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渡辺津
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気品あふれる美しい青年といえば月並みかもしれない。だが、そうとしか言いようがなかった。色白のほっそりとした顔。賢そうな印象を与える切れ長の目。つんとすました鼻と口。整った眉。
通信は目の前に立つ男を見て、圧倒的な敗北感を覚えた。華奢な男には、葡萄色の洒落た直垂がよく似合っている。
「梶原殿。相変わらずの遅刻癖、なおしたほうが良いですよ」
少し困ったように眉を寄せてはにかむ。それがまた絵になった。
「おれはちゃんとと出迎えるつもりだったんですよ」
景時が烏帽子の上からわしわしと頭をかく。
「こいつ馬の扱いが下手くそで、思ったより進まなかったのよ」
「え」
唐突な景時の言葉に、通信は戸惑った。
「馬の扱いが下手とは。彼はもののふ武士ではないのですか。見た目は強き武者のようですが」
「いや、扱いが下手なのは本当だし、加えて馳射もろくにできねぇし」
景高の追いうちに通信は赤面した。目の前の美しい男に失望されてしまうのではないかと不安になる。それは、いままでに経験したことのない不思議な感覚だった。自分は、この男の素性もなにも知らないのだ。にも関わらず、まるで宿世の縁でもあるかのように、自然と敬う気持ちが湧いてくる。
「平次たちがおかしいんだよ」
通信は唇を尖らせた。
忠員と七郎を先に伊予に帰したあと、通信は景時に連れられて播磨国衙へと赴いた。
そこで通信は、景高をはじめとした景時の息子たちから多くのことを教えられた。
馳射――駆ける馬の背にて弓を扱う技である。坂東のものたちのそれは、自分たちの精度と比べると、もはや曲芸と言っても過言ではない。
的をはずす通信を指さして、景高はげらげらと笑った。そして言うのだ。坂東では武士はみな、これをこなすと。弓矢に対する感覚が、通信とは異なっていた。通信は、いかに力のある矢が放てるかということに重きをおいていたが、景高たちを見ていると、馬上でいかによくこなすか、いかに鋭く狙うか、といった点を重視しているように見えた。
また、馬の扱いかたも通信たちとは違った。坂東のものたちは、馬を愛し、家族のように大切に思っている。それゆえに組みしこうという気性の荒さ、理解しようという優しさもある。通信はいままで、そのような態度で馬に接するひとを見たことがなかった。
彼らにとって馬は、通信にとっての潮なのだ。腑に落ちたのは、つい最近のことだ。
「まあまあ、四郎殿が困ってますから、平次。そのあたりで」
景季が、景高の肩をつかんだ。
「三人張りの強い弓が引けるのは凄いことです」
源太景季――景高の兄だ。痩身の景高とは違い、体格も良く背も高い。しかし、どこかおっとりとした性格であった。短気な景高とは真逆と言ってもいい。
景季は性格とは裏腹に、通信の扱うような強い弓を、いとも簡単に馬上で扱ってみせた。弓矢も相撲も、景季が兄弟や郎等たちのなかでは一番の使い手だ。
そのくせ、まるで傲り高ぶることがない。おそらく自分に自信があるものの余裕だろうと通信は思っていた。しかしどこか、ちぐはぐとしているのである。目元の泣きぼくろなどは、妙になまめかしくすらある。
「兄貴が言うと嫌味にしかならねぇからな」
景高が、景季の手を乱暴に払った。
「そうですね。わたしは強弓を引けませんし」
それまでやりとりを黙って眺めていた男が、くすりと笑った。
「いや、そんなつもりは」
男のひやかしに、景季が慌てたように手を振った。
「四郎殿、というのですか?」
「あの」
「もしや、あなたが、あの河野四郎殿ですか」
「そうよ」
通信がうなずくよりも早く、景時が言った。
「ああ、そういう」
「だから判官殿。ひとまず、いまは屋島を攻めず、三河殿の動きを待ってもらえませんかねぇ」
