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第20話 小次郎の妹 弥生

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 「若、雪乃さんが・・・」

 屋敷から出て来た小次郎のベントレーの前に、両手を広げて行く手を遮る雪乃がいた。
 
 「しょうがない女だな」

 小次郎はパワーウインドウを下げるとそこから首を出して雪乃を呼んだ。

 「取り敢えず乗りなよ」

 佐伯が後部座席のドアを開けた。

 「どうぞ」
 「ありがとう、佐伯さん」

 雪乃は小次郎の隣に座ったが、クルマは止まったままだった。


 「似合うね、そのネックレス」
 「ありがとう、でもね、これだけじゃイヤなの」
 「欲ばりな女だな?」

 小次郎がニヤリと笑った。

 「小次郎が一緒じゃなきゃイヤ。
 お金もダイヤも何もいらない。私はあなたが欲しいの」

 小次郎はシガレットケースからタバコを取り出すと、銀のオイルライターで火を点けた。
 軽やかなオイルの匂いがKENTの香りで掻き消された。

 「これから俺は出掛けなきゃならない。
 屋敷で待っていてくれ、1時間ほどで戻る」
 「帰って来るまでいつまでも待ってるからね」
 「家政婦なら間に合っているよ」

 すると佐伯はドアを再び開け、雪乃は止む無くクルマを降りた。
 雪乃は時々振り返りながら屋敷へと歩いていった。


 「若、凄い女ですね? 雪乃さんは。
 泣く子も黙る如月組の若のクルマを停めてしまうんですからね? 
 こんなこと、紅虎の佐竹でさえやりませんよ」
 「俺も厄介な女と知り合いになったものだよ。
 出してくれ」
 「へい」

 小次郎を乗せたベントレーはゆっくりと坂道を下って行った。



 屋敷に入ると先日のメイドが雪乃を出迎えた。

 「おはようございます、雪乃さん」
 「あら、この前のかわいいメイドさん、先日は美味しいお紅茶をどうもありがとう」
 「あのマリアージュのマルコポーロは兄のお気に入りなんです。
 特別なお客様にしかお出ししないんですよ」
 「えっ、あなた、小次郎の妹さんなの?」
 「はい、弥生と言います。
 苗字が如月で名前が弥生なんて面白いでしょ?
 私と兄は父は同じですけど母親が違うんです。
 私の母は兄のお母さんが病気で亡くなった後に来た、後妻なんです」
 「そうだったの、知らなくてごめんなさいね。
 あの人、何も教えてくれないから」
 「気にしないで下さい、私、メイドのカッコをするのが好きなんです、かわいいでしょ? このお洋服」
 「お洋服もかわいいけど、弥生ちゃんの方がもっとかわいいわ」
 「雪乃さんって面白い人、美人だし。
 兄が好きになるのも分かる気がする。
 兄が戻ってくるまで雪乃さんのお相手をするように言われたの。
 お茶でもいかか? 私のお部屋で」


 弥生の部屋はピンクとホワイトで統一された部屋だった。
 ぬいぐるみもたくさんあり、ディズニーグッズで部屋は埋め尽くされていた。

 ただ、本棚には難しそうな医学書や洋書がずらりと並んでいた。


 「すごい本の量ね、兄妹で本好きなのね?」
 「兄は法学部でしたけど、私は医学部の3年生なんです」
 「どうしてお医者さんになろうと思ったの?」
 「兄たちを助けるためです。
 ですから一応、外科志望なんです」

 そう言って弥生は悲しそうな顔をした。
 
 雪乃は弥生の淹れてくれた紅茶に口をつけた。
 とても爽やかで奥行きのある味と、数種類のハーブのいい香りがした

 「雪乃さんは兄のどこが好きですか?」
 「全部、全部好き。
 足の先から髪の毛の先まで全部好き」
 「じゃあ私とおんなじですね」
 「弥生ちゃんはブラコンなの?」
 「そうかもしれません。
 私、兄とは20歳も離れているんですよ、だから兄というよりお父さんかな? 若いお父さん。
 小さい頃からよく一緒に遊んでくれました。
 学校の行事はいつも兄が来てくれました。運動会とか入学式とか。
 となるとファザコンかな、私。クスッ」
 
 雪乃と弥生は母と娘のように笑った。

 「私、雪乃さんなら「お姉さん」って呼んでもいいですよ」
 「ありがとう弥生ちゃん。
 私もあなたみたいなかわいい妹が欲しかったの。
 ウチは兄と弟だったから。私が真ん中」
 「えーっ、そうなんですかあー。
 なんだかうれしいなあ。 
 私も欲しかったんです、雪乃さんみたいなお姉ちゃんが」

 雪乃と弥生はすぐに打ち解け、色々なことをおしゃべりした。
 大学の事や芸能人の話など、あっという間に時間が過ぎていった。
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