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第四章 命の選択

第56話 パラサイト

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 Aランクのヒーラーのエレン。彼女は俺のことを知っていた。Aランクともなれば、聖クレイア教会とはかなり密接な関係だろう。破門された俺がこの国に足を踏み入れたことを咎める気か?

「ああ、心配しなくて良い。アタシは別にアンタを取って食おうなんて思わない。聖クレイア教会の本部にさえ近づかなければアンタの身は保障されている」

「そうですか。それは助かります」

 聖クレイア教会との対立は避けられたようで良かった。あそこはかなりデカい組織だ。

「ねーねー。エレンおばさん。なんか大人の話っぽくて退屈だから、ボク、その辺で遊んできても良い?」

「ああ。これから事後処理でもっと大人の対応をしなくてはならくなる……その前に」

 エレンはパドと呼ばれた少年の胸に手を当てて魔力を流し込んだ。

「これで良し。さあ、いつもの宿で待ってる。それまで自由行動だ」

「やったー」

 パドが屈む。そして、一気に跳躍して屋根の高さまで到達する。そのまま屋根の上に登り、跳躍を繰り返して飛んでいった。信じられない光景を目の当たりにして、俺は頭がクラクラとした。

「あの少年は一体……」

「パド。年齢は9歳。まあ、アタシの3分の1も生きていないような年齢の子だけれど、アタシより強い。もしかしたら、リオン。アンタよりもね」

「俺より強い……? まさか、あの子も」

「はっはっは。まあ、あの子のランクについてはアタシからは言わないでおくよ。当人の個人情報に関わることだからね。ただ、聞いたらきっと驚くこと請け合いさね」

 9歳で冒険者稼業をしているのも信じられないことではあるが、あの身体能力を見せつけられた後では信じざるを得ない。あそこまでの身軽な動き……バフを盛りに盛った俺でようやく追いつけると言ったところか。見たところバフはかかってないようだし、恐ろしい子がいたものだ。

「さて、事の顛末をギルドに報告しにいくよ。特にリオン。アタシの傍を離れるんじゃないよ。アタシが近くにいるから、聖クレイア教のタカ派が大人しくしているけれど、アンタがこの国に足を踏み入れたこと自体を快く思わない連中もいるってこと忘れないようにな」

「ええ……わかってます」



 俺とカインとアベルとエレンは腕輪をギルドに提出した。この戦闘データを読み取り、ランクの査定を行う。いつもの流れのはずではあるが……

「リオン様、カイン様。少々お時間をよろしいですか?」

 なんか嫌な予感がしてきた。

「お2人の戦闘データを確認してみたところ……アベル様が提出された新種のモンスターとのデータが一致しました」

「え? どういうことだ?」

 俺とカインはアベルと顔を合わせた。

「ああ、リオンさん。言ってませんでしたね。あの湖で戦った顔のあるナイア。それは新種のモンスターだったんです。お陰で事情聴取を受けて時間が潰れてしまいましたよ」

「ナイアの突然変異体というわけではなかったのか。ん? 待てよ。そのモンスターと一致している新種のモンスターが今回の戦闘でいたってことか?」

「ええ。詳しいことは現在分析中ですが、バーバリアンのリーダーと思われていた個体と顔のあるナイアの個体が一致していました」

 ギルドの受付の言葉に俺はハッとした。あの時のバーバリアンのリーダーが言っていた言葉を思い出した。

【よお。また会ったな。湖での借りを返させてもらう】

 戦闘中だったので特に気にも留めてなかったけれど、俺はバーバリアンと湖で出会ったことなどない。ナイアとバーバリアンが同一個体だなんて聞いたことがない。一体どういうことだ?

