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しおりを挟むヒドゥリオンにも、ソニアにも無い髪色と瞳の色を持って生まれた赤子。
しん、と静まり返った室内ではソニアだけの陽気な鼻歌が聞こえてくる。
赤子を愛おしそうに抱いているソニアは一切ヒドゥリオンに顔を向けることなく、ただただ赤子だけを愛情溢れる瞳で見つめている。
どれだけの間、言葉を失っていただろうか。
漸く思考を切り替えることが出来たヒドゥリオンは、目の前にいる赤子が確実に自分の血を引いていないことを理解した。
と、すれば。
ソニアは密かに身篭った状態でこの国にやって来て、ヒドゥリオンと体を重ね、赤子の父親を偽ろうとした。
「──赤子は、死産ということにしろ」
ぽつり、と呟いた声は凍える程冷たく、重い。
それまで一切ヒドゥリオンに反応しなかったソニアがぴたり、と鼻歌を止め、声の聞こえた方向──ヒドゥリオンへと顔を向けた。
「──何ですって……?」
ソニアの声もまた、ヒドゥリオンに負けず劣らず冷たく、低い。
可愛らしい、ふわふわとした印象のソニアから今まで見たことも、聞いたこともない程の声音で問われる。
だが、そんなソニアの態度にヒドゥリオンは益々苛立ちや、怒りが込み上げてくる。
「聞こえなかったか……? 残念ながら、赤子は死産だ。まさか、この赤子を国民に紹介出来る筈があるまい。誰が私の血を継ぐ子供だと信じる? 誰がこの国の王女だと信じる」
「私はこの国の王妃です。王妃が生んだ子は、王族です。私の夫はヒドゥリオン様でしょう? 夫婦なのですから、この子は夫婦の子です」
「──正気か? 本当にそんなことが罷り通ると思っているのか? そもそも、私以外の男の種をその身に宿した状態で私の寵愛を受けようなど、良くもそのような厚かましい真似を……!」
「ヒドゥリオン様だって私を愛して下さったじゃないですか? それならば、私を愛する前に他の男の子を身篭っていないか、となぜお聞きにならなかったのですか?」
「ソニア……!」
怒りに顔を真っ赤に染め、ソニアに向かって声を荒らげるヒドゥリオンに、ソニアはにんまりと笑みを浮かべた。
「誰が適性もないお前如きの子を生むか。全てはこの時のためだけにお前に取り入っただけだ……!」
ぐしゃり、と顔を歪め狂ったように笑い声を上げるソニアに、ヒドゥリオンを始め室内にいる使用人達はぞっと背筋を凍らせた。
──常軌を逸している。
笑い声も、表情も、声すらも。
今までのソニアとかけ離れ過ぎている。
最早、目の前にいる女が本当にソニアなのかどうかすらも分からない。
「──この者は尊き王家の血を偽りの子で汚そうとした……! この行為は反逆罪に値する、捕らえろ……!」
ヒドゥリオンの叫び声に、部屋の外に控えていた護衛達が室内になだれ込んで来る。
そして、ヒドゥリオンの命令に従うようにソニアに向かって攻撃魔法と捕縛魔法を発動した。
これだけの人数に魔法を放たれれば、ソニアには為す術はない。
「──やはり、この国の王妃たる人物はクリスタしかいまい」
目の前で狂ったように表情を歪め、笑うソニアもすぐに拘束されるだろう。
そう考えたヒドゥリオンは、ソニアと赤子を処理した後、クリスタを呼び寄せ、再び王妃の座につかせようと考えていた。
魔法発動によって、閃光が迸り、室内がぱっと明るくなった。
次の瞬間。
「魔法が、魔術に敵うものか!」
ソニアの声が聞こえ。
──バツン!
と、耳障りな破裂音のような物が室内に木霊した。
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