追放から十年。惰性で生きてきた英雄くずれの私が記憶喪失の少年と出会ったら。

有沢ゆうすけ

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The day before

過去①

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 そこは、寒い寒い雪の降る世界だった。


 その少女は〝異端〟だった。
 燃え盛る焔の如き紅蓮の髪と紅玉の瞳。

 少女の生まれた村は、この大陸の北の果て。雪に覆われた常冬の寒村だった。



 厚い雲が空を閉ざすその場所に陽の光が差すことはなく、実りの糧も無いに等しい。

 温もりを求める子供たちが常に互いに肌を寄せ合う氷原の地。



 そんな厳しい環境に生きる村人たちにとって、焔とは生きるために不可欠なものであり、そして何よりも神聖にして不可侵なモノだった。



 故に彼らは焔の如き〝あか〟を身に宿す少女を不遜とし、異端だと断じた。


 偽火にせび忌火いみび


 そう蔑まれ、罵倒される日々。
 幼いその身に日常的に振るわれる暴力。



 そんな少女の世界を壊したのは、神でも英雄でもなく一体の魔獣だった。


 少女を蔑んできた村人たちに等しく落とされる死の鉄槌。
 家屋を壊し、村を焼き、人々を貪り喰らう地獄絵図。


 そんな中で、異端と断じられた少女だけが逃げ延びることができたのは、皮肉と言うしかないだろう。


 けれど、そんな幸運も長くは続かない。

 忌み嫌われてきた少女に頼れる者はなく、行く宛てもない。この極寒の地で生き残る術を幼い少女は持たなかった。


 やがて体力は底をつき、少女は冷たい雪の大地に倒れ伏す。


 一面に広がるのは一切の穢れを赦さぬ、残酷なまでに美しい白銀の世界。

 仰向けに見上げた空は灰色の雲に覆われていて、ひどく息が詰まった。





 ―――ここが、わたしの「生」の果て………。




 誰にも望まれず、誰からも愛されることはない。

 与えられたものは侮蔑と嘲笑のみで、最期はここで、誰にも知られることなく、たった独りでひっそりと息を引き取る。




 ―――いや、だ。




 ……許せなかった。悔しかった。

 何もできない自分が。
 何一つこの世に残せない無意味なこの生が、少女はただ、悔しかった。



 だから、少女は空に向かい、その手を伸ばす。



 神様に祈ったわけじゃない。そんな存在モノこの世のどこにも在りはしない。



 けれど。



 それでも、何かを――誰かを求めたのだ。



 自分がここにいることを知ってほしくて、肯定してほしくて。



 ここに居ていいんだよ、と。

 自分に笑いかけてくれる〝誰か〟が、この世界のどこかにいると、そう信じたかった。



 そして、少女が力尽き、その手が落ちる寸前。







 少女の視界が―――光に包まれた。







 ―――――え?





 少女は茫然と声を上げる。

 目を覆うほどの眩い光の正体は焔だった。


 その焔は黄金だった。
 その焔は暖かかった。
 その焔は〝本物〟だった。



 黄金の焔はあらゆる生命を凍てつかせる白の地獄を一瞬にして焼き祓い、雲を越え、遠い空の果てに暁の光を描き出す。



 それは、絶望の中にいた少女が初めて見る陽の光。



 どこまでも眩しくて、どこまでも偉大で、そして―――とても美しい。





 ――――うあ、あ………。





 その光景を、少女は一生忘れることはないだろう。



 胸を震わせるのは、自身の存在さえ揺るがす情動。

 涙が頬を伝う。

 己の感情が未だ凍てついていないことに少女は驚いた。



 そして―――





「―――強いな、お前は」





 それは、少女が見てきた中で誰よりも奇麗な存在ヒトだった。



 少女の前に現れたのは黄金の剣を携えた一人の青年。



 輝く金糸の髪に、穏やかな眼差し。柔らかい端正な顔立ちでありながらも、しかし儚さは感じない。

 透きとおるような美しい蒼穹の瞳の中に、確かな強さがあったから。



 青年は膝をつき、聖痕が刻まれた右手で少女の手を優しく包みこむ。



「こんなにも冷たくて、こんなにも残酷な世界で、それでもお前は諦めないんだな」



 お前は強いな、とそう微笑む青年に、それは違う、と少女は思う。



 自分は弱い。どうしようもなく。



 愛が欲しくて、温もりが欲しくて、優しさが欲しくて――いつだって自分はねだってばかりで、手に入れられたモノなんて何もなくて。



 それでも、繋いでくれたこの掌の温かさがどうしようもなく嬉しくて、涙が止まらなかった。



「俺と一緒に来ないか? つらいことも苦しいことも、きっと沢山あると思う。それでも、独りにはしない。これから先は俺がお前を守る」





 〝―――それだけは約束するよ〟





 優しい、優しいその笑顔。



 答えなど、決まっている。
 喉が震える。
 声を出せないことがひどく、もどかしかった。



 涙でクシャクシャになった顔で少女はコクコクと首肯する。



 欲しくて欲しくてたまらなかったモノが目の前にある。それに手を伸ばすことに、何の躊躇があろうか。





「よし。じゃあ今から俺たちは――〝家族〟だな」





 そう言って、青年は少女を優しく抱え上げる。





 冷たい雪が融け、春が芽吹く。









 ―――少女のセカイに光が満ちた。







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