灰色狐と猪娘

海水

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4 ホントにブレねえなあ

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 ブローディは気を失ったカミラを膝の上に乗せ、目覚めるまでその場を動かなかった。馬車の中にカミラを寝かせてブローディが御者になる選択もあったが、跳ねた衝撃で床に転がっては可哀想だと考えた末、目が覚めるのを待っているのだ。
 ブローディは口ではああいったものの、カミラには激甘だった。

「……んにゅー、ぶろーでぃさまー、だんでぃーでありますー。白髪まじりのそのろまんすぐれーがたまらないでありますー」
「遠回しに年寄りって言いたいのかよ」

 ぐふふふと笑いながら謎の寝言を発するカミラを見つめ、ブローディは苦笑した。

「……起きてんじゃねえだろうなぁ?」

 だが、だらしなく緩んだ顔ですやすやと眠るカミラに、苦笑していたブローディの頬も緩んでいく。
 ブローディは、なんだかんだでカミラのことは悪く思ってなどいない。隙あらば押し倒そうと考えてしまう程度にはブローディはむっつりな男であった。

「おとなしくしてりゃ良いとこからの縁談だってくるんだろうに、なんでまた騎士になんてなったんだか……」

 ブローディは同期であるカミラの父親のエンドーサ男爵のことを頭に浮かべ、大きく息を吐いた。
 騎士は基本的に男の仕事である。腕力もあるがその任務上、野営、徹夜など女性に不向きな環境に置かれることが多い。
 故に騎士団もほぼ男で占められており、出自も平民が多数だ。

 だがカミラは十六歳で成人するとすぐに騎士団に入団した。

 そんな男の職場である騎士団で、カミラは決して生易しくない女性騎士を、七年間も頑張って勤めあげていた。
 貴族令嬢にも関わらず真面目なカミラは視界が狭く突進型だが王族や他国の姫の護衛としてかなり重宝されていた。
 平民出身の女性騎士は他にもいるが、礼儀作法を躾けられている貴族令嬢の騎士はまずいなかったからだ。

「他国じゃ地味眼鏡に隠されたナイズバディ美人騎士で有名だったからなぁ。退団したって情報が広まったらどうなるんだか。まぁ、首になった俺には関係ないことだな」
 
 カミラはブローディの後を追うように退団していた。ついでに親公認の家出でブローディの屋敷に転がり込んできたのだ。そして家令とすり合わせをしていたかのようにズルズルと今に至る。

「ぐへへへ、ぶろーでぃーしゃまーだいしゅきですー」

 寝言なのか心の言葉が駄々洩れなのか、カミラはにへらーと緩んだ顔で笑っている。その顔は二十三歳とは思えぬ幼さだ。
 その顔を見たブローディはふぅと溜息をつく。

「ホント、起きねえな」

 うしししと奇妙に笑うカミラにブローディの脳裏にはある言葉が甦る。

 一回寝ちゃうと、なかなか起きないんですよー。

 遅刻の常習犯であるカミラが過去に言い訳をした際の言葉だ。一旦寝てしまうと余程でない限り起きないらしい。
 カミラはお淑やかという言葉が裸足で逃げ出したような猪娘だ。

「こんな締まりのない令嬢の顔なんて、そうそうお目にかかれねえよな」
「……見ていいのはブローディ様だけであります」

 ブローディの独り言に腕の中から返事が返ってきた。ブローディは、どことなく頬を赤く染めているカミラを無言で見つめた。

「お前、起きてんだろ?」
「ぐーすやすや」

 あからさまな寝たふりをするカミラの様子に、引きつり気味のブローディのこめかみが生き物のように脈動した。

「……コノヤロ」

 右手を静かにカミラの額に近づけたブローディは思い切りデコピンを食らわせた。




 既に日も落ち、辺りが闇に包まれる中、ブローディは野営の準備をしていた。街道から少し離れた林の中に馬車を隠した。その馬車の前に焚火を設置し、護身用に愛用の剣と弓矢を取り出した。
 
「ったく、お前のせいで野宿だぞ」

 ブローディは馬車を牽く愛馬を近くの木に繋ぎながら愚痴る。カミラがデコピンを五発も耐えている間に陽が傾き始めており、次の予定の街に辿り着く前に日没となってしまった。
 夜道を強行する事も出来たが、そこまでして街へ行かなければならない急ぎの旅ではなかったから野営を選択したのだ。

