王配は18歳

海水

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【3】襲いかかった18歳

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 狼の群れは森を駆けていた。その数、千匹。いくつかの集団に分かれて下草の中に見を隠しながらトバイアス王国兵に近づいていった。牡鹿の群れもやはりいくつかに分かれ、狼の集団の間にまとまっている。
 その頃トバイアス王国軍は散発的に遭遇する熊に手こずっていた。森ゆえに小隊規模でしか行動できないところに熊数匹と鉢合わせするのだ。しかも必ず横から不意打ちを喰らっていた。
 兵士達の武装は基本的に槍である。小さめの盾を背中に背負い、腰には短剣を帯剣していた。兵士達は槍を繰り出し熊を遠ざけようとするが、そこに木の上から猿が拳大の石を投擲してくる。思わず腕で頭を隠すが、その隙を熊に襲われた。鎧を着ていようが衝撃は体にくる。雄叫びを上げ襲う熊の筋力で兵士達は殴り飛ばされ、次々と沈黙していった。そしてその哀れな兵士達は、熊に引きずられ、彼らの食事となるのだ。
 兵士達の悲鳴が森に轟く中、狼が合間を潜り、前線部隊へと切り込んでいく。狼の素早い動きに翻弄され、また複数に襲われ、歩兵は大地に倒れていった。
 弓兵が狼に狙いをつけているその横っ面を牡鹿が突進してい、薙ぎ倒した。中には矢が刺さり、倒れる牡鹿や狼が出るが、彼ら決して止まらない。レナードの怒りが乗り移ったかのように、躊躇なく兵士に突撃していった。
 千匹の狼に襲われた部隊は、ほどなくして全滅した。倒れた兵士は、狼に食事を提供することとなる。
 獣の群れは、分散して進軍する敵軍を一つ一つ潰していった。
 獣に襲われた兵士達の戦意は落ちていく一方だった。彼らは人間と戦いに来たのであって、獣と戦うためにここにいるのではない。しかも獣は連携していた。常識では考えられない状況に、逃げ出す兵士が後を絶たなかった。
 トバイアス王国軍の前線が崩壊し、獣たちは本陣へと殺到した。数の力で完全に包囲したのだ。獣の数は、数千匹にまで膨らんでいた。
 実のところ、レナードがゴンドール女王国にくる際に、本国の獣たちの半数ほどを引き連れてきていた。そしてゴンドール女王国の獣たちもそこに加わったのだ。
 トバイアス王国軍の進軍を止めるために、熊や猿、狼に襲わせては少しづつ数を減らしていたのだ。不慣れな森に、兵士達は手こずり、消耗していく。
 また、鼠を大軍で兵站貯蔵に向かわせ、食料を食い尽くすこともさせていた。小さい動物を狙って殺すことは難しい。殆ど駆逐できずに敵軍は食料を失っていった。
 そんな状況では、当然逃げ出す兵士も出てくる。僅か数日で、兵士の数は半数近くにまで落ち込んでいたのだ。




 馬上のレナードの肩に小鳥が舞い降りる。そしてレナードに報告をしていくのだ。彼は戦場にいずとも戦果を確認できていた。しかも鳥経由で指示も出来た。
「そっか、終わったんだ」
 レナードは無表情で呟く。どうでもよい事だ、言わんばかりに。
「帰ろっか。皆には終わったことを伝えてね。あと城の守護部隊は戻るように」
 肩に乗っている小鳥に言伝をすると、レナードは白馬の首を優しく叩いた。帰ろう、との合図だ。
 レナードの肩から小鳥が飛び立つと白馬は向きを変え、来た道を戻って行く。来た時の様に疾走するのではなく、ゆっくりとした足の運びだった。
 森を行くレナードの脇には、灰色の狼の群れが付き添い、がっちりとガードしている。周囲を睥睨し、何も見逃すまいと警戒をしているのだ。
「そんなに硬くならないでさ、もう終わったから」
 レナードは眉尻を下げて狼に話しかけるが、狼のボスと思われる大きな狼は「ガウ」と短く答えるだけだった。
「まったく、心配性なんだから」
 レナードは白馬に揺られ、帰城した。




 レナードが城門の前に姿を現すと、兵士たちはどよめき、急ぎマルティナへ報告をしに走った。
「帰りましたー。あけてくださーい!」
 レナードの気の抜けた声が、緊張している城門に響き渡る。城門に急ぐマルティナの耳にも、レナードの呑気な声が聞こえてきた。
 ――心配をかけて! なのになんであんなに呑気なの!
 マルティナは小走りで城門に向かいながら、そんな事を思っていた。ソライエは年齢からなのか途中で膝に手を当て息を荒げている。城門に辿り着いたマルティナに兵士が報告をする。
「レナード殿で間違いはないと思われますが、如何致しましょう」
「早く中に入れなさい! 私とソライエで話を聞きます」
 マルティナにそう命じられた兵士たちは、急ぎ城門にとり付いく。城門は今にも壊れそうな心配な音を立ててゆっくり開いていった。




