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第4章「大根の…もとい、暗黒のアデラール」

第42話「曖昧模糊」

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王都ベラライア、ルイーセ王妃殿下の離宮――――


「どうなりましたか」
「首尾は上々なようです王妃様」
「そうですか。若干、慎重さに欠ける仕掛けですが、時間がありません。
サンが足元を固めていない今だからこそ、この程度のことでも噂になれば
打撃を与えることはできます」
「ええ、仮にあの女が遊び相手だったとしても、、、もとはあの魔導師と
何やらあったようですが、大方、王子に言い寄られて鞍替えしたのでしょう。
確かに、見目麗しい女ではありますから」


そうです。

王宮においては、その程度の噂でも十分なのです。
適当に広めておけば、あとは貴族たちが面白おかしく
尾ひれをつけて、更に大きく広めてくれます。

あの者たちは面白ければそれでいい。
他人を蔑み、足の引っ張り合いに終始する。

王宮とはそういう場所なのですから。

そして、、

その後で頃合いを見計らって、追い詰めればいいのです。

別にこれで相手を絡め捕ろうというわけではない、、
布石になれば十分です。

あとは次の手で流れを引き寄せます。


「それで、レナスはどうですか?あの子のことですから、また何か
問題を起こさぬように注意を払ってください」
「囚人や看守に、こちらの手の者を配してありますが、、、」
「何ですか?もしや既に何か?」
「いえ、どうも配流先での生活に不満を訴え、なにやら騒ぎを起こして
おるようで、、、」
「仕方のない子ですね。あの子を取り戻す為に動いているというのに
少しはこの母の気持ちを理解できないのでしょうか」


わかってはいました。

いままで、王族として召使いを侍らせてはべらせて生活してきたのですから。
その上、あの子の気性では、、、。

しかし、いま何か問題を起こされても敵いません。
仕方ないですね。

下策なのですが、少し手を差し伸べますか。
陛下も我が子のことなれば、少しは大目に見てくれるでしょう。


「そういえば、エチルという商人はどうなりましたか?」
「取り調べを受けております。レム・リアスが関与した大きな事件なので
調査も慎重に時間を掛けて行われており、それが済めば即刻、首を打たれます」
「そうですか。もともと、レナスの側仕えで私と関与はほぼしていません。
けれど、そこを突かれては困ります」
「ご安心ください。我らに追及の手が伸びることはないでしょう」


そもそも、あのような市井の商人などを使うことは反対でした。

しかし、王太子であることの自負を、上手くあの商人に利用されました。
レナスは自分で計画を動かしているつもりで、実際は操られていた。

それを何度も注意しましたが、あの子は聞かなかった。
その失敗を反省してるなら、配流先で騒ぎなど起こしません。


「レナスの待遇を少し、改善するように手配しなさい」
「宜しいのですか?陛下に口実を与えるのでは、、」
「わかっていますが仕方ありません。陛下も我が子のことですから
いざとなれば情に訴えれば良いのです」
「わかりました。手配しておきましょう」
「ええ、それにその口実も、我が子に対する冷たい仕打ちという方向へ
持っていくこともできます。あの子は既に罰は受けているのですから」


ルイーセは、まだ僅かに夫を想う気持ちを実感していた。

だが、状況が差し迫れば溝は大きくなるだけ。
自分の一存だけで流れを変えれる時期はとうに過ぎており
自らの歪みを自覚しながらも、大きな流れに身を任せる。

これ以上進めば、もう後戻りはできない。
いまなら、或いはやり直しはできるかもしれない。

そうは思うが今更すぎる。

そんな想いは消してしまおう。


「陛下にお会いします。用意をしてください」


想いに決別する為、彼女は冷たく微笑んだ。



王都ベラライア、王陛下の執務室――――


「王妃殿下の離宮より、陛下にお会いしたいと知らせが参りました」
「そうか。ここで良い通――


この部屋の主が言い切る前に、扉が開く。

『キイ』という音が訪問者の来訪を告げる。

王妃殿下が側近の者を連れて陛下の執務室に入ってきた。
彼女の表情は、些か、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

