あなた、破壊神の素質がありますよ

あつしじゅん

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あなた、破壊神の素質がありますよ

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「神(じん)ちゃん、いつも通りお金ちょーだい」
 都内の高校の薄汚れた男子トイレ。俺の前に俺と同じ灰色のブレザーをだらしなく着崩した、リーゼントと金髪の馬鹿面がいる。俺とは、容姿も性格も何もかもが正反対の忌むべき存在。
 いつもなら、すごすごとなけなしの小遣いを渡してしまうが、昨日から俺は変わっていた。
「カスども、一日中小便器でも舐めてろ」
 俺がそう言うと、ニヤニヤしてた二人の顔色が変わり、俺を殴ろうとモーションを起こそうとする。だが、二人の体は、俺の目の前で反転し、小便器へとまっしぐらに向かっていく。
「ちょ、おい! どうなっぶっ」
 社会の汚物どもは、それに似つかわしく、小便器へと顔を突っ込んだ。
「どうせそんなに金は持っていないんだろうが、少しでも返してもらうぞ」
 そう言って俺は馬鹿Aのポケットから財布を抜き取ろうとする。すると、Aは俺の手を掴み抵抗する。
「てめー、ふざけんじゃ……」
「カスどもの両腕の骨、粉砕せよ」
 俺がそう言うと、二人のゴミの両腕がだらんと垂れ下がる。
「何だこれよ! 痛い痛い!」
 便器に顔を突っ込みながら、腕を垂れて喚く二人に続けて言う。
「黙って舐めろ」
 俺がそう言うと二人は沈黙し、自分の仕事に戻った。俺は黙って財布から金だけ抜き取って戻す。
 そこへ、さらに没個性な不良仲間三人が入ってきて、目を点にして“妖怪便器舐め”を見ている。
 そこで俺は、すかさずその三人にも命令を下す。
「下半身裸になって四つん這いなり、輪になってお互いの肛門に鼻を突っ込んでその場を回れ」
 三人は俺の命令に従い、汚いメリーゴーラウンドを形成する。そして、そいつらからも金を回収する。
 取られた金はこんなもんじゃないが、取り敢えず気分は良い。そんな気分上々の俺の後ろから声がする。
「ボゴンザ様。お戯れはこれぐらいにして、そろそろ長老と願の元へ参りましょう」
 いつの間にか金髪ロングで緑眼、淡く光る純白のドレスを纏った人物がいた。彼女は再生の女神ヒーリンという正真正銘の神様だ。普段は人目に映らないように姿を消しているのだった。
「わかっている。ただ、この力にもう少し慣れたくてさ」
「そうですか。しかし、このような雑魚では練習にもならないでしょう」
 微笑みながら答えるヒーリンに俺は返す。
「ま、意趣返しの面が大きいが、大雑把な指示でも力が発動することがわかったし、一応得るものはあったよ」
「左様でございますか、それは良いことでございます。しかしながら、もう時間でございます」
 俺はスマホを取り出して時間を確認すると、トイレの窓へ向かい解錠して開き、宙に浮き、外へ飛び立った。

