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3rd day

宣言

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「「―――ッ⁉」」


 突然割り込んできた声に、ミリアリアとウェルズリーが、ぎくり、と身体を竦ませた。

 ミリアリアは後ろを振り仰ぐ。
 

「――団長ッ⁉ どうしてここに⁉」


 キースはボリボリと面倒そうに頭を掻いて、


「別に。アウローラの嬢ちゃんとそこの坊主には少しばかり嫌な思いさせちまったからな。詫び代わりにメシでも奢ってやろうかと思ってよ……それより、こりゃ一体何の騒ぎだ、エイベル。少し目を離した隙に何やらおかしな事態になってんじゃねえか」


 そう言ってキースはミリアリアとソラを一瞥すると、顔を青白くさせているウェルズリーに視線を向ける。

 そこでキースは大まかな流れを察し、白けたように、ちっ、と舌打ちした。


「なんだ、阿保らしい。そういうことかよ。エイベル……てめえ、いつまで部下の手綱も握れてねえんだ、あ?」

「はっ! も、申し訳ありません!」


 ミリアリアは即座にその場で跪き、頭を垂れる。

 それからキースはウェルズリーを、ぎろり、と睨みつけた。


「てめえもだ、ウェルズリー。てめえが今の立ち位置に不満があるのは知っている。だが、ここは組織だ。力があるヤツが上に行くようにできてんだよ。文句があるなら、てめえが上だと実力で証明してみせろや」

「……も、申し訳ありません」


 射殺すような眼光に、ウェルズリーは脂汗を垂らしながら謝罪する。キースはそれで興味を失ったとばかりに、ソラへと視線を移した。


「さて……悪かったな、坊主。クソ下らん理由で迷惑をかけた。この件は一つ貸しにしておく。お前さんにしてみれば不服かもしれねえが、今回はそれで―――」

「――不服ですね」


 ぴしゃり、とソラがキースの言葉を遮った。あまりにも予想外の切り返しにミリアリアはぎょっと顔を強張らせる。

 キースは目を丸くさせ、それから面白そうに口元を吊り上げた。


「本当にはっきりモノを言う坊主だな。俺が頭を下げたくらいじゃ足りねえってのか?」

「足りませんね。貴方の謝罪なんか正直どうでもいい。でも、そいつがミリーさんに言った言葉だけは今ここで撤回させてください」


 双眸に怒りを湛えてソラはウェルズリーを睨みつける。

 ミリアリアは宥めるようにソラに声をかけた。


「……ソラ君、気遣ってくれるのは嬉しいけど、私のことならいいから。ね?」

「よくないよ。ミリーさんが何も言い返さなかった理由はなんとなく解るよ。でも、知り合いが馬鹿にされたままで黙ってられるほど僕は大人じゃないんだ」


 ソラはウェルズリーに視線を合わせたまま答える。

 キースは、ふむ、と煙管を揺らして問いかけた。


ウェルズリーソイツはエイベルに何て言ったんだ?」

「『仲間を見捨てて逃げた臆病者』」

「……ああ、やっぱりその話か。だがな、坊主。そいつは全くの的外れってわけでもねえぞ? あの事件でエイベルのいた部隊は全滅した。経緯はどうあれ、それは事実だ。俺も別にエイベルが仲間を見捨てて逃げたなんて思っちゃいねえが、お前さんがそれを否定する根拠はなんだ?」

