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しおりを挟む◇◆◇
アイーシャ・ルドランは暖かい春の日差しが降り注ぐ日に生まれた。
両親に可愛がられ、愛され、幸せに育っていた。
ルドラン子爵家は古くからある子爵家であり、優れた商才を持ち先見の明があった為、貿易、経営に力を入れており他国で流行った品を国内で流行らせる事に長けていた。
貿易の益や経営で生じた利益が雪だるま式に増えていき、代々ルドラン子爵家は財産を増やし続けていた。
だが、財を築こうとも代々の当主達は腑抜ける事は無く、堅実に、誠実に領地を領民を大切にし、仕事を大切にし、家族を大切にして来ていた。
下位貴族でありながら裕福さに驕る事も無い堅実な姿勢は周辺の貴族からも評判が良く、アイーシャと、両親は幸せに暮らしていた。
だが、ある日その幸せな毎日は突然終わりを迎えた。
十年前のアイーシャが六歳の頃、両親はいつものように他国の品を買い付けに行く最中、隣国の山間の地点を通過している最中、崖から馬車が転落した。
かなりの高さから落下したからだろうか。両親以外にも、馬車の御者や護衛として供をしていた者達も全員が亡くなると言う痛ましい事故が起きたのだ。
そうして、一人残されてしまったアイーシャは父親の弟である叔父に引き取られ、叔父がそのままルドラン子爵家を継いだ。
弟ケネブは、亡き兄のような才能は無かったが外では真面目に仕事をしているらしい。
今のルドラン子爵は少し頼りないが、昔から取引や付き合いがある者は生前の子爵の人柄を知っていた事もあり、現子爵が以前の子爵の弟、だと言う事を知り多少の仕事の出来なさには目を瞑ってくれている、といった状況だ。
アイーシャの父親が当主として存在していた頃に比べれば確実に収入は減少して来てはいるが、それでも一代で食い潰す程では無い。
そうした情報が記載された報告書を、クォンツは眉間に皺を寄せてばさり、と眼前のテーブルに放る。
「──今は、これだけか……」
クォンツは小さく溜息を吐き出すと、自分の口元に指先を当てて考え込む。
ルドラン子爵家の事は、調べれば直ぐに分かった。
古くから続く子爵家の為にぽろぽろと子爵家の事は情報が掴めた。
「くそ……っ、国内の貴族事情に目を向けてなかった俺が悪いんだが……、討伐ばかりに勤しんでないでもっと内に目を向けていれば……」
起きてしまった事を、今更どうする事は出来ないがそれでもクォンツは詮無いことを考えてしまう。
アイーシャは、両親が健在の頃は良く笑い、明るい性格だったそうだ。
「──話していれば、笑顔になるにはなるが……」
だが、「今の」子爵家、今の家族である妹と会話をしている時。
婚約者のベルトルト・ケティングと話している時。表情が無くなる。
あの様子を見ている限り、両親が亡くなってから何かアイーシャの精神に影響を及ぼす事柄が起きたのだろう。
「……もしくは、継続し続けているか、だな……。アイーシャ嬢が引き取られてから……一応他の家との交流の場には家族で参加している……ぎこちなさやよそよそしさはあるものの……それは仕方無いものだと見られて来たみたいだが……」
クォンツが呟いていると、授業の終わる鐘が鳴る。
その音を聞いたクォンツは、空いている貴賓室のソファに腰掛けて居たが腰を上げると腰に手を当てて伸びをする。
調査部隊に調査を依頼してからクォンツはずっとこの部屋にいたが、そろそろアイーシャを迎えに行く時間だ。
「……実際、この目で見てやろうじゃねえか……アイーシャ嬢がどんな暮らしをしているか……」
クォンツは報告書を纏めると自分の腕で掴み、それに火魔法で火を灯す。
自分の腕の中でボロボロと崩れ、焼失して行く報告書をクォンツは無表情で見詰めると、完全に燃え切った事を確認して貴賓室の扉を開けてアイーシャの元へと向かった。
◇◆◇
学園の授業が全て終わり、アイーシャは自分の教室で帰り支度をしてクォンツに言われた通りクォンツを待って居た。
授業と授業の合間に、同じ教室の学園生達からクォンツとの事についてそれとなく聞かれる事はあったが、そこは流石に貴族が通う学園と言う事もあって根掘り葉掘り聞くような者は居なく、当たり障りの無い質問にアイーシャも笑顔で答える事が出来た。
(もうそろそろ……クォンツ様が来られるかしら……?)
アイーシャは自分の学園用の鞄を机の上に置くと、怪我をした足首を庇うようにして立ち上がる。
学園に来てから直ぐにクォンツが医務室に連れて行ってくれたお陰でしっかりと怪我の箇所を常勤医に固定して貰ったのでまだ痛みはあるが朝に比べれば幾分か楽になっている。
そうして、アイーシャが待っているとクォンツよりも早く、義妹のエリシャが教室にやって来てしまった。
「──お姉様! さあ帰りましょう!」
「エリシャ……、?」
にこやかに笑顔を浮かべながら、ベルトルトを伴いアイーシャの教室へと入って来るとずんずんとアイーシャに近付いて来る。
だが、アイーシャはクォンツとリドルと待ち合わせをしている為先に帰っていて貰おうとエリシャに断りの言葉を口にした。
「ごめんなさい、エリシャ。……それにベルトルト様。私は放課後に約束があるので……先に戻っていてくれる? あと、今日はお客様がいらっしゃるから、お義母様に伝えておいてくれるかしら?」
「──え、? お姉様一緒に帰らないんですか? もしかして……朝、私があんな事を言ったから怒っていらっしゃる……? だから私と同じ馬車には乗りたく無い、ってそんな嘘を言うのですか?」
「えっ、えぇ……?」
何故、そんな話しになるのだろうか。
突然飛躍したエリシャの言葉に、アイーシャは困ったように眉を下げると「違うわよ」と声を掛ける。
「そんな……怒ってなんていないわよ。本当に約束があるの。だから──」
「いいえ……っ、違いますわ! お姉様は私と同じ馬車に乗りたく無いからそう意地の悪い事を言うのですわ……っ、お姉様が昨日怒られて、閉じ込められたのはお姉様が悪いからなのに……っ酷いですわ……!」
大声でエリシャが告げた事で、まばらになっていた教室内の学園生達の視線がアイーシャ達に集中する。
アイーシャが眉を下げて唇を開こうとした時、教室の出入口から声が聞こえた。
「──閉じ込めた……? そりゃあ一体どう言う事だ」
「それが本当であれば……、教育とは言え些かやり過ぎな部分があるね……事実確認をしなくてはいけないんじゃないかい?」
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