 
「あなた、破壊神の素質がありますよ」
 学校をサボって土手で不貞腐れて寝転んでいた俺に、不意にヤバイ言葉が降ってきた。目をつむったままやり過ごそうかと思ったが、荒んでいた心が俺のまぶたを開かせた。
 そこには、年の頃なら二十歳前後とおぼしき、黒縁メガネに黒のパンツスーツの怜悧な表情の女性が微笑を浮かべていた。
「今なんて言いましたかね?」
 俺は身を起こしながら女性に聞く。女性は、長い薄茶色の髪を一度かきあげると、真面目な顔で再度答える。
「破壊神の素質があります。どうでしょう?」
「いや、どうでしょうと言われましても……」
 俺はすぐ立ち上がって逃走できるように、足を折りたたみ、右手を地面につける。
「その死んだ魚のような目を見てわかりました。あなたは、日々人間関係に悩まされていますね?」
「大抵の人間は何らかの人間関係に悩んでいると思いますけど」
 そう答えながら俺は、半身を女性と逆方向に徐々に向けて、いよいよ逃走の態勢に入る。すると、いつの間にか逆サイドにも金髪緑眼の美女が微笑んで座っていた。そして、その美女が勝手に自己紹介をしてくる。
「妾の名は、再生の女神ヒーリン。そなたこそ求めていた器」
 俺は後方にダッシュする。草と土を蹴立て、なりふり構わず遁走する。だが、いつの間にか眼前に自称女神が立っている。
「何でだ!」
 俺は目の前の女神と、さっき女神が座っていた土手を交互に見る。どうやら同一人物らしい。
「逆にそなたに問おう。なぜ逃げると……」
「どうかしている女二人に挟まれて、逃げない理由がねーよ!」
 そこへ、もう一人の女がゆっくり歩いてくる。
「名前は神強(じん・つよし)。容姿中庸、学業不振。18歳で父母兄妹の五人暮らし。兄妹ともに優秀で父母からは比較され家庭に居場所がなく、学校でもいじめられている。悪魔でも何でもいいから、こんな世界を滅ぼしてほしいと願っている」
 全て正しかった。だからこそ、こんなやばいストーカーじみた奴らからいち早く逃げたかった。だが、一つ気になったことがあった。
「なぜ俺が世界の滅びを願っていることを知っている。誰かに言った覚えはないぞ」
 自慢じゃないが、友達といえる存在はいない。彼女なんて都市伝説だと思っている。
「全ては、破壊神ゴゴゴ死ボコンザ様のお導きです」
 メガネが謎のワードを口にする。
「……今なんて?」
「ゴゴゴ死ボコンザ様のお導きです」
 アスファルトを蹴り、鬼の形相で逃げる。ただひたすらに逃げる。そして、なぜか前に金髪緑眼ドレスがいる。
「何でだよ!」
「妾は再生の女神。人間ごときが逃げることあたわず」
「女神様のセリフじゃないだろ」
 だが、こいつが普通ではない事はわかった。そして、もう片方は一応人間であろうこともわかった。
「ハーハー、ま、待ってください」
 メガネが死にそうな顔で追いついてきた。
「で、俺はどうなるんだ? ゴゴゴなんとかの生贄にでもなるのか?」
 俺がやけくそで答えると、一瞬曇った表情をした女神が口を開く。
「いや、そなた自身が破壊神になるのじゃ」
 一人で得心いったと頷く女神に、俺は呆然と間抜けに一言返すことしかできなかった。
「は?」
「あなた自身が破壊神になるのです」
 女神と同じことを繰り返すメガネ
「いや、それは聞こえてる。具体的にどうなるんだと聞いている」
 なぜかその怪しい誘いに惹かれている自分がいた。
「全てを破壊、消滅、操縦する力がそなたのものとなる」
 女神が厳かに宣うと、まだ息を切らせている女も続ける。
「ハー、その通りです。ハー、気に食わないやつに仕返しし放題です。ハー、それと私は波目津願(はめつ・ねがい)といいます。以後よろしくお願いしますハー」
「あんたは息整えてから喋れ。あと、ついでに自己紹介するな。つーか、目的は何だ?」
 俺は女神にやけくそ気味に聞く。
「新しい世界を創るために、破壊の力が必要となったのじゃ。若くして腐っているその精神は素晴らしい素質。そなたこそ、その命にふさわしい器」
「なるほど、さっぱりわからん」
「では、決まりじゃな」
 女神が俺の手を引く。
「いや、どこに決まりの要素があった?」
 俺はそう言いながらも、女神に引かれるがままにされていた。