「ブローディ様の腕の中があまりにも心地よかったであります!」

 買っておいた鶏肉を焚火で焼く準備をしているカミラがにこやかに返答してきた。ブローディは間髪入れず「悪びれもしねえのか」と突っ込む。

「夢心地で危うく魂が抜けて逝ってしまうところでありました!」

 カミラがデコピンで赤く晴れた額をものともせぬ一点の曇りもない笑顔を向けてくる。まぎれもない本心なのだろうがブローディは顔を顰めた。

「そんなんで死なれちゃ困る」

 焚火に向かい歩くブローディがぼそりと呟いた。

「そ、それは、愛の告白でありますか!」

 黒い瞳を輝かせカミラが胸の前で両手を組むお祈りのポーズをするが、ブローディはその残念な答えに項垂れるしかなかった。
 カミラの向かいにブローディは腰かけ、焚火の炎でオレンジに染まるカミラを見据えた。

「……知り合いに腕の良い医者がいる。一回診て貰え」
 
 ブローディの言葉に、カミラの黒い瞳は更に輝きだす。

「妊娠検査でありますか!」
「そのおかしな思考をする頭を診て貰えと! そもそもお前を抱いてねえだろ!」

 ブローディは眉間に寄せくる皺を指で解しながらツッコミを入れた。カミラと会話をするたびに眉間の皺が増える気がしてならない。

「流石に初めてがこんな場所では……馬車の中とはいえ恥ずかしいであります! しかし、ブローディ様の為ならば、頑張るであります!」
「あぁ、お前はそーゆー奴だったな……」
「褒められると、照れるであります」

 焚火に負けないほど頬を赤く染め嬉し恥かしと身をよじるカミラを他所に、膝をついたブローディはゴツンと地面に額を打ち付けた。

 


 質素な食事も終わり、紅茶を嗜みながら明日の行程の話をした後。焚火を挟んでブローディとカミラは向かい合って座っていた。
 虫の音と木の爆ぜる音しかしない暗闇に囲まれている中で、二人には静かな時が流れていた。

「なぁカミラ」
「はい旦那様、って痛たぁ!」

 既成事実化しようと試みるカミラに対しブローディは細い葉のついた枝で軽く頭を叩いた。カミラが癖の強い黒髪の乱れを手櫛で整えながら口を尖らせる。

「ダーリン、が良かったでありますか?」
「訂正する方向が斜め上過ぎる! お前、ホントにブレねえな」
「お褒めにあずかり、天にも昇る気持ちであります!」
「褒めてねえから……」

 嬉しそうにはにかむカミラを見たブローディは、もう怒る気にもなれなかった。こうも真っすぐに想いをぶつけてこられると避けるのも気が引けてくる。
 ブローディはカミラの頭を叩いた枝を焚火に投げ込んだ。爆ぜる音が響く短い沈黙の後、カミラがブローディを上目遣いで見てきた。

「こうやって野営をしていると、ブローディ様と遠征の訓練をした時を思い出すであります。あの時幸せだったであります」

 カミラがカップを両手で持ち、にっこりと微笑む。焚火の炎を反射している地味眼鏡の奥の黒い瞳は嬉しそうに細くなっていた。
 瞬間、その笑顔に見入ってしまったブローディだがコホンと咳払いで誤魔化した。

「あぁ、お前が騎士団に入った年だったな。あれからもう七年も経つ。時が経つのは早いな」
「もう七年であります。でもあっという間の七年だったであります」

 上目遣いのカミラが両手で持ったカップを啜った。

「……そーいやお前が騎士になった理由って教えて貰ってねえよな」
「えへへ、恥ずかしくって言えないであります」

 貴族令嬢がわざわざ騎士になりに来るなど騎士団の歴史の中でもかなり特異な出来事だった。ブローディとしても何で騎士なんかになりたかったのか聞いてきたが、その都度カミラははぐらかすか走って逃げだしていたのだ。

「もう騎士でも無いんだったら言えるんじゃねえのか?」
「夫婦間にも隠し事は必要であります!」
「はぁ、もういいや……」
「あ、あ、言うであります、聞いて欲しいであります」 

 伏せ目がちのカミラが、恥ずかしそうに小さな声で語り始めた。
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