この男が源義経か――通信は納得した。さきほど通信が男に抱いた感覚は、勘違いではなかった。いわゆる貴種の持つ圧だ。他人の上に立つもののまとう高貴さである。藤戸浦で会った範頼からはあまり感じられなかったが、義経からはそれをはっきりと感じる。
「どういうことです」
「とぼけたって無駄。それと判官殿はおれが三河殿のところにいるからって、ちょっと油断しすぎじゃないですか」
「ふふ、梶原殿は相変わらずだ」
義経が眉を寄せて、ほほえんだ。
「どうせ鎌倉にだって、なにも伝えてないんでしょ」
「梶原殿も今日ここにいることは、鎌倉に伝えていないでしょう」
「あら、ばれた?」
「あの心配性の兄上が、あなたを先鋒からはずすことを許すと思えませんし」
「どうかねぇ。おれの立場は検非違使なんて立派なもんじゃねぇからさ」
「ねえ。あんたたち! あんたらは積もる話があるんだろうけどさ。あたしはどうすればいいのさ!」
場をつんざく女の声に、そこにいるすべての男が海を見た。
直垂姿の年増女が小舟の上に立っている。女は腰に手を当て、頬を膨らませていた。つり上がった目や尖らせた口先――女のくせにみずからが怒っているということを隠そうともしていない。女は通信を見て少し首をかしげたようだった。
「ごめんごめん、浮夏御前さま。別にあなた様を蔑ろにしてたわけじゃないんで」
だれに対しても傲岸不遜な態度をとる景時が、顔の前で手を合わせ恐縮そうに詫びた。
「別にいいんだけど。ひとを呼び出しておいて後まわしにするのはどうなのさ。まあ、梶原殿だからね、いいけど。別に。というか、その前にうちらの舟を泊めさせてもらえます?」
浮夏と呼ばれた女が、不承不承といった様子で景時を睨めつけた。
「あ、そうねぇ。はいはい。気が利かなくてごめんね」
気まずそうに笑った景時が、義経を見る。
「ってことで、いい?」
「断れないじゃないですか、そんなの」
それまで義経の背後で黙っていた地味な男が、渋々といった様子で浮夏を港に導いた。
「立ち話もなんですから、仕切りなおしましょうか」
「ぜひ、そうしましょ。互いに腹んなかに持ってるもん、みせびらかしあいましょうや、判官殿」
景時が顎を跳ねあげた。
通信は目の前に立つ男を見て、圧倒的な敗北感を覚えた。華奢な男には、葡萄色の洒落た直垂がよく似合っている。
「梶原殿。相変わらずの遅刻癖、なおしたほうが良いですよ」
少し困ったように眉を寄せてはにかむ。それがまた絵になった。
「おれはちゃんとと出迎えるつもりだったんですよ」
景時が烏帽子の上からわしわしと頭をかく。
「こいつ馬の扱いが下手くそで、思ったより進まなかったのよ」
「え」
唐突な景時の言葉に、通信は戸惑った。
「馬の扱いが下手とは。彼はもののふ武士ではないのですか。見た目は強き武者のようですが」
「いや、扱いが下手なのは本当だし、加えて馳射もろくにできねぇし」
景高の追いうちに通信は赤面した。目の前の美しい男に失望されてしまうのではないかと不安になる。それは、いままでに経験したことのない不思議な感覚だった。自分は、この男の素性もなにも知らないのだ。にも関わらず、まるで宿世の縁でもあるかのように、自然と敬う気持ちが湧いてくる。
「平次たちがおかしいんだよ」
通信は唇を尖らせた。
忠員と七郎を先に伊予に帰したあと、通信は景時に連れられて播磨国衙へと赴いた。
そこで通信は、景高をはじめとした景時の息子たちから多くのことを教えられた。
馳射――駆ける馬の背にて弓を扱う技である。坂東のものたちのそれは、自分たちの精度と比べると、もはや曲芸と言っても過言ではない。
的をはずす通信を指さして、景高はげらげらと笑った。そして言うのだ。坂東では武士はみな、これをこなすと。弓矢に対する感覚が、通信とは異なっていた。通信は、いかに力のある矢が放てるかということに重きをおいていたが、景高たちを見ていると、馬上でいかによくこなすか、いかに鋭く狙うか、といった点を重視しているように見えた。
