといてくれる? 」
[承知いたしましたマスター。]
彼女から離れようとしたが、警告文が発せられることは無かった。
「意外と自由なんだな。」
そして首をブンブンと振る。
"俺に、こんな権利すら無いことが問題なんだ。まだ始業時間じゃ無いし。"
律儀なエレベーター君は、電源を落とし、眠りにこけていたが、俺がボタンを押すと即座に起動し、自分の仕事をまっとうしていた。
まだ早朝だというのに、セキュリティも生きている。
セキュリティは俺の手錠を認証すると、両開きのガラス扉を、するすると開閉する。
建物の外に出ると、深呼吸をした。
「銭湯までのナビゲートを頼む。」
[承知いたしました。ところで服のほうは? ]
「あー、一着しかねえんだわ。またこれ着るしかねえな。」
[近くにコインランドリーとスーパー銭湯が合併した施設があります。]
[口コミによれば、脱衣所にロッカー付きの洗濯機が用意されている様です。]
俺が服を脱いで、湯船に浸かっている間に、洗濯・乾燥が済むそうだ。
「ああ、そこで頼む。」
思いのほか、この人工知能というものは使える存在だ。
「なんほど、オマエもこれだけ優秀なら、失業者が役所やハロワに溢れるのも納得だな。」
[恐れ入ります。]
「ほめてねえよ。でもサンキューな。」
俺は裏路地を出た。
「悪い……. 」
「ちゃんと答えなさいよホラっ。」
手錠が締め上げられる。
「話して…何になるっていうんだよ。」
彼女は俺の手錠を閉めるのをやめた。
「交番に寄っていたようだけど、なんかあったの? 」
「トリートメントは買ってきた。もう寝かせてくれ。明日から仕事だろ? 」
俺は彼女の部屋の扉を閉めると、壁に持たれ込み、目を閉じた。
家を出た時もこんな感じだったっけな。
「ガシャん。」
ペット用の食器に暖かい液体が注がれている。
シチューだ。
「これ、余ったから。あげる。早く食べないとウェルシュ菌が増えるわよ。」
俺は皿を手に取ると、チョビチョビシチューを飲み始めた。
「美味しい? 」
「とっても美味しい。」
「何があったの? 」
「なぁ鵞利場は、もし能力者が近くで殴られていて、自分が何も出来なかったらどうする? 」
「逃げる。」
即答だ。
「でも、嫌だ。だから私、公安になったし。無力なのは嫌だから。せめて取り締まる側になろうと思った。全ての人は救えないとしても。私のこのちっぽけな掌でも救える人間はいるの。」
向上心のある彼女らしい回答だった。
「俺にもできるか? 執行者になった俺になら。」
「無理でしょうね。執行者の仕事は能力者を取り締まること。自分の感情を捨て、ただ社会の秩序の一部として働くことだけよ。」
俺は人生で初めて後悔した。
彼女の言っていたことは正しい。
公安に志願して、成り上がり、能力者たちを守る側に立っておけば良かったのだ。
だがあの時の俺は、彼女ほど頭が回らなかったし、自分が生きることで精一杯だった。
「なーに泣いてんのよ。本堂長官が貴方をどのような理由で雇ったのかは知らないけど。」
「君の上司は私なのよ。社会の、人類の秩序を守る鵞利場小子。」
「さぁ今日はもう寝なさい。明日はしっかり働いてもらうんだから。」
「業務中に舟漕いだらオシオキだからね。」
そのオシオキという言葉で全身が身の毛がよだつ。
「ああ、鵞利場さんおやすみ。」
チェーンの掛かったドアから、一枚の布が投げ出される。
「風邪ひくわよ。」
「やっぱり寒い。寂しい。中に入れていただけませんか? 」
「却下。調子に乗んな。」
* * *
翌日、鳥の囀りとともに目を覚ました俺は大きく背伸びをすると、それから昨日風呂に入り忘れたことに気がつく。
いや、一日ぐらいならなんとも無いんだが、なんせ本堂に逮捕されてから、今この瞬間まで一度も風呂に入れていなかったので、身体が気持ち悪くて気分が悪い。
それぐらいに、この期間というものは、濃密なものであった。
充実しているというのなら聞こえが良いのかも知れない。
蝠岡に雇われて、護衛の合間に、裏社会の仕事を請け負う生活も悪く無かったが。
「勝手に出てったらまずいだろうな。てか起こしても怒られそうだし。かといって、出勤ギリギリで風呂に入っていないと言えば、『なんで昨日のうちに入っておかなかったの? 』ってギャーギャー騒がれるのがオチだろう。」
俺は手錠の画面をなんとか指で操作すると、メッセージ機能があることに気づく。
すると、手錠の端末がブルルと震えた。
『当端末は声帯認証でも操作することができます。』
まぁそりゃそうだなと思った。
こんなもん手でうごせるったらありゃしねえ。
「おい手錠さんよ。逆に出来ないことはあるか? 」
端末は少し悩んでいるようであった。
[人工知能に抽象的な問いを行うことは、お控え下さい。]
まぁそりゃなぁ。
俺だって何か出来る? って聞かれて咄嗟には答えられない。
「とりあえず鵞利場さんに風呂行ってるからそしたら公安に直行しますってメッセ送っといてくれる? 」
[承知いたしましたマスター。]
彼女から離れようとしたが、警告文が発せられることは無かった。
「意外と自由なんだな。」
そして首をブンブンと振る。
"俺に、こんな権利すら無いことが問題なんだ。まだ始業時間じゃ無いし。"
律儀なエレベーター君は、電源を落とし、眠りにこけていたが、俺がボタンを押すと即座に起動し、自分の仕事をまっとうしていた。
まだ早朝だというのに、セキュリティも生きている。
セキュリティは俺の手錠を認証すると、両開きのガラス扉を、するすると開閉する。
建物の外に出ると、深呼吸をした。
「銭湯までのナビゲートを頼む。」
[承知いたしました。ところで服のほうは? ]
「あー、一着しかねえんだわ。またこれ着るしかねえな。」
[近くにコインランドリーとスーパー銭湯が合併した施設があります。]
[口コミによれば、脱衣所にロッカー付きの洗濯機が用意されている様です。]
俺が服を脱いで、湯船に浸かっている間に、洗濯・乾燥が済むそうだ。
「ああ、そこで頼む。」
思いのほか、この人工知能というものは使える存在だ。
「なんほど、オマエもこれだけ優秀なら、失業者が役所やハロワに溢れるのも納得だな。」
[恐れ入ります。]
「ほめてねえよ。でもサンキューな。」
俺は裏路地を出た。
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