【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船

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 魔法障壁は、クォンツが咄嗟に発動した物で。
 あと少し発動が遅ければ。あと少しアイーシャを引き寄せる事が遅ければ。
 重量のある硝子の器は、アイーシャに直撃して大怪我を負っていただろう。

 しん、と静まり返った応接室の中で、リドルが急いでアイーシャの無事を確認する。

「──アイーシャ嬢!? 怪我は? 何処にも当たっていないかい?」
「悪い、強く引き寄せたせいで足の怪我に響いただろう。……悪化はしていないか?」

 優しく声を掛けてくれる二人に、アイーシャは自分に何が起きたのか遅れて自覚し、バクバクと早鐘を打つ心臓に手を当てる。
 次第に、自分の視界もじわり、と滲んで来てしまい、アイーシャは口を開くと情けない声が出てしまいそうで唇を引き結び、二人に向かって大丈夫だ、と言うようにこくこくと頷いた。

 何故、こんな目に合わねばならないのか。
 何か間違った事を言っただろうか。
 何故、自分の事をそんなに毛嫌いするのだろうか。

 考えても仕方の無い事をアイーシャは考えてしまい、唇を噛み締め耐えて居た涙が一粒ぽろり、と頬を伝い床に落ちて黒い染みを作る。

「あ、あ……っ、悪い、アイーシャ……ついついかっとなってしまって……で、でもお前も悪いんだぞ? 聞き分けなく口ごたえをするから、そんな目に合うんだ……っ」
「そ、そうよ……アイーシャ……! お父様に謝って? あ、あなたはいつも生意気な態度ばかりとるんだからっ、あなたは頷いていればいいのよ、お父様の言う事を聞いていればいいのだからっ」
「お姉様、ふふっ、お馬鹿ですね? お父様に歯向かうからこんな事になってしまうんですよ?」

 アイーシャにした事を悪びれもせずに、口々にアイーシャを責め出す子爵家の三人に、その様子を見ていたクォンツとリドルは寒気を覚える。

 打ち所が悪ければ。
 もし、クォンツの魔法の発動が少しでも遅くなるか引き寄せるのが遅くなり、完全に避け切れなかったら。
 顔に当たっていたら。

 女性が、顔に傷を受けていた可能性がある。

「──悪い、アイーシャ嬢……限界だ」
「……っ、え……」

 アイーシャを抱き込んでいたクォンツがぽつり、と言葉を零すとアイーシャが涙に濡れた声音で言葉を返す。
 その様子に、クォンツもリドルと痛ましげにアイーシャに視線を送った後、クォンツはアイーシャをそのまま抱き上げ、立ち上がった。

「──っ、なっ、どこへっ!?」

 クォンツの行動にケネブが焦ったようにソファから立ち上がり、アイーシャに手を伸ばすがクォンツに次いで立ち上がったリドルにケネブが伸ばした手が弾かれる。

 リドルに弾かれた自分の手を、驚きに目を見開き見詰めた後、ケネブはリドルへと視線を向けた。

「これ以上、この家にアイーシャ嬢を居させる訳には行きません。……命を落とす可能性がある。アイーシャ・ルドラン嬢は、私リドル・アーキワンデがアーキワンデ公爵家の名の元、保護致します」
「──そっ、そんな大袈裟な……! これは家族の問題ですぞ……! それを横入りして……っ」
「ああ、それと……ルドラン子爵家のご息女、エリシャ嬢ですが。国に届け出を出さねばならない魔法を発動している疑惑がある為、王城に登城する準備をしておくように」

 リドルは、冷たい視線を子爵家の三人に向けてそう告げると、扉の方へと振り返ろうとした。
 振り返る際に、視界の隅にベルトルトの姿が入る。
 ベルトルトは、一連の流れを目の当たりにし、ケネブがアイーシャに向かって暴行を働こうとした姿を見て軽蔑するような視線を向けている。

(……だが……あの男が今更この子爵家の異常性に気付いたとしても手遅れだ)

 リドルは、怒りに早足になりさっさと部屋を退出してしまった友人達を追う為、急いで足を動かした。



 つかつか、と足早に廊下を歩くクォンツに抱えられながらアイーシャは背後から駆けて来る足音に反応してふ、と顔を上げた。

「──お嬢様……っ、お嬢様……っ!」
「……ルミア」

 アイーシャが小さく呟いた声が聞こえたのだろう。
 クォンツがぴたりと足を止めて「顔馴染みか?」と優しく聞いて来る。

「はい、幼い頃から私に良くしてくれている使用人なのです……」
「そうか……。ここに戻る事はもう無いかもしれない。話した方が良い」

 クォンツはアイーシャに向けてそう告げると、廊下を見渡してアイーシャが座れる場所が無い事に気付き、どうしようかと頭を悩ませる。
 アイーシャがクォンツの気遣いに気付き、「大丈夫です、立てます」と告げるとクォンツは少し躊躇った後、そっとアイーシャを廊下に下ろし、壁に凭れさせてやると少しだけ二人から距離を取った。

「ありがとうございます、クォンツ様」
「気にするな……少し離れた所にいる」

 アイーシャとクォンツがやり取りをしていると、リドルもやって来て現状を理解してくれたんだろう。リドルもアイーシャに微笑むと「ゆっくり話しておいで」と声を掛けてクォンツの元へと向かった。

「お嬢様……」
「ごめんね、ルミア。私はもう、ここには居られないわ……」
「いいのです、いいのです……。お嬢様が元気に、幸せに暮らして下されば私はそれだけで良いのです……」
「ありがとう……」

 アイーシャとルミアは暫し二人で話をした後、そっと抱き締めあって離れた。



 ルミアとはもう会う事は無いかもしれない。
 アイーシャがそう考え、ぐっと涙を耐えてクォンツとリドルの待つ方向へと振り向くと、話が終わった事に気付いてくれたのだろう。

 クォンツが近付いて来て、アイーシャに「もう良いのか」と視線で問う。

 アイーシャはこくりと頷くと、再びクォンツに抱き上げられ、廊下で見送るルミアに手を振りながら子爵邸を後にした。
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