また、馬の扱いかたも通信たちとは違った。坂東のものたちは、馬を愛し、家族のように大切に思っている。それゆえに組みしこうという気性の荒さ、理解しようという優しさもある。通信はいままで、そのような態度で馬に接するひとを見たことがなかった。
彼らにとって馬は、通信にとっての潮なのだ。腑に落ちたのは、つい最近のことだ。
「まあまあ、四郎殿が困ってますから、平次。そのあたりで」
景季が、景高の肩をつかんだ。
「三人張りの強い弓が引けるのは凄いことです」
源太景季――景高の兄だ。痩身の景高とは違い、体格も良く背も高い。しかし、どこかおっとりとした性格であった。短気な景高とは真逆と言ってもいい。
景季は性格とは裏腹に、通信の扱うような強い弓を、いとも簡単に馬上で扱ってみせた。弓矢も相撲も、景季が兄弟や郎等たちのなかでは一番の使い手だ。
そのくせ、まるで傲り高ぶることがない。おそらく自分に自信があるものの余裕だろうと通信は思っていた。しかしどこか、ちぐはぐとしているのである。目元の泣きぼくろなどは、妙になまめかしくすらある。
「兄貴が言うと嫌味にしかならねぇからな」
景高が、景季の手を乱暴に払った。
「そうですね。わたしは強弓を引けませんし」
それまでやりとりを黙って眺めていた男が、くすりと笑った。
「いや、そんなつもりは」
男のひやかしに、景季が慌てたように手を振った。
「四郎殿、というのですか?」
「あの」
「もしや、あなたが、あの河野四郎殿ですか」
「そうよ」
通信がうなずくよりも早く、景時が言った。
「ああ、そういう」
「だから判官殿。ひとまず、いまは屋島を攻めず、三河殿の動きを待ってもらえませんかねぇ」
この男が源義経か――通信は納得した。さきほど通信が男に抱いた感覚は、勘違いではなかった。いわゆる貴種の持つ圧だ。他人の上に立つもののまとう高貴さである。藤戸浦で会った範頼からはあまり感じられなかったが、義経からはそれをはっきりと感じる。
「どういうことです」
「とぼけたって無駄。それと判官殿はおれが三河殿のところにいるからって、ちょっと油断しすぎじゃないですか」
「ふふ、梶原殿は相変わらずだ」
義経が眉を寄せて、ほほえんだ。
「どうせ鎌倉にだって、なにも伝えてないんでしょ」
「梶原殿も今日ここにいることは、鎌倉に伝えていないでしょう」
「あら、ばれた?」
「あの心配性の兄上が、あなたを先鋒からはずすことを許すと思えませんし」
「どうかねぇ。おれの立場は検非違使なんて立派なもんじゃねぇからさ」
「ねえ。あんたたち! あんたらは積もる話があるんだろうけどさ。あたしはどうすればいいのさ!」
場をつんざく女の声に、そこにいるすべての男が海を見た。
直垂姿の年増女が小舟の上に立っている。女は腰に手を当て、頬を膨らませていた。つり上がった目や尖らせた口先――女のくせにみずからが怒っているということを隠そうともしていない。女は通信を見て少し首をかしげたようだった。
「ごめんごめん、浮夏御前さま。別にあなた様を蔑ろにしてたわけじゃないんで」
だれに対しても傲岸不遜な態度をとる景時が、顔の前で手を合わせ恐縮そうに詫びた。
「別にいいんだけど。ひとを呼び出しておいて後まわしにするのはどうなのさ。まあ、梶原殿だからね、いいけど。別に。というか、その前にうちらの舟を泊めさせてもらえます?」
浮夏と呼ばれた女が、不承不承といった様子で景時を睨めつけた。
「あ、そうねぇ。はいはい。気が利かなくてごめんね」
気まずそうに笑った景時が、義経を見る。
「ってことで、いい?」
「断れないじゃないですか、そんなの」
それまで義経の背後で黙っていた地味な男が、渋々といった様子で浮夏を港に導いた。
「立ち話もなんですから、仕切りなおしましょうか」
「ぜひ、そうしましょ。互いに腹んなかに持ってるもん、みせびらかしあいましょうや、判官殿」
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