プリン、丑三つ時に死す。〜地理教師は化学がお好き〜

海水

文字の大きさ
6 / 10

第六話 天才とアレとは紙一重

しおりを挟む
 どっぷりと日も暮れて夜が「こんにちは」して来た逢魔が刻。良人と源蔵は化学倶楽部のボロプレハブにいた。
 女の子という理由で紅葉は帰宅させられた。これは源蔵が言い出した事だが、真面な事も言うのだ、と良人は感心した。
 思考回路がメビウスの輪を通り越してエッシャーの世界にまで遠足している源蔵についていくためには脳内のCPUをクロックアップして向こう側にいかないと会話もままならない、と観念していた良人だったが、彼の事をコンマ数ミクロンだけ見直したのだ。
 これは画期的かつ世界遺産に登録しても許される程の暴挙だと思われる。一日は二十四時間だが一時間で三十時間くらい戦えるのではないかと錯覚するくらいだった。

「ふむ、腹が減ったな」

 パイプ椅子にもたれ掛かっている源蔵が口を尖らせた。暴君は空腹でご立腹のようだ。

「そのプリンは食べちゃダメですよ」

 テーブルの上には対生物探知レーダーと化した哀れなプリンがぷるるんと身をよじらせている。
 た・べ・て・とおねだりする美人局の微笑みの様に食欲をそそらせる。

「分っている。それを食べたら地軸が三度傾く程度のささやかさの巨大爆発が起きてしまう。一日が一日で無くなってしまうかもしれない」

 源蔵は銀のスプーンを片手にアル中患者の如く腕を震わせている。禁断症状の表れだろうか、と良人は危ぶんだ。

「さらっと地球の危機発言は困りますね。僕は明日が来てほしいです」

 ギシアンと喘ぐパイプ椅子の上で、良人は体育座りで膝を抱えた。
 ちょぴりセンチな気分が味わえる、お得な座り方だ。

「明けない夜は無いと言われているが、白夜がある地域では昇らない太陽もあるんだ。極夜きょくやという」
「先生って化学が得意なんですよね?」
「教えているのは地理だぞ?」

 スプーン片手に震えている源蔵がふふっとニヒルに笑った。
 今この瞬間だけ切り取れば、源蔵はごく普通の科学が好きな地理教員だ。
 良人はそう感じた。

「行きすぎて向こう側に行っちゃって戻る気も無くなるくらいな狂化学者マッドケミストかと思ってたんですけど、意外ちゃんと地理教師なんですね」
「天才とアレとは紙一重ということだ」

 源蔵と会話が成り立っている現在が、良人にはおかしく感じた。
 そのうち入り口の扉が開いて正義の変身仮面ヒーローが乗り込んできても正当防衛の名のもとに全てをプリンに染めかねない狂化学者マッドケミストが相手なのに、だ。

「……狂化学者マッドケミストはどっち側ですか?」

 ふいにそんな考えが頭をよぎり、良人はつい口に出してしまった。

「全てを抱擁する化学に境界線など無い」
マッドも向こう側で楽しく暮らしている逝っちゃったヤバイ犯罪者も御同輩ってことですね」
「良人君にしては上手いこと言うな」

 いつの間にか暗くなった部室に源蔵の迫力ある声が木霊し始めた。日光という天然の暖房器具の入らない冬は人間に厳しい。
 たとえ服で重装備にしようとも、足元から冷気は無遠慮に這い上がってくるのだ。まるでアザトースだ。

「先生、聞きそびれましたけど、このプリンは生命体から発する電磁波を感知するんですよね?」
「電子レンジには及ばないがね」
「及んだら困ります」

 コンビニ弁当を手に持ったらチンできると考えれば有用かもしれないけどあちこちで電磁波がバチバチ喧嘩してたらその内ビッグバンでも起きちゃって時間がリセットされちゃうかもしれない。そんな事態が起きれば紅葉とはお別れになってしまう。それは嫌だ。
 良人はそんなくだらない事に頭の大部分のメモリーをつぎ込んでいた。
 そんな良人など眼中に置かない源蔵が説明を続ける。

「地球にはシューマン共振呼ばれる共振周波数というモノがあるんだ。地球上の生物はこのシューマン共振のなかで生きててね、人間のリラックスしたときの脳波のα波は、この周波数と同じ8Hzなんだよ」
「え! 人間電子レンジですか!?」
「電子レンジから離れたまえ」

 源蔵が「まったく」とこぼす声を、良人はオーバーワークの頭でぼんやりと聞いていた。体育座りを支えるパイプ椅子がギシアンと嬌声を漏らす。

「電子レンジの磁場で加速されたメビウスの輪はトリプルアクセルを華麗に決めた鶏によって虚無の彼方に葬られてしまったんですよね?」

 唸りをあげて回転するHDD並の処理速度しか持たない良人の脳みそが焼けつく寸前までガッツで持ちこたえているせいで完膚無き程に辻褄が合わない呪詛を捻りだしている。

「カーネルおじさんの職を奪うと第七艦隊から苦情が来るぞ」
「電子レンジで人間ポンしたらポップコー――」
「そこまでにしておかないと倫理警察に捕まってしまう!」

 良人の頭のてっぺんから一条の煙が吹き出す。諸行無常の鐘の音が鳴り響き、源蔵のデコピンが良人の脂汗の噴きだす小さな額に炸裂する。

「あぁ、空が青い」

 源蔵によってシャットダウンさせられた良人は無駄な情報を排出する為にきっかり十秒間真っ白な灰になってから再起動した。
 ブルースクリーンから解放され、生まれ変わったかのような清々しさに良人は体育座りを解除し、立ち上がる。

「生きてるって拷問ですけど、深く考えなければブラボーですね」
「哲学っぽく語っているが、意味は無いな」

 源蔵は暗くなった部屋を明るくすべく、照明スイッチを押した。




 明るくなった部屋に善意の石油ストーブが投入され、冷戦もかくやという空気を暖め始めた。

「よく考えれば、あの注射器の中の液体に含まれているナノマシンじゃ素粒子を弄るなんてできないと思うんですけど」

 要らない情報を消去されたメモリの様に快調に動作する良人の頭は、源蔵が述べる狂化学者マッドケミストの理論の隙を突いた。
 最も小さい物質であるはずの素粒子を、それよりも大きなナノマシンがいじれる道理は無いのだ。

「ナノマシンは対生物探知レーダーにするための機械だ。一子相伝の秘術で生み出された液体が物質を変化させ、それを原材料として機械を練成するのだ」

 照明をつけるために立ち上がったままの源蔵が汚いエプロンのポッケに手を入れた。
 そしてまたあの注射剤アンプルを取り出した。

「これが我が一族が狂化学者マッドケミストたる証拠だ」

 プリンを食べる時よりも真剣な顔の源蔵が、その注射剤アンプルを翳してきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...