 そこは、今にも崩れそうなアパートの一室だった。蹴ればすぐ壊せそうな色あせたドアの上に“暗黒破壊神ゴゴゴ死ボゴンザ様を崇拝する邪教団”と、三行に分けてマジックで手書きした紙がガムテで貼り付けてあった。
「やっぱり帰っていいですか?」
 人生に投げやりな俺も、さすがにこれはないと思った。自分たちで邪教団と名乗っているのもすごいし、だいたい漢字の“死”が、カタカナの途中に急に入っているのも気持ち悪い。だが、それを言い終わる前に二人は、俺の脇に腕を差し込み、警察に連行される犯罪者のような体勢を取っていた。
 中に入ると、薄暗い部屋の古びた畳の上に、チョークで直接五芒星を何十にもずらした魔法陣が描かれていた。それを取り囲むようにローソクが均等に並べられている。安普請だが、一応それっぽいと感じる。そしてその横では、謎の白く長いヒゲを生やした老人が、パイプ椅子に座り、立派な木製の杖をつき、小さな頷きを繰り返していた。額に長老とマジックで殴り書いてあるので長老なのだろう。
「では中へ」
 願が俺に、多重五芒星の真中へ行くよう促す。一本しかない逃げ道は、女神様が立ちふさがっている。
 俺は、毒を食らわば皿までといった心境でそこへ踏み出す。すると、足元が赤く光りだした。
「やはり、妾の目に狂いはなかった」
 ヒーリンは、そう言いながら魔法陣に近づき、おもむろに謎の踊りを周囲で始めた。それに習って、願もマジックポイントが減らされそうな踊りを始める。その踊りが激しくなるに連れて、赤い輝きが強くなる。その輝きに触れると、弾かれた感覚があった。どうやら、ここから出られないようだった。
「何これ?」
 諦観の念に支配された俺は、独りごちるとその場にあぐらをかいた。途中、隣の住人から壁ドン(恋愛関係じゃないやつ)が何度もあったが、踊りは飽きるほど長く続き、船を漕ぎ始めた時、突然赤い光が俺の中に収束した。
「再臨おめでとうございます、ボゴンザ様」
 願が恭しく俺にかしずく。
「ボゴンザ様、お初に御目に掛かります。女神ヒーリンでございます」
 ヒーリンも恭しい挨拶を俺にしてくる。忘れていた長老も、何がいいのかわからないが頷いている。
 それにしても“ゴゴゴ死”の部分を全然言わないなと思いながら俺は聞く。
「何も変わってないけど」
 俺は自分の手足体と見ていくが、特に変化は見られない。
「これを破壊するイメージをしてみてください」
 願が豚の貯金箱を手に乗せて言う。
 俺は言われるままに貯金箱が爆砕するイメージを浮かべる。すると、その通りに貯金箱は跡形もなく吹き飛んだ。ちなみに中身はない。
「補足ですが、言葉でも破壊、消滅、操縦の力は発動します」
 願の説明を聞いて、これは便利な力を手に入れたと俺はほくそ笑んでいたが、何かマイナス点はないか気になった。
「何かデメリットはないのか?」
 ヒーリンが、微笑みながら答える。
「暗黒神の加護で、災厄に見舞われやすくなります。ただ、それも全て破壊すれば良いことです」
「嫌な予感がするが、取り敢えずまあいいや。で、これからどうするんだ?」
「数日後、異世界征服を開始します。準備までお待ち下さい」
 最初に言っていた新しい世界とはそういうことなのかと、俺は勝手に納得した。ただ、単純な疑問があった。
「地球ではないのか? なぜわざわざ異世界に?」
「地球は空気も汚く、征服に値しません。もっときれいな世界を全異世界征服の礎とします」
「全?」
「全です」
 途方も無いことを言い出した女神に目眩を覚えたが、俺はこの世界で暮らすよりましと割り切って頷いた。
「それまでは、自由にそのお力をお試しください」
 二人、いや三人が首を縦にふる。
 こうして俺は、破壊神一年生となった。


「遅いですよ、ボゴンザ様、ヒーリン様」
 すっかり破壊神の名で呼ばれるようになった俺は、願と長老に軽く手を上げて挨拶を返す。
 場所はやはり、夕暮れのボロアパートの一室。一昨日来たときと人も物も変わらないが、一つ大きな変化があった。
 件の魔法陣の上に、薄いかまぼこを縦に引き伸ばした形の、虹色に輝く物質が出現していた。
 俺は一昨日の話から、これについての推察はついていた。
「これが異世界への扉?」
「話が早くて助かります」
 願が笑顔で首肯する。
「早速参りましょう」
 後ろのヒーリンが、俺の背中を押してくる。
「準備とかないのか?」
「ないです」
 何か雰囲気が変わったヒーリンに押されるがまま、手を振る願と、頷く長老に見送られ、俺はその扉をくぐった。


