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翌日。
夜会は概ね無事に終わり、シャンデリアが落下して来た件はシャンデリアに細工がされていた訳でも、誰かが魔法によって落下させた痕跡も見当たらず、ただの事故として処理された。
その報告を執務室で聞いたヒドゥリオンはほっと細く息を吐き出す。
(やっぱり……。クリスタがそんな無意味な事をする筈が無かった……。無意味……、無意味か……)
ヒドゥリオンは自分でその思考に至ったと言うのに、何処か寂しそうに視線を下げた。
(クリスタがソニアの事を気にする事なんてある筈が無い……。きっと私が他の女性と仲睦まじくしていてもクリスタは興味を抱かない。……クリスタはこの国の王妃だ。幼い頃から王妃として学び、この国の王妃として生きる事に今までの時間を生きて来た……。王妃として国を守り、民を導き、そしてきっとクリスタは死ぬまでこの国の王妃だ……)
だが、とヒドゥリオンはくしゃりと前髪を握る。
(クリスタ、としての感情はどうなる? クリスタだって王妃以前にただの一人の人間だ……。クリスタの一個人の感情は一体どうなる……。何故私は──)
ヒドゥリオンが考え込んでいると、執務室の扉が控え目にノックされた。
そこで深い思考の渦に飲み込まれていたヒドゥリオンははっと顔を上げて扉に視線を向ける。
「ヒドゥリオン様? えっと、お邪魔してもよろしいですか?」
「──ソニア」
ヒドゥリオンはソニアの顔を見た瞬間、今まで考えていた事が霧散した。
ソニアの顔を見るだけで、ソニアの姿を視界に入れるだけで胸がとくり、と高鳴る。
ふわりと暖かい気持ちが満ちて、優しい気持ちになれるのだ。
ヒドゥリオンはふわり、と微笑んでソニアを迎え入れた。
「どうした? 遠慮せず、入りなさい」
「! ありがとうございます、失礼しますね」
ヒドゥリオンの優しい微笑みと声に、ソニアは嬉しそうに表情を崩し、小走りでヒドゥリオンに駆け寄る。
たたた、と美しい金の髪を跳ねさせ近寄って来るソニアにヒドゥリオンは益々様相を崩した。
クリスタより色味が薄く、きらきらと輝くような髪色のソニア。
金の髪の毛は細くふわりふわりと靡き、手触りもとても良く艶やかだ。
タナ国でソニアを助け出した時は汚れ、傷んでしまっていた髪の毛も今ではすっかり美しく煌めいている。
ソニアの愛らしい薄ピンクの瞳は真っ直ぐヒドゥリオンだけを見詰めていて。
ふっくらとした可愛らしい唇から紡がれる声はまるで鈴の音を転がしたように可憐だ。
近付いて来ていたソニアに微笑みを浮かべていたヒドゥリオンは、だがソニアの腕を見て瞳を見開いた。
「──ソニア!」
ガタン! と勢い良く椅子から立ち上がり、その椅子が派手な音を立てて背後に倒れる。
大きな声で突然名前を呼ばれ、ソニアはびくりっと体を震わせてその場に立ち止まった。
だがソニアのそんな様子を気にするでも無く、ヒドゥリオンは早足でソニアに近付き、ソニアの腕に気遣うようにそっと自分の手のひらを触れた。
「この怪我は……? まさか、昨夜の硝子の破片で切ったのか?」
「えっ? ──あ……」
ソニア自身気付いていなかったのだろう。
ヒドゥリオンの言葉を受け、ソニアも自身の腕を確認して驚き、目を見開いた。
「や、やだ……。気付きませんでした……」
「直ぐに手当をさせよう。──おい! 誰か、誰か居るか!?」
おろ、と申し訳なさそうにするソニアの頭を優しく撫でた後、ヒドゥリオンはソニアをそっと抱き寄せて背中をぽんぽん、と撫でる。
白く、細いソニアの腕に、痛々しい傷が付いている。
紙で切った時のように一線の細い傷ではあるが、きっと痛かっただろうに、とヒドゥリオンは申し訳無さそうにソニアに謝罪した。
「使用人が気付かなかったのだな。痛かっただろう? これからは我慢などせずに直ぐに使用人か……私に言うんだ」
「で、ですが……私はこの国の民ではありませんし……。ヒドゥリオン様に助けて頂いた上、これ以上迷惑を掛けてしまうのは」
「そんな事を考えなくていいんだ、ソニア。君は私の大切な女性である事には変わりないだろう。ソニアの体に傷が残ったら悲しい」
「──っ、ありがとうございます、ヒドゥリオン様……っ」
ヒドゥリオンの優しい言葉と、微笑みにソニアは瞳に涙を溜めてぎゅう、と抱き着く。
ヒドゥリオンもソニアを大切そうに、愛おしそうに強く抱き返した所で。
「陛下、失礼致します」
扉の向こうからクリスタの声が聞こえ、扉が開いた。
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