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第3章『女王陛下と剣聖』

第61話「辺境への旅⑥…欲の皮」

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「へい! らっしゃい!!」

「よう! オークの旦那」

 クラウスの露店にあのフロキが顔を出していた。
 この村を仕切っているチンピラで、クラウスの依頼でプリシラの行方を探している事になっている。
 今日も上納金と捜索費用の徴収にやって来ていた。
 ただ、今日はいつもと様子が違っていた。

「あ、フロキさん。どうも!」

 クラウスの中では、フロキは頼れる顔役のような存在になっていた。
 まさかずっと騙されたままだとは、毛ほども思っていない。

「いい知らせがあるんだ。あんたの娘が見つかったかもしれないぜ」

 無意識だろうが、フロキは胡散臭さ満点の顔をしている。
 顔なじみで無ければ、この顔つきだけでも人を遠ざける。
 そんな感じの嫌な表情をして、クラウスにプリシラが見つかったと報告をした。

「お、おお……本当ですか?」

 ここ数か月ずっと探していたのだ。
 思わずフロキに掴み掛かろうとする衝動を、クラウスはとっさに抑えていた。

「ああ、今度は間違いねえ。やっと見つけたぜ……」

「あ、ああ……! 経費……金は足りていますか! 幾らでも払いますから!!」

 このクラウスの台詞には、フロキも忍び笑いを堪えらこらえれなかった。
 大声を出して笑い飛ばしてやりたい。
 フロキはそういう風に思いながらも、用件を口にしはじめた。

「ああ、あんたの所に顔を出したのも、経費が不足してきたからなんだ」

「は、はい! じゃ、じゃあ―――」

 露店の売り上げを渡そうとしたが、フロキはそれを制して、こう言ってきた。

「いやいや、旦那。それじゃちょっとな……」

「ええと、じゃあ家に戻れば蓄えが……」

「金貨で2千枚だ。揃えられるか?」

 吹っ掛けるにも程がある。
 フロキはとんでもない金額を要求してきた。

「そ、そんなには……」

 こう言うのがやっとだった。
 余りにも法外すぎてクラウスは考えがまとまらなかった。
 どう対応をすればいいのか見当もつかない。

 クラウスが王だったときならともかく、今の彼に金貨2千枚はハードルが高すぎた。

 だが、フロキは金貨2千枚相当の資産を奪い取ろうと狙っている。
 少なくともこのチンピラには、クラウスには、その程度の財産があると踏んでいた。
 今日はそれを根こそぎ奪おうとやってきたわけだ。

「現金では無理だろうな。でも……あるだろ? 相応の物がよ」

「え……?」

 クラウスには思い当たるものは無かった。

 当然だ。

 彼の財産は蓄えた金銭だけなのだから。
 それと強いて言うなら、頭のニラと胸毛のドリアンくらいだろう。

「おいおい。娘の命が掛かってるんだぜ?」

 フロキの表情が徐々に険しくなってきている。
 さっさと話を進めて大金をせしめたいのに、イライラさせるなと心の中ではそう思っている。
 しかし、フロキにしてもここは正念場だった。
 上手くやれれば一発逆転できる。人生の勝ち組になれると、このチンピラは必死に自分を抑えているのだ。

「ど、どういう事ですか……!」

 『命に関わる』などと言われれば必死にもなる。クラウスは、思わず声を荒げて大声を張り上げた。

 周囲の露店の主や村人たちは、『またフロキかよ』と、そんな目で見つめている。フロキの悪評は皆が知る所だが、かと言って迂闊に逆らえる相手でもない。
 村人や行商人たちは見て見ぬふりをしているのだ。
 皆がクラウスが騙されていると知っていた。

「気持ちは分かるが騒ぐな。いいか? あんたの娘が人買いに連れられて他国に売られるんだよ。それを買い戻すのに大金がいるんだ」

「そ、そんな……で、でも金貨2千枚なんて……」

「今日中にとは言わねえよ。でも急がねえと娘がどうなっても知らねえぜ? 三日後にまた来るから金を用意しておくんだな」

 それだけ言うとフロキは足早に去って行った。

 残されたクラウスは、ただ茫然ぼうぜんとするしか無かった。
 クラウスの手持ちは金貨が数枚あるだけだ。
 定期的にフロキがやってきては、やれ上納金だとか、プリシラの捜索費用だとか言っては、売り上げをごっそり巻き上げていく。

(クレールに相談するしかない。今更こんな事を頼めるものではないが……恥を忍んで話を聞いてもらうしか……)

 何より娘の命が懸かっているから。
 クラウスは引き換えに何を失おうとも、プリシラを助けたいと思っている。

 その為にクレールに打ち明ける決意を固めていた。





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悪者はやっつけないと(´ー+`)

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