『Another Archive Online~ハハッワロス~』

はぐれたぬき

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第一話【ハハッワロス】

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 2033年、エデルトルート・アルムスが医療用目的としてVR技術をもとにSR技術を確立し、世界に打ち出した。その技術の凄さ、彼女が日系ドイツ人であり、美女であるという事もあり当時のメディアやネットはこのネタで白熱したようだ。
 SRとは、現実性をシミュレートできるとするという考え方で、現実と仮想現実の区別がつかないレベルでシュミレートされることだ。そして、2070年現在、世界はSR技術で成り立っており、学業や娯楽、仕事の場でも大いに使われてた。のちに仮想現実世界で現実以上の動きができるゲームが発売され、SRMMORPGと言う世界中のプレイヤーが仮想現実世界で戦闘・生産・生活を行うゲームに人気が集まっていった。

 そんな中、自分が勤めている会社でもあるライルハント社がサービスを行っているSRMMORPG、AAOを毎日やりこんでいる。
 MMORPGである以上、プレイする人の大部分は人と接しながらプレイする事を楽しみながらやっている。が、俺は例外にあたる人の一人で、戦闘はほぼソロ、装備やアイテムの売り買い、雑談くらいしか人と接することはない。

 俺が知っているMMORPGでは戦士、弓使い、僧侶、魔法使いなど始める時や、ある程度進めた地点で職業を選んで、その職業に特化したスキルやステータスを上げていくものばかりだが、AAOは違った。
 最初に選ぶ種族『人間・妖精・魔族』によって種族ステータスボーナスや種族パッシブ、スキルの得手不得手があるものの、最終的には全てのスキルを上げることができるのだ。簡単に言うと一人で戦士、弓使い、僧侶、魔法使いの役割をすることができるのだ。
 ただし、装備品を戦闘中に変更するのは難しいこともあり、ほとんどのプレイヤーが剣で戦いながら弓で攻撃するといったことはしない。弓や魔法でターゲットを取り、おびき寄せ、近接戦闘に持ち込むということもあるが、基本的に敵によって剣や弓、魔法を使い分けると言ったがいいだろう。

 俺は最初に人間の男を種族に選び、3年間、飲み会などで家に帰れない日は除きプレイし続けた。
 このゲームを始めたきっかけは自分の就職する会社のことを少しでも知っておくべきだと思ったことと大学から付き合っていた彼女に振られたことという不純な理由だが、彼女に振られて以来ずっとやり続けたものだ。今では本当にもう一つの人生と言ってもいい。

 そんな中第4期テスター募集に合格し、ライルハント社で2週間のテストを受けることになった。ライルハント社は1年に1度の大型アップデートの前に必ずテスターを募集しており、テスターになるには履歴書及びSR適性診断書の書類選考を通過したうえでライルハント社独自の検査に合格しなければならない。また、ライルハント社自体が社員にテスター検査を推奨し、テスターに採用された人間が出た部署には特別賞与が追加されるため社員のほぼ全員がテスターに募集していた。OBT時は1000人の採用だったが、2期テスター以降の採用人数は100人で、2期以降連続でテスターに採用された俺は部長から無駄に可愛がられている。

 いつもは仕事が終わり、食事とお風呂も済ませてSR世界にダイブしている。ドラム缶を2個重ねたくらいの大きさの筒状のSRプラグに入り、SR世界にダイブするのだが……。
 頭の中がぼやけている。4期テスターになって……どうしたんだっけか。記憶が曖昧だ。特に最近の記憶が思い出せない。
 そして心を落ち着かせてくれるこの穏やかな香りは―――森の香りだ。

 「ハハッワロス(どういうことなんだ)」
 「ハハッワロス(は?)」

 冷静になって考えてみよう。目を開けてみるとそこは一面緑に溢れている森の中だ。しかもAAOの自分のアバターとそっくりな服装と剣を持って、何をしゃべっても口から出る言葉は決まって『ハハッワロス』。
 さらにSR世界では誰もが右手か左手に着けているはずのSR-Watchがなくなっている。SR-Watchは、ゲームごとの機能だけではなく現実世界との情報交換やログアウト等の機能の付いた時計で、AAOのゲームに限らずSR世界に入ると強制的に装着されるものだ。それが装着されていないという事は何らかのバグなのか……?しかし、SR技術が進歩していると言っても現実と仮想現実の区別位はつくのだ。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、それらすべての五感が、ここは現実だと告げている。