マルティナは私室にレナードを閉じ込め、侍女たちに扉の前を封鎖させた。声が漏れると不味いと考えたからだ。
 ソライエとマルティナがレナードの正面に座り、彼に質問を始めた。
「レナード、どこに行っていたの?」
「敵の軍をやっつけに行ってました」
 レナードはマルティナの言うことが分らないと言う風に、首を傾げた。
「やっつけにって。一人で行っても、どうにもできないでしょ! それに、黙って出ていったでしょ。私に、あ、あんなことをして!」
 マルティマは怒っているうちに、レナードにされた事を思い出し、恥ずかしくなってしまった。頬を赤く染め、最後は照れ隠しの様に叫んでしまったのだ。
「……重傷だねぇ」
 ソライエがため息とともにぼそりと呟く。残念な事に、その呟きはマルティナの耳には届かなかった。
「マルティナ叔母様。僕がこの国を助けるって言いましたよね?」
 レナードの真っ直ぐな眼差しがマルティナを逃がしてくれない。濁りのない鈍色の瞳は彼の真剣さを物語っていた。
「大好きな叔母様のいるこの国を、見殺しになんてできないよ」
 見つめられたマルティナは、次第に頭がぼぅっとしてきていた。だがその状況をソライエの言葉が打破する。
「レナード殿。結局のところ、トバイアス王国軍はどうなりました?」
 脇から尋ねられたレナードの視線がソライエにずれた。マルティナは大きな息を吐く。そして熱を帯びてしまった頬に手を当てた。
 ――もう女の子って歳じゃないんだから。
 マルティナは自分に言い聞かせた。このまま流されてはいけないのだと。でなければ、流された自分がレナードの腕の中に入ってしまうと。
 ――でも、娘がいないのであれば、いずれ婿を迎えて子を為さないといけない。それならいっそレナードでも。レナードは絵本の中の王子様みたいに可愛いし、笑顔は素敵だし。何より若い蕾って感じで良いわよね……って、何考えてるのかしら、あたし。
「全滅させましたけど?」
 マルティナを妄想の底なし沼から引きずり出したのはレナードの声だった。マルティナはハッと我に返り、レナードに顔を向ける。
「全滅!?」
 ソライエの声が引っくり返った。
「僕の友達の食事になっちゃいましたよ」
 レナードは何でもないと言う風に、語った。ソライエは眉間に皺を寄せ、こめかみに人差し指を当てている。どうにも信じられなくて納得できない様にしか見えなかった。
「その、友達ってのは、誰だい?」
「えーっと、熊さんに狼さんに猿さんにネズミさんに鳥さんに鹿さんに――」
「あぁ、分った分った」
 ソライエが手をひらひらと振った。レナードは不服そうに頬を膨らませている。
「まぁ、無事に戻ってくれて何よりだった。私はちょっと軍部に行ってくるよ」
 ソライエは立ち上がり、掌底で頭をトントンと叩いている。疲れてしまったのだろう。そのまま振り返ることなく部屋を出て行ってしまった。レナードとマルティナは部屋に二人っきりで取り残されてしまう。
 ――ちょっとこの状況は、マズいわよね。
 マルティナはちらっとレナードに視線やった。するとレナードがにっこりと笑顔で迎えてくる。
 ――まずいわよ、これ!
「マルティア叔母様。僕、きちんと国を守りましたよ?」
 レナードがすくっと立ち上がり、マルティナの方に近づいてくる。マルティナは逃げようとするが、レナードの鈍色の瞳に見つめられてしまい、どうにも体が言う事を聞かなかった。マルティナはすぐ脇に来たレナードに頬に手を当てられ、顎を上に向けられてしまう。
「僕は無理強いはしませんよ」
 レナードはそんな事を言ったが、昨日マルティナの唇を奪っていったのは彼だった。レナードの目は、獲物を狙う猛禽類の目にしか見えない。
「あなた……なに、を……」
 声を振り絞ったマルティナに、レナードはふふっと妖艶に微笑む。その変わり様にマルティナはゾクッとした。
「僕、生き物にお願いができるんです」
 レナードの真っ直ぐな視線がマルティナを射ぬく。射抜かれたマルティナの体は沸々と湧いてくる感情に熱くなっていった。
「いき、もの?」
「えぇ。僕、生き物にお願いが出来るんです。大きな獣でも小さな虫でも」
「ま、まさか……」
「母国から獣を率いてこの国に来ました。何万匹だったか分らないけど、それとこの国にいた獣で、悪い奴らをやっつけたんですよ」
 レナードがぐっと顔を寄せてきた。息がかかってしまう程の距離に自分を見つめ続ける鈍色の瞳が浮かんでいる。マルティナの鼓動はどんどん駆け足になっていった。
「この国を裏切った軍人には消えてもらいました。叔母様を裏切るなんて、死すらぬるい」
 マルティナを見つめる鈍色の瞳に、一瞬だけ殺意が灯った。マルティナはそれにすら見とれてしまっていた。
「彼等の部屋のクローゼットの奥に、隠された空間があります。そこに彼らが裏切り者であった証拠がありますよ」
「ど、どうやって彼らを……」
 マルティナは、力を振り絞って言葉を発した。
「ネズミ君とか、虫君とか鳥さんとかに調べてもらいました。猛毒を持った蜘蛛君が、彼らを冥府に送り届けてくれました」
 恐ろしい言葉なのに、マルティナには囁く愛の言葉の様に聞こえてしまっていた。
「約束は果たしました。僕を貴女の婿にしてください」
「わ、わたしは十四も、年上なのよ。あなたは、もっと若――」
 マルティナの唇はレナードによって塞がれてしまった。レナードは食むように唇を求めてくる。先日は唇がふれるだけだったのに、随分と積極的だ。マルティナはレナードにされるがままだった。
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