 そこは、鬱蒼とした森の中だった。確かに空気は綺麗かもしれないが、対象がいないんでは征服のしようもない。
「二人は来ないんだな」
「二人は戦力にはなりませんから」
「しかし、人気がないけど、相手はちゃんといるのか?」
「ちゃんといます。ボゴンザ様の相手には大分不足ではありますが……と、言ってる先からお迎えがきたようです」
 ガチャガチャと鎧の音を立てて現れたのは、人型だが明らかに人間ではなかった。
 人間の二倍はあるオークが三人、部下のゴブリンたち多数。少なくとも地球上にはいない、ファンタジー世界の住人だった。
「おー、リアルにいるんだな」
「ええ、汚らしいですわ。それに臭い」
 そこで、オークの一人が臭い口を開く。
「なぜ、奴隷が放たれている?」
 そこで俺は一つの疑問を抱いたので、ヒーリンに説明を求める。
「なんか、言葉がわかるんだが……」
「神であらせられるボゴンザ様は、全ての言葉を解するのは当然の理」
「そんなもんか。んで、奴隷がどうしたって、豚野郎ちゃん?」
 どうやらこの世界では、人間は奴隷扱いされているらしいことを悟った俺は、わざと挑発的な態度を取る。すると、あおり運転をする頭の足りない輩のように、すぐにオークの一人が怒り狂って叫んだ。
「男は粉微塵にしろ。女は遊んだあと食うぞ!」
 そう叫ぶと、オークAが俺にでかい棍棒を振り下ろしてくる。棍棒は、狙い違わず俺の頭にヒットするが、同時に棍棒とオークが爆砕した。これは、攻撃されると勝手に発動する、神罰によるカウンターだという。ダメージを受けなかったのは、単純に神を他の生物が傷つけることはできないという絶対のルールによるものらしい。超チートである。
 原型を留めず一瞬でやられた仲間を見て、軍団に躊躇が生まれていた。俺も攻撃に移ろうとするが、俺の脳裏に一瞬、魔物だが人型の者を殺すことはどうだろうかと浮かぶ(さっきのはカウンターで勝手に発動したものなのでノーカウント)。だが、さらに別の俺が俺に問いかける。
(人間をいいようにいたぶり殺している連中に手加減がいるか? いらないだろう?)
「消滅せよ」
 気づくと俺は、存在を否定する言葉を発していた。その言葉通り、装備すら残さず敵の集団は消え去っていた。