 慌てながらも試行錯誤しているとステータスが表示された。これは確かに……自分のアバターのステータスだ。
 3年間プレイし続けたこともあり、ステータス、スキル共にネトゲ廃人には及ばないが上位プレイヤーに入るのではないかという位までキャラを育てていた。キャラクターカードには以下の能力が表示されている。

 キャラクター名 みりん レベル126
 生命力 698/698
 マナ 437/437
 スタミナ 876/978(1287)
 力 345
 器用 423
 知能 235
 敏捷 645
 体力 323
 攻撃力 445
 防御力 403

 生命力は0になれば死亡で経験値-5%のデスペナルティーがある。
 マナは魔法を使うために必要、これが0になると何故か状態異常にかかりやすくなる。
 スタミナは全てのスキルを使うときに消費される。空腹状態になると最大スタミナが減るが、食べ物を食べることで回復する。また、走りではスタミナが消費されるが、歩きと休憩中はスタミナが回復し、街中では何をしてもスタミナが減ることはなかった。
 力は剣や拳、弓の攻撃力に影響する。
 器用さは命中力、集中力に影響する。
 知能は魔法の強さに影響する。
 敏捷は移動速度に影響する。
 体力は防御力に影響する。
 攻撃力は力の数値+武器攻撃力、防御力は体力+防具防御力で表される。他にも魔法攻撃力や攻撃速度など表示されない数値が存在している。

 ステータスを見てもらえれば分かるかもしれないが、敏捷とスタミナ優先でスキルを上げている。
 敏捷の移動力上昇のお蔭で敵に素早く近づき、剣で攻撃する。敵が攻撃モーションに移ると素早く範囲外に移動して避ける。敵はヒット&アウェイで倒すのが俺のプレイスタイルという理由だ。

 どうやら『ステータス』と強く意識することで目の前に以前と同様タッチパネル式で表示されるようだ。この調子で現状把握に努めるしかない。
 ゲームでしかありえない現象が起きているが、ここがSR世界の中だとどうやっても思うことができない。俺自身の理解が及ばないため上手く言えないが、AAOによく似た世界に来てしまったような――――そんな気がする。何より、『システム』にあるはずの『ログアウト』と言うコマンドが存在していないのだ。泣こうが喚こうがしばらくはこの世界にいるしかない。不安もあるが、一度は夢にまで見たゲームの中の世界に入り込んでいるのだ。生と死と隣り合わせかもしれない―――と言っても実感がわかないが、色々やってみるしかない。
 他にも思いつく限りのコマンドを意識してみると『アイテム』、『スキル』、『マップ』、『オプション』に反応があった。『フレンド』や『ギルド』といった他のコマンドはダメのようだ。ここで焦っても仕方がないんだ。順番に検証していこう。
 今直面している現実問題としてお腹がすいてきている。ステータスを見てみるとスタミナが876/978(1287)、スタミナ最大値が1287から978に減っているのでステータス的にもお腹がすいているということだろう。

 まずはアイテムだ。『アイテム』を頭に思い浮かべるとまた目の前にアイテム一覧のようなものができた。ゲームの中では食べ物を食べることでスタミナ最大値を回復することができた。そのため、食べ物を食べることができれば空腹をしのげるのではないかと思い、アイテム名『バナナ』を指で触ってみる。

