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しおりを挟む「──陛下!」
「ご無事ですか陛下!」
バタバタ、と駆け込んで来た足音は室内の惨状を目にした瞬間ひゅっと息を飲み、そして戸惑いからその場に足を止めた。
入室した人間は護衛、この城の衛兵が殆どではあるがその中に見知った顔を見付けてヒドゥリオンは胸中で舌打ちをした。
(──バズワン伯爵……!)
衛兵のように慌てた様子も、この国の王であるヒドゥリオンの身を案じるような素振りも見せておらずその表情は喜色に満ち溢れている。
それらの様子からヒドゥリオンは理解した。
ソニアの正体も何もかも、バズワンは知っていたのだということを。
ヒドゥリオンの思考を裏付けるように、衛兵達がヒドゥリオンに駆け寄る中、バズワン伯爵は余裕のある足取りでソニアに向かって歩いて行く。
そしてソニアの側までやって来たバズワンは、あろうことかソニアの腕に抱かれている赤子を覗き込み、にんまりと笑みを浮かべた。
「──ほうほう。この子が例の……」
「バズワン伯爵、あまりこの子に近付かないで下さいな。油断すると奪われてしまいます」
「おっと……それは頂けない。カラカラに枯れ果ててしまいますからなぁ、陛下」
にたり、と嫌な笑みを浮かべヒドゥリオンに向かって声を発するバズワン伯爵に、ヒドゥリオンは衛兵の手を借りながら何とかその場に立ち上がった。
「バズワン、伯爵……! 一体どう言う事だ……! 貴殿は、いや、お前は! その女と赤子の事を知っていたのか!?」
忌々しげに叫ぶヒドゥリオンの声に、バズワンは大袈裟とも言える身振りで答えた。
「その女、などと……! こちらにいらっしゃるソニア様は貴方様の正式な妃ではございませんか! クリスタ元王妃を追い出し、貴方様が妃として迎えた亡国の王女! あれ程寵愛していたお方をその女、など!」
なんと酷い言葉を! と大仰な身振りでもって話すバズワンに、ヒドゥリオンは奥歯を噛み締める。
バズワンの言葉はどれも、正しい。
亡国の王女にうつつを抜かし、王妃クリスタを粗雑に扱い、終いにはこの城から追い出した。
それは紛れもない事実。
(だが……っ! それをこやつらに言われるのだけは許せん……!)
ヒドゥリオンは自分を助け起こした衛兵達に向かって叫ぶ。
「バズワン伯爵と、王族を欺いた不埒なそこの女を捕らえよ! 伯爵の命は奪っても構わん! 出来れば赤子も殺せ!」
「は、はっ!」
ヒドゥリオンの命に、一瞬だけ躊躇った衛兵達だったが、それも一瞬。
ソニアが胸に抱く赤子の髪色と、ソニアの醜悪に歪んだ表情を見て、様々な事を悟ったのだろう。
ヒドゥリオンの声に従い、衛兵達は一斉にソニアとバズワンに飛びかかった。
「──馬鹿な人」
そんな状況にも関わらず、ソニアはにんまりと口端を持ち上げ、愉しげに笑った。
◇◆◇
ゆらり、とキシュートだと思っていた男が立ち上がる。
ギルフィードも、シヴァラも、警戒態勢を解かぬまま、射抜くようにキシュートを見つめる。
二人はクリスタを守るように背に隠し、いつでも魔法を発動出来るように構える。
キシュートの体は、発動した拘束魔法の蔦がギチギチと食い込み続けているが、俯いているキシュートの顔半分、口元は不気味な程に笑みの形に歪み、吊り上がっているのが垣間見える。
「……っ、」
不気味さに、クリスタがぶるりと体を震わせた所で、キシュートの姿をした男は声を発した。
「──ふっ、あははぁっ!」
気が触れたようにケタケタと笑い出す男に、クリスタは眦を更に吊り上げ、叫ぶ。
「っ、早く質問に答えなさい! それにっキシュート兄さんの姿を真似するのはやめて!」
「あ~ああ……。何で……? 何処でバレた? この姿、完璧だろう? 声だって、性格だって完璧なキシュート・アスタロスだ」
それなのに、おかしいなぁ。と愉しげに笑う男に、クリスタは怒りで目の前が真っ赤に染まる。
「深層心理まで覗いて、しっかり性格も把握したと思ったのに……。ああ、もしかして覗きすぎた……? ねえ。俺のキシュート・アスタロスのどこが不自然だった? 今後の参考にしたいから教えてくんない?」
ぎちぎち、と蔦に体を締め付けられ、蔦の棘に体を傷付けられ血を流しているのにちっとも痛みに顔を歪めない男に、不気味さを感じる。
それでも、クリスタはぞわりと寒気を感じつつ、男をしっかりと見据えたまま、口を開いた。
「キシュート兄さんは……! 私をそんな蕩けた目で見ない……! 甘い声で私の名前を呼ばない……っ! 何より、公爵家の当主となってから、キシュート兄さんは自分の事を俺とは言わないわ!」
はっきり、力強く告げたクリスタに男はなるほど、と首をかくりと傾けた。
「あ~、本当に覗きすぎたか。失敗失敗」
ケタケタと笑う男に焦れたクリスタはもう一度叫ぶ。
「キシュート兄さんはどこなの!」
真っ直ぐ射抜くクリスタの視線を受け、男はにたりと口端を歪める。
そして、なんて事のないようにあっさりと口を開いた。
「ああ……。本物の方は喰っちまったよ」
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