冷酷廃妃の誇り-プライド- 〜魔が差した、一時の気の迷いだった。その言葉で全てを失った私は復讐を誓う〜

高瀬船

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「顔を背けると言う事は……! 何処か怪我をしたのね!? ギルフィード王子、何処を怪我したの!?」
「ちょ、ちょっと待って下さいクリスタ様……っ! 近いっ、近いですっ!」

 隣に座っていたギルフィードにずいずい近付くクリスタと、近付いて来るクリスタに戸惑い、頬を染めるギルフィードを何処か寂しそうに見ていたキシュートは、ふとじっと自分を見詰めるナタニアの視線に気付き、肩を竦めた。

「ナタニア夫人。ギルフィードが怪我をしたかもしれない。手当の準備をお願いしても良いかな? 治癒魔法は自分に掛ける事は出来ないしな」
「かしこまりました! 直ぐに!」

 キシュートの言葉に、ナタニアはたたた、と部屋の奥に駆けて行く。
 簡易的な医療キットを取りに行ってくれたのだろう。

 クリスタは逃げようとするギルフィードの腕を掴み、黒い手袋をはめた両手をじっとりと見詰める。

「普段は白い手袋なのに、何故今は黒い手袋をしているの?」
「今日は黒の気分だったんです」
「そう。傷跡を隠すため、とか……血が滲むのを防ぐため、と言う訳では無いのね? ならばこの場で手袋を取っても問題ないでしょう? 外しなさい」
「……キ、キシュート……」

 クリスタに詰め寄られたギルフィードは、キシュートに助けを求めるよう顔を向けた。
 だが、キシュートは口の動きだけで「諦めろ」とギルフィードに告げ、そのままふいっと顔を逸らしてしまう。

「ク、クリスタ様」
「外しなさい」

 きっぱり言い放つクリスタに、だがそれでもギルフィードは手袋を外す気配が無い。
 焦れたクリスタは、ギルフィードの手首をがしっと掴み、無理矢理彼の手から手袋をすっぽ抜いたのだった。





 ちょんちょん、と消毒液を染み込ませた布をギルフィードの指先に当て、ガーゼをあてた上から包帯を巻いていく。

「こんな状態だったのに……痛みだって相当あった筈よ? それなのに、私を無理に抱き上げなくても良かったのよ」
「ですが、ああするのがあの場では一番だったでしょう? 早くあの場を離れられる……」
「それはそうだけど……」

 ナタニアから受け取った簡易的な医療キットの蓋を閉じ、再びナタニアに渡す。


 ギルフィードの黒手袋の下はそれは酷い状態だった。
 至る所の皮膚が裂け、出血していたのだ。
 だからこそ、普段は白手袋をしていたが出血を隠すために黒手袋をはめていたようだ。
 クリスタのドレスを汚してしまわないよう、染み込んでこない生地の手袋をはめていた事に呆れてしまう。

「一先ず……今は応急処置だけしておいて、後で治癒魔法使いを呼びましょう」

 そう告げたクリスタに、場の空気が一瞬固まる。

「え、どうしたの……?」
「あー……。クリスタ……君が意識を失っていた間の事を聞いたか?」
「え、ええキシュート兄さん……。ナタニア夫人から聞いているけど……」
「ならば話が早いな、隠しても仕方無い。……以前より少しばかりクリスタの評判が悪い」
「ええ。それは聞いているわ……」
「何がどうなって、陛下が許可を出したのか分からないが……。クリスタがこの国の人事や、資産……人や、物だな。それを私物化していると言う噂が市位で出回っていて……。それで建国祭にクリスタがへそを曲げて不参加、と嘘の噂が出ただろう? 王族は国の資産を私物化し過ぎだ、と国民の反発が大きくなっていて……。その噂を収集するために陛下がクリスタの権利を暫くの間封じる、と告げたんだ」
「──何ですって……!?」

 だから、治癒魔法使いも言わばこの国の財産である。その治癒魔法使いをクリスタの独断で手配する事は難しいだろう、と説明するキシュートに、クリスタは目眩を覚える。

 身に覚えの無い事柄が、どんどん自分の預かり知らぬ場所で良くない広がり方をしていて。
 そして、その解決に下したヒドゥリオンの判断は下策中の下策だ。

「それは、国内の貴族達に向けて発言してしまったの……!?」
「ああ。会議中に陛下がそのように仰った……。本当に、何故このような愚かな判断をしてしまったのか……」

 キシュートもヒドゥリオンの判断には動揺を隠しきれていないのだろう。
 頭が痛い、とばかりに自分の額を手で抑えている。

「日が経つにつれて、陛下の判断力が……いや、そもそもクリスタに対してのみ判断力が著しく低下している……。クリスタが関わらない国策については以前と余り変わらないんだ……」
「私に対して……私に関わる場合のみ、判断力が落ちていると言う事……?」

 何故そんな事に。
 そして、そんな事が起きていると言うのにギルフィードやキシュートのように疑問に思う人間が他には居ないと言う事がおかしい。

 会議中、国王がそのような発言をすれば諌める者が数人居てもいい筈だ。
 それなのに、その会議中に異議を唱えたのはキシュート一人だけだった、と言う。

 そんな事が起きている、と言う不気味さにクリスタはそう言えば、と以前キシュートから説明された一つの単語が頭に過ぎった。


「──魔術、……そう言えば、タナ国の魔術が記載された、本……。あれはどうなったの?」
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