 森から出ると、遠くの山の上に西欧風の城が見えた。他に行く所もなさそうなので、そこへ行くことになったが。
「遠いな」
 俺の愚痴にヒーリンが、今更何をと言った顔で答える。
「今まで行った事がある場所、目に見える所なら瞬時に移動できます。あそこまで移動したイメージをしてください。
「まじかよ」
 なんでもありだなと思いながらもその指導に従う。すると、ヒーリンが言った通りに城の前に移動できた。
 しかし、日中にもかかわらず城門は閉じられており、オークの守衛が二人暇そうに佇んでいた。
「ここもモンスターの城なんだな」
「ええ、この世界では人間は奴隷ですから。実際、今も城中では人間が酷い目にあっております」
 二人で話をしていると、こちらに気づいたオークが下卑た笑みをヒーリンに向けつつ歩いてくる。
 俺は俺をいじめていた不良たちを思い出し、胸糞悪くなり、唾を吐き捨て呟く。
「消えろ」
 二匹の存在は無かったことになった。続いて、邪魔な城門を破壊する。
「派手に吹き飛べ」
 俺がそう言うと、城門は大きな破裂音を轟かせ、粉々に飛び散った。ゆっくりと城門をくぐった俺たちに、何事かと多数のモンスターたちが集まってくる。その先頭に立っていた、城門より高い背を持つサイクロプスが口を開く。
「お前らか、城門を破壊したのは?」
「だとしたら何だ、唐変木……いや、ウドの大木か」
 俺の挑発に、サイクロプスはすぐさま激怒し、青い体を赤く変色させ、持っていたでかい棍棒を俺に振り下ろす。しかし、デジャヴュのごとく棍棒、サイクロプスともに吹き飛び、汚い雨を周囲に降らせた。
 それを見た多くのモンスターは、恐怖に怯え、あるいは起こったことに理解が及ばず呆然としていた。だが、その中で一匹だけが堂々とした足取りで前に進み出た。
「お前、ただの奴隷ではないな? だが、魔神シュグダニバドゥ様が誇る四天王が一人……」
「首よ絞まれ」
 俺がそうひと声かけてやると、偉そうな金色のガーゴイルのようなモンスターが首を抑えて苦しみだした。
「ちょ、ま」
 そのままガーゴイルブロスは、名乗ることなく窒息して倒れた。それを目の当たりにした軍勢は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「全員消え失せろ」
 俺がそう言うと、ガーゴイルも含めた軍勢全ての存在が抹消された。
 邪魔者のいなくなった無人の城を、俺とヒーリンが悠然と歩く。魔王になったような気分だ……破壊神だけど。
 城に入り、頑丈そうな扉を破壊すると、謁見の間へと出た。赤い絨毯が敷かれ、その先の豪奢な椅子に、金の冠をかぶり、意匠を凝らした金の刺繍が入っている赤ローブを着ている偉そうなスケルトンが鎮座していた。
「私を、四天王最凶と恐れられる……」
「砕け散れ」
 俺が一言言うと、四天王最凶の名無しの権兵衛さんは、単なるカルシウムとして床に転がった。張り合いがないと思いながらも玉座に進み、残っていたローブを投げ捨て座った。
「いかかですか、玉座は?」
 ヒーリンの問に、俺は一言答える。
「相手が弱すぎて張り合いがない」
「ふふふ、いずれ強敵が現れるでしょう。その時までの我慢です」
「そんなもんかね。城内でも見て回るか」
 暇な俺は、城を見て回り、最終的に地下に下りた。


 暗い地下では、上で起こったことを知らないモンスターたちが、人間や亜人の奴隷を老若男女問わず蹂躙していた。
 怒りを覚えた俺は、すぐにそれを言葉にする。
「モンスター共、捻り切れろ。そして消えろ」
 モンスターたちは、その場で上半身と下半身が逆に動き続け、最後には真っ二つとなり転がり、消えた。
 人間たちは呆然としていたが、正気に戻った何人かは俺に礼を言った。だが、心身ともに壊れているものが多く、中にはすでに息絶えているものもいた。そこで俺は、今更ながらヒーリンにある確認をする。
「そういえば再生の女神だったよね? 彼らをもとに戻せるのか?」
「勿論です」
「精神の傷も?」
「当然です。死んだ者も、寿命以外の死因であれば復活が可能です」
「そうか、頼んでいいか?」
「ボゴンザ様が仰られるのでしたら従います」
 ヒーリンが、物足らなさそうに俺の顔を見つめる。俺は真意を測りかね、黙って踵を返し玉座に向かった。

 
 その後俺は、モンスターを殺しに殺した。日に日に残酷になっていった。だが、いつしかそれが悦楽へと変わっていた。それを見たヒーリンは、しきりに俺のことを褒めた。それでこそ破壊神だと。そして、心には破壊神が常駐し、体も赤っぽく変色していた。そして、強敵が登場する。


「ここが、魔神シュグダニバドゥの居城のようです」
 ヒーリンが、暗雲立ち込める敵の城を見上げる。今まで落とした城のどれよりも巨大な城だった。
「面倒だから、城ごと破壊するか」
 いつもなら俺の言うことに賛同するヒーリンが、首を横に振る。
「おそらく無理です。敵は我々と同じ神格。神が造った物や本人にはお言葉や魔法は効かないかと……」
 俺は動揺を悟られないように、平静を装いながら問う。
「なら、どうすればいい?」
「物理攻撃ならば、お互い有効です」
「殴り合えと?」
「端的に言えばそうです」
 まさか今更こんなことになるとは思わなかった俺は、久しぶりに足が震えてきた。もちろん武者震いではない。単純に恐怖によるものだ。
「参りましょう」
 いつもより強引なヒーリンに続き、俺は渋々中へと進んだ。


 モンスター達は、いつも通り弱かった。何人目だか分からない四天王も、いつも通り名乗る前に殺した。城内は、モンスター達の断末魔が響き、床はその血で河となった。
 そしていよいよ、おどろおどろしい骸骨がデザインされている扉の前、つまり主の間へとたどり着いた。しかし、扉を開けた先の玉座にいたのは、詰め襟の制服を着用している、俺と変わらぬ年頃の少年だった。そいつは覇気のある面構えをしていてガタイも良かった。だが、体全体がどす黒く変色している。
「お前、人間だよな?」
 俺がストレートに問う。
「お前もな。俺は、シュグダニバドゥこと力道魁(りきどうかい)っていうんだよろしく」
 聞き覚えがある名前だった。確か格闘技の世界で有望な若手選手だったが、騒動に巻き込まれ居場所を失ったとい記憶がある。
「俺は、神強だ」
 不敵な笑みを浮かべながら、力道がゆっくり立ち上がる。
「随分好き勝手やってくれているのは聞いている」
「それはお前もだろう。なぜ、人間を目の敵にしている?」
 力道は、一息ついて口を開く。
「単純な話だ、人間が嫌いだからだ。お前は何しに来た?」
「この世界を征服に来た」
 その答えを聞いた力道は、爆笑しながら答える。
「お前、騙されてるよ。その女に」
「どういうことだ?」
「俺もそいつから魔神の力を得て、この世界を征服した」
 俺は横のヒーリンに視線を送る。ヒーリンは婉然と微笑みながら口を開いた。
「そなたらの肉体は、二柱の神を降臨させるための依代に過ぎません。たくさんの生物を殺し、悪しきカルマをため、魔神と破壊神を完全再臨させる。この世を終わらせるための供物のようなもの」
「なぜそんなことをする?」
 端的な俺の問に、ヒーリンは嘲笑いながら返答する。
「そなたらも散々この世の理不尽さを味わったであろう。妾がそういったものがない、完全な世界を創ってゆく。そのために一度破壊し、その後一から創造する」
「んで、俺達はどうすればいいんだ?」
 力道が、こちらへ近づきながら言う。
「依代は壊さねば、神が出れませぬ。予定では、お互いに殴り合ってもらい、お互いを破壊して顕現して貰おうと考えていましたが、その必要もなさそうです。すでに二人とも、悪しきカルマが内から溢れてきておりまする……」
 ヒーリンは、近づいてきた力道に手のひらを向けて言った。
「時は満ちた、顕現せよ」
 力道の胸が弾け、煙が立ち上るように巨大な人影が出現する。それは徐々に実体化し、鎧を着た漆黒の巨人の姿を取る。
 力道は大量に血を流しながら、そのまま倒れ伏した。そして、ヒーリンが俺を見て怒鳴るように言った。
「貴様も壊れよ!」
 次の瞬間、俺の中から重低音の声がした。
(交代だ)
 力道と同じく胸が弾け、煙が立ち上るように、燃え盛る赤い巨人が出現する。俺は他人事のように、死ぬんだなと思い、意識が混濁していく。だがその時、見たことがある姿が急に現れた。
「生き返れ、若者たちよ」
 朗々と響いたその言葉により、致命傷を負った俺と力道が立ち上がる。そして、俺はその人物に尋ねる。
「長老、あんた何者なんだ?」
 あのアパートにいた、ひたすら頷いていた山羊髭の爺さんだった。
 爺さんは、杖を両手でつきながら、柔和な表情で答えた。
「わしゃー、単なる爺さんじゃよ」
 まともに答えようとしない長老に、ヒーリンが胡乱げな眼差しを向けながら言う。
「何かおかしいな翁だと思っていましたが、まさか神の類とは……」
 確かに死んだ人間を生き返すなど、神の御業以外の何物でもない。だが、魔神と破壊神と女神を相手に、爺神と人間二人では対抗のしようもない。
「んで、どうするんだ、こいつら?」
 力道が俺と同じ疑問を持ったようで、爺さんと敵たちを交互に見る。
「そうじゃな、お前たちが招いたことでもあるからな。お前たち自身でかたを付けろ。
 かぐや姫もかくやという無理難題を言う爺さんに、俺が反駁する。
「いやいや、俺達はもう単なる人間だぞ?」
 爺さんは、にかっとすきっ歯を見せながらピースサインをする。
「当然勝てるようにしてやるぞ」
 そう言った爺さんを、ヒーリンが口を抑えながら、優雅に嘲笑する。
「フフフ、どうやったら魔神と破壊神に勝てるのかしら?」
 すると爺さんが、ヒーリンの真似をして、口元を抑えながら言う。
「見てればわかりますことよ。おーほっほっほっ」
 血走った目でガンを飛ばしてくるヒーリンを横目に、爺さんが俺たちを手招きする。そして、手を俺たちの頭の上に乗せ一言。
「お主らは最強になった。神にも勝てる」
