冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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 ガシャン!
 と、けたたましい音を立ててヒドゥリオンが部屋の後方に吹き飛び、クリスタが普段使用している鏡台にぶつかり、香水や化粧道具が割れ散らばる。

 クリスタが呆気に取られたままで居ると、部屋の入口に立っていたギルフィードが真っ青な顔でバタバタとクリスタに駆け寄った。

「クリスタ王妃……! 大丈夫ですか!?」
「え、ええ……」

 クリスタに向かって手を伸ばすギルフィードの顔を見て、クリスタは息を飲み込む。

 何故、ギルフィードがこんなにも泣きそうな表情をしているのだろうか。
 何故、ギルフィードが傷付いたような、辛く悲しみを耐えているような表情をしているのだろうか。

 ぽかん、としているクリスタを見てギルフィードは悔しさに唇を噛み締め、クリスタを抱き起こす。

 そうしている内に、ギルフィードに吹き飛ばされたヒドゥリオンがむくり、と起き上がったのが視界の端に映り、クリスタは無意識に体を強ばらせる。
 クリスタを支えていたギルフィードもクリスタの体の強ばりに気付き、優しく柔らかな声音でクリスタに声を掛けた。

「クリスタ王妃、もう大丈夫です。キシュートも部屋の外に待機しておりますし、ナタニア夫人もキシュートと一緒に居ますから」
「ナタニア夫人も……?」

 安心したような表情を浮かべるクリスタに、ギルフィードが微笑み返していると立ち上がったヒドゥリオンが地の底を這うような低く恐ろしい声で宣った。

「ギルフィード殿……貴殿は自分が何をしたか、理解しているのか……」
「──ええ、理解しております。クリスタ王妃をお救いしました」
「クリスタを救う……? はっ、ふざけるな! 夫婦の時間に首を突っ込み、何が救っただ! 貴殿は他国の王族──いや、他国の国王である私に対して攻撃をしたのだぞ!? これは国際問題だ! クロデアシア国はディザメイア国に対して宣戦布告した、と取っても良いのだぞ!」

 宣戦布告。
 物騒な言葉を聞いて、クリスタの顔色が変わる。
 そんな大事にしてしまえば、この国の国民が一体どれだけの被害を被るか。

 それに、ギルフィードのクロデアシア国は魔法大国だ。
 王侯貴族が強い魔力を持つのが大半のディザメイア国とは違い、クロデアシア国は王侯貴族は勿論、平民にも強い魔力を持つ人間が多く、魔法関係の仕事に就く者も多い。
 いくら軍事力が他国に比べて大きいディザメイアとは言え、クロデアシア国とまともに戦えば。本当に開戦などしてしまえば大変な事になってしまう。
 一時の感情の昂りで、後先考えず口にしていい言葉では無いのだ。

「陛下……っ! その言葉は撤回して下さい……っ。申し訳ございません、ギルフィード王子。陛下の今の言葉は……っ」
「大丈夫、大丈夫ですよクリスタ王妃。今の言葉を本気には取りませんから」
「──っ、ありがとうございます……っ」

 二人で顔を付き合わせ、親しげに会話をするクリスタとギルフィードにヒドゥリオンは益々面白くない、というような表情を浮かべる。

「取り敢えず貴殿には出て行ってもらおう……! 私と、クリスタ二人の時間の邪魔をしないでもらいたい……!」

 苛立ちを顕に再びクリスタに近付くヒドゥリオンから逃げるようにクリスタは離れる。
 その様子を見たギルフィードは、クリスタを庇うように二人の間に体を割り込ませて口を開いた。

「クリスタ王妃が嫌がっております。国王陛下から、離れようとしております。それに先程クリスタ王妃は逃げ出そうと扉を魔法で破壊しました。この状況で、クリスタ王妃を国王と二人きりには出来ません」
「……私は貴殿が放った攻撃魔法を見逃してやっている。これ以上邪魔をすると言うのであれば正式にクロデアシア国に対して抗議してもいいのだぞ?」
「ええ。ご自由になさって下さい。その代わり、私は貴方がクリスタ王妃にしていた行動を両国の国民の前で話す事になりますが、いいのですか? 正式に抗議すると言う事は国際裁判を開くと言う事です。国王が王妃に対して行った蛮行が、国民の前で知られるのですよ。それでも良いと言うのであれば好きにしたらいい!」

 ヒドゥリオンを正面から見据え、少しも引かない態度で言い放つギルフィードに、クリスタは様々な感情が溢れて来て、耐えるように俯き唇を噛み締める。

 ギルフィードの言葉にヒドゥリオンがたじろいだその瞬間。
 会話が途切れるのを待っていたのだろう。

 部屋の外で待機していたキシュートが場違いな程のんびりとした態度でひょこり、と顔を覗かせた。

「……申し訳ありませんが、陛下。この騒ぎを聞き付けて陛下の寵姫がやって来ておりますよ。ご説明が必要なのではないですか?」
「──ソニア!? 何故ここに来てしまったんだ、ソニア! 部屋にいなさい、と伝えただろう!?」

 キシュートがソニアの名前を出した途端。
 ヒドゥリオンは「しまった」とでも言うように慌てふためき、キシュートに背中を押され、室内に入るよう促されたソニアがとぼとぼと歩きながら姿を現す。

 元気の無い様子のソニアに慌てて駆け寄ったヒドゥリオンは、ソニアを宥めるように肩を抱いている。


「……どうやら、寵姫にはクリスタ王妃の所に行くとは言っていなかったようですね」
「……そのようね」

 呆れたような、失望したようなギルフィードの言葉にクリスタも静かに頷く。

 ギルフィードはクリスタをちらりと見た後に、ヒドゥリオンとソニアに視線を向け、最後にキシュートを見る。
 するとギルフィードの視線に気付いたのだろう。キシュートが小さく頷いた。
 ギルフィードはキシュートの頷きに、自らも覚悟を決めたように力強く頷き返した。
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