王陛下はそんな彼女の顔を一瞬だけ見て、視線を外す。

そこには長年連れ添った夫婦の雰囲気など微塵もない。


「突然の訪問、何用か?」
「陛下にひとつご提案があります」


ルイーセはニヤっと一瞬、顔を歪めたあとに、更に言葉を続ける


「サン王子の良くない噂を耳にしました」
「ふん。その噂はデタラメだ」


王は、如何にも面倒そうに大げさな溜息を吐いて、そう答える。
どうせ貴族共の”いつものくだらない遊び”だろう?とでも、言いたげに。


「そうでもないのですよ。陛下」


ルイーセは、王陛下の余裕な表情を一瞥する。
この場を制するのは自分であって、この男ではない。既に駆け引きは
始まっており、この場はその舞台なのである。


「なにが言いたい?勿体ぶらず用件を申せ」


いい加減にしろと言う冷たい視線を、目の前に女性に寄越す。


「王子と、噂の女の逢引を見た者が複数いるのですよ。2人が連れ立って
サンの私邸を出たのを、私邸の使用人も見ています」
「それで、私に何をしろと言いたいのだ?」


彼女は或いは、夫をやり込められればそれで良かったのかもしれない。
何故なら、この会話を楽しいと感じているのだから。


「レナスの処分を減じて頂けませんか?サン王子の醜聞は、あなたにとっては
決して捨て置けるモノではないでしょう?王宮において噂が立つことの厄介さは
陛下もよくご存知のはずです」


ルイーセは、この場を制したと確信し、言葉を続ける。


「私が否定すれば、噂はすぐ鎮静化するでしょう。如何いかがでしょうか?」


しかし、王は、彼女の夫は、心底下らないと言う顔でこう言う。


「何をしたいのかは知らぬが、デタラメだと申したはずだ。話しは終わった。
他に用件が無いのなら下がれ」


この反応は、ルイーセの想定には無かった。現状を考えれば少しくらいは
戸惑うような表情になっても良いはずだった。

強がって平静を装っているだけかもしれない。
とにかく、この場は自分が制したのだ。ここで引くのは下策と言うものだ、と。


「それならばこの件は、次の御前会議で問題にしますが、宜しいですね?」


王陛下は何も答えず、山ほどの執務に取り掛かっている。

”いいでしょう”と、心の中でだけルイーセは告げた。



――――御前会議当日



「次の案件ですが、既に噂をご存知の方も多いでしょう。サン殿下の醜聞について
立太子前のこの時期です。立太子の延期をされては?」


この問題以外など、この日、ここに集まった者には”とんと”興味がない。
皆、政務などより渦中の噂の方が面白いと思っている。

なにしろ、ここにはその噂の人物が居る。


「あのご婦人は、私の知人の連れだ。私と何か関係があるわけではない」


渦中の男、サン殿下は憮然とした表情で”やはり”と言う顔をしている。


「しかし、殿下。あなた様が、件の女性に贈り物までしているのは把握しています。
これが高貴な者であれば問題はありませんが、聞けば、下賤の者と言う。これは、
些か、軽率が過ぎると思いませんか?」
「何の証拠があって、俺がそのような意味合いの贈り物をしたと言い切る?
それに彼女は、俺の要望を聞いて買い物に付き合っただけだ」


殿下は徐々にイライラした面持ちで、不躾な質問を続ける男を睨みつける。


「それでは証拠はないと仰るのですか?こちらは、あなた様が買い与えた品と
同様の品を店主の証言の元、ご用意しております」


殿下は、この王妃の側近のニヤけた表情を、さきほどから変わらずに睨んでいる。
その表情が、この側近の男には、主の勝利の確約と思えたのだ。次の瞬間までは。


「その品とは、この指輪のことでしょうか?」


凛とした涼やかな、落ち着いた女性の声が、会議の場に響く。


「あ、、あなたは、、この場を何と心得るか!!」
「申し遅れました。バルグートの娘でルミエールと申します」


この年若い女性は、ルミエールと名乗った。その指には真新しい指輪をしている。


「謀反人の娘が何用ですか?わきまえなさい」


思わぬ人物の登場に、終始、無言を貫いていた王妃殿下が口を開く。
その表情は”まさか”という一語に尽きる。大きく目を見開いたまま、ルミエールから
視線を外すことが出来ないでいる。