 するとこのアイテムを取り出しますか?『はい/いいえ』という画面がさらにできたので迷わず『はい』を選んだ。直後に目の前に光の粉のようなエフェクトが起こり、光がなくなると同時に『バナナ』が1本現れた。手に取ってみると本物のバナナと代わり映えしていなかった。
 さっそく皮をむいて食べてみると・・・バナナの味がした。バナナ1本を食べ終わり、ステータスを見てみるとスタミナが976/1078(1287)と現在・最大スタミナ共に100回復していた。やはりこのステータス表示は俺の体とリンクしているようだった。
 食べ物はなんとかなるとして次は装備品だ。
 このゲームではスキルを上げることでステータスが上昇し、レベルアップでは一切ステータスが上昇しない。なんのためにレベルがあるのかというとスキルキャップ解放(上限突破)と一部レベル制限のあるダンジョンのためだけにある。また、ソロプレイでは生命力が減っても自分で回復するしかない為、いかに回復を少なく、生命力を減らさずに敵を倒すかが必要となってくる。つまり、相手の攻撃に当たってはならない。攻撃を避けやすくするためには、俊敏を上げる必要が出てくるが、俊敏をメインで上げていくと自ずと剣スキルが充実してくる。俊敏を上げていくうちに近接戦の極限のスリルにはまってしまい、弓や魔法スキルも上げているがメインの戦闘は剣で、メインの装備品も剣特化の装備となっている。
 装備品を確認してみると

 武器 ヴォータルソード+10
 頭 黒のハチマキ+10
 体 ヴォータルスーツ
 手 ヴォータルグローブ
 足 ヴォータルブーツ
 アクセサリ たぬたぬウサギのお守り

 見た目通りまさしく俺がプレイしていた時の装備だ。
 +10というのは装備の強化回数で、1回強化するごとに武器なら攻撃力が+2、アクセサリ以外の防具なら防御力が+1増加していき、最大強化値は+10である。一重に剣と言っても短剣、片手剣、両手剣があり、攻撃力では両手剣>片手剣>短剣、攻撃速度では短剣>片手剣>両手剣となっている。
 しかし、このゲームの魅力であると同時におかしな点としてリーチや耐久には差が出てくるが、同じ武器種の中では攻撃力にほとんど差が生じていない。つまり、鉄の短剣とオリハルコンの短剣で比べるとどちらが強いかと聞くと百人中百人がオリハルコンの短剣が強いと言うだろうが、このゲームで攻撃力的にはあまり変わらない。極端な話、100円均一で買ったナイフと軍様式のナイフ、切れ味や頑丈さ、耐久性で言えば明らかに軍様式のナイフが勝るだろう。しかし、使用回数を限定し、生物相手に対しては殺傷目的で刺すとなるとどちらで刺しても致命傷に至ることを考えると分からない話ではない。

 耐久値は、武器を使用するたびに減少していき耐久値が0になった時点で武器攻撃力が半減となるシステムで、耐久値の低い安い武器で戦闘していても、戦闘が一区切りしたところで別の武器に変えればよかった。そのため、耐久度の高いレアな武器でなければとダメということはなかった。課金やゲーム内イベントの参加でインベントリを拡張する必要はあるが、拡張したインベントリは手にいれられるアイテムより遥かに空きが存在するため、掲示板を見る限り耐久力の低い武器でも使い回しすることで補う人が多くいたようだ。
 強化にはそれぞれの装備に応じたアイテムとお金が必要で、強化に失敗する可能性はない。そのため、最初は他の事は気にせず、強化しやすい武具をどんどん強化していき、その武器で世界を周り、自分の気に入った武具を選んでいくプレイスタイルが多かった。また、武器で上昇する攻撃力よりもスキルアップで上昇する攻撃力が高いため、廃人や効率厨、見た目を気にしない人以外では、最終的な装備品はリーチと見た目で選ぶ人が大多数であった。

 このネットゲームが流行った理由もここにある。見た目が初心者丸出しの装備だからと言ってそのプレイヤーが弱いとは限らない。
 +10以降の強化先として失敗判定有の強化が実装されるのではないかという噂もあったが、現在に至っても失敗判定有の強化、いわゆる過剰強化と言ったシステムは実装されなかった。
 一定の強化値までは成功や失敗を繰り返しながらも強化することができるが、ある一定の強化値を超えると、強化に成功すれば今までよりはるかに武器が強化されると同時に、強化に失敗すると武器が消滅してくるという栄光と絶望と嫉妬がにじみ出てくるシステムがないのだ。
 過剰強化に失敗することを武器が折れると表現し、武器が折れたら引退しますと言う人も多く存在していたらしい。

 といっても今いる世界でそんなことを考えても時間の無駄だ。

 ヴォータルソードを鞘から抜き素振りをしてみる。
 ヴォンという音とともに空気を切るような音がする。
 視覚することはできるが、ものすごく速い。 力はもちろんの事、ステータスの何かが動体視力に影響しているのようだ。中学生時代にアニメや漫画を真似して鉄の棒を振り回していたことがあったが、それより圧倒的に早く、切り替えしまでもができる。
 重い鉄の棒を振り下ろし、途中で止めたとすると腕にすごく負担がかかるが、全く負担がかからない。

 体がものすごく軽いので軽くジャンプしたり全力でジャンプしたりしてみると、明らかに4~5mは垂直跳びができている。有り得ない高さまで飛び上がり、落下することは怖いが、着地しても足は大して痛くならない。それだけではなく、森の小道を少し全力で走ってみると、まるでジェットコースターに乗っているかのような風を受け、すさまじいスピードで動くことができる。今までやっていたゲームの世界でさえもここまで人間をやめた行動はできなかった。
 こんな非現実があっていいのだろうか、しかしながらたまらない。興奮が体を支配し、他の感情を奥に押し込めてしまう。

 「ハハッワロス(たまらん!)」
 「ハハッワロス(これさえなければ・・・・)」

 ある程度現状把握できたとして次はスキルを確認してみることにした。スキルレベルを上げる方法は大きく分けて2つある。スキルを使い続けることとスキル修練をすることだ。この二つがどう違うのかというと例えとして初期に覚えることができる近接スキル『スラッシュ』を例に挙げよう。スキル欄の『スラッシュ』をクリックすると
 『スラッシュ』Lv1では

 『スラッシュ』Lv1 近くの敵1体に110%のダメージを与える。
 スタミナ消費 11
 合計修練値 0
 力ボーナス+1
 スラッシュ使用回数 +1
 スラッシュで敵を倒す0/10 +10

 という画面が出てくる。
 この場合スラッシュを1回使用すると修練値が1貯まり、0/10と10回の制限付きだが、スラッシュで敵を倒すと修練値が10貯まる。この修練値が100を超えるとスキルのレベルが上がるというシステムだ。
 スキル使用するだけでスキルレベル上がるのならスキルのレベル上げ簡単なんじゃないだろうか?と思う人もいるだろうがそうはいかない。
 『スラッシュ』Lv1では1回使用するごとに+1の修練値がたまるが、レベルが上がるにつれスキル使用による修練値の増加は減っていく。

 とは言ってもスキルは敵がいなくても発動させることができるため、プレイヤーが一列に並んで皆同一のスキルを使い続けるといった面白い現象も起きていた。単にスキルを上げるだけでなく雑談までできると言うすぐれものだ。そして、特定の目立ちたがりのプレイヤーは一人だけ前に出て来てスキルを使い続け、時には晒され、時には師範と呼ばれていた。ただし街中では特定の場所でしか攻撃スキルを使うことはできかったため、町のすぐ外で修練する人が多く見られた。

 OBTでは何の制限もなしにスキルを上げることができたが、廃人マンセーゲーになるのではないかという多くの苦情から、正式サービスからは1日に上げることができる修練値に制限がかかり、制限を超えての修練は修練増加値が1//1000になった。これに関しては休日位しかプレイできない社会人対策を兼ね、ログアウト時間に応じて1週間の使用期間と時間制限付きの修練値制限突破アイテムが配布され、未だに最善とは言い難いものの事なきを得ている。

 という詳細は置いておいて実際スキルを使ってみないと何とも言えない。
 どうやってスキルを発動すればいいのかだが、恐らく『アイテム』や『ステータス』と同じように頭の中で目的のスキルを強く思えばいいのではないかということだ。

 俺はヴォータルソードを鞘から抜き、息を整えた。
 『スラッシュ』
 浮かびこんだモーションは3つ、上段、中段、下段で攻撃するイメージが浮かぶ。
 上段で攻撃することを選び、そのモーションをなぞるように体を動かす。
 俺は右手で持った片手剣のヴォータルソードを肩の上に乗せるように引き、そこから目の前の空間を上から叩き切るように振り下ろした。
 スキルが発動したと感じると同時に剣に青いエフェクトが宿り、目の前の何もない空間を切り裂いた。

