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しおりを挟む「──いやあああっ! お母様……っ」
「アイーシャ!」
咄嗟に駆け出そうとしたアイーシャの体を、ウィルバートが止める。
あのドレスは、アイーシャが幼い頃。
ルドラン子爵邸にやって来たデザイナーがイライアの為に一から作ったドレスだ。
アイーシャが好きな色を伝えて、イライアが嬉しそうにアイーシャを膝に乗せながら生地の指定をして、そして完成したドレスをイライアはとても気に入り、良く身に付けていた。
馬車が転落した十年前。
その日も、イライアはそのドレスを身に付けてウィルバートと出掛けたのだ。
だから、間違い無くあれはイライア自身が身に付けていたドレスで。
この場に有る、と言う事はもしかしたらイライアはこの場所にやって来たのかもしれない。
ウィルバートがイライアが亡くなってしまった、と言うのはもしかしたら勘違いで──。
一瞬で、アイーシャの頭の中には様々な仮説が浮かび上がり、そしてそれが僅かな希望になる。
「お父様……っ、離してっ!! 離して下さい……っ!! もしかしたらお母様は事故に合った後、この場所に辿り着いたのかもしれません……っ、きっとお父様が見たお母様は違う人ですっ、だって、だってあそこにお母様のドレスが……っ、もしかしたら怪我をしてお一人でずっとここで私達が来るのを待っていたのかもしれません!!」
「──っ、落ち着け……っ、落ち着いてくれアイーシャ! そんな事は、無い……! イライアは確かに私の目の前で息を引き取った……! 墓標の下に亡骸を埋めたのは確かに私だ……っ! イライアが生きてここに居る事は有り得ない……!」
「だって、! でも、お母様……っ!」
ウィルバートに抱えられ、前に駆け出そうとしていた体を抑えられる。
アイーシャは必死に視界の奥にあるイライアのドレスに向かって手を伸ばし続けるが、ウィルバートがアイーシャを奥に行かせる事は無くて。
「──っ、アイーシャ……! 昨晩、話しただろうっ、アイーシャもあの合成獣を見て、確かに感じ取った、だろう……っ」
「……っ、」
ウィルバートの悲痛な叫び声に、アイーシャはぐしゃり、と顔を歪ませるとウィルバートの腕の中で脱力する。
ぐにゃり、と膝が折れて地面に崩れ落ちる寸前、ウィルバートが慌ててアイーシャを受け止めた。
アイーシャの突然の取り乱し様に、その場で戦闘を行っていたマーベリックやリドル、クラウディオは呆気に取られたような表情を浮かべているが、クォンツは奥歯を噛み締めて目前に迫っていた魔物の胴体をダガーで刺し、怯んだ魔物の頭を鷲掴みにして床に叩き付ける。
ぎゃん! と小さく声を上げて動かなくなった魔物をそのまま横に蹴り飛ばすと、直ぐ前方に居る先鋒隊の退却を阻んでいた魔物複数に向かって広範囲の氷魔法を発動する。
「──くそっ、くそっ!」
やるせなさをどうにも出来ず、クォンツは悪態を付きながら闇雲に氷魔法を魔物に叩き込んで行く。
クォンツの氷魔法の犠牲になる魔物の中には、恐らく合成獣の成り損ないもいて。
一瞬だけ攻撃魔法を放つ事を躊躇したが、こうなってしまっては恐らく助け出す事は出来ないだろう。
クォンツが考えていた、「最悪の事」が起きている。
人道に反した、悍ましい事が行われていたのだろう。
そして、この場所に衣服が落ちていると言う事はそれを身にまとっていた人間が恐らく何らかの方法で合成獣の成り損ないになっている。
だが、ウィルバートとアイーシャの母親イライアは恐らく──。
そこまで考えてしまったクォンツは、氷魔法で氷漬けになったただの魔物を蹴り砕いた。
魔物の一掃が終了し、先鋒隊の無事も確認出来た。
だが、アイーシャ達が居るこの場所はしん、と静まり返っていて。
先程のアイーシャの取り乱し様を目の当たりにしたマーベリックやリドルは戸惑いの表情を浮かべている。
顔を覆い、震えているアイーシャに痛ましい視線を向けつつ、マーベリックがアイーシャを支えるウィルバートに何事か問うような視線を投げ掛けると、ウィルバートは近くに居たクォンツにちらり、と視線を向ける。
クォンツはウィルバートの視線を受けて近付くと、アイーシャの体をクォンツに任せた。
「ウィルバート卿……?」
「アイーシャを支えてやっていてくれ……。床に崩落ちれば汚れる」
「──分かりました」
短くやり取りをした後、ウィルバートはマーベリックに向き直り、唇を開いた。
「何処からお話すれば良いか……」
「──ウィルバート殿の判断に任せよう」
「ありがとうございます、殿下……。アイーシャは……、あちらにある母親のデイドレスを目に入れてしまい、取り乱してまいました」
ウィルバートの言葉にマーベリックとリドルが痛ましげに瞳を細めると、先鋒隊の隊員が動きウィルバートが示したイライアが身にまとっていたドレスをそっと衣服の中から抜き出し、丁寧に持ち戻って来る。
隊員はウィルバートに向かってドレスを両手で掲げると、小さく礼を告げて受け取る。
「ルドラン嬢の母君のドレスが、ここに……? だが……、子爵夫人は……その、」
マーベリックが言葉を選び、濁しているとウィルバートはこくりと頷く。
「ええ。確かに私が妻の死を看取り、私自身の手で埋葬しました。……ですが、あの日に着ていたドレスが何故かここにあるのです」
「見間違い、等では無いようだな……」
「はい。このドレスは幼い頃のアイーシャが妻と共にドレスのデザイナーと共に一から作成した物ですので」
懐かしそうに瞳を細め、薄らと涙を溜めながら言葉を紡ぐウィルバートに周囲は静まり返る。
耳に痛いほどの静寂の中、ウィルバートの声だけが空間に響いた。
「──私も、アイーシャも……以前野営地で目にした合成獣の中に、イライアの気配を感じておりました」
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