「この新種のモンスターの謎に何か心当たりはありませんか?」

 受付の人に訊かれるも急に言われてパッと思いつくものでもない。

「あ、リオンさん。わかりました。その新種のモンスターは変身能力を持つのではないでしょうか?」

 アベルの言うことを聞いて俺は考え込む。変身能力。確かにナイアやバーバリアンに変身して、その群れに紛れ込む。そう考えれば、全く違う姿で同一個体の敵と戦っていた。そのことに説明はつく。けれど、俺には解せない点が1つあった。

「待ってくれ。アベル。それだと不可解な点がある。その前に情報を1つ確認したい。受付の人に確認したいんですけど、俺が戦った新種のモンスター。その個体数はいくつですか?」

「1体ですね。複数戦った痕跡は見られません」

 やはりか……なら、アベルの推理は崩れることになる。

「聞いてくれ。俺はバーバリアンのリーダーを2回倒した。それなのに、腕輪に記録されているモンスターは1体。これでは数があわない」

「え? リオンさん。リーダーを2回倒した。どういうことか説明してください」

 アベルが前のめりになって俺に問い詰める。情報収集もレンジャーの役割である。未知の情報に対する知識欲が高いのは良いレンジャーの証拠だ。

「まず、俺はしゃべるバーバリアン。今回の新種と思われるモンスターを1度倒した。奴の亡骸も確認している。しかし、そのモンスターとは別の位置からまたしゃべるバーバリアンが出現した。俺はその時、リーダーが2体いて、もう1体が潜伏していただけかと思っていた。でも、そういうわけじゃなさそうだ。俺たちが湖で取り逃がしたナイアも、俺が最初に倒したリーダーも、最後に倒したリーダーも……全部同じ個体なんだ」

「えっと……頭が混乱してきました。つまり、どういうことなんでしょうか」

「それは……俺にもわからない」

 この能力には謎が多い。モンスターを倒してしまった今では、どういう原理だったのかそれを問いただすこともできない。

「寄生……」

 カインがボソリと呟いた。それに対してアベルが「え?」と反応する。

「寄生虫。他の生物を宿主にして、栄養を吸い取る虫がいると聞きました。その寄生虫は小さくて、宿主の体内に潜り込むのだとか。中には宿主の意識をも操るようなのもいると学校の図書室の本で読んだことがある」

「宿主の意識を操る……まさか!」

 俺は先程の戦闘を思い出した。そうすれば合点がいくところがある。

「今回の新種のモンスターの能力はその寄生なのではないでしょうか。それだったら、全ての事象に説明がつきます。私はリオンさんの戦闘を見てましたが、最初のリーダーを倒した時には、周囲にモンスターがいた。だから、別の寄生対象に乗り移ることができた。だから、止めを刺せなかった。しかし、次は違います。私が予め他のモンスターを一掃していたから、他の寄生対象を失ったモンスターは逃げることができずに宿主と共に命を落とした……そう考えることはできないでしょうか?」

 カインの解説は俺の考えていた通りだった。そうだとしたら……もし、カインが他のバーバリアンを削ってくれなかったらと思うとゾっとする。ほぼほぼ無限に復活する知能があるリーダーを相手にしないといけないなんて辛すぎる。

「なるほど。それが実際に戦ってみた冒険者の方々のご意見ですか。今の発言を記録して、ギルドの研究員に参考資料として渡しますがよろしいですか?」

「ええ。構いません。ぜひ研究に役立てて下さい」

 俺たちはギルド職員の申し出を快諾した。今の発言を記録されて困ることはなかったし、ギルド側も無断で発言の記録を取ってトラブルを起こさないように一応の断りをいれただけだろう。

 こうして、街を襲撃してきたバーバリアンの事後処理も終わった。これで俺たちは晴れて自由の身だ。

「リオン。アンタはこれからどうするつもりだ?」

「とりあえずは……そうだな。多分人を待たせているから、そこに行く予定ですね」

 イザベラのことも心配だ。目が覚めたとはいえ、後遺症が残っていないとも限らない。

「そうか。なら、この国を去る前にもう1度、この街のギルドに来てくれ。待っている」

「え? ああ。はい」

 何か俺に用事でもあるのだろうか。まあいいや。とにかく、今はイザベラのところに戻ろう。
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