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深夜のラジオ局
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──よりによってバイト先に忘れ物するなんて……。
スマホの充電器がないことに歌穂が気が付いたのは、友達と外食して喋りにしゃべり倒して喉も枯れたので、家に帰ってきたまさにそのタイミングだった。
「明日でもいいかな」と思いかけて、歌穂はぶんぶんと首を横に振る。ダメ、絶対にダメだ。
だって既に手元のスマホの電池材料はわずか二パーセント。このところ歌穂のスマホは急に電池が減るようになってしまった。思えば使い始めて年数が経っているから、電池も消耗してへたっているのだ。
「仕方ない! 取りに行こう」
歌穂は気を取り直して、脱いだコートを再び羽織る。残り二パーセントでは明日の朝のアラームにも使えないし、緊急の連絡が入らないとも限らない。
しかも友達とすっかり話が弾んで遅くなってしまい、もう電車はない。自転車でバイト先に向かうしか道はなかった。
「やれやれ……」
自分が悪いのはわかっている。でもため息が出てしまう。まだシャワーを浴びて寝るだけ、というところで気付かなくてよかったけど。
しかし時計を確かめると、深夜一時を過ぎていた。
──わ、さすがにちょっと遅すぎるかな。
バイト先の上司に確認しようかと思ったが、電話やメールをするにも遅すぎる時間だ。
「ちょっとだけ行って、すぐ帰ろう」
幸い、バイト先までは自転車を飛ばせば五分ほどでいける。歌穂は気持ちを奮い立たせて玄関を出た。
歌穂のバイト先はFMラジオ局だった。
大学に入学してしばらくした頃、大学の先輩から「FMわかば」で学生アルバイトを募集していることを教えてもらった。放送研究会に所属する先輩は、卒業生でラジオ番組の制作会社に勤める先輩と知り合いであり、先輩の先輩を通して情報を得たのだった。
歌穂は放送研究会には所属していない。だが筋金入りのラジオ好きである。
普段は積極的なタイプではない歌穂も、その情報を聞くと居ても立ってもいられなくなり、それほど親しくもない先輩に自分から聞きに行った。
「どうしたら働けますか? 私……ラジオが大好きなんです!」
歌穂の勢いにやや圧された先輩に連絡先を教えてもらったがすぐにはつながらず、迷った末に直接その場で局の代表番号に電話をかけた。我ながらそのときの情熱と瞬発力は、とても自分のものとは思えない。
そして電話の後で面接をしてもらえることとなり、めでたく働くことが決まったのだった。ラジオ局、ということもあって歌穂の他にも応募はあったようだ。だが歌穂が見事にその職を得られた理由は「ラジオをよく聴いていて、なおかつ度胸がある」だと後で聞いた。
──確かにラジオはよく聴いてるけどね……。
もっと「君のここがよかった!」というような前向きな採用理由が欲しいと思う歌穂だったが、まあ無事に希望のアルバイトが決まっただけで御の字だ。
現在歌穂は、ラジオのオンエアで使うCDを整理し、管理するという「CD資料室」で週に三回ほど働いている。
憧れの番組を放送するスタジオがすぐ目の前にあり、喋り手であるDJたちが普通に出勤してくるのだ。贅沢すぎる環境に、歌穂はにやにや笑いが止まらない日々だった。
「FMわかば」はたくさんのオフィスが入っている高層ビルの中にある。セキュリティもしっかりしているし、ビル内も常時警備員さんがいてくれて安心だ。
しかし時計を見ると深夜二時近い。スタジオは二十四時間立ち入り可能だけれど、この時間には生放送はないと記憶していた。事前収録した番組が流され、ミキサーと呼ばれる人たちや技術関係のごく限られた人間しかスタジオ周辺にはいないはずだった。
アルバイトとは言え関係者の歌穂は、スタジオパスを渡されているので基本的にいつでも自由に出入りできる。
「ここで働くようになってもうすぐ半年だけど、こんなに遅くにスタジオに入ったことないなぁ……」
──ちょっと緊張する。
誰かに出くわしたら「忘れ物を取りに来た」と正直に言うつもりだった。しかし面識のない人が夜間にはいて、立ち入ったことを怒られる可能性だってある。
──無事に充電器を取って帰れますように。
そう思いながら、歌穂はスタジオのフロアに辿り着き、廊下を歩いた。スタジオは昼夜を問わず明かりがつけられ、扉の近くまで来ると番組の音声が漏れ聞こえる。
「おや」と歌穂は思わず足を止めた。この時間は音楽を中心とした、パーソナリティのおしゃべりなどはあまり入らないミックスプログラムのはずなのに???