 やばい……これはものすごくかっこいい。
 想像できるだろうか、例えると何の変哲のない棒を頭に浮かんだモーションの通りに動かしたらスキル発動中のみ棒が交通整理に使われている光る棒に変身しました。というくらいかっこいい。
 この例えでは伝わりにくいかもしれないが、とにかくこの感動をみんなに届けたい。
 俺はその後も剣士にでもなった気分でスキルを連発し優越感に浸っていた。

 覚えている剣スキルを片っ端から使用していくとだるさが体を包み始めた。ステータスを見るとスタミナが減っていたので、先ほどスタミナを回復した『バナナ』を数本食べてみると、スタミナが回復し体のだるさも少しばかりよくなった。他にも疲労感とも言うべきか、ステータスに表示されない能力があるようだった。

 そして次は魔法だ。魔法は剣とは違う。完全にロマンだ。剣に関しては剣道やフェンシングと言うスポーツもある様に、現実世界でルールに法った形式で存在しているが、魔法は違う。完全なる未知、起こりうることのない現象の具現、これで興奮しないやつはどうかしてると言いたい。
 魔法は初級・中級・上級・最上級の4つに別れ、上級以上の魔法を使う場合は杖を装備しなくてはならず、上級以上の魔法を使用する場合は詠唱中その場から動けないという制限があった。この制限もあり俺が使っていた魔法は初級・中級魔法ばかりだった。
 敵のターゲット取りやけん制、際どく生き残った敵への止めによく使用していた初級魔法の『サンダーボルト』を使ってみることにした。

 『サンダーボルト』
 頭の中に浮かぶモーションは左手を突出し、サンダーボルトと唱える自分。
 俺はその通りに左手を突出し、サンダーボルトと唱えた。

 「ハハッワロス(サンダーボルト!)」

 俺の左手からは何の魔法も発現せず、何とも言えない空気だけが漂った。その後何度もポーズを変え、魔法を変え、武器を変え試してみたが、魔法を使う事はできなかった。

 魔法使う事はできないのか……
 恐らくだが、魔法を使うためには魔法名を唱えなければいけないのではないだろうか。剣に関するスキルは使う事が出来た。この可能性は高い。

 魔法の中にはゲームでは必ずあると言っていいほどの回復魔法をいうものがある。
 ソロプレイで突き進んできたため、初級回復魔法『ヒール』はなかなかレベルが高めだ。つまりヒールを使わざるを得ない状況にたびたび追い込まれていたということだ。その『ヒール』を使うことができないというのは結構痛い。
 自身のレベル的に回復が必要となるモンスターが出てくるMAPはゲームの全域MAP中では3割以下位だと思うが、MAP帯によってはその3割以下に当たる可能性も十分ある。それにこれは今までやっていたゲームとは違う。今いる場所さえ安全かどうかは分からない。
 これは結構まずい事ではないだろうか。

 町の外で生命力の回復方法は大きく分けて休憩する、ポーションを使う、回復魔法を使う、の3つがある。
 残った回復法は休憩とポーションだけだ。休憩で回復する生命力は3秒当たり1%だったはずだ。ゲーム内の3秒なので実際はどうかわからない。
 余裕ができたら検証する必要がある。

 残った回復法としてはポーションだ。ポーションの使用法はどうなのだろうか、食べ物のように飲み干せばいいのだろうか、それとも傷口に垂らせばいいのだろうか。
 俺は『アイテム』を頭に思い浮かべ、そこからから『生命力ポーション(小)』を1個取り出した。このポーションは市販品で使用すると生命力を30回復する。皮膚も頑丈と言うべきか弾力があると言うべきか、なかなか傷ができなかったが、刃を我慢しながら触り、少しの痛みと共に生命力を減らした。『ステータス』を見てみると1減少し、697/698となっていた。
 さっそく取り出した生命力ポーション(小)を少し飲んでみた。が、体力は697/698のままで回復していなかった。次に傷口に振りかけてみると体に赤いエフェクトが起こり698/698と生命力が回復した。赤いエフェクトの消失と共に傷口も薄らと跡は残っているが治っていた。
 失った血がどうなっているのかはわからないが、ポーション万能すぎた。