 俺たちは、一瞬何言ってるんだこの爺と呆けたが、体内から湧いてくる尋常でない力を感じ取った。
「何だこの力?」
 俺が呟くと、ヒーリンが馬鹿にした口調で言う。
「準備はよろしいかえ?」
 ヒーリンのその声とともに、二柱の神がこちらへ動き出す。見上げるほどの神と、人間の姿のままの俺たち。
「爺さん、本当に大丈夫か?」
 力道が、冷や汗をかきながら確認する。
「オールオッケーじゃぞい」
 軽い口調の爺さんに、一抹の不安を覚えながらも、俺達は敵に向き合う。
「んじゃ、それぞれ禊といくか」
 そう言って力道が魔神と対面する。そして俺は破壊神と対面する。
 力道が口火を切って走り出す。そして、鎧巨人の顎へ大ジャンプ。見事アッパーカットを決め、魔神が後ろに倒れる。
「馬鹿な……神は神にしか傷を負わせられないはず。ましてや、最高位クラスの魔神になど……」
 ヒーリンが焦りを見せながら爺さんを見据える。
「どうやらいけそうだな」
 俺は独りごちると、灼熱の巨人へと走り、力道の真似をしてジャンプしてアッパーを狙う。だが、予期していた破壊神に、空中でハエのようにはたき落とされた。
 考えてみれば、俺はいじめられっ子、力道は格闘技経験者、実戦経験が如実に現れたのだ。
「くそっ!」
 だが、赤い顔で悔しさを滲ませる俺とは対照的に、ヒーリンは青ざめた顔で呟いた。
「破壊神の一撃を受けて無傷じゃと……。長老、あなたの……いや、貴方様の正体は……」
 その問いに爺さんは鷹揚に頷き、ヒーリンの推測を肯定する。すると、ヒーリンは腰が砕けたようにその場に崩れ落ち項垂れた。
 そうこうしているうちに力道の方は、魔神を追い詰めていた。
「ありがとよ。そして……じゃーな!」 
 力道が助走をつけ魔神に突っ込む。魔神は両手でそれを防ごうとするが、その防御も突き抜け力道の体が貫通する。そして魔神は動きを止め、霧のように消えていった。
 それを見た俺も、負けてられないと立ち上がり、破壊神と対面する。
「俺も一応礼を言っておく。弱い者いじめ、楽しかったよ。だが、そんなゴミクズみたいな生活はやめる。お前を倒して!」
 戦い方を知らない俺は、力道を見習って力いっぱい突っ込む。だが、またもやハエたたきが俺を横から襲う。そこへ、力道からのアドヴァイスが飛ぶ。
「手を蹴ろ!」
 俺は言われた通り、破壊神の手を蹴り、その反動で顔面へ拳を掲げて突っ込む。俺は破壊神の額を割裂き、後頭部から飛び出した。そして破壊神は、魔神と同じく霧のようにその存在を消した。
「やったか?」
 俺が言うと、
「お前わかって言ってんだろ? やったよやった。フラグじゃなくて倒したよ」
 力道が半笑いで俺を迎える。
「どうじゃ、楽勝だったじゃろ?」
 爺さんが笑いかける。
「つーか爺さん、ホントあんた何者なんだ?」
 俺が問うたところで、ヒーリンが立ち上がり、爺さんに語りかける。
「妾がなそうとしたことは、間違っていると仰せですか?」
「ま、そうじゃなきゃ、ここまで出張ってこんはな」
 ヒーリンは、渋面を作りながらも頷いた。
「わかりました。ですが、妾は妾なりに世界を正しい方向に導きます」
「好きにせい。だが、目に余る時は……わかるな」
「御意にございます。それでは、御暇させていただきます」
 ヒーリンは、俺達には一顧だにせずその場から消えた。すると、爺さんは俺たちに向き直り、口を開く。
「お主らはこれからどうするんじゃ?」
 俺は、爺さんを見据えて答える。
「色々やり直そうかと思う。取り敢えず大学に行く」
 それを聞いた爺さんは頷き、力道の顔を見据える。
「俺もそうすっかな。やることねーし」
 その返答に爺さんは、溜息を付きつつ言う。
「適当じゃな。まあ取り敢えずでも目標があるのはいいことじゃ。だが、まだ禊は済んでおらんぞい」
 俺たちは目線を合わせて疑問について思考する。
「そりゃそうじゃろ。好き勝手命を奪いおって。当然、原因を取り除いたからと言って、まだまだ大きなマイナスじゃ」
 確かにそれもそうだと頷いた俺は問う。
「どうすればいい?」
「人助けじゃよ。今の力はお主らに預けておく、それで困っている人間や動物を助けてやれ」
「いつまでやるんだ?」
 力道が、訝しげな表情で爺さんに聞く。
「ワシが良いと言うまでじゃ。それと、救えるものを救わなかった場合、罰を与えるぞい」
 俺たちは溜息を付きながらも、今までの行いを思い返し甘受した。
「わかった。従うよ」
 そう言った力道の言葉に俺も首肯する。
「では、頑張れ若者たちよ」
 そう言って、爺さんはその場から消えたのだった。


