二人の天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー

おこぜの尻尾(浅川立樹)

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プロローグ

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 軽トラはウィンカーをチカチカと点灯させると、私の乗る岩場の真横に車体を止めた。

「おい、そこのヤツ」

 窓から顔を覗かせたのは、奇妙な風体の青年。年齢は私より少し上くらい。

「おい、ここらは熊が出るんだ。徒歩は危険だぞ」
「―――え。熊、ですか?」

 呆気に取られて間抜けな返事をした私を見て、青年は少し困った様な微笑みを浮かべた。

「ああ、ここ二三日前から町内放送でも熊の目撃情報が流されてる。昨日だって近くの民家の干し柿が食われたらしい。そんで庭の木守に飽き足らず、軒先の干し玉葱や唐辛子なんかも咬み千切ってたって話だから余程に腹ペコなんだろうって話だ」
「…………」

「今年は夏の天候のせいで山の実りが少ないみたいだし、まあ、仕方無いと言えばそれまでなんだが」
 なんとも不用心な自分を省みて、私の背中にぞくりと嫌な汗が流れた。
「あの、やっぱりお願いしても」
「ああ、乗ってけ乗ってけ」

 私が車内に乗り込むと、青年は「自分はAだ」と名乗ったので、私達は軽く自己紹介を交わした。
 A青年は、この町出身で普段は地元を離れて大阪の方で暮らしているらしい。
 彼は年末年始や季節の変わり目にだけ、こうして生まれ故郷に帰って来ては、知り合いの山の管理を受け持っているのだと言う。今日はたまたまその帰省の日に当たっていたようで後ろの荷台に用途不明の機材が山と積み込まれていた。
 なんとなく、私はその雑具を見て身分証の代わりとしていたのを覚えている。

「それで…、やっぱり死にに来たのかい」

 この青年の的外れな憶測に、私は苦笑するしかなかった。

 A青年が言うには、この時期、地元の人間でもないのにTシャツにパーカーを羽織っただけで入山する馬鹿はいないらしい。一般的な観光客なら自家用車や駅のタクシーを利用するものだし、熱心な写真愛好家か物好きな登山客くらいといういで立ちでもない。

 要するに、私は不審人物にしか見えなかった。

 無難に言葉を選んでいた青年だったが、横目でジロジロと私の様子を確認していた。

「いえ、単に星見を」
「チッつまらん。心配して損した」

 青年の舌打ちは冗談だった。年齢以上にシニカルな微笑みを浮かべるA青年には、まるで害意や悪意が感じられなかった。普段何の職業についているのかと思ったが、結局この日の疑問が分かったのはもっとずっと後になってからのこと。A青年は天文台までの道すがら、私を退屈させない様に話題を振っては来たが、それも常に一定の距離感を保とうとしていた。

 つかず離れず、踏み込めば逃げられた。

 そんな掴み所の無い受け答えを余所に、ハンドルを右に左に、山道はどこまでも曲がりくねる。自然と車はあまり速度が上がらず、対向車や後続車両がなかったことがもっけの幸いだった。
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