「根拠なんかありません。僕はその時起きたことに何も関わってないし、何も知らないから――でも、それはその人だって同じだろ?」


 撃った腕はいまだに痛みを訴えている。

 本能は目の前の相手が格上だと叫んでいる。

 それでも、ソラは拳を握ってそれらを無理矢理押さえつけて、言った。


「たとえ事実がどうだったとしても、少なくともアンタにミリーさんを責める資格なんてない――取り消せよ、さっきの言葉」

「……貴様、」


 ウェルズリーは不快気に眼を眇める。

 強い、意志の込められた瞳だった。

 あまりにも純粋なその眼差しに、キースは口元に苦い笑みを浮かべる。


「なるほどな。つまり、お前さんは理屈も根拠もなく、ただ感情に従って格上相手に喧嘩を売ってるわけだ。賢い選択とは言えねえな。その生き方、いつか後悔するぜ」

「なら、罪悪感だけ抱えて、ずっと下を向いて生きていくのが賢い生き方だって言うんですか?」


 その言葉に、キースが眼を見開く。

 ソラが一歩前に踏み出す。

 吐き出す言葉には知らず熱が籠っていた。


「そもそも生き残ったことの何が悪い? 生きたいと願うことの何が悪い? 死んだミリーさんの仲間が何を思って死んでいったのかなんて誰にも分からないけど……それでも僕は、大切な人には生きててほしいと思うよ。笑っててほしいと思うよ。会ったのは昨日が初めてで、ミリーさんのことなんてほとんど何も知らないけど、僕はミリーさんが生きてて良かったって心から思うよ」


 そう思うのは決して自分だけではないだろう。

 出会った時間は短いけれど、それでもミリアリアが優しく思いやりのある人だということはすぐに分かった。

 なのに、そんなミリアリアの為人ひととなりを何一つ見ようとしないで、ただミリアリアを貶めるためだけに、その過去を自分の都合の良いように解釈して悪様に罵る。

 ソラにはそれが許せなかった。


「起きたことは消せない。でも、ミリーさんはつらい過去を乗り越えるために今も戦っている最中だ。そんな人を馬鹿にされて黙っているなんて出来ない。格上だろうと何だろうと、いつか後悔するとしても、今ここで動かないことで後悔するなんて僕は御免だ」


 だから取り消せ、と。

 挑むようにソラはウェルズリーを見据えた。


 どこまでも真っ直ぐな想いがキースの心に突き刺さる。

 
 そして、



「――く、ははッ、ははははははははははははははははははッ‼」




 突如、キースが豪笑した。

 沸き立つ感情を抑えることができず、高らかに。

 その豪笑は錬武場全体へと響き渡り、ミリアリアが、ウェルズリーが、その場にいた全員が言葉を失った。


 キースはまじまじとソラを見つめる。

 なるほど。この少年は誰かのために戦うことができるのか。

 だが、それは愚者の生き方だ。

 たとえ目の前で誰が倒れ、誰が傷つこうとも、自分ではない誰かの事であればそれでいい。弱いくせに他人を助けるなど、愚か者のすることだ。

 強者に阿り、見て見ぬふりをすることが賢い生き方、賢い処世術。


 けれど、この少年は自らの身を危険に晒してでも、そんな愚かな生き方を選ぶというのか。


「ふっ、くっくっ!」


 止まらない笑いに総身が震える。

 胸の内に高鳴る高揚感。

 ここまで感情が揺さぶられることなど一体何年ぶりだろうか。


 なるほど。あのセリア=クルス=アークレイが気に入ったというのも頷ける。

 ここに来て初めて、キースは目の前の小さな少年に興味を抱いた。


「――『後悔しない生き方なんてない。それでも、その魂に恥じぬ生き様を』、か。まったく、未来ってのは本当に分かんねえもんだな。まさか十年も経って、こんな小僧からその言葉を思い出させてもらうことになるとは思わなかったぜ」


 くく、と肩を揺らしながらキースは観覧席の壁に足をかける。そしてそこから一息に階下へと跳躍した。

 ズシン! と大地を揺らすような着地音。

 キースは堂々とアリーナの中央へと進み出る。

 突如乱入してきたキースに周囲が一気にざわめいた。



「さあッ! てめえらよく聞けッ! これより第六分隊所属ウェルズリーと異邦の客人ソラとの名誉と誇りを懸けた〝決闘〟を執り行う! この場にいるてめえら全員が証人だッ! 大いに沸きやがれ――――ッ‼」


 キースの大音声での宣言。

 その快活な声に練武場が一瞬静寂に包まれる。


 しかし次の瞬間、その静寂は騎士たちの歓声によって一気に塗り潰された。



 



「――下りてこいよ、坊主。この俺に向かってあれだけの啖呵を切ったんだ。お前さんの生き様、とくと見せてもらおうじゃねえか」













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