「ルミエールは、父上の召喚で王都に参られたのだ。そして、この場にも父上の
指図で参るように言われておる。謀反人などど言う呼び方はご遠慮願いたい」


場の者が一斉に王陛下に視線を移すと、王は軽く首を縦に振る。


「元々は、先のカイユテでのルミエールの功績を賞す為に王都へ召喚したが
共にカイユテで戦った身ゆえ、私からも戦功を賞すという意味合いで、陛下からの
指示で、ルミエールの指輪を購入しただけのこと。その際、恥ずかしい話しだが
女性に贈り物などしたことが無いゆえ、件のご婦人に品物選びの手伝いを
要請しただけだ。その証拠に、私の指にも同じ指輪がある」


そう言って指輪をはめた手を返して見せる。確かに同じ指輪だ。


「い、いや、件の女性にも買い与えたと店主の証言が、、あります!同じものを
2人の女性に買い与えたと言うことでは!」


側近の男は狼狽していた。既に確証めいた物もなく、推測で糾弾している。


「はぁ、、例のご婦人にも確かに品物選びに付き合ってくれた礼として対の指輪を
買ってやったさ?だが、この指輪とはデザインが異なるものだ。おそらく、自分の
恋人に片方を渡すつもりで、対の物を買ったんだろう。なんなら、それを店主を
ここへ呼び出して証言させるか?」


正直もう、この茶番から解放されたい想いで一杯だった。


「し、、しかし、そうだとしても!その女性は解放奴隷だと言うではありませんか!
王太子になる者が、そのよう――
「いい加減にせぬか。如何様な身分の者であっても、等しく我が国の国民だ。
それとも、貴族が奴隷を愛玩目的で買うのは良くて、王子が買い物の付き添いを
頼むのが問題があるとでも言うのか?」


自らの失言に、それを発する前に気づくべきであったが、側近の男は答えに窮し
下を向くしかなかった。


「ルイーセ。先日、この問題は”デタラメ”だと申したはずだぞ?」


そう言って、ルイーセをきつく睨みつける。王妃はまだ信じられないと言う表情で
戸惑いを隠そうと、必死に表情を繕おうとする。


「それを、このように騒ぎ立てて、立太子にまで異論を挟むとはどういうつもりか?
大方、この噂を広めたのもそなたらではないのか?」
「そ、そんなことは、ありませぬ、、、」
「とにかく、この噂は間違いであると立証された、2度とこの件を持ち出すことは
禁ずる。それから、今回の騒動の責を負い、会議への出席を禁ずる。そなたの離宮で
暫く謹慎せよ、愚か者め。次は無いぞ?」


だから言ったであろう?”いつものくだらない遊び”だと。王はそんな顔をして
王妃を呆れた目をして一瞥すると、すぐ視線をルミエールに移した。


「この度、そなたを召喚したのは、さきほどサンが申したように先の戦功を賞し
そなたの父の爵位と領地を授けるためだ」


ルミエラは、半ば信じられないという想いで陛下を見ていた。

なにしろ、彼女の父は国と王に反逆した謀反人だからだ。
まさか、こんな用向きで王都に呼ばれるとは思っていなかったのだ。




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作者です!

昨日、1話しか更新できなかった分を、この36話で充当します。
本日分は別に、本編2話+閑話1話で更新する予定です(`ω´)キリッ

因みに『曖昧模糊』は、”あいまいもこ”と読み、物事がハッキリせず
不明瞭なさまのことを言います。たしかそんなかんじ。。

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