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しおりを挟む意識を失い、どさりと床に倒れ伏したエリザベートを恐ろしい程に温度の感じない冷たい視線でウィルバートは見下ろす。
「……アイーシャが、死んでいれば良かったと……? 生きる価値が無いのはお前の方だろう……っ」
「お、お父様……落ち着いて下さい!」
ぎりっ、と強く握り締めたウィルバートの拳の指先が真っ白になり、爪先が手のひらに強く強く食い込んでいる。
アイーシャは慌ててウィルバートの拳に手を添える。
自分の為に怒りを感じてくれるのは嬉しいが、それでウィルバートの体に傷が付いてしまうのは嫌だ。
ウィルバートの怒気に当てられ、エリザベートを取り押さえた兵士達二名が真っ青な顔で震えている。
──怒気と、魔力か。
クォンツはウィルバートの魔力が怒りによって漏れ出ており、その魔力に兵士達が当てられているのだろうと言う事を察すると兵士達に向かって素早く指示をする。
「エリザベート・ルドランを王太子殿下の指示の元、ルドラン子爵邸に移す。エリザベート・ルドランを馬車に運んでくれ」
「かしこまりました」
クォンツが調査官として任命されている事は既に報せが行っていたのだろう。
兵士はクォンツに対して頭を下げるとエリザベートを抱え、部屋を移動して行く。
「──エリザベート・ルドランが途中で目を覚まして暴れねえように手枷を嵌めておかねえとな」
クォンツはアイーシャの頭に手をぽん、と乗せるとウィルバートとアイーシャ二人を部屋に残したまま先に退出した。
クォンツが部屋から退出し、アイーシャは気遣うようにウィルバートに視線を向ける。
「お父様。私を心配して下さったのですよね? ありがとうございます」
「アイーシャ……、私は……っアイーシャが何故あんな風にっ」
「大丈夫です。今はもう、全然大丈夫です。私にはお父様がいます! それに、私を心配して、力を貸して下さる方もいるんです」
ふにゃり、と弱々しい笑顔を浮かべて見せるアイーシャを見て、ウィルバートはやるせない気持ちで一杯になってしまう。
自分が居なかった十年間。アイーシャがどのような扱いを受け、子爵邸で暮らして来たのかが分かってしまう。
あのように暴言を吐かれてしまう事も一度や二度ではなかったのだろう。
「──……っ」
ウィルバートはくしゃり、と表情を歪めるとアイーシャの頭を撫でた。
「……クォンツ卿を待たせてしまっているな。私達の家に戻ろうか」
「っ、! はい、お父様……っ」
アイーシャの背を押し退出を促しながら、ウィルバートは自分とイライアを手に掛け、アイーシャに対してこのような仕打ちをした弟一家をどうしてやろうか、と必死に頭の中を働かせながらクォンツが待つ部屋の外へ向かった。
クォンツと合流し、ルドラン子爵邸に到着した一同は、出迎えにやって来た僅かな使用人達と軽く言葉を交わした後、気を失ったままのエリザベートを客間に押し込み見張りの兵士を室内外に配置した。
恐らく、然程時間も掛からずエリザベートは目を覚ますだろう。
そうして、自分の現状に混乱し怒り、暴れる事は想像に容易い。
見張りの兵士達にエリザベートの目が覚めたら直ぐに知らせるように伝え、アイーシャ達三人は食堂にやって来ていた。
ルドラン子爵邸に残した使用人は、三名程。
それ以外の使用人は休暇を与え、邸から出て行って貰っている。
残った使用人の内一人は、アイーシャを幼い頃から知っている使用人のミア。それと、ルドラン子爵家の家令ディフォート。料理長のハドソンのみ。
この邸に残った三人は、食堂に集められて不安そうな表情を浮かべている。
「──あー……俺、から説明をした方が良い、ですかね?」
戸惑いの表情を浮かべている使用人達を前に、ちらりとクォンツがウィルバートに視線を向ける。
調査官、と言う地位を与えられてはいるものの、子爵家の主人は本来であればウィルバートだ。主人であるウィルバートがこの場に居るにも関わらず、自分から説明をしていいのか、と言う確認をする。
クォンツとアイーシャの姿には使用人達は不審がっていないが、フードを被り、顔を晒していないウィルバートを不審に思っている事は雰囲気からひしひしと伝わる。
ウィルバートは小さくフードの下で笑うとクォンツに向かって唇を開いた。
「──いや、私から説明しよう。皆、見知った顔だ」
ウィルバートがそう告げるなり、深く被っていたフードを外す。
アイーシャと同じ赤紫の躑躅色の髪の毛がぱらり、とフードを外した弾みで揺れ、顔を晒したウィルバートの姿を見るなり、使用人達は信じられない者を見たように瞳を見開いた。
「──旦那様!?」
ウィルバートの姿に一番に反応したのは家令のディフォートで。
ディフォートは唖然としたのは一瞬で、ウィルバートの姿を移した瞳に次第にじわじわと涙の膜が張り始める。
「……っ、夢、幻ではございません、よね……? 旦那様……っ、旦那様ですか? 本物なのですか……っ」
よろよろ、とディフォートはウィルバートの元に近付いて行く。
ウィルバートに腕を伸ばせば触れられる、と言う距離までやって来た時。
ウィルバートは眉を下げ、笑顔を浮かべてディフォートに言葉を返した。
「──ああ、私だ。戻るのが遅くなってすまなかったな」
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