二人の天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー

おこぜの尻尾(浅川立樹)

文字の大きさ
19 / 26
第一章・備州騒乱【天文三年~六年頃(1534年~1537年頃)】

1-2

しおりを挟む
『大森、多いに賑わう』

 更なる領土拡張に燃える経久のもとに届けられた便りの書き出しは短かった。
 
大森とは、石見が誇る大森銀山を指す。後世、世界最大の銀山として知られる銀山群も、当時は開山から十年も経たない若い鉱脈が多く、詳細な埋蔵量は未計測。しかも銀山のある地域一帯で採掘を行う職人達を在地の領主が統轄していた為に、どの勢力もうかつに手出しは出来ずにいた。
 
 それだけではない。

 当時、日本の銀の精錬技術はそれほど発展しておらず、採掘された銀鉱石から直接銀を精錬する為には、膨大な時間と労力を必要とすることを常としていた、はずだった。
 
 ところがこの天文二年、この常識を覆す新技術の確立に成功した人物が日本史に出現している。
 
 その人物の名は、神屋寿禎かみやじゅてい
 
 寿偵は博多の商人。歴史上では、初めて石見の銀山群の本格的な開発に乗り出した人物でもある。
 彼の考案した精錬技術とは、鉛と灰を利用したもので、鉛を用いて銀の抽出を行い、灰によって除鉛作業を繰り返すことで、段階的に純度を上げていく革新的な方法だった。
 
 この画期的な技術は灰吹き法と呼ばれ、旧来の方法より短時間かつ大量に、高純度の銀を精錬することを可能とし、以降六十年間、日本の精錬技術の主流となっていく。寿禎らはこの灰吹き法の試験を終え、昨年秋から大規模な加工施設を大森に整え始めたのだという。
 
 尼子側の間者が、石見の異変に気づいた時には後の祭り。
 大量の銀鉱石が切り出され、銀の精錬が次々に行われ、銀山に設けられた関所から入る税収は以前の何十倍にもなっているだろう、といった内容で書状は締め括られていた。

「……してやられたわ」

 技術漏洩を逃れるために、この情報は限界まで秘されていたに違いない。
 間者の報告には、ごくごく最近の日付が記されていた。
 周防長門の大内氏とは犬猿の仲。大森銀山の所有権を巡って何度も争い続け、現在、銀山は大内氏の手で押さえられている。
 
 ならば、彼らは無尽蔵に近い財源を手に入れたということになる。
 さらに書簡には、三ヵ月前の春風の中、山口港から大陸方向に向けて大きな船が出帆したとも記されていた。
 名目上、大内氏の船団は徳の高い経文を取りに行くとしていたが、実際は貿易を見据えての視察団と見て間違いない。大陸との貿易は、更なる莫大な財産を生み出す源泉となり、日本中で不足している銅銭の供給を見越すものだった。
 
 銭が銭を呼ぶ。銭があれば人も物資も潤う。

 こうなれば、戦線の拡大を続ける意義は無い。
 このまま西の防備を放置していれば、必ず大内氏は尼子軍主力の留守を狙って出雲攻略を画策するに相違ない。金も領地も、あればあるほどに良いと考える大内が出雲侵攻を視野に入れない理由はない。大陸貿易と鉱山による潤沢な資金と、それに伴う兵站の数々。消耗戦に持ち込まれればどちらが先に力尽きるかは明白となる。
 
 圧倒的な物量は、容易く人間の知恵や才覚を凌駕してしまう。
 事態は、尼子家の戦略を根本から覆すほどに深刻だった。
 大内氏の目が大陸へ向いている間に、何かしらの対策を講じなくてはならない。残された時間はなかった。