 使っていないスキルは多々あるが、ある程度予測はできるので、『マップ』と『オプション』を使ってみることにした。 
 『マップ』を思い浮かべると自分を起点とした半透明の円状のレーダーのようなものが目の前に現れた。
 これはゲームで画面右上にあったモンスターレーダーのようなものだと思う。ゲーム内では味方プレイヤーは青、モンスターは赤、PKプレイヤーは黄色で表示されていた。
 ゲームと同じ性能だとすると、これはものすごく便利な能力だ。現実で目に映るものしか分からない人間にとって、どこにモンスターがいるか一目で把握できるというのはものすごくありがたい。
 続いて『オプション』を思い浮かべると『タッチパネル表示 ON』という画面が表示された。指でタッチパネルを触ると、他人にタッチパネルを見せるか見せないかを選べるということが頭に浮かんだ。
 このAAOのような世界で生きている人が俺と同じように能力やアイテムをタッチパネルに表示することができるか分からない以上、他人には見せないようにしておいた方がいいだろう。
 俺は迷わずOFFにし、タッチパネルを自分にだけ見えるようにした。

 他には何かあっただろうか……
 そう言えば自分の顔がどうなっているかを全く把握していなかった。
 しかし、アイテムに鏡なんてものがちょうど良くあるはずもないので、アイテム名的に鏡の役割を果たしてくれそうな銀鏡石を取り出した。拳大の大きさで、特定の武器や防具を強化するアイテムとして使われている。
 予想通りに反射によって鏡の役割を果たしてくれたので顔を傾けながら自分の顔を覗き見た。

 ゲーム内のアバターと同様、少しばかり荒れていた肌はシミそばかすの一切ない綺麗な肌をし、少しばかり白髪交じりの髪は漆黒で染まり、短かった髪も伸び、フェレットの尻尾の様に後ろで縛っている。身長もわずかばかり高い。
 気持ちばかり身長を+5cmほどし、後は肌や髪を多少弄ったゲームのアバターそのもののようだ。
 ゲーム内のアバターの身長、体重は弄る事の出来る範囲に制限が設けられてはいるが顔や肌、髪に関しては特に制限が設けられておらず自由にクリエイトできた。過去、SR世界で身長体重を自由に弄ることができたが、現実とのギャップが原因とみられるによる事故死が多発し、制限がついた。
 自分の体を確認しているうちにゲーム内のファッションショーで幾度となく優勝していたゴスロリピンク頭のピンクちゃんをふと思い出した。
 千人近いファンがいるとも言われていたピンクちゃんは今頃どうしているのだろうかと思いながら、これからどうするかを思考した。

 一通り確認をしてみたが、やはりこの世界は現実だ。それも俺の知るAAOによく似た世界。当分は夢物語気分が抜けないかもしれないが、そのうち自覚も出てくるだろう。人間とは慣れる生き物だ。
 まずは人と接触したいが、迂闊に言葉を話すと『ハハッワロス』と言ってしまう。予備知識なしに初めてこの言葉を聞いて笑ってるんだなと思った自分と同様に、笑ってると直感で分かってしまう人は少なからずいるだろう。
 ここが異世界として日本語が通じるかはわからないが、いきなり笑われて不愉快と感じる人もいるだろうからできるだけ気をつけねばならない。
 この世界がどこまでAAOの世界と同じかどうかは分からないが、泊まる場所、宿屋位はあるだろうからお金さえどうにかなればそこに拠点を置いこう。そして、今後長期的にどうするかを考えることにしよう。こんな森の中ではなく、ゆっくりできる場所に行けば、落ち着いてもっとまともな思考ができるだろう。
 とにかく、この森からでて人と接触しよう。コミュニケーションに関しては紙もペンも持っていないが筆談とジェスチャーでなんとかするしかないだろう。全ては日本語が通じる前提だが、通じなかった時は……結局ジャスチャーだな。学生時代パントマイムの達人とまで言われたほどの腕だ。なんとかならなくてもなんとかするしかないだろう。
 一人でも理解者ができ、協力してくれればれば非常に助かるが……。

 辺りを観察すると、草があまり生えていない小道がある。草が生えていないという事は生物の行き来があるという事だ。人が通る可能性は十分ある。無意識に組んでいた腕をほどき、ここから見える崖とは反対側に続く小道を進んでいくことにした。

 「ハハッワロス(気合い入れていくぞ!)」
 「ハハッワロス(……気合い抜けるわ)」
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