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◇
夜会の日から数日が経った。
あの日から、国内の貴族達の間で国王であるヒドゥリオンの寵姫、ソニアの噂話が瞬く間に広がっていた。
ヒドゥリオンが夜会でファーストダンスの相手に選んだのがクリスタでは無く、ソニアだった事。
週に一・二度あった国王夫妻の朝食の時間が無くなる、若しくはソニアを伴い参加するようになったヒドゥリオンの姿。
そして、夜。ヒドゥリオンが夫婦の寝室に近寄る事はなくなり、毎晩ソニアの部屋で夜を過ごす事。
それらは城で働く使用人の口から噂が広がり、今では王都に住む平民達まで知る事となってしまっている。
そして、ソニアを寵愛するヒドゥリオンの姿は実際城の至る所で目撃され、ソニアを側妃とするのでは、と言う噂が信憑性を増して来た頃──。
クリスタの下にギルフィードがやって来た。
「クリスタ王妃殿下に拝謁致します」
胸に手を当て、ぺこりと頭を下げるギルフィードにクリスタは目元を和らげた。
建国祭の準備で忙しい中、自分たちに纏わる噂話は否が応でも耳に入ってくる。
自分に向けられる嘲笑、哀れみの視線に疲れていたクリスタは昨日から息抜きに城の庭園を散策する時間を設けていた。
何も考えず、頭を空っぽにして散歩を楽しむ。
そんな時間が今のクリスタにはとても重要で、そして必要で。
だからクリスタは今日も昨日と変わらず庭園を歩いていたのだが、そこで夜会の時に数年振りに再会した懐かしい顔と再び顔を合わせた。
「……第二王子。先日の夜会振りですね。どうですか? 不自由などはございませんか?」
「それはもう快適に過ごさせて頂いております。アスタロス公爵もここ最近は急ぎの仕事が無いようで……。王都を案内して頂いて、充実した日々を過ごさせて頂いております」
「そうですか、それは良かったです」
この国の王妃と友好国の王族として、当たり障りの無い会話をしているとギルフィードがふ、とクリスタから一瞬だけ視線を逸らした。
(──? 何かしら……。ああ……)
何だろうか、とクリスタは一瞬考えたものの。ギルフィードの視線が自分の侍女や護衛達に向けられた事に気付き、自分の腕をすっと上げる。
するとクリスタの行動の意図を汲み取った侍女と護衛は一礼して二人から離れて行く。
クリスタとギルフィードの会話は聞こえないが、何かあればすぐに駆け付ける事が出来る程度の距離を保ち、離れた侍女と護衛に背中を向けたクリスタはギルフィードに向かって困ったように微笑んだ。
(キシュート兄さんと王都を散策したと言うのであれば、ヒドゥリオンと彼女……タナの王女の噂話を聞いてしまったのよね……。側妃の噂話も聞いてしまったのかしら……。だから……)
だから、ギルフィードは辛そうな、だけど怒っているような、そんな何とも言えない表情を浮かべているのだろうか。
「クリスタ様……」
悲しそうに眉を下げ、クリスタに向かって歩いて来るギルフィードにクリスタは苦笑する。
「聞いてしまった……?」
「クリスタ様は何故そんな風に、平気そうに笑うのですか。貴女はもっと怒っても良いと思います」
「だって仕方ないじゃない……。私とヒドゥリオンは結局……好き合って結婚したんじゃないもの。この国のために夫婦になったのだから」
「──……それはっ、ご自身に言い聞かせているだけじゃないのですか……っ」
クリスタはギルフィードの言葉を聞いて、確かに一理あるとは思う。
幼い頃に婚約を結び、ヒドゥリオンと共に過ごす時間は長かった。
彼を支え、良き国母として国民を導き、国のためにこの身を捧げる気持ちで毎日を過ごして来た。
けれど、長年共に過ごしていれば情だって湧く。
激しい恋情などは抱かないが、信頼や、家族としての情。パートナーとしての情。
そういった物はヒドゥリオンに抱いている。
ヒドゥリオンとは、これから先もずっと共に過ごし、そしてこの地で死すまで共にこの国のため、国民のため支え合いながらこれから先の長い人生を共に過ごすと思っていた。
身を焼くような激しい恋情は無くとも。
恋しくて泣いてしまうような夜が無くとも。
確かに暖かい、優しい穏やかな愛情は抱いていたのに。
「──あれ……、」
「クリスタ様っ、」
クリスタは自分の頬をぽたぽたと流れる水滴に気付き、驚いたように目を見開いた。
涙など、ここ数年流した事など無かった筈なのに。
クリスタは自分が泣いている事に驚き、戸惑いギルフィードが小さく呟いた声には気付かなかった。
「……俺がっ、どんな気持ちで諦めたと……っ」
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