歌穂が耳にしたのは、ハイテンションな男性の声だった。聞き覚えはないが、清潔感のある声だ、と歌穂は思った。
スマホの充電器がないことに歌穂が気が付いたのは、友達と外食して喋りにしゃべり倒して喉も枯れたので、家に帰ってきたまさにそのタイミングだった。
「明日でもいいかな」と思いかけて、歌穂はぶんぶんと首を横に振る。ダメ、絶対にダメだ。
だって既に手元のスマホの電池材料はわずか二パーセント。このところ歌穂のスマホは急に電池が減るようになってしまった。思えば使い始めて年数が経っているから、電池も消耗してへたっているのだ。
「仕方ない! 取りに行こう」
歌穂は気を取り直して、脱いだコートを再び羽織る。残り二パーセントでは明日の朝のアラームにも使えないし、緊急の連絡が入らないとも限らない。
しかも友達とすっかり話が弾んで遅くなってしまい、もう電車はない。自転車でバイト先に向かうしか道はなかった。
「やれやれ……」
自分が悪いのはわかっている。でもため息が出てしまう。まだシャワーを浴びて寝るだけ、というところで気付かなくてよかったけど。
しかし時計を確かめると、深夜一時を過ぎていた。
──わ、さすがにちょっと遅すぎるかな。
バイト先の上司に確認しようかと思ったが、電話やメールをするにも遅すぎる時間だ。
「ちょっとだけ行って、すぐ帰ろう」
幸い、バイト先までは自転車を飛ばせば五分ほどでいける。歌穂は気持ちを奮い立たせて玄関を出た。
歌穂のバイト先はFMラジオ局だった。
大学に入学してしばらくした頃、大学の先輩から「FMわかば」で学生アルバイトを募集していることを教えてもらった。放送研究会に所属する先輩は、卒業生でラジオ番組の制作会社に勤める先輩と知り合いであり、先輩の先輩を通して情報を得たのだった。
歌穂は放送研究会には所属していない。だが筋金入りのラジオ好きである。
普段は積極的なタイプではない歌穂も、その情報を聞くと居ても立ってもいられなくなり、それほど親しくもない先輩に自分から聞きに行った。
「どうしたら働けますか? 私……ラジオが大好きなんです!」
歌穂の勢いにやや圧された先輩に連絡先を教えてもらったがすぐにはつながらず、迷った末に直接その場で局の代表番号に電話をかけた。我ながらそのときの情熱と瞬発力は、とても自分のものとは思えない。
そして電話の後で面接をしてもらえることとなり、めでたく働くことが決まったのだった。ラジオ局、ということもあって歌穂の他にも応募はあったようだ。だが歌穂が見事にその職を得られた理由は「ラジオをよく聴いていて、なおかつ度胸がある」だと後で聞いた。
──確かにラジオはよく聴いてるけどね……。
もっと「君のここがよかった!」というような前向きな採用理由が欲しいと思う歌穂だったが、まあ無事に希望のアルバイトが決まっただけで御の字だ。
現在歌穂は、ラジオのオンエアで使うCDを整理し、管理するという「CD資料室」で週に三回ほど働いている。
憧れの番組を放送するスタジオがすぐ目の前にあり、喋り手であるDJたちが普通に出勤してくるのだ。贅沢すぎる環境に、歌穂はにやにや笑いが止まらない日々だった。
「FMわかば」はたくさんのオフィスが入っている高層ビルの中にある。セキュリティもしっかりしているし、ビル内も常時警備員さんがいてくれて安心だ。
しかし時計を見ると深夜二時近い。スタジオは二十四時間立ち入り可能だけれど、この時間には生放送はないと記憶していた。事前収録した番組が流され、ミキサーと呼ばれる人たちや技術関係のごく限られた人間しかスタジオ周辺にはいないはずだった。
アルバイトとは言え関係者の歌穂は、スタジオパスを渡されているので基本的にいつでも自由に出入りできる。
「ここで働くようになってもうすぐ半年だけど、こんなに遅くにスタジオに入ったことないなぁ……」
──ちょっと緊張する。
誰かに出くわしたら「忘れ物を取りに来た」と正直に言うつもりだった。しかし面識のない人が夜間にはいて、立ち入ったことを怒られる可能性だってある。
──無事に充電器を取って帰れますように。
そう思いながら、歌穂はスタジオのフロアに辿り着き、廊下を歩いた。スタジオは昼夜を問わず明かりがつけられ、扉の近くまで来ると番組の音声が漏れ聞こえる。
「おや」と歌穂は思わず足を止めた。この時間は音楽を中心とした、パーソナリティのおしゃべりなどはあまり入らないミックスプログラムのはずなのに???
歌穂が耳にしたのは、ハイテンションな男性の声だった。聞き覚えはないが、清潔感のある声だ、と歌穂は思った。
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