1 / 39
第一話
しおりを挟む「俺、最初はクライヴ様どうなる事かと心配してましたよ」
ティアーリアは婚約予定のクライヴとのお茶の時間が終わり自室に戻ろうとしていたが、クライヴの座っていた席にハンカチが落ちている事に気付き彼を追って来ていた。
どこにいるのかしら、と探していると見知った後ろ姿を見つけて笑顔になる。
彼の名前を呼ぼうとした自分の唇が次の言葉を聞いた瞬間、喉からヒュっと細い息が零れた。
「姉と妹を間違えて婚約の申し込みをしてしまったなんて、クライヴ様もおっちょこちょいですよね」
「…その話はもうやめてくれ、本当に情けない話なんだからな」
──間違えて申し込みをした。
そのクライヴの言葉を聞いたティアーリア・クランディアは自分の頭のてっぺんから足先までさあっと血の気が失せる感覚に顔を真っ青にした。
クライヴは、自分を求めてくれていたわけじゃない。
本当に求めていたのは自分の妹のラティリナ・クランディアだったのだ。
体が強くなく、儚げな印象の妹ラティリナと真逆の印象の自分。
よく考えてみればわかったはずなのに。
クライヴと初めての「顔合わせ」を果たしたあの日、彼は驚きの表情で目を見開いていた。
何故そんな表情をしているのか当時は不思議だったが、これで得心がいった。
クライヴはあの場に妹のラティリナではなく、姉である自分が現れた事に驚いていたのだ。
それでも、クライヴは真摯に対応してくれた。
クランディア家を侮辱しないよう、自分の間違いで婚約前の顔合わせを申し込んでしまった事を黙っていてくれたのだろう。
「姉と妹を間違えて申し込んでしまったから変えて欲しい」等、この国の公爵家であるクライヴ・ディー・アウサンドラに言われてしまったら…
恐らくティアーリアはほかの貴族の笑い物になるし、クランディア家も同じように笑い物にされてしまっただろう。
嫌な顔一つせず婚約前の顔合わせに三か月近くも付き合わせてしまった。
このまま約束の三か月が過ぎれば自分はクライヴの申し込みを受け、婚約を結んでしまっていただろう。
今、知る事が出来て良かった。
ティアーリアは涙で歪む視界のまま、その場から立ち去る。
この顔合わせが終わる前にこちらからお断りの連絡を入れよう。そうすれば、クライヴも改めて本当に申し込みをしたかった妹に婚約を打診出来る。
ぐい、っと自分の瞳から零れ落ちそうになる涙を乱暴に拭うと、ティアーリアはしっかりと前を見据えて邸へと足を進める。
「ハンカチは次…最後の顔合わせの際にお返ししよう」
ティアーリアが立ち去った後、その場では二人の男の会話が続いていた。
「まあ、でもティアーリア嬢と話している内に”あの時の少女”はティアーリア嬢だったと確信した。あの時のまま、変わらない笑顔に人を思いやる気持ちは俺が惹かれたあの時のままだった」
「それで、クライヴ様は二回も同じ女性をお好きになったんですよね?もう何回もお聞きしてますよ」
ははは、と朗らかに笑う男達は先程ティアーリアがその場にいた事など微塵も気付かず、この幸せが呆気なく崩れる事など露ほども思っていなかった。
この国では貴族同士の婚約に次の事柄が定められている。
・顔合わせの期間は三か月
・婚約を望む場合は男性の方から婚約前提の顔合わせを相手の家に申し込む
・一度申し込んだら男性側からの撤回は禁じられる
・婚約の成立は女性が望んだ場合のみ
・余程の事がない限り、男性からの顔合わせの申し込みは撤回出来ない
上記五項目が国では定められており、この条件はいかに身分が高い者でも例外は認められていない。
この条件を破る事はいかなる者でも許されておらず、例え王家の血筋の者でも等しくこの条件の元婚約を結び、婚姻する。
この決まりはこの国が愛の女神であるアプロディアの加護を大きく受けている事が影響している。
生涯の伴侶とは思い合い、お互いを理解し合った者同士がなるべきだ、と建国から続けられているもはや伝統のような物だ。
確かに、この制度のおかげでこの国では他国と比べ恋愛結婚が多い。
通常貴族の婚姻には政略的な物が多いのだが、政略結婚だった場合でも三か月の顔合わせの期間にお互いをよく知り合う事が出来る為だ。
そのお陰か、政略結婚後大きな諍いもなく生涯仲睦まじく添い遂げる夫婦も多い。
(だからこそ、クライヴ様は本当に愛するラティリナと幸せになって欲しい)
自分のクライヴを恋い慕う気持ちなど、クライヴの気持ちを考えればいくらでも封じておける。
例え、あの優しげに自分を見つめる瞳をもう二度と向けられないとしても。
あの唇から二度と自分の名前を呼ばれないとしても。
自分が恋い慕う男性と一時でも過ごす事が出来たのだ。それならば、自分はその思い出を胸に抱いて生きて行ける。
次の顔合わせの時に今までのお礼と、そしてさよならを伝えよう。
時間を空けなければいけないが、そうすればクライヴが時期を見て妹に改めて顔合わせを申し込めるようになる。
最後の日は笑って彼とお別れをしよう、とティアーリアは泣き濡れた表情ではあるが微笑むとそっと彼のハンカチを胸に抱いて自室へと戻った。
423
あなたにおすすめの小説
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
【完結】この地獄のような楽園に祝福を
おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。
だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと……
「必ず迎えに来るよ」
そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。
でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。
ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。
フィル、貴方と共に生きたいの。
※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。
※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。
※本編+おまけ数話。
妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。
民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。
しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。
第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。
婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。
そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。
その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。
半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。
二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。
その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。
「君からは打算的な愛しか感じない」と婚約破棄したのですから、どうぞ無償の愛を貫きください。
木山楽斗
恋愛
「君からは打算的な愛しか感じない」
子爵令嬢であるフィリアは、ある時婚約者マルギスからそう言われて婚約破棄されることになった。
彼女は物事を損得によって判断する傾向にある。マルギスはそれを嫌に思っており、かつての恋人シェリーカと結ばれるために、フィリアとの婚約を破棄したのだ。
その選択を、フィリアは愚かなものだと思っていた。
一時の感情で家同士が決めた婚約を破棄することは、不利益でしかなかったからだ。
それを不可解に思いながら、フィリアは父親とともにマルギスの家に抗議をした。彼女はこの状況においても、利益が得られるように行動したのだ。
それからしばらく経った後、フィリアはシェリーカが危機に陥っていることを知る。
彼女の家は、あくどい方法で金を稼いでおり、それが露呈したことで没落に追い込まれていたのだ。
そのことを受けて元婚約者マルギスが、フィリアを訪ねてきた。彼は家が風評被害を恐れたことによって家を追い出されていたのだ。
マルギスは、フィリアと再び婚約したいと申し出てきた。彼はそれによって、家になんとか戻ろうとしていたのである。
しかし、それをフィリアが受け入れることはなかった。彼女はマルギスにシェリーカへの無償の愛を貫くように説き、追い返すのだった。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
とある令嬢の勘違いに巻き込まれて、想いを寄せていた子息と婚約を解消することになったのですが、そこにも勘違いが潜んでいたようです
珠宮さくら
恋愛
ジュリア・レオミュールは、想いを寄せている子息と婚約したことを両親に聞いたはずが、その子息と婚約したと触れ回っている令嬢がいて混乱することになった。
令嬢の勘違いだと誰もが思っていたが、その勘違いの始まりが最近ではなかったことに気づいたのは、ジュリアだけだった。
【完結】どうかその想いが実りますように
おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。
学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。
いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。
貴方のその想いが実りますように……
もう私には願う事しかできないから。
※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗
お読みいただく際ご注意くださいませ。
※完結保証。全10話+番外編1話です。
※番外編2話追加しました。
※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる