135 / 135
最終話
しおりを挟む◇◆◇
「おめでとうございます! ご懐妊でございます!」
クリスタとギルフィード、二人の寝室に王室医務官の喜びに満ちた声が響いた。
「クリスタ!!」
ギルフィードも満面の笑みで、クリスタに振り向く。
振り向いた彼の目は薄っすらと涙で潤んでおり、目尻は赤く染まっていた。
当の本人、クリスタは唖然としたまま、自分のお腹に視線を向け、震える手でそっとお腹を触った。
「懐妊……? 私のお腹に……ギルとの赤ちゃんが、いるの……?」
本当に? と呟くクリスタに、ギルフィードがクリスタの隣にそっと腰掛ける。
そして、お腹に触れているクリスタの手に自分の手を重ねた。
「うん、クリスタ。俺とあなたの子供が……ここに。ああ、夢みたいだ。ありがとう、クリスタ」
「そんな、ありがとう、なんて……赤ちゃん……、本当にここにいるの……?」
実感が湧いて来たのだろう。
次第にクリスタの視界は、じわじわと滲み、瞳には溢れんばかりの涙が溜まる。
そして、とうとう涙が溢れ、クリスタの瞳からぽたぽたと零れ落ちる。
「クリスタ、そんなに泣いたら苦しくなってしまうよ? 落ち着いて……ぐすっ」
「ふ、ふふっ、ギルあなただって泣いている、じゃないっ」
「な、泣いていないよ……っ、俺はっ、」
「ふふっ、ふふふっ、本当に嬉しいっ、本当にあなたとの子が……!」
クリスタは、自分の涙を拭っていてくれていたギルフィードに勢い良く抱きつく。
危なげなくクリスタを抱きとめたギルフィードだったが、慌てたように口を開いた。
「ク、クリスタ! 急にこんな事をしたら危ない……!」
「心配しすぎだわ、ギル! これくらいじゃあお腹の子も驚かないわよ」
「で、でももし転んだりしたら……」
心配性のギルフィードと、妊娠の嬉しさに笑うクリスタ。
そんな二人の様子を、周囲の侍女達や医務官は、微笑ましそうに見つめた。
◇
「──クリスタ! 危ないから高い所の物は俺が取るから!」
「心配し過ぎだわ、ギル。高い所って……手を伸ばせば取れる距離よ?」
「だめだめ、危ない! バランスを崩したら転んでしまうだろう?」
「ふふふっ、本当に心配性ね」
◇
「クリスタ、安静にしていなくて大丈夫? 本当にこんなに歩いて大丈夫?」
「ええ、医務官も言っていたでしょう? 適度な運動は必要だって。じっとしていたら太ってしまうわ。体重が増えすぎるのはかえって良くないのよ?」
「わ、分かった……それじゃあ、俺と一緒に散歩しよう」
◇
「──お腹、痛い……」
「クリスタ!?」
「これ……陣痛、かも……ギル、先生を呼んでっ」
「わ、分かった! すぐに!」
バタバタ、と忙しなく侍女が部屋を出入りする。
その様子を、ただただ眺めている事しか出来ない歯がゆさに、ギルフィードは奥歯を噛み締め、落ち着きなく部屋の前の廊下を行ったり来たりと歩き回っていた。
「……ギル、落ち着いたらどうだ?」
背後から、落ち着いた低い声がかけられる。
その声はどこか呆れたような感情も含んでおり、ギルフィードはばっと振り向いた。
「だが、キシュート! クリスタが今頑張っているのに……っ!」
「それは分かっている。だが、父親であるお前が落ち着きなく動き回っていたら、周りに示しがつかないだろう」
「そう言うキシュートだって、さっきからそわそわしてるじゃないか……。キシュートも緊張してるのが分かる」
「そ、それは当然だろう!? 妹のように思っているクリスタの子供だぞ!? 俺の甥っ子か、姪っ子が生まれるんだぞ!?」
「キシュートの甥っ子でも姪っ子でもないけどな……」
二人がどうでも良い事で言い争いをしているその時、クリスタの悲鳴が響く。
「ク、クリスタ……!」
長椅子に座っていたキシュートもその場に立ち上がり、ギルフィードと同じくうろうろと落ち着きなく動き回るようになってしまう。
誰もが忙しく動いている中、誰もこの国の王配と公爵に構う暇は無い。
男二人があわあわとしている中。
クリスタが部屋に入って数時間経った頃。
赤子の元気な産声が、部屋の外にまで響き渡った。
◇◆◇
たたた、と軽やかな足音が近付いてくるのが聞こえる。
「お母様!」
子供特有の、高い声。
お母様、と呼ばれた女性──この国の女王クリスタは、優しい笑みを浮かべて振り向いた。
「クリフォード。どうしたの、そんなに慌てて」
柔らかな笑みを浮かべ、もじもじとしているのが分かった。
後ろ手に何かを隠しているようで、クリスタは優しい笑みを浮かべたまま、尋ねる。
「何かあったの? お母様に教えてくれる?」
王城の広い庭園で。
さわさわと優しい風が吹くと、庭園に咲いた花々がゆらゆらと揺れている。
クリフォードの姿が、遠い昔の光景と重なる。
あの時の彼は、悲しそうに大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、だけど気丈に笑ったのだ。
そんな、幼い時の彼──ギルフィードが、クリフォードの後ろから歩いて来る。
「ほら、お母様が聞いているぞクリフォード? 一生懸命作ったんだろう?」
「お父様……。その、抱っこしてください、お母様に届きません……」
幼い小さな手で、精一杯ギルフィードに手を伸ばすクリフォード。
ギルフィードは愛おし気に目を細め、愛息子をひょいと抱き上げた。
抱き上げられたクリフォードは、嬉しそうに頬を染め、後ろに隠していた花の冠をクリスタの頭にそっと被せた。
「お母様に、花の冠を作りました」
「まあ……! 凄く綺麗だわ、ありがとうクリフォード」
「えへへ……」
クリスタに褒められ、クリフォードは嬉しそうに、少し照れくさそうに笑う。
美しい母子の様子に、愛おしそうに目を細めていたギルフィードは、抱き上げた息子を地面に下ろし、言葉をかける。
「ほら、クリフォード。まだあるだろう?」
「──あっ! そうでした!」
クリフォードははっとして、もう一つの小さな花冠を取り出す。
そして、椅子に座ったクリスタのお腹にそっとそれを乗せた。
「僕の弟か、妹にも! 花の冠を作ったんです。この花の冠が似合うような女の子がいいなぁ」
「──まあ!」
クリスタの大きくなったお腹には今、二人目の子供がいる。
クリフォードが生まれて、三年。
クリフォードは大きな病気もせず、すくすくと健康に育った。
クリスタと同じ髪色に、ギルフィードの瞳の色を受け継いだ第一王子は、生まれてくる自分の弟か妹を心待ちにしていた。
「ありがとう、クリフォード。きっとこの子も喜ぶわ」
「えへへ……」
幸せそうに笑うクリスタに、クリフォードも嬉しそうに破顔する。
そんな二人を優しく見つめ、ギルフィードはクリフォードを再び抱き上げて自分の胸に抱え、クリスタの隣に座った。
「クリスタ、そろそろ陽が傾いてくる。体が冷える前に中に戻ろう」
「ええ、そうね」
「お母様、お父様。手を繋いで戻りたいです」
「あら、それは名案ね」
「ああ、皆で手を繋いで中に戻ろうか」
クリスタとギルフィード、二人に手を繋がれ、クリフォードは嬉しそうに両親を見上げた。
そして、クリスタの頭の上には花冠が乗っている。
自分の弟か妹のために作った小さな花冠も、クリスタが大切そうに胸に抱えてくれているのが見えて、クリフォードは嬉しくて両親の手をぎゅっと握った。
今は、まだ誰も気付いていない。
クリフォードが作った花冠が、一つでは足りない事を。
次期王、クリフォードには頼もしい双子の兄妹が常に傍に寄り添い、王を助け、いつまでも兄妹が仲良く国を豊かに納める事になるのだが、それはまだまだ数十年後の話だ。
─終─
***********************
こちらで、「冷酷廃妃」は完結となります!
最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!
途中、長いお休みがあったにも関わらず、最後まで書き切る事が出来たのも、待って下さっていた読者様のお陰です。
また、どこかで他の作品でお会い出来ると嬉しいです。
ありがとうございました!
607
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
【完結】氷の令嬢は愛を請わない - 捨て子の『義妹』に愛も家族も奪われたマリーローズの逆襲
恋せよ恋
恋愛
銀髪紫眼の美貌の侯爵令嬢、マリーローズ。
完璧な淑女に育った彼女だったが、母は捨て子ジュリエットを寵愛。
婚約者の公爵家嫡男アレックスも、友人も、次々に奪われる――。
家族に裏切られ、すべてを失った彼女が下した決断は、
家族を見かぎり、国を捨て、自らの人生を取り戻すこと。
理不尽な悲恋を力に変え、運命をひっくり返す令嬢の逆転劇!
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。