「…………」

 経久は動揺を悟られぬよう、静かに瞳を閉じる。
 家臣からは、不安げに経久を見つめる視線が集まった。
 これこそが、尼子家の最大の弱点だということを、当主経久自身が誰よりも知っている。
 尼子には、まだ足がない。
 足とは基盤。短期間に急拡大した尼子家は支持基盤が固まっていない。
 諸外国と比較すれば、あくまでも尼子は新興勢力の一つ。始まりの鳥追いの儀から、経久の才を盲目的に信じる国人衆によって尼子家臣団は構成されていた。
 
 それ故、経久は七十を越しても尚、家督を嫡子晴久に譲れずにいた。
 右肩上がりの勢いの間は、例え局所で不利でもあっても彼らは尼子に従ってくれるだろう。例え内部に不満があろうとも、経久は外敵を作り続け、力ずくで家臣達を押さえ込んで来た。

 だが、今回の件で絶対的な不利を悟られれば、彼らがどのような行動を取るかは容易に想像がつく。
 
 思考を巡らせれば、西出雲で未だ続く経久の三男・塩冶興久えんやおきひさの謀反も怪しくなってくる。

 西出雲は、もともと反尼子の気質が高い土地ではあったが、いざ叛乱という際には、出雲大社などを寺社勢力を含めた大規模な一斉蜂起が起きている。一応、大内氏側から経久側への支援はなされたが、裏で二虎競食の計を目論んでいた疑念は晴れない。
 
 石見国に近い三男にも、予め銀山の情報が流されていたのかも知れない。

「…………」

 疑えば疑うほどに、脳内の闇は広がる。一手、情報戦において一手で根底の覆った戦局では、これ以上の戦線の拡大は望ましくない。新たな戦略が整うまでの時間を稼ぐ必要がある。

 ―――それは理解している。

 だが、ここで上洛をも意気込む家臣達を納得させる為に、何かひとつ大きな落とし所が必要となる。
 暫くの沈黙の後、経久は初めて本当の意味での微笑みを浮かべた。

「……紙と筆を用意しろ」

 さらさらと幾つか書状をしたためると、間者達を備前方面へ走らせる。
 この行為の真髄を知り得た者は、古参でもせいぜい数名程度。経久は、一拍置いてから皆を見渡すと、配下の者は、静かに彼の言葉を待った。

「皆、聞け。これまでの皆の働きによって、我らは浦上の頭脳を潰すことが出来る」

 場はどよめいた。一戦も交えずにどうして敵を討つことが出来るのか。問い掛ける者もいたが、その質問を経久は鷹揚な一笑だけを返答とした。

「兵法の極意とは、戦わずして敵に勝つことにある」
「経久さま」
「案ずるな。後はこの場で奴等が瓦解していく様を見ておれば良い」

 静かに経久は踵を返し、視点を先にのみ向ける。彼の思考は遠く出雲を越えていた。

「伝令、ご苦労であった」

 経久の心の漏れ出しに気づいた者は居ない。ただただ、己の守護者にひれ伏した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

影武者の天下盗り

井上シオ
歴史・時代
「影武者が、本物を超えてしまった——」 百姓の男が“信長”を演じ続けた。 やがて彼は、歴史さえ書き換える“もう一人の信長”になる。 貧しい百姓・十兵衛は、織田信長の影武者として拾われた。 戦場で命を賭け、演じ続けた先に待っていたのは――本能寺の変。 炎の中、信長は死に、十兵衛だけが生き残った。 家臣たちは彼を“信長”と信じ、十兵衛もまた“信長として生きる”ことを選ぶ。 偽物だった男が、やがて本物を凌ぐ采配で天下を動かしていく。 「俺が、信長だ」 虚構と真実が交差するとき、“天下を盗る”のは誰か。 時は戦国。 貧しい百姓の青年・十兵衛は、戦火に焼かれた村で家も家族も失い、彷徨っていた。 そんな彼を拾ったのは、天下人・織田信長の家臣団だった。 その驚くべき理由は——「あまりにも、信長様に似ている」から。 歴史そのものを塗り替える——“影武者が本物を超える”成り上がり戦国譚。 (このドラマは史実を基にしたフィクションです)

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

処理中です...