 予備校の一室。俺と力道が、眠い目をこすりながら板書を取っている。それを書いているのは波目津願だった。願は前からここの講師だったらしい。
 願は俺のこともヒーリンのことも覚えていなかった。どうもヒーリンに操られていただけのようだった。言動もまともで、とても元破壊神崇拝者には見えない。
 そんなことを半眠りで回想していると終業のベルが鳴った。俺も力道も伸びをして、さっさと席を立つ。
「仲いいわね」
 願が俺たちにくたびれた感じで声をかけてくる。やはり、何らかのストレスがあって、そこをヒーリンに付け込まれたのかもしれない。
「つーか、共同戦線って感じです」
 力道が欠伸をしながら返す。
「どういうこと?」
 はてなマークを顔面に張り付かせた願に俺が挨拶をする。
「んじゃ、また明日」
 教室の扉を出ると、俺と力道の目つきが変わる。
「今日はどこを見回る?」
 俺が力道を見据えて言う。
「アメリカで銃乱射したクズが、まだ捕まってないみたいだぞ」
 力道がにやりと笑う。
「知ってると思うが、パスポートなしで別の国行っちゃだめなんだぞ」
 俺が両手を広げたオーバーアクションで、外国人っぽさを演出してみせる。
「こっちにゃ神様のお許しがあるんだ、構うこたぁない」
 力道がオーバーアクションで返してくる。
「まあ、そうだけどさ……毎日海外は気分的に面倒なんだよ」
「一瞬でいけるし、ターゲットもすぐに分かる。疲れることはないだろう」
 実際、神通力でターゲッティングした相手はどこにいようともすぐに見つけられた。
「わかったよ、さっさと一仕事終わらそう」
 そう俺が承諾すると、俺たちはその場から霧のように消えた。
  
                                                (終)






























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